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cique

「カブ?」ケイゴは聞き返した。

「そう。うちの祖父ちゃん、カブにいつも鍵つけたまんまなんだ。だからさ……夜中にこっそり」

 ある日、ケイゴとオレはそんな悪だくみをした。

 夏休みのある日だった。その夏の間、ケイゴとオレはずっと一緒だった。プールにいったり、釣りに行ったり。相変わらず新光寺に走りにいったりもしていたが、子供の夏は長い。中盤を過ぎた頃、そのテンションは中だるみになる。その頃、エイミとジュンは親戚の家だったか、海外だったかに行っていたと記憶している。

 二人はそのだらだらと過ぎていく夏休みに刺激を欲していた。

 午前一時過ぎ。オレは部屋からこっそり抜け出した。廊下を抜き足差し足忍び足で進む、階段下の床板がひときわ大きな音できしむのは調査済みだ。そこは大股でまたぐ。

 ギシっと僅かに床がきしんだ。こんな時、小さな音でもやけに大きく聞こえるものだ。

 誰かが起きてこないかとひやひやした。

 カブのおいてある納屋にたどりついたころには、Tシャツの下は汗びっしょりになった。 

 ゆっくり慎重にスタンドをあげる。思いもよらぬ重さにカブを倒しそうになる。自転車よりずっと重い。

 倒さないように慎重にカブを引き出すと、集落のはずれまで押していき、民家からある程度はなれたところではじめてエンジンをかけた。


 湧水堂にケイゴの影が見えた。ここが待ち合わせ場所だった。

「お待たせ」

「うわー、マジで持ってきた」

「すげー楽しい。自転車より速い!」

「当たり前だろ。早く俺にも乗せろよ」

 二人は農耕者専用道路をかわるがわるカブに乗って行ったり来たりして遊んだ。ただそれだけのことで二人は信じられないくらいはしゃいでいた。古い歌の歌詞にもあるように、「自由になれた気がした十五の夜……」まさにそんな気分だった。

 しかし、そんな不良気分真っ只中の二人に天誅が下る。ケイゴが後ろに乗りオレがハンドルを握っていた。ニケツ、つまり二人乗りしていた時だ。前タイヤが何かを踏んだ。木の枝だったのか、空き缶だったか、今となってはわからないが。

 コントロールを失った二人乗りのカブはくねくね蛇行をはじめ、アスファルトを飛び出し、農業用水路の中に二人もろともダイブした。

 水路は深さ一メートルほど、幅は約三メートル。幸いにも水深は数十センチほどしかなかった。

 オレは半べそをかきながら「じいちゃんに殺されるー」と慌てふためいていたとのことだが、よく覚えていない。あとになってケイゴにそのことをからかわれた。

 子供二人の力で用水路からカブを引き上げるのは本当に大変だった。

 引き上げたカブはエンジンがかからなくなっていた。エンジンに水が入ってしまったのかもしれない。

 二人は途方にくれてアスファルトに座り込んでいた。何時間そうしていたのだろう。ケイゴがごそごそとポケットから何かとりだした。それを口元に運んだと思うと、カチっと言う音とともにケイゴの横顔が暗闇に浮かびあがった。ケイゴは煙草に火をつけたのだった。

「お前も吸うか?」

「なんでそんなの持ってるの?」 

 ケイゴが煙草を吸っているなんて知らなかった。少しショックでもあり、その仕草が自分よりずっと大人びて見えたため、少しうらやましくもあった。

「親父からくすねてきた。不良やるならこれくらいあった方がいいだろ?」

「オレは不良じゃないよ」

「祖父ちゃんのバイク持ち出して、無免許運転してんだから、立派な不良だろ。盗んだバーイクではーしりだすーってな」

「はー。こんなことやらなきゃよかった」

「俺も一緒に謝るよ」

「ちょうだい」

「え?」

「煙草。一本ちょうだい」

 もらった煙草は少し湿っていた。はじめて吸った煙をおいしいとは思わなかった。むせ返りそうになるのを堪えた。ここでむせたらケイゴに笑われると思ったからだ。なんとか絵になるように煙草を吸う仕草を工夫してみた。つまりはそう、カッコつけた。ケイゴに負けないくらい大人びた仕草で煙草をふかした。そうして見せたかったのだ。

「ふー。お前、エイミのこと好きなん?」ケイゴが聞いた。

「なんだよそれ。お前もジュンのこと好きなんじゃねーの?」お返しに聞いてやった。

「多分、好きだよ」

 多分、という余計な枕詞がついてはいたが、ケイゴは素直に認めた。その「多分」は照れたわけではないとわかる。本当に、「多分」なのだろう。そしてそのセリフには余裕が感じられた。言いにくいことをさらりと言える大人の余裕。なんだかまたケイゴの方が大人なんだということを思い知らされた気がした。

「オレも……、多分、エイミのこと好きだ」

 ダメだった。オレはケイゴのようにさらりとは言えなかった。

 ケイゴは、立ち上がると、煙草を踏み消した。そして、カブにまたがるとキックを踏み込んだ。

 パン! と破裂音がし、マフラーから火花が散った。ドドドドドド……。五十CCのエンジンが息をふき返した。

「かかった!」

「よっしゃー! これでキレイにして戻しときゃバレねーだろ」

 濃紺の空が東の山並みの陰をくっきり浮かび上がらせた頃。それでも夜明けはまだ遠い。夜と朝のその狭間での出来事だった。

 カブを持ち出したことはバレなかったし、それ以来煙草も吸っていない。

 

 高校生の頃、下校中に一度だけケイゴを見た。オレ達はそれぞれ違う学校に進学した。

それぞれが、それぞれの場所で、新しい生活をはじめた。連絡を取り合うこともなくなり、新光寺に走りに行くこともしなくなって、しばらく経った頃だ。

 その時、オレが乗っていたのはスクーターだった。ケイゴはまだ自転車に乗っていた。あの黒いロードバイクだ。

 オレは声をかけることもなくケイゴを追い抜いていった。ミラーに写るケイゴを覗き見たが、オレに気づいた様子はなかった。

 ケイゴは車体を大きく左右に揺らして立ち漕ぎをしている。その姿がミラーの中でゆらゆらと小さくなっていった。

 オレたちが用水路にダイブしてからすでに三年ほどが経っていた……。


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