表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

とある少年による、三波明という人間の考察。

※とある少年視点

僕の通っている高校は全国にも名を馳せている進学校である。

けれど、歴史はまだ浅く、設備を含めて建物は真新しい。

制服も世界的デザイナーによるオリジナルで、特に女子生徒のものは巷でも人気が高い。

そんな学校に通うのは、なぜか見目麗しい生徒ばかりで、ネットでも話題になっているようだ。

容姿の優れた人間というのは総じてスペックが高いらしい。理不尽だ。

神様は一体何を考えているというのか。


そして、そんな学園には王様がいる。

篠原 光成 という王様だ。

ルックスは元より、学年一位という頭脳とずば抜けた運動神経は人望を集める。もちろん教師陣の信頼も厚いという。

だけど、僕が気になっているのはその人ではない。

まぁ、最初はその「篠原」という人を眺めていたわけだけど、その内に、いつもその人の右後ろを歩く「三波明」という人に目がいくようになった。

彼も、篠原光成ほどではないが美形の類だ。

篠原の金髪と対を成すような赤い髪。

この学校は割と自由な校風だが、染髪は許されていない。それでもやっぱり年頃なのでこっそり染めて、地毛ですと言い張る生徒はいた。

それでも、三波の赤い髪は群を抜いて色が濃かった。

地毛です、なんて言い訳が通用しないほどに。

実際、教師や風紀委員から口うるさく言われているようだが、気にも留めていないようだ。

昨今では軽くはたいたくらいで体罰なんて言われるので、教師も強く出られないらしく、実力行使に出る者は居ない。遥か昔にあったような、水道で洗わせるとか、黒のスプレーで無理やり染めるとか、染髪した髪を切られるとか、そういったことがないので彼の髪は入学当初から赤いままだ。

そんな彼は、篠原ほどではないが長身で、更に細身でいつもニコニコ笑みを浮かべているため、一部女子からは「王子」なんて呼ばれている。

しかも、しょっちゅう授業をサボっているなのに、廊下に張り出される成績上位者にはいつも名を連ねている。いつ勉強しているのかと不思議に思う。

きっと元々のスペックが違うのだろう。


僕は僕に満足しているので、特に羨ましいとは思わないが、この世は本当に理不尽である。

篠原光成や三波明の姿を校舎で見かけるにつれ、ふと、そんな思いになる。

ちょっと切ない。


―――――そんなある日のこと、事件は起こった。


「ねぇねぇ、初瀬君。ちょっとお話あるんだけど良いかなぁ」


何と、あの三波明がわざわざ赴いて、一人の男子生徒を呼び出したのである。

相変わらず人好きのする柔らかい笑みを浮かべているが、その目はいつもとどこか違う光を帯びている。


初瀬君は、いわゆるごくごく普通の生徒だ。

顔はちょっと目立つかな、というくらいの、雰囲気イケメンでもある。


「な、何」


初瀬君はどこか挙動不審に三波明を見やった。

学園の王子様に話しかけられたというのに全く嬉しそうじゃない。

当たり前か。彼も男なのだから、同姓に微笑まれたってときめくわけないのだ。

だけど、あの、三波明に好意的に話しかけられる男子なんてなかなかいないのは事実だから、やっぱり喜ぶべきところだろうとは思う。

三波明は、女生徒には優しく穏やかだが男子生徒には異常なほどに辛らつだ。

空気の読めない上級生が、篠原光成は無理でも三波明であれば気安く接しても大丈夫だと踏んだのだろう。馴れ馴れしく話しかけ、あまつさえ肩を組もうとして、蹴飛ばされた。

まるで劇画でも見ているかのような、吹っ飛びっぷりだった。

怖い。

たまたま現場に居合わせたのが運の尽きでもあるのだが、僕の横を飛んで行った上級生がごろごろと無様に転がる様子に眩暈を覚えた。

無様にも「ひぃっ!」と声を上げたのは不可抗力だ。

巻き込まれなかっただけでも有難いと思わねばならない。


そんな風に、ただ馴れ馴れしくしただけで相手を叩きのめすというとんでもない性質の三波明だか、それでも女生徒にとっては憧れの存在であるのに代わりなく、むしろ、あの王子様的な容貌に粗雑な態度が格好いいとますます人気を高めている。何とも不思議なことだ。

