面接
今日も、午後の授業の後に通い慣れた行きつけの安さが売りの居酒屋で、心弥は鈴木と岩谷と国分と酒を酌み交わしていた。
4年生になってから友人達と酒を飲む量が増えてきたような気がする。誰もが将来に対する不安を抱いているからであろう。
人生にはステップアップする時が必ずやってくる。園児は小学生に。小学生は中学生に。中学生は高校生に、そして学生の締め括りとなる大学生になる。だが、ステップアップしてもそこに集う者達は同年代だ。上級生はいるが、小学生で5歳、中学と高校では2歳。大学生では浪人して合格に至った者もいるが然程の差はない。学生時代は同世代との関わりは常に付き纏うが、上級生達との関わりは必要不可欠なものではなく、部活などの関わりが無い限りは、学生生活に何ら支障を来すことはない。しかしながら、企業となるとそうはいかない。そこには、あらゆる世代や年代の者達が集っている。更にそこではピラミッド型式にきっちりと差別化もされている。関わりをもたずには成り立たないのが企業という組織だ。だからこそ、学生の頃とは違ったその未来図は、ぼんやりとしか描くことができず、誰しもが恐怖心に苛まれるのであろう。それは生きとし生ける者にとっては自然のことであり、当然のことなのである。
「長所と短所を述べよ」
「え?」
鈴木の唐突な質問に、心弥と岩谷と国分が目を丸くして呻いた。
「長所は言い易いが、短所となると、誰しも言いずらいもんだよな」
「ああ」
鈴木が何を意図として言ったものなのかが、理解できた心弥と岩谷と国分は相槌を打った。
「ゼミを受けてるんだ」
「ゼミ?……何の?」
「模擬面接」
と、鈴木が涼しい顔をして言った。
模擬面接とは、面接試験の対策などとして行われる、実際の面接試験の状況を再現した練習方法。本番前に面接の流れやポイントなどを具体的に把握するといった趣旨で実施される。
「いつ頃から?」
「今月に入ってから。来月には面接が開始されるんでな」
「だけどよ。どうしてまた」
と、心弥がその胸の内を弄るように問うた。
それが必要かどうかはわからない。だがしかし、ああでもないこうでもないと色々といらぬ考えを巡らせ、悩んで悶々とした日々を送るよりは、心理的に落ち着けるのではないか。
「面接官の前で、緊張してドキドキして思ったことも言えずに後悔するよりはましだから、そう思ってな」
と、鈴木が付け加えて言った。心弥は思った。鈴木らしい論理的で計画性のある答だと。
心弥が高校三年の時、進学はせずに就職を選択した友人がいた。就職組の友人は、会社面接が近づいてくると、放課後に一人残って、担任教師が面接官となって、面接の予行練習をしていた。時には、
「面接は、毎年、決まったようなものが、質問されるらしいんだ。でも、面接官が一人とは限らないから」
と言って、家族や友人達を借り出して面接官にして、練習することもあった。その友人もなた、鈴木と同様のことを言っていた。
数日後、触発された心弥は模擬面接のゼミを受けることにした。大きなホワイトボードには、次のような事柄が書かれてあった。
1.基本中の基本である自己紹介を練習しよう
2.志望動機は企業研究をしてしっかり考えよう
3.自分の短所は長所に言い換えて答えよう
4.個性的な答えを用意してみよう
5.最後に質問を用意しておこう
「就職面接の質問は、大凡が決められた質問ばかりです。だから、どんな答えを言うかというよりも、その答えに対してはっきりと聞こえるように堂々と自分の意見を言えるかなどの姿勢も見られているのです」
と、壇上に立っている講師が、熱弁を篩うように力強く言った。
心弥には気掛かりなことがあった。それは、新卒者でありながら他の新卒者達よりも心弥は年上であることだった。