エピソード3-2
宿の横手から表通りに、自分の荷物を持ったシンディが現れる。
シンディは名残惜しそうに“海竜の宿り木”亭を振り返ってから、その未練を断ち切るように、立ち去って行く。
そのシンディのあとを、探索者のスキル“隠密”を活用して、リタとニノが追いかける。
なお、“隠密”のスキルは、魔法を使ったように姿が消えるわけではなく、足音を立てない、身を隠すといった技術を駆使して対象から気付かれないようにする、隠密行動のためのスキルである。
シンディは街の郊外へと向かってしばらく歩き、やがて一軒の建物の前に辿り着いた。
そこは、庭付きで広さのある、しかしオンボロな木造建築だった。
「あれは……孤児院でしょうか?」
「ああ。そういやシンディ、一度だけ言ってたことがあるな。自分は孤児院の出身なんだって。あとテメェ、どさくさまぎれにべたべた張り付くな、殺すぞ」
「隠れるところここしかないんですから、不可抗力ですよ~。すりすり」
「ひいいっ、尻さわんな! お前のセクハラ、だんだん度が過ぎて来てんぞ!」
「えへへー」
「笑って誤魔化すな! ──って、中に入ってくぞ」
そう、少し離れた路地裏でコントをやっている二人には気付かずに、シンディは孤児院に入ってゆく。
孤児院の庭では数人の子どもたちが遊んでいたが、シンディが来たのを見て、彼女に向かってわらわらと寄って行く。
シンディは腰をかがめ、子どもたちの頭を撫でたりしながら、楽しそうに話をしていた。
そして、シンディが子どもたち一人一人と話をしていると、孤児院の中から、やや年をとった感じの女性が一人、歩み出てくる。
その女性は、子どもたちを建物の中に誘導すると、シンディと二人きりになって話を始めた。
リタとニノは、二人の会話を聞き取ろうと、耳を澄ませる。
「……ここにはもう来れないって、どういうことなの、シンディ」
「ごめんなさい、院長。そのままの意味です」
リタとニノの“聞き耳”が、遠くの二人の会話の内容を拾ってゆく。
「……何か事情があるんでしょう。話してみなさい」
「……ごめんなさい。言いたくありません」
「言いたくないって……昔からあなたは、強情を張ると、言うことを聞きませんね」
「……はい。でも院長、ボク、一つだけ、言いたいことがあります」
「……なんですか」
そこで、シンディの鼻をすする音が聞こえる。
そして、
「ボクのことを育ててくれて、本当にありがとうございました!」
シンディはそう、涙交じりの大声で言うと、女性に対して勢いよく頭を下げた。
そしてすぐに頭をあげると、走って孤児院から去って行ってしまった。
女性が手を伸ばして呼び止めるが、シンディはその声を振り切るように走って行く。
「──ちっ、シンディのやつ、何だってんだよ……!」
「…………」
その様子を見てイライラするリタと、何か思案している様子のニノが、走り去ったシンディの後を追いかける。
シンディは孤児院が見えなくなるまで走ると、またトボトボと街の郊外を歩き始めた。
そして、郊外でも特に治安の悪い一帯へと、足を向けてゆく。
「……こっちはスラム街だぞ。シンディのやつ、こんなトコに何しに来たんだ」
リタとニノが、スラム街へと向かってゆくシンディの後を追う。
スラム街は、街に住む人々の中でも、特に貧しい者たちが暮らす一帯である。
路上にはそこかしこに、ボロボロの布きれを着て、髪とひげを汚らしく伸ばした者たちが寝転がっている。
シンディはそのスラム街を無造作に歩き、ある建物の前で立ち止まった。
そして、その粗末な木造の掘っ立て小屋の、入り口の扉の前に立って、何事かを言う。
すると、扉が内側から開かれ、小男が一人出てきて、シンディを小屋の中へと招き入れ、扉を閉めた。
「ど……どういうことだよ……。あそこ、“闇ギルド”の入り口だぞ……」
その様子を遠くの建物の陰から見ていたリタが、驚愕した声をあげる。
「……闇ギルド、ですか?」
リタの横のニノが、おうむ返しに聞く。
「ああ……。ありとあらゆる非合法なことを、当たり前のようにやる連中だ。麻薬売買、殺人、人体実験……タブー無しで本当に何でもやる。マジでヤバイ。……あたしもこのスラム育ちだが、あいつらにだけは関わるなって、口をすっぱくして言われてた」
「あの小屋が、その本拠地なんでしょうか」
「んな小規模な組織じゃねぇよ。あれは単なる入り口だ。地下に相当な規模の本拠地があるって話だが……。にしても何でシンディが、闇ギルドなんかに……」
リタはイライラとしながら、手指の爪を噛む。
リタの悪いクセだ。
そのリタの腕を、ニノの手が掴む。
「あぁ? 何だよ、いま余計なことしたら、マジでぶっ殺すぞ」
「分かってます。俺だってそんなに空気読めなくはないです」
「……空気読んでやってんなら、それはそれでタチ悪いけどな。──で、何だよ」
「リタさん、この事、ツバキさんに伝えてきてください。俺、ここでシンディさんのこと張ってますから」
「……そうだな。ツバキにも知らせて、一緒にどうするか考えたほうがいいか」
リタはそう言って、その場をニノに任せ、宿へと走って行った。