エピソード6:呪われた姫騎士の受難(1)
そこはリムズベルでも、裕福な人たちが愛用する高級な屋外カフェ。
良く手入れされた緑の芝生と、色とりどりの花が咲く花壇のある優雅な庭園に、麗らかな日の光が注がれている。
その庭園に用意されたお洒落な丸テーブルを囲み、華奢な椅子に座るリタ、ツバキ、シンディの三人は、どこか落ち着かなげにあたりをチラチラと見回している。
彼女たちは、このような場所に普段縁がないから、どのように振る舞ったらいいのかわからないのだ。
対して、彼女たちの前に座った依頼人は、この場所にまったく相応しい様子であった。
純白のドレスに身を包んだ、流れるような美しい金髪の少女。
その少女は、ほかの席で談話をしている令嬢たちと同様、優美に紅茶を嗜みつつ、儚げに微笑みかけながら、冒険者たちに向けて話を切り出した。
「本日はわざわざのご足労、感謝いたしますわ。……このクエストで皆さんに依頼したいのは、“無限迷宮”の第十七層にあるという“解呪の泉”まで、私を連れて行ってもらうことですの」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。その前に一つ確認させてもらっていいか? あんた……あ、いや、あなたは、このリムズベル王家のお姫様なんだ……じゃない、なんですよね?」
依頼人の少女に対し、慣れない敬語に悪戦苦闘しながらしどろもどろに質問したのは、栗色ポニーテイルの髪の快活そうな少女、リタだ。
この依頼内容とは直接関係のない質問にも、少女は微笑みとともに首肯する。
「ええ。リムズベル王家に、名を連ねてはいますわね。と言っても、王位継承権も末席に近いですし、幼少よりお転婆で通っておりますから、どうぞお気になさらず。気軽にプリシラと呼んでもらえば、結構ですわ。敬語も不要でしてよ」
「……お、おう。悪い、それじゃ普段通りやらせてもらうわ」
依頼人からそう言われて、リタはホッと胸をなで下ろす。
「それにしてもリタは、少しまっとうに敬語ぐらいは喋れるようになったほうがいいと思うけどな。……えっと、それで、プリシラ姫──“解呪の泉”においでになりたいとのことですけど、失礼ですが、何か呪いを受けておられるのですか?」
リタの後を、銀髪ショートカットでローブ姿の少女、シンディが継いで質問する。
すると、依頼人の令嬢──プリシラは、少し言いにくそうに、シンディから視線を逸らす。
「……ええ。数々の悪事を働く闇魔術師を討伐に行った際、ようやく追い詰めたというところで、呪いの魔法をかけられてしまいました……不覚でしたわ」
そう言ってプリシラは、悔しげに手を震わせる。
その令嬢を見て、黒髪のサムライ少女ツバキが、真摯な眼差しで口を開く。
「プリシラ姫は、王族である傍ら、騎士として剣も振るうのだと聞きました。しかも一流の騎士にも劣らぬ腕前だとか……。その姫に不覚を取らせるとは、話の闇魔術師、かなりの手練れのようですね」
依頼人はこれにも首肯し、
「まあ、あれが並みの輩ではないことは、確かですわね。……ですが、このたびの依頼では、その闇魔術師には関わらないと思いますわ。このクエストの依頼内容は、あくまでも、“解呪の泉”に私を連れて行ってほしい、ということですもの」
そう言ってプリシラ姫は、冒険者の少女たちに向けあらためて、発注したクエストの内容を明確にする。
『クエスト』というのは、街の人などが冒険者に対して何か頼みごとをしたいときに、報酬を約束して依頼を発注するシステムのことである。
冒険者は、冒険者酒場などに張り出されているそのクエストの内容を見て、内容と報酬を天秤にかけて、そのクエストを引き受けるかどうかを決める。
冒険者は、ダンジョンに潜ってモンスターを倒すことによっても幾分かの収入を得ることができるが、その金額は大きなものではない。
浅い層の雑魚モンスターを相手にするか、深い層の強力なモンスターを相手にするかによっても変わってくるが、総じて大した収入にはならず、半日丸々ダンジョンに潜っていても、日々の生活費に消えてしまう程度の金額しか得られないという塩梅だ。
なので、こうしたクエストというのは、冒険者にとって重要な収入源になる。
クエストの内容にもよるが、クエスト報酬の目安額は、宿代や食費などを合計した冒険者の生活費で換算して、その一週間分から数ヶ月分ほどの金額にあたる。
したがって、週に一度ぐらいのペースでクエストにありつければ、冒険者はかなり良い生活ができるという具合なのである。
「……なるほど。クエストの内容は、分かりました。──それで、差し支えなければ教えていただきたいのですけど、かけられた呪いというのは、どういった類のものなんでしょうか?」
シンディがそう質問をすると、プリシラ姫は渋い顔をした。
「……それは言わないと、やっぱりダメかしら」
「いえ、言いたくない事なら、無理強いはできませんけど……どういった呪いを受けているかで、ダンジョンに入った際の私たちのサポート、カバーの仕方も変わってくると思いますし」
そのシンディの言葉に、プリシラは口元に手を当て、少し考える。
そしてしばらく逡巡してから、「……まあ、女性ばかりのパーティみたいだし、構いませんわね」と呟いて、自らが受けている呪いの内容を公表した。
「その、私……エッチな目に遭う呪いを、かけられてしまったみたいですの」
「……はぁ?」
姫の告白を聞いて、ぽかーんとする三人の冒険者を尻目に、プリシラは自分の呪いがいかなるものかを語り始めた。




