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エピソード11:命の尊さを嘲笑うもの(4)

 スラム街にある、今は使われていない木造の小屋。

 そのランプの灯りで照らされた若干大きめの小屋の中に、闇ギルドの元幹部ダレンと、伝説の殺し屋と呼ばれた男ガザック、そして、ローブの胸から下の部分をどす黒くなりかけた赤色に染めた、銀髪の少女の体があった。


 その少女の体は、小屋の奥の壁に設えられた二本の鉄製のリングに両手を通し、はりつけにされたような姿勢で、小屋の奥のオブジェとして配されていた。

 その姿をすぐ隣で見て、太った中年男が、ふんと鼻を鳴らす。


「まったく、殺すとは言ったが、殺して持って来いとは言っておらんのだぞワシは。生きたままさらってくれば、殺す前に少しは楽しめたものを……」


 そのダレンの物言いに対し、部屋の中央で胡坐あぐらをかいているガザックが、さばさばとした笑顔を向ける。


「まあそう言うなって旦那。生かしたまま攫ってくるってのは、難しいんだよ。だいたいそういうのは、殺し屋に頼むものじゃねえ。俺に依頼した時点でお察しだろ?」


「……ふんっ、まあいい。一番の目的は、これで果たせるのだからな」


 ダレンはそう言って、口元を吊り上らせる。


 ダレンの計画は、自分をおとしめたあのニノとかいう名の冒険者を、絶望させ、苦しませ、そして最後には殺すというものだった。

 あのニノという小僧は、シンディという少女をとても大事に思っているようであったから、それが自分のせいで死んだとなれば、さぞや苦しむことだろう。


 そして、その命を失った少女の姿を見せつけながら、伝説の殺し屋と呼ばれたガザックにその自慢の力までもへし折られて、絶望のままに命を落とさせる──それが、ダレンが立てた復讐計画だった。


