エピソード6:呪われた姫騎士の受難(2)
依頼人から話を聞いた、その数時間後。
武装した状態で“海竜の宿り木亭”の前で待っていた冒険者たち──リタ、ツバキ、シンディ、そしてニノの四人の前に、同様に武装した姿の依頼人、プリシラが現れる。
剣と軽装の金属鎧とで武装したプリシラ姫は、凛々しさと美貌を兼ね備えた姿をしていた。
一行はニノとプリシラの自己紹介を交わしてから、“無限迷宮”へと向かう。
“無限迷宮”の入り口付近に設置された転送室に入った一行は、そこで『転移方陣』の効果を発動する。
そうして『マーキング』してあった第十七層の一室へと瞬間転移すると、“解呪の泉”を探して探索を開始した。
今回、ニノたちのパーティがプリシラのクエストを受注したのは、マーキングがちょうど第十七層にあったことが、最も大きな要因だ。
ある場所でマーキングを行なうと、そのパーティが過去に行なったマーキングは失われてしまう。
そのため、現在ちょうど第十七層にいるというパーティはごく少なく、プリシラが発注したクエストは、ニノたちのパーティが引き受けるまで、売れ残っていたのである。
なお“無限迷宮”には、リムズベルの街が用意した有料テレポーターが第五層、第九層、第十三層と四層ごとに設置されているのだが、現在のところ、第十七層以降にはテレポーターの設置はない。
これは、テレポーターの設置にはかなりの額の投資が必要となり、また第十七層以降で活動できるほどの実力を持った冒険者パーティの数も多くないため、需要と供給の関係で設置が見送られているためであった。
リタ、ツバキ、シンディの三人も、三人でパーティを組んでいたときは、多くの中堅冒険者パーティと同様、第十三層あたりで下層への進行をストップしていた。
その彼女らが第十七層にまで潜っているのは、ニノの加入によるところが大きい。
プリシラの呪いの内容的に、ニノには留守番をさせたほうがいいんじゃないかという意見もあがったが、それはさすがにニノが可哀想というメルヘンな意見と、ニノ抜きで第十七層の探索は厳しいという現実的な意見とによって却下された。
ちなみに、依頼人との会談の場にニノがいなかったのは、依頼人が美少女と名高いプリシラ姫であったため、女子好きのニノが何か粗相をする危険性を懸念して、お留守番を言い渡されたという事情であった。
「そもそも呪いっていうのは、普段滅多に起こらない不幸な偶然を、滅多に起こるようにする力なんだ」
ダンジョンの通路を、横に二人、縦に前・中・後列の三列の隊列を作って歩くパーティ。
その中列をプリシラと並んで歩くシンディが、全員に向かって説明をする。
「それで、突風が吹いてスカートがめくれたり、着替え中にたまたまノックを忘れて執事が部屋に入ってきたりって偶然が、一日数回レベルで起こるって? とんでもねぇな、呪いってのは」
最後尾を歩くリタが、のんびりと構えながら言う。
道中の罠などは最前列のニノが見つけてくれるだろうから、最後尾のリタの役割は、後ろからの奇襲に備えて、依頼人とシンディを守ることぐらいだ。
ちなみに今リタが言った内容は、あの後カフェの庭園で、プリシラ姫が語った内容だ。
プリシラはあの場で、その呪いを受けてから自分の身に起きたことを、赤裸々に語ってみせた。
それは、今リタが言ったように、突風が吹いてドレスのロングスカートがめくれ上がったり、更衣姿を男性に見られたりといったもので。
ひどいものになると男性騎士との訓練中に、拍子で一緒にもつれ合って転倒し、さらには胸まで触られてしまったというものもあった。
そして、それらは確かに偶然のアクシデントばかりであるようだったが、そのアクシデントが起こる頻度が、あまりにも馬鹿げていた。
一日数回という頻度で、そうした何らかのアクシデントが起こるのである。
「リタ、依頼人のプライバシーだぞ。今はニノもいる、あまりぺらぺらと喋るな」
「あっ、わりぃ。そうだな」
ツバキからの指摘に、リタが反省の色を示す。
