エピソード3-3
シンディは、孤児院で育った。
幼い頃に両親を失い、路頭に迷って飢えているところを、孤児院の院長に拾われ、救われた。
孤児院の院長は魔術を嗜んでいて、シンディは院長から魔術を学んだ。
一緒に学んでいる子どもたちの中でも、シンディは飛び抜けて魔術の覚えが良かったが、院長はそのシンディを特別扱いすることはなかった。
シンディも幼い頃から聡明な子どもで、魔術の才を鼻にかけることもなく、また取り立てて持ち上げられないことに対して、不満を持つこともなかった。
毎日、質素ながらも楽しく笑って過ごせる孤児院での日々を、シンディはとても幸せに思いながら暮らしていた。
だけどそんなシンディにも、誤った選択をしてしまったことが、一度だけあった。
そしてその一度が、彼女の人生にとっての、致命的な過誤となった。
孤児院の経営は、常に火の車だった。
借金を抱えた孤児院を、院長がどうにか、綱渡り的にやりくりしている状態だった。
院長は子どもたちにその事を知られまいと尽力していたが、聡いシンディはそうであることを知っていて、自分も何かがしたいと常に考えていた。
そこを、借金取りたちに付け入られた。
借金取りの一人がシンディの魔術の才に目をつけ、孤児院の院長に内緒で、彼女に『仕事』を手伝ってくれたらお金をあげると言って、少女を焚きつけた。
幼少のシンディは、その甘言に乗ってしまった。
シンディに与えられた『仕事』は、借金取りの手伝いなどではなく、もっと別な犯罪行為の片棒を担ぐことだった。
まだ子どもであることのアドバンテージと、魔術の才とを活かし、幼少のシンディは、様々な犯罪行為に加担した。
シンディは最初、それが犯罪の片棒であることを知らなかった。
ただ、言われたことをやってお金をもらうのが、シンディの『仕事』だった。
だがそれでも、シンディは徐々に、それが悪事に加担するものだということを感じ取るようになっていった。
それでも、シンディはその『仕事』をやめなかった。
『仕事』で得た報酬を、「孤児院の運営に役立ててください」と筆跡を変えた匿名の置き書きとともに、孤児院の前に置くことを、やめなかった。
院長から、ときおり無断で姿を眩ますことを咎められたが、それでも、やめなかった。
やがてシンディは、より報酬の高い、闇ギルドを介した『仕事』を引き受けるようになった。
加担する犯罪の凶悪さも増し、間接的に殺人に与したことも、一度や二度ではなかった。
シンディに、良心の呵責がないわけではなかった。
でもそれよりも、孤児院の借金を少しでも多く返済し、院長を楽にしてやりたいという気持ちから、シンディは『仕事』を続けた。
シンディが高い仲介料をぼったくられる『仕事』をやめ、自ら闇ギルドの依頼を受けるようになるまで、そう時間はかからなかった。
そしてその頃には、シンディの心は、悪事を働く罪悪感によって、完全に病んでいた。
シンディは孤児院の中にあって、自分はほかの子たちとは違う、穢れた人間なんだと思うようになっていた。
そんなシンディの心の支えは、孤児院の借金を完済することばかりになっていた。
そして、月に一度、あるいは数ヶ月に一度程度の稀に行なわれていた少女の後ろめたい活動も、やがて最後を迎える。
ついに、孤児院が抱えていた借金が、完済されたのだ。
シンディはそれ以来、闇ギルドとの関わりを絶った。
闇ギルドは、優秀な手駒が一つなくなることを惜しんだが、その頃にはシンディには『子ども』であることのアドバンテージが失われており、手駒としての価値はさほど大きくはなくなっていた。
それゆえに少女は、特に問題なく足を洗うことができた。
それから、シンディは孤児院を出て、冒険者として一人立ちをする。
リタやツバキと出会い、パーティを組み、ダンジョンに挑んだ。
冒険者稼業は、闇ギルドの依頼に比べると儲かるものではなく、最初の頃は生活も楽ではなかった。
だけど、悪事から足を洗い、誰にも迷惑をかけることなく生きてゆけるその生活は、シンディにとっては、とても楽しい時間だった。
そして、冒険者としての腕も上がり余裕が出てくると、シンディは毎月、孤児院にお金を持って行くようになった。
そうして、孤児院で元気に暮らしている子どもたちに出会い、借金にまみれてまで自分たちを育ててくれた院長に堂々と恩を返せることは、シンディにとって、素晴らしいことだった。
最近になってニノという珍妙な仲間も増え、シンディの人生は、まったくの順風満帆に流れているように感じられた。
だが、そんなある日のことだった。