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恋の嵐

 イケメンの名はホランといい、片手剣を帯刀する戦士(ウォーリアー)であり、パーティーの長でもあった。

 私とホランはひと騒動あったギルドの建物から離れて、近くにある宿屋へと向かった。

 その宿屋は冒険者向けの中長期滞在宿で、暑苦しい冒険者たちの汗の匂いが廊下に充満していた。

 鼻をつまみたくなったが、そこは我慢した。ただ顔には出ていたようで、


「この匂い、独特ではあるけど、すぐに慣れるさ」


 と、ホランは笑いながら私に言った。

 実際、こういった冒険者の匂いも、冒険中の魔物の死体の匂いなんかに比べると随分とマシであり、何度も冒険をしていくうちに、この冒険者の匂いが帰ってきた安堵感を生んでいた。

 ホランの言う慣れとは、こういうことだった。


 しばらく歩き、ホランは扉の前で立ち止まった。


「ここが僕らの今の住処だ。みんないい人たちばかりだから、きっと君を歓迎するさ」


 私は緊張と、騒動からずっと続くちょっとした恋心のうずきが混ざり合って、「はい」とか「うん」とか、簡単な相槌しかうてなかった。

 だが、ホランは気にせず扉を開けた。


「やあ、みんな! 今日は新しい仲間を紹介するよ! 十五(・・)歳にして攻撃魔法も回復魔法も両方使える凄腕ウィッチ、サラちゃんだよ!」


 その大きな部屋にはホランたちのパーティーがいた。ホランの言う通り、若い冒険者が多い。パッと見て、私と同じぐらいの子どももいる。そんな人たちが丸テーブルを囲って座りながら、動きを止め、私をジッと見る。

 その中でも特に気になる視線があった。それは、のちに同じ十二歳だと知る男の子の視線だった。

 彼の名前をテンという。この時は部屋の隅っこにいた。印象的で体にまとわりつくような、奇妙な視線をテンは送ってきていたが、この時、彼は声すらかけなかった。それは私にとって意味深に見えたのだが、これがただのクセだと知るのは、このパーティーに馴染んでからだ。


 そして、こんな口数の少ない少年と私は、ここからしばらく長い付き合いになる。

 しかし予兆はこの時、何もなかった。


「おいおい、ホラン。お前、それ本気で言ってるのか? そいつ、どう見ても十歳ぐらいのガキだろ」


 十歳とは心外だった。

 突っかかってきたのは、だらしなく椅子に座っている十五歳の青年だった。名前はナルという。当時、パーティーの副長を務めていた。


「まあ、多少の誤差はあると思うけど、戦力が十分なら問題はないだろう」

「十分って確かめたのかよ?」

「いやあ、勘だよ。でもきっと彼女は強い。たぶん」


 ホランは笑って言った。

 ナルは、はあ、とため息をつきながら立ち上がり、ホランに近づいた。

 ……かと思いきや、かがみこみ、私と視線をわざわざ合わせ、にらみつけて言った。


「ここは託児所じゃねえ。金なし親なし冒険者によるパーティーだから孤児院だと言われるが、それでも俺はこんなガキの子守はゴメンだ。それに身なりが整いすぎている……金なしじゃないとなると、冷やかしか?」

「そ、そんなわけないじゃない!」


 私はここにきて、ようやく言葉を発することができた。

 だが、間にスッとホランが入ってきたことで、会話は途切れた。


「はい、そこまでそこまでー。新人を下に見るのはナルの悪い癖だ。少しは反省したまえ。まあ、ただ彼女の実力を知りたいという思い、正直、私にもある」

「ほら、やっぱり知りたいじゃねえかよ」

「ナル。私は君と違って彼女を疑ってはいない。だけどその欲求とは別に、見てみたいという気持ちがある。ということでサラちゃん」

「はい……?」

「ナルと試しに闘ってみてくれないか?」

「え、えっと……」

「ナルには君をケガさせないよう、十分に忠告しておくからさ」

「わ、わかりました」


 突然、決闘の流れに持ち込まれた私は、あたふたとしながら答えた。心構えは当然できていない。ホランたちのパーティーの挨拶はこれが常識なのだろうか、と疑いたくなった。

 だが、私を疑う視線を崩さないナルは、大いにこの決闘の機会を喜んでいた。

 たぶん勝てるつもりでいたのだろう。

 そんなこと、あるはずないのに。



 ▽


 城下町の外に広がる平原は、とにかく高低差がなく広々としており、緑の絨毯の先には地平線が見えていた。その先には海や山、そしてダンジョンである大穴があるはずだったが、私には見えなかった。

