エピソード9:新入り少女の奮闘(1)
「見つけた、シンディ姉さま!」
ある日の昼下がり。
“海竜の宿り木”亭のいつものテーブルでたむろしていたパーティの元に、酒場の扉を開いてまっしぐらに駆け寄ってきたのは、まだ子どもと言って差し支えないぐらいの年頃の少女だった。
シンディらよりも三年ほどは若いのであろうその少女は、くすんだ金色の髪がクセっ毛になった、小さな女の子だった。
彼女が着込んだ新品の冒険者用の服は、最も小さいサイズであろうにもかかわらず、若干ぶかぶか気味の様子である。
この少女の出現に、ティーカップを持った姿で硬直したのは、シンディであった。
「え、ミスティ……? どうしてここに……?」
「あん? このちまいの、シンディの知り合いか?」
隣でハムを口に運びながらするリタの質問に、シンディがカップを置いて頷く。
「うん。孤児院時代の後輩なんだけど……」
「はい! この不肖ミスティ、冒険者としてシンディ姉さまのパーティに入りたいと思って、孤児院を卒業してすぐ、こちらにやってまいりました!」
ミスティと呼ばれたその小さな少女は、背筋を伸ばして四人の冒険者たちの前に立ち、元気よくそう主張する。
「えええっ!? そんな、突然言われても……ねぇ?」
あまりにも唐突の事態に、シンディは困ったという様子でパーティメンバーに視線を投げかける。
それに応じて、ふむと口を開いたのは、ツバキだ。
「なるほどな。キミが何者で、何をしたいのかはだいたいわかった。だが、そもそもキミは、冒険者としてのスキルを十分に身に付けているのか?」
このツバキの問いかけにも、ミスティはハキハキと答える。
「はい! シンディ姉さまほどではないですが魔法が扱えますし、武器を扱った戦闘だってこなせます!」
「うーん、確かにボクが孤児院にいたときで、運動神経なんかは三つ上のボクより全然上だったし、喧嘩をしても男子を泣かせてたぐらいだったけど……」
自信満々で答えるミスティと、不安そうなシンディ。
それを聞いたリタが、フォークに刺さった茹でブロッコリーを口に運びながら言う。
「ま、冒険者として通用するかどうかは、それだけじゃわかんねぇな」
「そんな……じゃあ、どうしたら認めてもらえますかっ?」
否定的な物言いをするリタにも、小さな少女はしかし、必死に食い下がる。
「どうしたらって……つかこのチビ、実力さえあればホントに仲間にすんの?」
「チビとは何ですかチビとは、失礼な人ですね! ていうかフォークの先を人に向けないでください! 子どもの頃に教わらなかったんですか?」
「……な、生意気なガキだな」
リタは自分より小さな少女にマナーを正しく指摘されて、表情をひくつかせる。
だが少女、ミスティはなおもリタに噛みつく。
「ガキじゃありません! ミスティはもう十三歳です! 立派な大人です!」
「歳は関係ねぇよ。テメェでテメェの食い扶持を稼げるようになったら大人だ」
「でも今、お姉さんはミスティの見た目だけでガキって言いました!」
「いやまあ、そらそうだけどよ……何なんだこの、シンディがちまくなったようなガキは」
完全に口で言い負かされたリタは、困ったように仲間たちに助けを求める。
それを受けてシンディが、困ったときの笑顔をする。
「あはは、ごめんねリタ。……もう、ミスティ、正しいことでも言うべきときと、そうじゃないときがあるって、教えたでしょ。下手に出るべきときは、相手を言い負かしちゃダメ。相手を図に乗らせて、いい気分にさせておかなきゃ」
「あ、そうでした。ごめんなさいシンディ姉さま。ミスティ、忘れてました」
「……なんか、一緒になってすんげーバカにされてる気がするんだが」
その三人の様子を見て、ツバキが嘆息する。
「話が進まないから、戻すぞ。──その子の冒険者としての実力を量るなら、ダンジョンの浅い層に潜らせてみてはどうだ? それで第四層ぐらいまで一人で踏破できるようなら、十分な実力と見て良いと思うのだが」
そのツバキの提案に、リタとシンディが思案する。
「んー、まあ、妥当な線だろうな。第四層まで一人で踏破できる実力があるんなら、あたしらの中に入っても、足手まといにはならねぇ。けど、いきなり一人で行かせるってのは、危なくねぇか?」
「そうだね。──それに問題はもう一つある。ボクたちのパーティでやっていくには、一つ、クリアしてもらわないといけない条件があるんだよね……」
「……ああ、確かにあるな」
そう言って、リタ、シンディ、ツバキの三人の視線が、これまで発言のなかった少年へと集中する。
「……? 俺は賛成ですよ。可愛い女の子が増えるのは、大歓迎ですけど……?」
ニノはそう言って首を傾げるが、リタがその少年の言葉を切って捨てた。
「んなこたぁ心配してねぇよ。──問題は、このチビッ子が、お前という存在に耐えられるかどうかだ」
そういうわけで、ミスティという少女のパーティ入隊試験が執り行われることになったのだが。
それは、ニノと二人でダンジョンに潜り、彼の助力を得ることなく、どこまで潜れるかという方法で試されることとなったのである。




