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就活  作者: AIAMAAI
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裏屋敷

 一通りの面接試験を終えた心弥は、その緊張感から解放された安ど感からか、授業を受ける気にも、外出する気にもならず、部屋の中で起きては寝、寝ては起きるだけの生活を暫くの間続けていた。

 日が昇れば、窓から差し込んでくる陽射しで眼が覚める。目覚しのけたたましい音を煩わされることなく、体内時計が目覚めの時間を指し示してくれる。これが本来の人間の姿ではないのだろうかと、言い訳がましいことをほざきながらも、その自堕落と言われそうな今の生活に満足していた。

 心弥は目覚めると、ベッドから這い出してカーテンを開けて窓を開いた。暑苦しい澱んだ空気が心弥の全身に纏わりついてくる。

 空を見上げると、雲一つなく晴れ渡っていた。

「今日も暑くなりそうだ」

と、両手を天空に伸ばして右に左にと体を動かした。

 突然、体の動きに合わせて目を動かしていた心弥の動きが止まった。その視線の先には、豪邸があった。今の今までそこにそれがあったことなど気にもかけていなかったことに、思わず心弥は苦笑した。高台の天辺に聳え立っているその屋敷を眺めているうちに、脳裏を掠めるように古い日本映画が過った。

 エド・マクペインのミステリ小説「キングの身代金」を原作とした、黒澤明監督の『天国と地獄』だ。高台の豪邸を見上げて暮らしていた若い男の屈折した思いが、取り返しのつかない事件をうんでいく。

「部屋に閉じ籠っているのにも飽きてきたから、暇つぶしに。今日は外出でもして、子供の頃のように散策してみるか」

と、心弥は唱えるように独り言を呟いて、パジャマを脱いだ。

 朝刊に一通り目を通して、と言ってもそこに大きな文字で書かれてある見出しをチラ見しただけなのではあるが、スマホのメールを見て、返事を必要としている件には、うん、わかった。いいぜ。とか、短過ぎる文章で簡素に返信した。長文を書くのは苦手ではないが、どう書くかなどと朝っぱらから思考回路をフルに使うのが面倒だった。

 昼食は、駅前にあるファミリーレストランのランチで済ませて店を出た。電車に乗ること以外で、駅前の繁華街を利用したことなどなかった。アパートの近場にある食品スーパーやコンビニを利用すれば事足りていたからだ。心弥は、まるで冒険を楽しむ子供のようにそこに立ち並ぶ数々の店舗を、はしゃぎながら見て廻った。

 繁華街を抜けて、心弥は住宅街を素通りし、高台の方へと足を進めて行った。

「似てるな」

と、家並の風景を眺めながら心弥は思った。

 母の早苗の実家は芦屋にある。そう言うと誰もが金持なんだと返してくる。芦屋イコール高級住宅街。そんなイメージが定着しているが、だがそれは、木を見て森を見ずの例えの如しである。その昔、侍の時代に、豪商と言われた商人達は、より良い環境と住処を求めて芦屋に移り住んだ。しかしそこには、豪商達が移り住む以前から暮らしをたてている住民達がいたのである。だが、時の移り変わりとともにいつしか高級住宅街だけがスポットライトを浴び、その者達よりも前から住んでいた者達は、どこかへ置き忘れ去られてしまったのである。

 心弥は子供の頃、夏休みなると母の早苗の実家に遊びに行っては、高台を崩して切り拓いて宅地にした、高級住宅街のその地を冒険していた。低い場所の住宅は数も多く、小さな一軒家が犇めき合うように建っている。歩みを進めて坂を昇っていくにつれて家並の風景は少しずつ変化していく。徐々にその幅は狭くなるが、それに比例するように住宅の数は減っていく。がしかし、その一軒家は大きくなっていくのである。そして上に行けば行くほど、住宅の数は減少するが更に豪華になっていくのである。

「子供の頃に見たのと同じだな、ここも」

と、心弥はそっと呟いた。

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