エピソード7:サムライ少女の壮絶な自爆劇(終)
(それが……どうしてこうなった)
その夜、ツバキは自分の軽卒を激しく悔いていた。
いや、朝の段階での決定は、正しい筋道で考えた結果だった気もするのだが。
今、寝間着に着替えたツバキは、宿の自分の部屋のベッドにて、床に就いている。
そのツバキのすぐ横では、自分と同い年ぐらいの美少年が、ツバキと同じ布団に入っていた。
ツバキが彼の方を向かないように背を向けているので、ツバキには、少年がどんな顔をして背後にいるのかは、分からないのだが。
もちろん、どうしてこうなったのかと言えば、答えは簡単だ。
今朝の訓練で、ツバキがニノから、一本も取れなかったからだ。
本気を出したニノは、ツバキの予想を超えて、とてつもない強さだった。
それでも、まったく勝ち目が見えないというほどではないのだが、背水の陣を敷いたツバキばかりでなく、欲望を力にするニノの方も底力を発揮してくるので、底力の出し合いになる。
その結果として、ツバキは結局、今日の手合わせでは一本も取れなかったのである。
そんなこんなで、約束通りに夜、一緒に寝る羽目になってしまったツバキであったが……。
(ううぅ……私は馬鹿か。ニノだって健全な男子だぞ……)
ドキドキと、心臓が早鐘のように打っている。
すでに灯りは消している。
そのほとんど真っ暗闇の部屋の中で、年頃の女子である自分の後ろで、同じく年頃の男子であるニノが、自分と同じ布団に入っている。
何も間違いが起きないと思う方がどうかしている。
「……ツバキさん」
耳元で、ニノが囁いてきた。
ドキンと、ツバキの心臓が飛び出そうになる。
「な、なんだ……?」
バクバクと鼓動する胸を押し殺し、どうにか声を出す。
「ツバキさん、俺……ツバキさんのこと、抱きしめたいです」
そのニノの言葉で、ツバキの中のドキドキが、どっかんどっかんと噴火状態になった。
「ば、ば、ばばば馬鹿! そ、そんなことまで、許した覚えはないぞ……!」
「……ダメですか?」
「だ、ダメに決まっている! 私がいいと言ったのは、一緒の布団で寝ることまでだ!」
ツバキは言いながら、自分でも非常識なことを言っていると思った。
「一緒に寝る」という言葉が通常、年頃の男女間でどういう意味で使われるかということぐらい、朴念仁のツバキだって知っているのだ。
だが、それを聞いたニノは、
「ちぇー」
と言って、それ以降、囁きかけてこなくなった。
それからしばらくしても何もないので、ツバキが恐る恐る寝返りをうち、背後を見てみると、
「……すぅー」
そこには、あどけない顔で眠りについた少年の寝顔があった。
それを見たツバキは、ほっとするより前に、唖然としてしまう。
結局、その夜ツバキは、自分には女としての魅力がないんだろうかとか、そんな普段考えない余計な事を悶々と考えてしまい、なかなか眠りにつくことができなかったのであった。
翌朝。
先に起きたニノが部屋の木窓を開けると、帯状になった朝日の光が、部屋の中に挿し込んでくる。
その朝日を浴びて、あどけない寝顔ですぅすぅと寝息を立てていた少女が、ゆっくりと目蓋を開いてゆく。
「ん……ぅ……」
少女は眠たい目をこすりつつ、ぼんやりとしたまま、ずれた寝間着で肩をはだけさせながら身を起こす。
その黒髪の少女はニノの姿を見ると、首を傾げる。
「おはようございます、ツバキさん」
「……ニノ? ……あれ、ここ、私の部屋じゃあ……」
そこまで言って、少女──ツバキは一気に覚醒した。
ボンッと、顔が真っ赤に染まる。
「あ……あぅ……」
「俺、先に外行って準備してますね。ツバキさんも、自分のペースでいいので。待ってますね」
ニノはそう言って、何事もなかったかのように部屋を出て行く。
あとには、顔を耳まで真っ赤にして俯いて、ぎゅっと布団をにぎりしめた少女の姿だけが残った。
それからも毎日、ツバキとニノの「その夜に一緒に寝る権利」を賭けた勝負は続いた。
そしてそれには、毎日ニノが勝ち続け、二人は一緒の部屋で就寝する生活が続いた。
朝になれば、「勝てばいいんだ」と自分を奮い立たせるツバキがいて、夜になれば、がっくりと後悔したツバキがいた。
そんなある日。
「ううー、昨日飲み過ぎたか……」
いつになく朝早くリタが目を覚ましていたのは、ただ単に用を足しに起きただけで、部屋に戻ったらまたすぐに寝に入るつもりだった。
だがそんな寝ぼけ眼のリタが手洗いから戻ってきたとき、ツバキの部屋から出てくるニノの姿を目撃してしまった。
リタは慌てて、柱の陰に隠れる。
「ど、どういうことだ……?」
眠気が一気に引っ込んだリタが柱の陰で息を殺してニノをやり過ごすと、その後、ツバキの部屋から、ツバキ本人が顔を赤らめさせながら出てきた。
そして、ツバキは一言ボソッと呟く。
「……はぁ。もうニノと一緒に寝るのにも、慣れてきてしまった自分がいる……。もう少し過激な内容を考えないと、ダメかもしれないな……」
そう言ってツバキは、とぼとぼと宿の外に歩いて行った。
「なっ……そん、な……」
柱の陰では、顔を真っ赤にしたリタが、ずるずると尻もちをついていた。
そんなこんなで、賭けを初めてちょうど一週間が過ぎた日。
「──小手ぇっ!」
「くっ──!」
パァンと、ツバキが振るった竹刀が綺麗な音を立て、ニノの手首に命中した。
独特の片手持ちで握られていたニノの竹刀が、道場の床へと転がる。
「えっ……?」
何が起きたのか分からなかったのは、当の竹刀を振るった少女自身だった。
ニノの足元に転がった竹刀を見て、呆然としている。
一方の小手を打たれた側の少年はというと、悔しそうにむすっとしながら、自分の右手首を、もう片方の手で押さえていた。
しかしすぐに、はぁと息をついて、ツバキに向かって微笑みかける。
「──俺の負けです。今の一連の攻めは、無理です、防げませんでした」
そう言われたツバキは──呆けた顔で、ほろほろと涙を流す。
「……本当か? 手を抜いたわけじゃ、ないのか……?」
「俺、そんなツバキさんを侮辱するような真似しません。……いや、賭けをする前には手を抜いてましたけど、あのときはまだ、本気でやれとは言われてなかったですし」
「……本当、なんだな」
「しつこいです。本気ですよ。俺だって悔しいんですから、何度も言わせないでください」
そうニノから言われたツバキは、膝をつき、道場にへたり込んで、まるで子どものようにわんわんと泣いた。
嬉し泣きというのとも少し違う、感極まったゆえの涙だった。
そしてその日以降、ツバキがニノに勝てる頻度は、わずかずつだが上がっていったのだった。




