十二歳の少女、冒険者になる(前編)
学校にはマジメに通っていた私だったが、十二歳になると、冒険者としてお金を稼ぐようになった。周りにそんな子がいなくても、私は冒険者になろうと決意した。
堅実な生活を築こうと思う人なら、親から農地を引き継ぐか、学校の学歴を生かした専門職につく。しかし全員がそういった職業に憧れを持っているわけではない。理由は様々で、学歴が低く冒険者になる選択肢しかなかった人もいる。
また冒険者は蛮勇な人が多かったため、よく死んだ。そして冒険者がよく死ぬことで、冒険者の人数は常に安定していた。
私は十二歳の少女という少し若すぎる年齢で冒険者デビューを果たしてしまったが、蛮勇だったとか、浅はかだったとか、そういうことは今でも思っていない。
その時の私は、とにかくお金が欲しかった。
それは卑しい目的ではなく、単純に、女手一つで育てる母を労働から解放させたかった。
もちろん、チートスキルを使った農作業を試さなかったわけではない。実際、ダメだったわけではなかった。ただ、狭い土地でやっても、作業が早くおわるだけで、農作物が増えるわけではなかった。
冒険者は秘宝を手に入れたり、凶悪な魔物を倒したりすると、巨額のお金が手に入る。魔王とはじめとする凶悪な魔物はあらかた退治されてしまったが、それでも凶悪な魔物はどこかで生まれ、人々を襲い続けている。そういった魔物を一体退治するだけで、年単位で楽に過ごせるお金が手に入る。
私は、自分のチートスキルの存在価値をそこに見い出し、母のためのものだとすら感じた。
もちろんチートスキルは母のためのものではなく、もっと入り組んだ事情の断片に過ぎなかったのだが、十二歳の私にそこまで想像する力はなかった。
▽
とある日、農作業がおわった夜。
私は夕飯の準備をする母の背中を見ながら、決意した。
冒険者になる許可を得ようと……。
「ねえ、お母さん。あのさ、いま話しかけていい?」
「なに?」
母は野菜を煮てスープを作っていた。
狭い家なのでスープのよい香りが家の中、全体に漂っている。そのスープ作りに集中しているからか、母はこちらを振り返ろうとはしない。
「あのね、お母さんを楽させてあげる方法を思いついたんだけど」
「うん。どんな方法?」
「えっと、冒険者になると一攫千金が狙えてるみたいなの。秘宝を手に入れたり、凶悪なモンスターを倒したりすると、一生暮らせるぐらいお金がもらえるんだって。だから、私、冒険者になろうかなと思ってて――」
母は私の方を向かず、スープ作りに集中しながら、とても静かに聞いていた。
そんな優しく見える母の態度に、私は少しだけ焦りを覚えた。
私は母が反対してくるだろうと思っていたからだ。母が冒険者の危険性を知らないはずがない。ましてや私はまだ十二歳で女の子だ。
私は反論されると思い、キッチリと反論された時のための言葉も用意していた。
だが、母はうんうんと頷き続け、そして言った。
「サラ、素直に言いなさいよ」
私はドキっとした。嘘をついているわけではないが、その言葉はあまりにも意外だったからだ。
しかし、そこから続く母の言葉によって、私は安堵することができた。
「お金が目的じゃなくて、冒険者になって魔物と戦ってみたいんでしょ?」
そう言って母は私を見た。
その時の母は、今まで見たこともないような笑顔を浮かべていた。
その笑顔をあえて言葉にすれば、私のための母が隠したプレゼントを、私が見つけ出した時のような、そんな顔つきだった。それは当時の私にとって、不思議な笑顔だった。
ただ、今ならその笑顔の意味はよく分かる。
母は私がチート持ちとして生まれることを知っていた。学校に通わせていた理由がそもそもこれだった。
ようやくチート持ちらしく戦う意志を見せてくれた、と喜んだに違いない。
もっとも私が喜んで欲しかったところは、戦う意志を見せたことより、お金を稼いで母を楽させようと考えていた所だった。
建前のように思われたことは、少し残念だった。
▽
母から冒険者になることを許可してもらってから一週間後。
冒険者として登録するために、私は通学以外の目的で初めてエルンシュタット城下町を一人で訪れた。冒険者ギルドまでは、街の裏道を通らなければならなかった。
普段見ることのない城下町の裏道は、どこも新鮮だった。私が普段歩いていた道は舗装がしっかりとしていて、優しい大人の視線があり、子どもだけで歩ける安心感があった。だが、一つ道を外れたギルドまでの道のりは違う。ヘソを露出した薄着の女性が男性を誘惑していたり、変な匂いのする薬草を燃やしていたり、酒瓶を片手に千鳥足で歩く男が私をじっと見てはニヤリと意味もなく笑っている道だった。しかも道幅が狭いので、どうしてもそういった人々のそばを通らなければならなかった。
そして多くの大人が私のことをじっと見ていた。きっと不憫な十二歳の女の子に見えていたことだろう。
ただ、私自身はそういった大人の力を過小評価していたので、怖くはなかった。チート持ちである私の方の力が上だと思いこんでいた。
冒険者ギルドの建物の前には広場があり、狭い裏道から出た私にとって開放感があった。
広場の外周は武具や保存食や薬品を売る露店のテントが埋め尽くし、広場の中心には一枚のボードが飾られていた。
そのボードには無数のクエストの紙が貼られている。そこには依頼主の名前と、倒すべき相手と、倒すべき相手の生息地と、賞金が書かれていた。プリンターなんていうものは当然なかったので、それらはすべて手描きで、風が吹けばぴゅううっと飛んでいきそうなほど薄くて安っぽい紙だった。しかしその安い紙に反して、書かれていた賞金は高額なものが多かった。
私はそれらの紙の情報に目を通し、とりあえず瞬間記憶のチートスキルを駆使してすべて記憶した。効率良く稼ぐためには、とりあえず情報が必要だと私は考えていた。
ただ、その前に冒険者としてギルドで登録を済ませなければならなかった。
冒険者ギルドの建物に入り、大人たちの好奇な視線をものともせず、私は受付カウンターへと足を運んだ。
週一更新すら守れず……しかし明日後編投下します。