 だからダレンはこの小屋に、見せつけ目的で死体を用意し、舞台を整えた。

 あとはあのニノとかいう小僧が、メッセンジャーボーイに持たせた手紙に踊らされて、のこのこと、この小屋までやって来るのを待つだけだ。


 そして、そのときの相手の失意の姿を見たいがために、ダレンはこの場にいるのだ。

 安全な場所で結果を待つだけでは、気が収まらない。

 だからこその、この場のセッティングだった。


「しかし遅いな……あのスラム街のガキ、ちゃんと手紙を届けたのか?」


 ダレンは呟く。

 もはや夜も遅く、メッセンジャーボーイに手紙を持たせてから、軽く一時間以上が経つ。

 スラムから該当の冒険者酒場までは二十分も歩けば着くはずだから、手紙に怒り狂ってこちらに直行していれば、そろそろ到着してもおかしくない頃だ。


 だが考えてみれば、手紙を受け取ったからといって、怖気づいて来ないかもしれない。

 計画は完璧だと思ったが、ダレンの本来の手腕は、人を使い、あざむき、陥れることであって、殺人計画を立てるなどの実務は、ほとんど専門外なのだ。


「何だぁ? 頼むぜ旦那、穴だらけの計画はよしてくれよ。こっちにだって、モチベーションってものがあるんだからよ」


「ふんっ、大丈夫だ、余計な心配はするな。お前はここに来たクソ生意気なガキを、しっかり殺してくれさえすればそれでいいのだ」


「へいへい。せいぜい肩すかしってことのないようにしてくれよ」


 だが、そんなやり取りをしてから更に数十分が経過した頃。

 ダレンは、自分の体に異変を感じていた。


 いつ頃からか吐き気がするし、体には寒気が走っている。

 頭痛もあるし、少し動こうとすれば眩暈めまいもする。


 最初は、すぐ近くに死体があるから、それで気持ちが悪くなったのかと思った。

 だが、闇ギルドに所属していた彼は、死体などとうに見飽きている。

 今更、死体を間近で見ている程度で、どうこうなるとも思えない。


 そして何より、その次に彼の体に起こった異変。

 それは、そういった生理的嫌悪感からくるような性質のものとは、一線を画していた。


「ガハッ……!」


 ダレンが口から吐いたものは、嘔吐物ではなく、血だった。

 彼は、自分の手が真っ赤な鮮血に染まっていることに、驚愕の表情を浮かべる。


「な、なんだこれは……なぜ……くそっ……眩暈が……」


 そうしてダレンは、自分の身に何が起こったのかも分からず、ふらふらとして、倒れ、意識を失った。

 そしてその異常は、ダレンの身にだけ起こっているのではなかった。


「ちっ……なんだこりゃあ……」


 口からごぽりと血を吐き出しながら、ガザックは立ち上がる。

 彼は眩暈と頭痛と寒気にさいなまれながらも、小屋の出口の扉へと向かう。


 扉を開けた先、スラム街の夜空の下には、月明かりに照らされ、一人の少年が立っていた。

 金髪碧眼で、童顔の美少年だった。


 彼はガザックに向けて、呪文を唱え始める。

 ガザックは大剣を手に少年へと襲い掛かろうとするが、その脚が動かない。

 見ると、小屋の出口すぐの地面から植物のツタのようなモノが伸び、ガザックの脚に厳重に絡みついていた。


 そこにさらに、完成した少年の魔法が襲い掛かる。


「凍てつく茨、氷結の牢、そこから這いいずる者に、冷たくかいする定めを──『氷茨束縛フロストバインド』」


 ニノの魔法が発動すると、ガザックの全身を拘束するように、無数の冷気の茨が出現してゆく。


「うぐぉおおおおおおっ! ぬぐっ──ぐぅうううううううっ!」


 氷の茨に縛り付けられ、大剣を取り落としたガザックは、その茨の冷気に身を焼かれ苦悶する。

 その魔法は、対象の動きを封じるとともに継続ダメージをも同時に与えるという、魔術師メイジの単体攻撃魔法の中でも最高峰の魔法の一つだった。


 月明かりの下、少年が冷淡に述べる。


「高位の魔術師を相手にしているときは、一ヶ所に留まり続けるのは自殺行為ですよ。中の様子は筒抜けですし、エリアを対象とした儀式魔法、出入り口に仕掛ける条件発動型のトラップ魔法など、こちらはやりたい放題です。──いつも狩る側だったから、そういうのには興味なかったんでしょうけど」


「がっ──こんな、もんで、俺を止められると……っ!」


 ガザックは全身の筋力を振り絞り、氷の茨を押し広げてゆく。

 それによって肉体は、より急速に凍傷とうしょうを負ってゆくが、そんなことは意に介さず、ガザックは足元に落ちた大剣を拾い上げる。

 だが──


「がっ……はっ……!」


 腕から力が抜け、一度は手にした大剣が、からんからんと音を立てて再び地面へと転がる。

 そして押し広げられた氷の茨に、巻き返すように強く締め直され、また身動きが取れなくなってしまう。


「……氷茨束縛フロストバインド一つであれば、あなたを封じ切るには不足だったでしょうね。でももうあなたの体内には、病魔と毒素が回り切っています」


「ぐ、はっ……これが……テメェのやり方か、色男……!」


 そう言って、ニノに憎しみの視線を向けるガザック。

 その瀕死の大男を、少年は、くだらないとばかりに感情もなく眺める。


「今の俺にはもう、あなたの希望する土俵で戦ってやる理由なんて、何一つないんですよ。……せめて、シンディさんを人質として、生かしておくんでしたね」


 そう言ってニノは、腰から剣を抜く。

 そして無造作にガザックの前まで歩き、その無力な男の左胸に、長剣の刃を突き立て、背中までを貫いた。


 ガザックは吐血し──しかし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「……はっ、つれないねぇ……色男は、女といちゃいちゃするのに、忙しいってか……」


 その言葉を最後に、ガザックは事切れた。

 ニノはむくろから剣を引き抜き、血を大雑把に振り払い、鞘にしまう。


「……そんなの、当たり前でしょう。男相手にいちゃいちゃ殺し合いをするほうが楽しいっていうなら、そっちのほうが、どうかしてますよ」


 そうしてニノは、ガザックの死体を踏み越え、小屋の中へと入ってゆく。

 そこには、吐血して倒れた太った中年男と、壁に吊るされた少女の遺体があった。


 ニノは、倒れた中年男の心臓も、剣の一突きで貫く。

 それは過去の自分の判断の甘さに対する、決別と自戒を込めた行動であった。


 そうしてから少年は、少女の遺体を拘束している拘束具を解き、大事そうに、その遺体を抱えて帰って行った。


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