 風が優しくそよぐ。


「イチ、ニー、イチ、ニー……」


 ナルが道着のような軽装の格好で準備体操をしていた。

 ナルは格闘家(ファイター)らしく近接戦闘が得意で、戦士以上に体の柔軟性を重視していた。ストレッチをしているナルの体は柔らかく曲がっている。


「ナルに関しては武器の使用を禁止。刃物は危ないから素手でね。サラちゃんは魔法詠唱のための杖のみ使用オッケー。それじゃあ準備がおわったら、声をかけて――」

「私はもういいですけど」

「あれ、サラちゃんの準備、早くない?」


 ホランは少し驚いたようだった。

 確かに私はここに来た時と同じ着心地優先のローブを着ていたし、杖もローブのポケットに入るような小さなものだった。あまり戦闘向けとは言えない格好だ。

 だが私にとってはそれぐらいの装備でも十分すぎるぐらいだった。素手と麻布の服でもナルに勝てる自信があった。

 なんといっても私はチート持ちだからだ。


「お前、負けるつもりか?」

「そのつもりはないです。ちゃんとした装備がないのは……お金がないからです」


 私は事実を言った。

 しかしナルはいまいち納得しかねていたようで、舌打ちをしていた。


「まあ負けても追い返すとか、そんなことはしねえ。これから俺たちと強くなればいい。そこは安心してくれ」

「ありがとうございます。でも私、負けませんよ」

「は? まあ、いいか。ケガするんじゃねーぞ」


 ナルは両腕を構え、私をジッと見た。

 私は杖を手に取り、先をナルに向けた。

 お互い、準備は整った。


「準備ができたようだね。それじゃあ、はじめてくれ!」


 ホランが優しいトーンで言い、そして両手をパシンと叩いた。

 その合図の瞬間だった。

 ナルは地面を蹴って、私との距離を一瞬で詰めた。

 武器を使用しない近接戦闘であり、ファイターなのだから当然の行動だ。後衛であるウィッチには不利すぎる条件だった。

 だが私は杖を使って、近づいてくるナルの拳の軌道を少しだけ変え、あと体を傾けた。


 ナルのパンチは素早く、学校で見た誰よりも力強いものがあった。見たこともないスピードのパンチで私は素直に驚いた。

 だだ、だからといって避けられないこともなかった。

 挙動に対して体全体が動きすぎていて無駄が多い。避けられるリスクより、ダメージを与えるメリットを優先しすぎている。考えのない子どものようなパンチだ。今思えば、十五歳らしい考えのないパンチだ。少なくとも、か弱い女の子に浴びせるパンチではない。

 だが、私はその辺のか弱い十代の女の子ではないので、かすりもせずに避けることができた。


「なっ……?」


 と驚くナルの顔を横目で見ながら、私はとりあえず魔法の詠唱をしてみる。

 杖で叩くだけでも結構なダメージを与えられる自信はあったが、ウィッチとしてパーティーに入る以上、力技を見せるわけにはいかなかった。


「――来たれ、炎の魔よ、あたりを燃やし尽くせ」

「う……うぉ、あっちいいい!?」


 杖先から飛び出た炎は、一瞬だけナルの全身を包み込んだ。力をまったくこめなかったので一瞬だ。私が本気を出せば、エルンシュタットの城下町にまで火が及ぶ。それはさすがに望むところではなかった。


「まだやる?」


 私は微笑みをあえて見せ、ナルを挑発した。


「当たり前だろ。今度こそ、俺のパンチをあててやる!」



 ▽


 それからナルは拳を振るい続けたが、一度も私にあてることができなかった。

 回避するたびに大きな隙が生まれ、私はそこにとても弱い、しっかりとコントロールされた魔法を打ち込んでいった。

 ナルのパンチが私に当たらないのは当たり前だった。他人にとってはある程度早く見えるパンチかもしれないが、私にとってナルのパンチはゆったりとしていた。体感時間を本能的に伸ばすチート能力が発動していた証拠だった。


「ナル、もう認めなよ」


 ホランがナルの肩に、ポンと手を置いた。

 ナルは肩で息をしていたし、道着もボロボロになっていた。


「なんで全部避けられるんだ……? こいつ、凄腕ってレベルじゃない気がするぞ」


 私はチート持ちであることを見抜かれたと感じ、ドキッとした。別に隠し通す理由はなかったが、私がチート持ちだと分かったナルがどう思うか、何となく当時の私であっても想像できた。

 少なくとも、好意は持たれない。


「たまたま、だと思い、ます」


 歯切れ悪く、私は嘘を重ねた。一発ぐらいワザと当たれば良かったと少し後悔もしていた。

 ナルは納得がいってないようだったが、隣にいたホランが「まあまあ」とナルをなだめる。


「まあこれで、サラちゃんの実力が本物だったと証明できたわけだ。さてサラちゃん、回復魔法でナルの傷を治してやってくれ」

「私でいいのなら……」


 私はナルに近づき、手のひらを向けた。

 チートだとバレたくなかった私は、出力をあえて抑えつつ、ナルの傷を治した。傷口は塞がっていくが、妙に遅い塞がり方だった。一瞬で治せるところをあえて治さないのだから、まどろっこしくて仕方がない。


「回復魔法は普通なんだな」


 ナルが意地悪な笑みを浮かべて言った。

 私は「えへへ」と笑った。ダマせたことに安心感を持ったからだ。


 だが、全員をダマせたわけではなかった。


「やっぱり、君は僕と同じ――?」


 私の耳(聴力チート)はその遠くから聞こえる囁きを、聞き逃さなかった。

 ナルの傷口を塞ぎつつも、私はその声の主を目で探した。

 そして私は見つけた。

 その声はテンから発せられたものだった。

 初めて出会った時と同じく、テンは私に不思議な視線を送り続けていた。しかしその視線はあの時とは違い、生き生きとしており、興味に満ちあふれ、まるで年相応な子どものようだった。


 その時だった。

 私はここで、二度目の胸のうずきを感じた。

 当時は恋だと気付けなかったうずきだ。

 私はホランに初恋しつつも、すでに別の男に恋をしようとしていた。

 どちらが好みか、と考えて、どちらも好みと言えた。


「なあ、お前さ。ここの傷も塞いでくれないかな?」


 ナルが私のことをお前と言う。

 負けても見下すことをやめない根性に私は不快感を覚えたが、同時に、私を見下すその相貌がとても凛々しく見えた。

 その凛々しさは、恋に落ちるほどの刺激があった。


「えっと、ちょっと魔力が……」


 私は顔を赤らめながら、ナルから離れた。

 無防備な男の子が至近距離にいる現状に、突然耐えられなくなった。


 初恋のホラン。

 遠くから視線を送るテン。

 負けん気の強いナル。


 私はこの三人の男に恋しながらも、これからパーティーの一員として活躍することになる。

 ここから三年間、十五歳になるまで。

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