エピソード3-1
「ボク、このパーティを抜けようと思う」
ある日の昼前ごろ、ぐうたらな冒険者たちがようやく起きてきて、活動を始めようとする中で。
“海竜の宿り木”亭の奥の片隅、いつものテーブルに陣取った一行の中で、銀髪の魔術師の少女シンディが、唐突に、そう言い放った。
「──な、何でですかああああ!?」
シンディの言葉に真っ先に、泣きそうな顔で反応したのは、金髪碧眼の童顔美少年、ニノだ。
だがほかの二人とても、驚きは一緒、あるいはそれ以上だ。
「どういうことだよ、シンディ。何か気に入らないことでもあったのか」
栗色ポニーテイルの髪の、探索者の少女リタは、朝食のパンを飲み込みながら、シンディに対して訝しんだ目を向ける。
「私も、突然そう言われても納得できないぞ、シンディ。せめて理由を聞かせてくれ」
黒髪のサムライ少女ツバキも、手にしていたミルクのコップを置き、到底承服できないという姿勢でシンディに言葉を返す。
だがシンディは、
「ごめん、一身上の都合で、理由は言いたくない。──厳密にはパーティを抜けるっていうより、冒険者をやめるって言った方が、合ってるかな」
シンディは、儚げな微笑を浮かべながらそう言う。
「シンディざああああんっ! 嫌ですっ! 俺まだシンディさんと仲良くなってないでず!」
ニノが半べそを掻きながらシンディに迫るが、
「あはは……ごめんね、ニノ。それじゃ、言ったからね。リタ、ツバキ、これまでありがとう。一緒に冒険できて、すごく楽しかった」
シンディはそう言って席から立ち上がり、二階へと荷物を取りに行こうと、去ってゆく。
「おい、待てよシンディ!」
その立ち去ろうとする少女の手を、リタが捕まえ、立ち止まらせる。
「……離してほしいな」
「嫌だ」
「離して」
「断る」
「──だったらっ!!」
シンディは絶叫するように声とともに振り返り、無理やりにリタの手を振りほどく。
リタは驚いて、手を離してしまう。
そしてシンディは、さらに何かを言おうと口を開くが、喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、振り切るようにして後ろを向いて、
「……ごめん」
それだけ言って、そのまま部屋のある二階へと上がって行ってしまった。
「……あいつがあんな大声出すの、あたし初めて聞いたぞ」
リタは、手を振り払われた姿勢で呆然と立っていた。
「私もだ。一身上の都合なら仕方ないのかとも思ったが、あれは確実に、何かあるな……」
ツバキも、事態の進展に驚いた様子でそう言う。
そして三人は、シンディが荷物を持って下りて来たところで、引き止めて話を聞こうと考えたのだが。
シンディが二階に上がってしばらくというタイミングで、リタとニノの耳が、ピクリと動いた。
「──あんにゃろう、何か魔法使って、窓から出て行きやがったな!」
リタが立ち上がって、“海竜の宿り木亭”の出口の扉に走ろうとする。
探索者のスキル、“聞き耳”によって高い聴力を持っているリタとニノは、シンディが窓側の地面に着地した音を聞き取ったのだ。
だがその、扉へ走ろうとするリタを、ニノが手を取って止める。
「待ってください、リタさん。──シンディさんを、尾行してみませんか?」
「尾行? シンディをか?」
「はい。何か分かるかもしれません」
ニノに言われて、リタも顎に手を当て、そのプランについて検討してみる。
「……確かに、アリかもしれないな。頑固になったシンディの口を割らせるよりは、まだ目があるか」
「はい」
「よし、分かった。──分かったからその手を離せ、色欲魔」
リタが恥ずかしげに、顔を赤らめつつ言う。
その少女の手を掴んだ少年の手が、にぎにぎと感触を楽しんでいた。
「リタさんの手、柔らかくて温かくて気持ちがいいです」
「三秒以内に離さないとその手切り落とすぞ」
「うう……」
リタに怒られ、ニノはしょぼーんとしながら手を離す。
「尾行をするなら、スキルを持たない私は足手纏いだな。私はここで待っている。何かあったら呼びに来てくれ」
そう言ったツバキに向かって頷くと、リタとニノの二人は酒場を出て、シンディの尾行を開始した。