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エピソード9:新入り少女の奮闘(2)

「分かってると思うけどニノ、ミスティに変な事しちゃダメだよ」


「むぅ、変な事って……俺のこと何だと思ってるんですか」


「何って、色欲魔だろ」


 そんな会話が繰り広げられた後、ニノとミスティの二人は、“無限迷宮”の第一層に足を踏み入れた。

 ただし、あくまでもニノはいざという時のための保護者で、基本はミスティが一人でダンジョン探索を行なうという形だ。


「もう、シンディ姉さまは心配しすぎです。ミスティはもう立派な大人なのに……ねぇ、ニノさんもそう思いません?」


 ダンジョンの通路をてくてくと歩きながら、ミスティは後ろを歩くニノに顔を向け、同意を求める。

 そのミスティの装備は、軽装の革鎧レザーアーマーに、短剣ダガーを数本腰に挿しているというものだ。


 その油断しきった少女の様子を見て、ニノは渋い顔をする。


「第一層っていっても、油断しすぎない方がいいですよ。そうやって後ろを向いて歩いてると──」


「問題ありません。第一層なんて、子どもだって立ち回れるって聞きました。ミスティが苦戦するようなモンスターがいるとは──きゃあっ!」


 ざっぱーん。

 ミスティの踏み込んだ右足が空振って、少女はそのまま落とし穴に落っこちてしまった。

 その落とし穴の底は水たまりになっていて、ミスティは全身びしょびしょになってしまう。


「──ぱあっ! な、何なんですか、これは!?」


 落とし穴の底でぽたぽたとしずくを垂らす少女が悪態をつく。

 その穴の上から、ニノがひょっこり顔を出して、穴の底のミスティを見下ろす。


「何って、トラップ、落とし穴ですよ。ダンジョンの危険って、モンスターだけじゃないですよ」


「だ、誰が仕掛けたんですかこんなの!?」


「それは諸説ありますけど──早く上がってきたほうがいいですよ。確かこれ、程度は弱いですけど装備や衣服を溶かす類の罠だったはずなので」


「……ふえっ?」


 見ると、尻もちをついたミスティの下半身の衣服が、しゅうしゅうと白い煙を上げ始めていた。


「ぴゃああああっ! そっ、そういうことはもっと早く言ってくださいよぉおおおっ!」


 そう言って怒涛どとうの勢いで落とし穴の底からいあがってくるミスティ。

 その登攀とうはん能力は、確かに優れた運動神経の賜物だったが──


「ぜぇっ……ぜぇっ……って、まだ溶けてるじゃないですかぁっ!? 話がっ、話が違います!」


 穴の底から這い上がってきても、依然としてミスティの衣服は白い煙を上げ続け、一部が溶けはじめていた。

 ミスティは慌ててバタバタと水を取り払おうとするが、なにぶん衣服に染み込んだ水分なので、そう易々とは払うことができない。


「さあ、どうしましょう、考えてください。本当はトラップの仕組みを教えるのもルール違反だとは思うんですけど、そこは大サービスしましたので、あとは自分で考えましょう」


「ぴいいいいいっ! そんなこと言ってる場合じゃないですっ! 早くしないとっ、溶けちゃいます!」


「緊急時に慌てずに対応策を考えるのも、冒険者の必要な資質の一つです。今すぐに死ぬってわけじゃないですから、自力でどうにかする方法を考えましょう」


 そう言ってのんびり構えるニノの姿と対照的に、ミスティは一人、大慌てだ。


「と、と、と、とりあえずニノさん、向こうを向いていてください! 服を脱いで絞ります!」


「はい、分かりました」


 言ってニノは、くるりと後ろを向く。

 そして、ミスティには背を向けたまま、言葉を発する。


「ちなみにもう一つ助言をしておくと──」


「な、何ですか!? 絶対こっち見ちゃダメですよ!?」


「はい、分かってます。──でも、向こうからコボルドが三匹向かって来てますから、そいつらには見られちゃいますよ?」


「ぴえええええええっ!」




 衣服を脱ぎかけのところをモンスターたちに襲われて、破れかぶれで応戦したミスティは、モンスターたちを撃破した後にはもう、ボロボロの衣服で半べそ状態だった。


「ううう……服だって安くないのに……鎧も新品だったのに、端っこがちょっと削られた……」


 その様子を、ニノはいかにも微笑ましいという様子で、にこにこしながら見守っていた。

 そのニノを、ミスティが睨みつける。


「やっぱりニノさんは、シンディ姉さまたちの言っていた通り、エッチでスケベでヘンタイなんですねっ!」


 そのミスティの言葉を受けると、しかしニノは、平然とした顔で言う。


「でも俺、ミスティみたいな子どもには、そういう興味はないですよ?」


「んなっ……!」


 わなわなとショックを受けるミスティ。


「み、ミスティは子どもじゃないです! 立派な大人です!」


「うんうん、そうですね~」


 少女の抗弁を右から左に受け流し、ニノは少女の頭をなでなでする。

 完全に子ども扱いだった。


「むっかぁ~! もう頭きました! ニノさん、いずれあなたをミスティの大人の魅力でメロメロにしてやりますから、覚悟してください!」


「はあ、そうですか……それより今度はハウンドが四匹来ましたよ」


「ぴいいいいいっ!? じょ、上等です! やってやんよですよおおおおおっ!」


 破れかぶれの少女は、野犬型のモンスターの群れに向かって、短剣を振り上げ駆けて行くのだった。


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