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sette

「そう、休みとれたんだ。よかったー。もうエントリーしちゃったからさー。オレ一人で出なきゃいけないかと思ったよ……。そう、それじゃあ、また。会えるのを楽しみにしてるよ。そういうことで。はい……、失礼します」

 電話を切る。 

 電話を切るときに「失礼します」と言わなければいけないというマナーを覚えたのはいつのことだろう? 旧友との電話にも関わらず、思わず癖でそれを使ってしまった自分に苦笑いする。

 後ろで事務所のドアが開き、誰かが入ってきた。

「店長、まだいたんですか? 珍しい……」アキさんだった。

「お疲れ様です。ちょっと、まだやることがあって」

「今の電話、女の子でしょ?」

「え? いや。確かに女の子ですけど。そんなんじゃなくて、古い友人で……」何故か後ろめたい気持ちになってしまった。

「わかってますよ」

 アキさんは何をわかってくれたんだろう? きっと全部ひっくるめた「わかってます」なのだろう。いや、ただ単に「からかっただけだから気にするな」という意味かもしれない。

「アキさんには、小学生や中学生の頃から、今もつながりのある友人っていますか?」

「うーん。ほとんどいない……。いや、一人もいないか」

「一人も、ですか……」

「うん。地元には友人達もいたし、東京にでてきた人も何人かいるはずだけど……もう誰とも連絡はとってないなー」

「そういうもんですか……」

「いや、私には人とのつながりをないがしろにするフシがあるんだろうね……。ついこの前までつき合いがあった人達とだって連絡をとったり、とろうと思うこともないんだ」

 アキさんにとって、ついこの前とはどのくらい前のことなのだろう? オレにとってついこの前というのは東京に出てきた頃……、それにしたって十年も前のことだ。子供の頃の感覚でついこの前といったら二、三日前のことを指していた気がする。歳をとると時間が速く感じる。時の流れが気持ちをどんどん追い抜いてゆく。三十歳のオレにとって十年がついこの前だとしたら……。

 アキさんがないがしろにしてきたという〈つながり〉の中にあのビアンキの元の持ち主も含まれているのだろうか? きっとそうだろう。しかし、そのことをオレはあまり想像したくなかった。知りたくもないことを、知らなくていいこととして処理する能力も、オレはいつの間にか身につけていたようだ。

 けれど頭の片隅で、微弱な想像力を発動してみる。オレの淡い気持ちがダメージを受けない程度に……。

 このお店で働きはじめる前のアキさん。知らない男がビアンキに乗って、その横ではアキさんはルイガノに乗っている。風を受け二人は楽しそうに並んで自転車を走らせている。その男とアキさんは一時期、一緒に暮らしていたという……。東京に出てきた頃のアキさん。きっとオレが東京に出てきたのと同じくらいの歳だったに違いない。中学生の頃のアキさん……。うまく想像できない。

「アキさんの子供の頃って、想像できませんね」

「なんかそれ失礼ですよ。店長からセクハラを受けたとエリアマネージャーに言ってやるんだから」

「すいません。ごめんなさい。冗談です」

「店長の子供の頃は簡単に想像できますよ。今とあんまり変わってないんだろうなって」

 変わってない? オレが……。


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