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冬の伝承-あの時、独りだけが気付いた一つの歪

寒々しい風が、降り始めた雪を勢いづけるように、

丘の上に立つ少年の身体に沁み響く。

少年は、ぶるりと震えそうになる感覚を、

歯を、強く食いしばることで耐えている。

眼の前には、朱色に染め上げられた白布を身に纏う誰かの姿があった。


寒さに震えるよりも、少年の眼が白衣を纏っている誰かに眼を向けた瞬間、

少年の強く食いしばった歯、

唇の隙間からスッと白衣を染め上げている、

朱色と同じ色の液体が、音を感じさせる間もなく静かに流れている。


白衣を身に纏っている誰かは、

少年の顔を見た瞬間、口角を上げてニヤリと顔を歪めて笑う。

そんな誰かの左手には血に染め上げられた剣が、握られていた。


彼の人を目の前にして、意を決して問いかける。

「何故、貴方がこんなことをするのですか。

何故、貴方はこんなにも冷酷で居られるのですか。 」


白衣を身に纏っている彼の人は、声を出すこともなくただ、顔をニヤリと歪めているだけで。

そのニヤリとした顔よりも、彼の人の瞳の中に映っている自分の姿を見て、

このまま勢いで向かっていくか、それとも抑えて様子を見るべきかと。

胸の中で思考を繰り返したい気持ちになった。


けれども、ここで眼の前にいる人物をどうにかしなければ、

村は絶対に元通りにはならないし、誰もこの人が元凶だなんて気付かない。と思った時には、

既に彼の人は、僕を切ろうとした意思を明確に示していて、剣を持ったまま近づいてきていた。

彼の人の動きを見たことにより、情けないことに身体がビクりと反応してしまったことで、

反応も遅れてしまったが、

「まだ、まだ大丈夫な範囲だ」と自らに言い聞かせて。

頭の中に立ててあった順序通りに、

僕は胸に埋め込んであった琥珀色の結晶を思い切り叩く。

胸の結晶を叩いた瞬間、彼の人の持っていた剣が僕の腕を捉えてさっと振り切られたのを見た瞬間、

正直、間に合わなかったと思った。

この後、意識を長く持たせることが出来ないまま無残に死にゆくのだと。


けれど、実際はそうではなかった。

振り落とされるハズの腕は健在で、

振り切られ、風と共に腕を切っているハズの剣は、

腕に傷をつける事の無いまま、皮膚よりも少しだけ高い位置で刃が止まっていたんだ。


腕を切り捨てることも、ましてやキズをつけることも叶わなかった彼の人の表情は、

驚きと、唖然を含んだようで。

其処で初めて、「お前、コーパルだったのか。」と彼の人は言葉を零した。

彼の人が言ったコーパルという言葉も知らないし、

その言葉が僕に向いていたのかどうかもわからない。


だって、その言葉を零した後、

安心して次の算段移ろうと思った時には、

スグに、僕の身体に強い刺激と痛みが広がって、

朱色の液体が至る所から拭えない程、出てきていたんだから。


こんなに強い痛みは、産まれて初めてで、

歯を食いしばって耐えていた表情も耐えきれなくて、

膝をついて、顔も歪んでしまう。

少し落ち着こうと思って息を小さく吐こうとしたら、

口から漏れるのは息だけじゃないようで、

どんどんと鉄の味が口の中を埋め尽くしていくのがわかった。

そんな僕に近づいてくるトントンとした靴の音。

顔を上げようとする事を制するように、

「まあ、いいか。お前がどんな方法を持ってソレを解凍させたのかは知らんが、

とりあえず、潔く死せ。お前を調べるのはソレからだ。」そう彼の人は言った。

諦めたい、けれど諦めきれない。まだ何か出来るハズ――。

思い切り頭の中を回転させて、出来る事を探そうとしていると、

僕の顔がいきなり、強い力でグッと動かされた。


眼の前には、彼の人の顔。

最初に眼を合わせた時のようなニヤリとした表情はそこには無くて。

いつものように、出来の悪い生徒を見る様な呆れた眼をしていた。

そして彼の人はいつものように、こう切り出した。

「最後に教えておいてやる。

この剣はアルコールが混ざっているんだよ。

んなわけでな、

オレが切り返して身体を切らなくとも三度打てばお前の半端さじゃ折れてた訳よ。」

気だるそうに息を吐く彼の人は続けざまに。

「んで、お前の前に切った奴は、

お前の幼馴染の女さ。

名前なんていったっけなあ。 」

ポツポツとこぼすような声には、

不思議と力が入って無くて。


その言葉を聞いた瞬間、

不思議と怒りが沸き上がるより早く、

身体中が冷たい湧き水のように澄み切っていて。


「ああ、思い出した。」


それでも。


「黒葉だったっけか。アイツは良い声で哀れに鳴いていたぞ。身体をボロボロにしながらさ、眼を虚ろにしながらさ、其れでもお前にだけは酷いことをしないでくれと言って、息絶えたよ。」


そんな事、平気な顔で聞けるハズが無かったんだ。


「約束は、まもるよ、黒葉」声に出せたかわからない声でまたあの日と同じように言って。


「さよならだ、9人目の教え子。 」

そう、彼の人が別れを告げた後、


半壊した村から、助かった村人達の間では、

丘が吹雪いていたあの日、

綺麗な光の柱が、唐突に丘の上で輝いていたという話で持ちきりだった。



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