エピソード12-2
昼過ぎに、あたしたちはクエストの依頼人の商館へと訪問する。
街の目抜き通り近くに居を構えたその建物は、大商人のそれであることを誇示するかのように、立派で大きい。
そしてその建物の一階、荷車が入りやすいようにオープンにされた空間では、荷物のチェックやら荷運びやらで、多数の従業員がひしめいていた。
シンディがそのうちの一人の声を掛けると、彼は自分の雇用主が現在、この商館の三階にいることを教えてくれた。
そして従業員の一人を呼んで、案内に付けてくれる。
あたしたちは彼にお礼を言って、案内人に付き従って、建物の奥の階段から上の階へと上がってゆく。
階段を上っていった三階の手前側は、多数の荷物が所狭しと置かれた倉庫のようになっていて、その奥には扉があった。
案内人は荷物の間を縫って歩きながら、奥の扉の前まであたしたちを誘導すると、扉をノックし、要件を言う。
中から「入ってもらって」という女性の声が聞こえた。
案内人が扉を開け、あたしたちは中に通される。
通された部屋は、取り立てて広くもない、執務室のようだった。
高級そうな執務机があって、そこで妙齢の女性が一人、椅子に座って羊皮紙に書き物をしていた。
あたしと同じような色の栗色の髪は、ウェーブのかかったロングヘアー。
上品で値の張りそうな絹の衣服を身に付けた、なかなかの美人だ。
彼女はさらさらっと書き物を進め、区切りがついたというところで、机の上の羊皮紙に向けていた視線を上げ、あたしたちを見た。
「あなたたちが依頼を受けた冒険者ね。私が依頼人のイリーズよ。時間がもったいないから手短に話すわね」
今回のクエストの依頼人にして、この商館の親玉──イリーズと名乗った女商人は、無駄を省いてテキパキと話を始める。
「あなたたちに依頼したいのは、とある指輪の回収よ。先日、私の家が空き巣に入られたのだけど、その際に、今は亡き夫から受け取った指輪まで、盗まれてしまったの」
女商人からの依頼は、一言で言うと、盗品の回収だ。
盗品の「奪還」と言わないあたり、物事が分かってるなと思う。
このあたりはさすが、モノの流通を専門にしている商人ってトコか。
ちなみに、クエストの中にはこういった、ダンジョンに潜らずに解決する類の依頼もある。
要は依頼人が、冒険者を「金さえ払えば何でも頼める便利屋」として利用するわけだ。
依頼人はその後、盗まれた指輪の形状など、詳しい情報を伝えてくる。
指輪にはエメラルドがはめ込まれていて、裏には入籍日時と二人のイニシャルが刻まれているという。
それだけ情報があれば、品を特定するには十分だろう。
なお、指輪は意外にも値が張る代物ではなくて、購入時の値段は大金貨八枚だそうだ。
結婚指輪にどのぐらいの値段のものを用意するかは、給料の三ヶ月分が目安だっていうから……つまり、夫の方はさほど金持ちじゃなかったってことだな。
その辺には劇的なロマンスの予感もするんだが、まあさておく。
「クエストの内容は分かりました。……どう、リタ。何とかなりそう?」
横にいるシンディが依頼人の説明を受け、あたしに振ってくる。
まあ、確かにこれは、あたしが一番詳しいかもしれない。
「街の外に出てなければって条件が付くけど、盗品の回収だけなら、よっぽど運が悪くなけりゃ何とかなると思う。犯人捕まえろとか言われると、一気に無理な話になるけどな。ただ、金は掛かるぜ。故買屋から買い戻す必要がある」
「買い戻すには、いくらぐらい必要? 誠実な返答をお願いしたいけれど」
女商人は間髪入れずにそう返して、あたしの目を真っ直ぐに見てくる。
……下手な嘘ぐらいは、見抜いて来そうだな。正直に行くか。
