十二歳の少女、冒険者になる(後編)
冒険者ギルドの建物に入り、大人たちの好奇な視線をものともせず、私は受付カウンターへと足を運んだ。
「すみませーん」
「はいー!……あっ、えっと……」
受付のお姉さんが明るい笑顔を見せたかと思いきや、一瞬にして戸惑いの表情に変わった。
冒険者ギルドの受付に、十二歳の少女が来て戸惑わない方がおかしい。明文化されてはいないが、子どもには冒険者登録は行えない規則があった。
困った受付のお姉さんは「うーん」と小さくうなった末に言った。
「迷子?」
「違います。登録です。小さいってよく言われますけど、私、十五歳なんです。今日は冒険者ギルドの登録にきました」
当時の私も、さすがに十五歳には見えないことを自覚していた。だが、一度受付の奥へと消えていった受付のお姉さんは、数枚の紙をもって受付に戻ってきた。
「申し訳ありませんでした。こちらが登録用紙です。これにあなたの名前、所属地、職種、特殊スキル、取得魔法の記入をお願いします」
受付のお姉さんは今後私に関わらないといった様子で、そっけなく私に登録用紙とペンを渡してきた。
私はそこに、スラスラと記入していった。
ギルドメンバーの登録情報は、建物の中の掲示板に貼りだされ、閲覧ができるようになっている。バランスの良いパーティーを組む際、この登録情報を見てメンバーを決めることも多い。
私は自分がパーティーに組まれやすくなるよう、数の少ない魔女と記載し、取得魔法には攻撃魔法と回復魔法の両方を書いた。特殊スキルの欄には魔力消費少量と書いた。もちろん、前衛もできるし、剣も扱えると書けたが、そこまでは書かないようにした。
チート持ちなんていう人間は、この世に存在するかどうか怪しいレベルの人間だからだ。
それを大っぴらにすることは避けたかったし、何より年齢と容姿の不一致の時点で、実力が疑われパーティーに誘われない、という事態は避けたかった。
もっとも今思えば、私の容姿で攻撃魔法と回復魔法の両方が使える、という時点で十分チート持ちのアピールにはなっていた。
「この情報に誇張または虚偽がある場合、罰金刑が課されることとなります。大丈夫ですね?」
「大丈夫です」
受付のお姉さんは、私の年齢が嘘であることを見抜いているのか、鼻で笑った。だが、そのまま登録用紙を持って受付の奥へと入っていた。
私は建物の中をウロウロとした。自分の登録者情報が貼りだされる瞬間をそわそわしながら待った。
しばらくすると、受付のお姉さんがカウンターから出てきて、一枚の紙を掲示板に貼りつけた。遠目から確認すると、それは紛れもなく私の登録情報だった。
この日、私は十二歳にして、冒険者になったのだ。
登録された情報は、瞬く間にその場にいる冒険者たちの注目の的となった。しかも十五歳(本当は十二歳)の少女でありながら、攻撃魔法と回復魔法両方が使える、という点が魅力的だったらしい。ただ、中には「嘘くさい」と声を漏らす人がいた。
登録した冒険者は、ギルドの建物の中でパーティーの誘いを待つ必要はなかった。そこは仲介役であるギルドの職員が、各地域にある掲示板を使って連絡を繋げてくれる。
それでも私がギルドの建物の中で待つことにしたのは、早く冒険に出たいと思っていたからだった。
そして、その願いはすぐ叶ったようだった。
私の登録情報を見た男が、受付カウンターに行った。受付のお姉さんは私を指差した。さっそくの呼び出しに、私は素直に喜んだ。
しかしやってきた男は、筆舌に尽くしがたい酷い男だった。体格は戦士らしくガッチリとして強そうではあったが、酒と体臭が入り混じったキツい臭いを放っていた。
「お嬢ちゃん、一緒に冒険しようぜ」
男は下卑た笑みを浮かべた。
男のパーティーと思われる他のメンバーも、同じような笑みを浮かべていた。
この人たちの目的は冒険なんかじゃなくて、私の体目当てなのだと、一目見ても分かった。
私はこれまで、そういう目で男から見られたことがなかったので、この時ばかりは恐怖を覚え、足が震えた。
「え、いや……それは」
私は恐怖で首を横にふれなかった。
しかし男は迫ってきて、遂には私の腕をつかんだ。
「俺のパーティーはウィッチが足りないんだ。なぜか女性不足で前衛ばかりでな。なに、他の男たちより報酬を倍にしたっていいんだぜ? グハハ」
笑うたびに腐った臭いが飛んできて不快だった。それに男の手のひらは汗まみれで、私の腕を犯しているようにすら思えた。
「やめてください、あの、私にだって選ぶ権利があります!」
私はつかまれていない片方の手で、男の腕をつかんだ。その時の私は恐怖心で我を忘れていた。
あろうことか、男の腕を魔法で爆散させる気でいた。
腕をつかまれた男は、私の異様な力に戸惑いを見せ、後ずさろうとしていたが、今度は私がその腕を離そうとしなかった。
「な、なんなんだ、おまえ……!?」
ギルドの建物にいた人々がざわつきだした。
しかし私は気にしない。自分と男のこと以外、何も見えていなかった。
だから、私に近づくもう一人の男の存在に、まったく気付かなった。
颯爽と現れた男は、美しい顔立ちをし、微笑みを浮かべていた。それに髪は艶やかに輝いており、長身痩躯とまではいかないスタイルの良さがあった。
まるで絵に描いたようなイケメンだった。
男は剣の鞘で男の腕をはじき、男と私を引き離した。
私はバランスを崩し、男の胸の内へ、ストンと体を預けた。
「女性に対する欲求はここではなく、外のお店で済ませるべきではないかな?」
男は歯ぎしりをギリリと立てて悔しそうにする。だが、私にも男にも勝てなさそうだと感じたのか、早々と建物から出ていった。
「やれやれ、ああいう輩が冒険者の評判を落とすんだがね。困ったものだ」
私は男の胸の内に体を預けたまま、その囁きを聞いた。
その時、少しだけ私の胸がキュンとうずいた。
「ところで君、パーティーを探しているのかな?」
男が言う。
「え、あ、はい……」
「じゃあ僕のところにこないかい? ウィッチは丁度人手が足りなかったし、君のような若い冒険者もたくさんいるよ」
「じゃあお言葉に甘えて……みます」
私はうずく胸を手で抑えながら答えた。
この胸のうずきが恋心だと知るのは、もう少し経ってからだ。
ただ、この恋は初恋にして、悲恋になる。
そしてこの初恋を境に、私は変質することになる。
この時は、まだそのことに気付いていない。
出来れば早めに……。