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「私は店長ほど自転車に詳しくはないですが、自転車は好きですね。予定のない休日にふらっと家を出てみるにしても、自転車に乗るか乗らないかで、行動範囲って全然違うじゃないですか。特に東京って場所はおもしろいですよね。住宅街の中でお洒落なケーキ屋さんを発見したり、ビルとビルの隙間に古くから続くあんみつのお店を発見したり。先日も普通の民家にしか見えないのに実は知る人ぞ知る隠れた名店のうどん屋さんを見つけたんですよ……。あら、私ったら食べることばっかりで恥ずかしいですね」


 停止ボタンをクリックする。パソコンの画面に表示されているファイル名は『20140522Cafe Sabbath_アキさん』。音声ファイルを『自転車のある風景~自転車で行きたいお店特集~』のフォルダに移動する。

 テキストデータに打ち換えたら、終了だ。

 気分転換に古いデータの整理をしておこう。

 日付順に音声ファイルを表示する。もっとも古いものは『20100411北見圭吾選手インタビュー』ネット記事のインタビュー用に録音したものだ。そういえば彼のチームは来年無くなることが決定している。

 そのファイルをダブルクリックする。

  

――さてまず北見選手には自転車との出会いからお伺いしたいのですが……。

「親父がロードバイクを持ってたんですね。俺が物心ついた頃にはもうそれは物置で埃をかぶってたんですが、俺が引っ張りだして、修理してもらったんですよ」

――それはおいくつの時ですか?

「中学生でした。当時、何人かの友人達で自転車のレースごっこみたいなことをしていたんですよ。誰がはじめたことか、もうはっきりとは覚えてないんですがね……」

――その頃から、もうプロになることを夢見ていたんですか?

「いや、全然。でも、はじめて誰かに勝ちたい、誰かを追い抜きたいと強く意識したのは、間違いなくその頃です」

――その頃、北見選手にとってのライバルと言える存在がいたんですか?

「いました、いました……。そいつに、俺は完膚無きまでに負けたことがあるんです。本当に悔しかった。その勝負ではすごく大事なものを賭けてたんですよ。そいつに勝ちたいという一心でペダルを回し続けてきました。そして気がついたらプロになっていたんです。そいつは今どこで何をしているのかなあ……もしこの記事を読んでいたら連絡してほしいですね」

――何を賭けた勝負だったんですか?

「それは秘密です」


 記事にしたのはここまでの一部だった。


――その相手の方も、もしかしてプロになってるとか?

「いえいえ、そいつはおそらく自転車競技の道には進まなかったはずです。それに、そいつっていうのは女の子なんです」

――女の子に負けたんですか?

「そう。本当に変な奴でね。すごく負けず嫌いなんです。自転車に限らずなんでも。自分のことだけでなく、負けそうになっている奴、戦わずして逃げようとする奴を見ると、いてもたってもいられなくなるそうです。ある日、クラスである女子生徒がイジメられているのに気づいたんだそうなんですよ。で、俺らに言ってきたんです。僕はクラス全員と一戦交えるぞ。上手くやれたらその子を俺たちの仲間に迎え入れて欲しい――って。俺たちは。いや、仲間に加えるだけでいいじゃん。一戦交える必要なくね? って言いました。そしたら。戦うことが目的だ。新しい仲間はついで……、いや戦利品だ――って。本当に変な奴でしょ?」

――勝負欲とでもいいましょうか、そういうことに対する貪欲さが強い方なんだなあと、想像できます。

「そう。だから俺は負けたと思ってます。俺はそこにいる誰よりも自転車が好きだったんです。でも勝負となるとそれだけじゃ駄目なんです。勝ちに対する執念がないと。その時俺は、彼女のその異常なまでの執念を目の当たりにして、自分の負けを悟りました。最終コーナーでした。今でもその背中を夢に見てしまいます。インコースから見事に抜かれた。本当に信じられなかった。生きるための力、その全盛力をペダルに込めて走る姿、勝利の二文字に食らいつく獣のような顔。それがなければ生きられないとでも言いたげで……、美しかった。とにかくもう俺はペダルに力を込められなくなりました……、今の俺ではこいつに勝てない、でもいつかは――」  


 停止。

 そのファイルを右クリック。

 『削除』を選択。

 削除しますか?

 『はい』をクリック。


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