エピソード11:命の尊さを嘲笑うもの(2)
ニノたちのパーティでは、最低でも週に一度は、休日を設けることにしている。
この休日には、メンバーはダンジョンに潜ったりせずに、各々で街に繰り出すなどして、それぞれに休みをとる。
この日には、シンディとミスティは二人で、街にショッピングに出掛けていた。
露天商の立ち並ぶ中、シンディが進むあとを、ミスティがひょこひょことついて回っている。
「それにしても、ニノさんって変な人ですよね」
ミスティはおいしそうにクレープに頬張りながら、半歩斜め前を歩くシンディに向けて、常々思っていたことを口に出す。
「そう思う?」
前を歩くシンディは、こちらもクレープを大事そうに食べながら、斜め後ろのミスティに視線を投げる。
「そりゃそうです。イカレていると言っても過言じゃありません」
「あはは……それを本人の前で言わないのは、ミスティ偉いよ。それ聞いたらニノ、多分泣いちゃいそう」
「……変な人ですよね。あんなに強いのに、変なところ子どもみたいなんですよねー。──そういえば、やっぱりバカみたいに強くて、頭がイカレてるんじゃないかっていう人、この間も見ましたよね。第十九層で遭った、えっと……ガザシーじゃなくて……バルザックじゃなくて……」
「ガザック」
「そう、ガザックさんでした。……あの人とニノさんって、どっちのほうが強いんでしょう?」
「さあ? 両方とも規格外だから、正直ボクには分からない世界だよ。──ただね、冒険者としての価値の話なら、ボクは圧倒的にニノを推すかな」
「色々できるから、ですか?」
「そういうこと。でもあれは、色々できるなんていう、そんな生っちょろいものじゃないよ。──前にね、解呪の魔法も使えるって言ってたから、治療師の魔法、どこまで使えるのかって、聞いたことがあるんだ」
「はい」
「そしたらね、解呪どころじゃなかったよ。治療師なら誰でも憧れる、あの魔法も使えるんだって」
「……あの魔法、ですか? ミスティは、治療師の魔法はあまり詳しくないので、分からないです」
「ふふっ、ミスティもきっと知ってる魔法だよ」
「えーっ! 何ですか、もやもやします、教えてくださいシンディ姉さま!」
「何でもかんでも教えて教えてじゃ身に付かないよ。あとでボクが持ってる本を貸してあげるから、自分で調べてごらん」
「……ぶー、結局そうやって、いつまでもミスティのことを子ども扱いするんですね、シンディ姉さまは」
「ふふふっ」
そんなこんなで休日を楽しく過ごしていた二人だったが、空が夕焼けになってくれば、そろそろ宿に帰る時間になる。
その頃合いになって、二人は繁華街から抜けて人通りの少ない裏路地へと入り、帰るべき“海竜の宿り木”亭へと足を向けた。
だがそんな折、その路地裏の先で待ち構えていたかのように、一人の男がシンディたちの前に立ち塞がった。
小柄な少女であるシンディやミスティからしたら見上げるようなその大男は、二人の少女が出会ったことのある相手だった。
「よう、可愛いお嬢さんがた。こんな人通りの少ない場所を夜歩きするのは危険だぜ。俺がエスコートしてやろうか」
今しも日が沈みそうな夕焼け空の下、逆光に照らされて立ち塞がる男──ガザックの姿を見て、ミスティは言いようのない危機感を覚えていた。
何がどうという理由はない。
ただミスティの胸を、たくさんの「怖い」という感情が、ぐるぐると駆け巡る。
「……遠慮しておくよ。こう見えてもボクたち、冒険者の端くれだから。そんじょそこらの暴漢ぐらいが相手なら、後れは取らないつもりだよ」
そう応じたシンディの背中と横顔も、緊張しているように見えた。
額から頬へ、一滴の汗が、伝って落ちている。
「そうかい、そりゃ結構。だが、そんじょそこらじゃない暴漢が襲ってきたら──どうする?」
「──ミスティ、走って!」
ガザックが、背負った大剣に手を伸ばす。
それとほぼ同時に、シンディが踵を返し、ミスティの手を取って走り出す。
それに連れられて、わけも分からず走り始めるミスティ。
だが──
「えっ……?」
ピピッと、何か生温かいものが何滴か、ミスティの頬に付着した。
シンディに掴まれていない方の手で拭って、目視してみる。
夕焼け空のせいではなく赤い、べっとりとした何かだった
ミスティの手を取って先行していた少女が、前のめりにどさりと倒れる。
「えっ……あ……」
そこにあった光景を見て、ミスティは、そんなことはあってはならないと首を振る。
そしてそれ以上の認識は、ミスティには耐えられなかった。
「いやああああああああああっ!」
少女の絶叫が、夕焼けに照らされた路地裏に響き渡る。
夕食時になっても、“海竜の宿り木亭”のいつものテーブルに陣取っていたのは、リタ、ツバキ、ニノの三人だけだった。
「今日は遅っせぇなぁ、あいつら」
リタがフォークでサラダをつつき、口に運びながらぼやく。
それに、ソテーの魚を切り分けていたツバキが応じる。
「まあ、休日だからな。別段、夕食までに戻って来いという取り決めはしていない。暗黙の了解だとは思っていたが……シンディがミスティに、夜遊びでも教えているのかもしれんな」
そのツバキの冗談とも本気ともつかない言い草を聞いて、リタが苦笑する。
「やめろよな。最近のシンディだと、ありそうで怖いぜそれ。なんつーか、タブーがねぇっていうか、面白い事なら何でもやる感じだろ、最近のあいつ」
「……そうだな。だが最近のシンディは、本当に今が好きなんだというのが見えて、ほほえましくもあるよ」
「だよなー。悔しいが、あいつがあんなに砕けたのって、この色欲魔が来てからなんだよな」
「???」
隣で骨付きチキンの香草焼きと格闘していたニノが、リタの言葉に不思議そうな顔をする。
「あー、いいよ。お前はそのまま食ってろ」
「もぐもぐ……俺、リタさんも食べちゃいたいです」
「……おいツバキ、こいつ、あたしにだけ攻め方ちがくねぇ?」
「私に聞くな、私に」
三人がそんな様子で食事をしていると、酒場の入り口の扉が開いて、一人の少女がふらふらと入ってきた。
その少女──ミスティは、心ここに有らずといった様子で、動く死体のように三人がいるテーブルに向かって来て、そのうちの一席に、崩れ落ちるように座り込んだ。
「おう、遅かったなミスティ。シンディどうした。まだ外か?」
「……元気がなさそうだが、シンディと喧嘩でもしたのか?」
食事の傍らに聞くリタと、ミスティの様子を見て心配そうに声を掛けるツバキ。
その言葉を聞いて、瞳に光彩を灯していない少女が、のそのそと顔を上げて──そして、言った。
「……シンディ姉さまが…………殺されました」