そんな彼が、篠原光成などのいわゆる身内とは違う人間に話しかけたものだから、教室の中は一瞬、息を飲んだかのように静まり返った。


「内緒のお話なんだよねぇ。だからちょっと付いてきてくれる」


確かに疑問系の言葉のはずなのに、有無を言わせない威圧感がある。

はいはい立った立った、と囃し立てるように言って初瀬祐の腕を掴んで椅子から引っ張り上げた。

クラスメイトはただ呆然とその様子を見守っているが口を挟むことのできる人間はいない。

普段であれば、三波明がいれば女子生徒が群がっているところだが、なぜか今回だけは誰も近づくことができなかった。

初瀬祐はほとんど引きずられるようにして教室から出て行く。

明らかに動揺しているし、目線が友人たちに助けを求めているのだが、声を掛ける人間も引き止める人間もいなかった。

それは一重に、初瀬祐を引っ張っていく三波明を敵に回したくないという思惑からで。

かくゆう僕もその一人だった。

というか、初瀬祐が絡んでいようが他の誰だろうが、関わりたくないというのが本音だ。

僕はあくまでも傍観者でいたいのだ。

本当は後をつけて、何が行われるのか見守りたいところだったけれど、見つかったときのリスクを考えると放置しておいたほうが良いだろうという結論に至った。


そして数分の後、一人で教室に帰ってきた初瀬祐は無傷ではあったが明らかに血の気を失っていた。

真っ青を通り越して、真っ白になった肌は唇からも血の色を奪い、微かに戦慄いた顎の間接が起こった出来事の重大さを語っていた。

友人たちがすぐに駆け寄り、三波明に一体何をされたのかと問い詰めたのだが、彼は固く口を閉ざしたままただ小さく震えるだけだった。

外見上は何も問題ないように見えるのに、どこか怪我でもしているのかと思ったのだが、注視してみてもそんな様子はない。

そうだとすればもしかして精神的攻撃を受けたのだろうか。

三波明にはそんなスペックまで備わっているというのか。

僕は心底、三波明という人間の底の深さに慄いた。


そして、事件はこれだけで終わらない。


約5ヶ月に渡って学校を休んでいた女子生徒が篠原光成と一緒に登校してきたというではないか。

しかも、ただ単に一緒に登校してきただけでなく、篠原の車から降りてきたというのだ。

それはまさに晴天の霹靂であった。

篠原光成には今までも何人かの恋人と呼ばれる存在はいたが、篠原の車に一緒に乗り込むなんてことはなかった。それはつまり、篠原の家に認められていないことと同義だったのだ。

噂によると休日に遊びに行くときでさえ同乗は許されなかったらしい。

恋人の家に徒歩で送り迎えすることはあっても篠原の車には乗ることを許されない。

それは彼女たちの自尊心を傷つけるような行いではあったけれど、本人が免許を持っているわけではないしこの世には公共の交通機関という至極便利な乗り物があるのでそれ自体がトラブルになるようなことはなかった。