「あー、故買屋が変にぼったくったりしてなけりゃ、新品の買値を上回ることはねぇよ。特にそういう装身具の類は、盗品を使いたがる買い手はあんまりいないだろうし──ざっくりで言って、大金貨二枚か三枚、高くても四枚ぐらいじゃねぇか? 保証はできねぇけどな。あと、裏面のイニシャルとかは、売りに出す時点で削られて消されてるかもしれないから、それは覚悟しといてくれ」
「分かったわ。──それじゃあ報酬の話。あなたたちは“海竜の宿り木亭”でも信頼のある冒険者みたいだし、買い戻しに必要な経費込みの前金で、大金貨五枚を渡すわ。その上で、指輪を回収して来たら、成功報酬として大金貨五枚を追加……これでどう?」
その依頼人の言葉を聞いて、シンディがあたしの方を窺ってくるので、あたしは肯定の意志を乗せて頷く。
それを受けてシンディが、依頼人に返答する。
「はい。ではその条件で、クエストをお受けいたします」
「オーケー、商談成立ね。──ちなみに、もしもだけど、空き巣の犯人が誰なのか、信用できる証拠付きで情報を持ってきたら、報酬に大金貨五枚を追加するわ。それに加えて、捕まえて引っ立ててきたら、さらに大金貨五枚追加よ。──それじゃ、よろしくね」
そうしてあたしたちは、依頼人から前金の大金貨五枚を受け取って、商館をあとにした。
「──ぷはぁっ! き、緊張しました……」
商館を出て大通りを歩き、角を曲がって商館が見えなくなった頃に、ミスティがどっと息を吐いた。
あー、そういやこいつ、クエストの依頼人に会って話聞くのは、初めてだっけか。
「ふふ、いい経験になったでしょ、ミスティ」
「はい、シンディ姉さま。……それにしても、リタ姉さまって実は凄い人だったんですね」
「……あん? なんだそりゃ?」
こしゃまっくれたチビッ子が、唐突にあたしのことを褒めてきた。
何かあたし、さっきの交渉の最中に、特別な事したっけか?
あたしが不思議に思っていると、シンディが朗らかに笑いながら言葉を添えてくる。
「盗まれたものをどうやったら取り戻せるかをよく分かってたり、故買品の相場を突然聞かれてソラで答えられたり、そういうのが凄いって思ったんでしょ、ミスティは?」
「はい。あのときだけシンディ姉さまより凄い人に見えました」
あー……そういうもんか。
スラムで暮らしてりゃそんじょそこらのガキでも知ってることだが、そういう世界と縁のないやつからすれば、凄いことに見えるのかね。
「ミスティはリタ姉さまのこと、もっと単なるアホの子かと思ってました」
「……おい待てコラ」
「でもそれと比べて、ニノさんとツバキ姉さまは、全然役に立たない、立ってるだけのでくの坊でしたよね」
あたしのツッコミも無視して、ぺらぺらと思うところをまくし立てるミスティ。
このクソガキャあ、言葉遣いは慇懃なくせに、目上の人間に対する礼儀ってものを知らねぇ。
しかも、それに対する教育係をシンディがやるかと思えば、何でか笑って見ているもんだから、あたしが物事ってものを教えてやらなきゃいけなくなる。
「バァァカ。ああいう交渉事には、それぞれの役割ってもんがあるんだよ。喋る必要のないやつが喋って場を引っかき回したら、しっちゃかめっちゃかになるだけだろうが。分かったらお子様も、変に出しゃばるんじゃねぇぞ。半年は横で黙って見てろ」
「むっかあ! ミスティはお子様じゃありません! 謝罪と賠償を要求します!」
「うるせえ。その前にお前が謝罪と賠償しろ」
なんて話をしていたら、横でツバキが、
「……むぅ。確かに私も、そういった世事を他人任せにばかりしているのは良くないな。精進せねば……」
なんて真面目に受け止めてるんだから手に負えない。
ニノはニノで、ずっと楽しげに見てるだけで、何考えてるかわかんねぇし……。
もう、誰か助けて。