「それに──」
最前列を歩いていたツバキが、左右に道の分かれたT字路に差し掛かったところで、左右に素早く視線を走らせて、付け加える。
「それに? ──あ、分かった」
「ああ、ぺらぺらと余計な事を喋っている場合でもない──お客様のご来訪だ」
そう言ってツバキは刀を抜き、構える。
それに呼応して、残りの四人も思い思いに武器を構えた。
T字路の左右、それぞれの通路の奥から高速で迫ってくるのは、スライム状のモンスターのようだった。
右から三体、左から四体。
半透明の緑色をした、どろどろとした粘液状のそれは、思いのほか素早い動きで、地面や壁、それに天井までをも伝って、縦横無尽の動きで接近してくる。
「見た事ねぇ種類だな」
「武器はろくに効きそうにないが」
「ボクが魔力賦与する。ニノは直接撃って」
「了解です!」
冒険者たちは思い思いに言葉を発しながら、迎撃スタンスを取る。
まずはニノの魔法が発動した。
ニノの突き出した左手に不可視の魔力が収束し、放たれる。
「──『炎の竜巻』!」
ニノが放った魔力が着弾した地面から、灼熱の炎が渦となって湧き上がった。
その炎は、四体のスライムを巻き込みつつ、左側の通路を通行止めにする。
「──わぷっ、熱っち! ニノお前、ちっとは加減しろよ!」
狭い通路で炸裂した炎の渦は、本来の効果範囲を越えてその舌を伸ばし、パーティ向けて熱風を吹きかけていた。
「む、難しいんですよぉ!」
「何でもできるっつったのお前だぞ!」
「言ってる場合か、右から来るぞ!」
リタとニノのやりとりに、ツバキの叱咤が飛ぶ。
右からの三体のスライムは、今やパーティのすぐ目の前まで接近していた。
そこで、シンディの魔法が完成する。
「──『灼熱武器』!」
シンディの掛け声と共に、少女の放った魔力が四方へと拡散。
ニノ、リタ、ツバキ、そしてプリシラ姫の武器に、灼熱の炎が宿った。
「──はあっ!」
魔力賦与を確認したツバキが、眼前に迫った一体のスライムに、袈裟掛けで斬りつける。
裂帛の気合と共に振り下ろされた刀は、そのスライムの体を大きく断ち、同時に切断面から炎を巻き上がらせて傷口を焼く。
だがそれでは、そのスライムは活動を停止しなかった。
そのまま速度を落とさず、ツバキの足元をすり抜けてゆく。
また、別の二匹のスライムも、壁と天井を伝って突破してゆく。
「どいてろシンディ!」
「させませんわっ!」
前衛を突破してきた三体のスライムを、シンディを押しのけて前に出たリタと、プリシラ姫が迎撃する。
二人の剣は、その片方が、ツバキが傷つけたスライムを再び斬り裂き、そのスライムを消滅させて宝石へと変えた。
しかしもう一方は、スライムの素早い動きを捉えられずに、空振りする。
「くそっ、速えぇっ──姫さんっ!」
残った二体のスライムは、ほかの者には目もくれず、プリシラ姫へと殺到する。
「──くぅっ!」
プリシラはそのうち一体の体当たりを、身を捻ってどうにか回避する。
だが残り一体の飛び付きを躱しきれずに、胸部に張り付かれてしまった。
じゅうぅぅ……と、白い煙を上げて、スライムが張り付いた部分、プリシラの胸甲と衣服が溶解してゆく。
「くぅ……なっ、や、やめなさい──!」
プリシラはそのスライムを、灼熱を纏った剣を押し当てて削ごうとするが、すぐにはその生命力を奪い切れない……。
その後、残った二体のスライムも、冒険者たちの手によって始末されたのだが──
「うう……ダンジョンでまで、呪いに苛まれるなんて……」
「はい、ニノは見ないの。後ろ向いてて」
あとには、肩から胸にかけてまでの鎧と衣服をボロボロにされたプリシラ姫が、半ば心折られつつ佇み。
それを、自分たちの体でバリケードを作ってニノの目から阻みつつ、姫にマントをかぶせてやる女子冒険者たちの防壁が出来上がっていた。
「……俺、そんなに信用ないですか?」
「あるわけねぇだろ」
「しょぼーん」
ニノは一人、ダンジョンの地面にのの字を書いていた。