それがいきなり、長い間学校に来ていなかった女子生徒を伴って車から降りてくれば、学校中の噂になるというものだ。

しかもこの学校で唯一、篠原の車への同乗をゆるされている三波がその女子生徒を甲斐甲斐しく面倒みているというではないか。

どうした、一体何があったんだと男子も女子も訝しむような顔つきをしている。

僕だって事の次第が気になるし、許されるなら噂の三波の様子を見に行きたいくらいだが、学校中がピリリとした雰囲気である為、今は大人しくしているほうが良いだろう。

最近気づいたのだが、僕はもしかしたら巻き込まれ体質かもしれない。


「なぁ、お前知ってる?」

「何が?」

「5ヶ月くらい前さ、男子生徒と女子数人が同時に学校休んだだろ」

「ぁあ、何だっけ。食あたりだとか胃腸炎だとか何とか言ってたやつ?」

「そうそう。同じクラスの同じグループの男子が全員休んだから、本当はサボリなんじゃねぇのって皆言ってただろ」

「あー、そんなこともあったっけ」

「あれさぁ、そんな単純な話でもないらしいんだわ」

「何、なんかあんの」

「噂じゃさ、制裁、受けたらしい」

「制裁?」


学校中の浮ついた空気を肌で感じながら、昼休みに図書委員の僕が返却された本を並べていると、隅っこの席で男子生徒が顔を寄せ合い、そんな会話をしていた。

周囲に人はいない。台車を押している僕だけだ。

きっとこの内緒話をする為に、あまり人気のない図書室を選んだのだろう。

試験期間でもなければ図書室はいつもガランとしているのである。


「制裁って、誰から、」


話を聞いていた男子生徒がひゅっと息を飲む音が聞こえた。

そんな音さえもやけに大きく響く。

二人の会話に聞き耳をたてていた僕は、その切羽詰った呼吸に驚いて、不本意にも手を震わせてしまった。

棚に戻した本の背表紙がコトリと音をたてる。

そうなってやっと僕の存在に気づいたのか、二人の内の一人が素早くこちらに視線を走らせて「あ、人がいたんだ。やべ」と言って立ち上がった。

肝心なところは聞こえなかったけれど、何となく推察できる。

あのとき学校を休んでいたのは、この学校でも比較的目立つグループに属している面々だった。

そして同じ時期に篠原光成や三波明もしばらくの間、学校を休んでいた。

彼らも無関係ではないのだろう。

そして、篠原光成と三波明に関しては恐らく、制裁を受けた側ではない。

その結論に達した途端、背中を氷でなぞられたようなゾワリとした不愉快な感覚に震えた。

いかんいかん、傍観者でいようと思っていたのに思わぬ真実を耳にしてしまった。

いや、違う違う聞いていない聞いていない。

5ヶ月前はただ単に胃腸炎が流行していた、それだけだ。

それだけ、それだけ。


うんうんと一人で肯きながら、二人の男子生徒を追うように図書室を出る。

教室からは少し離れているので少し急がないと授業には間に合わない。

もうすでに他の生徒は教室に入ったのか辺りはしんとしている。

階段を登る僕の足音だけが奇妙に響いた。誰もいない廊下はどこか不気味だ。

無意味にも周囲を見回して、そして僕は再び、見てはいけないものを目にした。


廊下の突き当たり、奥の奥。そこは第二校舎に続く裏口のようなところで、鉄製の扉があり、その横が小さな手洗い場になっている。

奥まっているので普段は人が通らない場所だ。扉はだいたい閉ざされている。

そこに、数人の生徒が固まっていて、こちらに背を向けていた。

暗がりなので一瞬、亡霊か何かかと思ったくらいだ。

臆病な僕は思わず『ひぃっ』と息を飲んでしまったわけだが、かろうじて声は飲み込んだ。

よくよく目を凝らしてみれば、生徒たちが何かを囲んでいるのが分かる。

え、と思いつつそっと近づいて、彼らからは見えない範囲でそっと覗きこんでみれば、囲まれているのが女子生徒だというのが分かる。

背中と背中の隙間からかろうじて見えるその姿は、すごく小柄だ。

スカートから覗いている足も細く頼りない。

だけど、自分を取り囲む生徒たちにしっかりと顔を上げて対峙している姿には、か弱さ以外の何かを感じさせる。


「おい、聞いてんのかよ!」


彼女の取り囲んでいた内の一人が声を上げる。

そこには女子生徒しかいないというのに、言葉遣いが粗野で荒々しい。ここは確か進学校で良いとこのお嬢様が多かったはず・・。


「あんた光成さんの何なわけ!何であんたみたいなのが引っ付いてんの?!」

「三波君だって迷惑してんだよ!」


ああ、これはあれか。女子生徒だけが結んでいるという、抜け駆け禁止条約。

違反したものには容赦しないという、あれだ。

唯一免除されるのは、篠原光成が自ら選んだ場合のみ。彼が自ら望んだ恋人であればその限りではないというやつだ。

女子でもないのにその条約を知っているのは、それだけ、その抜け駆け禁止条約が有名だからだ。

ただの一般生徒に過ぎない僕が知っているくらいだから、きっと本人たちも知っているに違いない。

しかし、今のこの状況。

僕に、どうしろと?やっぱり助けるべきだよね。もしくは誰か呼ぶか。

とりあえず周囲を見回すけれどもちろん誰もいない。

よ、よし、いくぞ。


「ねぇ何、「ちょっとちょっとぉ、光成のものに手を出そうなんて随分度胸があるんだねぇ」」


とりあえず何をしているのか聞いてみようと声を上げたそのときに、何とも明るい、聞きようによっては間の抜けた声が響いた。

そして、一つところに固まっている女子生徒たちの頭上からストンと軽やかに落ちてきた黒い影。


―――――え、落ちてきた?


見上げればそこには階段の踊り場が。どうやら階段の手すりを乗り越えて飛び降りたらしい。

特徴的な赤い髪がふわりと揺れている。


「さ、三波君・・!」


三波明は何の躊躇いもなく女子生徒たちの間を割って入って、囲まれていた女子生徒を抱き上げた。

片腕に乗せるようにして、子供をあやすみたいに抱き上げた女子生徒の背中をぽんぽんと撫でている。


「あのねぇ、僕は自分で言うのも何だけどフェミニストだし間違っても女性に暴力なんて奮いたくないんだけどさぁ。時と場合にもよるんだよね」


ふふふ、と笑う声が決して楽しんでいるわけではないと知っている。

いつもと同じ、にこにことした笑みなのにどこか違うのが分かる。


「僕はさぁ大切な人のためなら何でもする人間なんだよね。自分のものに手を出されるのも、光成のものに手を出されるのも、すっごくすっごく嫌なわけ」


ちなみにこの子は、光成のものだし、光成だけのものじゃないんだよ。


そう言った声が静かな廊下に低く響いた。

初めて聞く声だ。恫喝されているわけでもないのに無意識に背中が強張る。


「篠原を敵に回すとどうなるか、体験してみる?」


甘い声だ。誘惑するような蜂蜜みたいなとろりとした声。

だけど、決してそれに惑わされてはいけないと警報がなるような、悪魔の囁きだ。

怖い。すごく、怖い。

以前、男子生徒を蹴飛ばしたときよりもずっと恐ろしい何かを見ている。

全身に鳥肌がたった。


「死ぬよりもよっぽど辛いことがあるんだって、身をもって知れば、杏に手を出すのをやめるのかな」


それは問いかけというよりも独り言に近かった。

だからこそ、反論することもできない。

僕からは見えないけれど、三波明と三波明が抱えている女子生徒を取り囲んでいる生徒たちは青冷めているに違いない。

僕も青冷めている。


そして、三波明は女子生徒と抱えたままその場を離れていった。

追いかけることは許されない。なぜか、そんな気がした。

残された女子生徒たちはいつまでも立ちすくんでいて、その間、言葉を発せる人間はいなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