表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

エピソード5:ボクとエロ魔神

 ──これはボク、シンディという名の少女が出会った、まったく他愛のない、しかし大事な出来事をつづった体験記である。




 “無限迷宮”の第十五層。

 そこは、魔法がまったく使えないという、ボクのような魔術師メイジにとっては存在価値を奪われるような階層だった。


 とは言え、そういう場所が今までにまったくなかったわけでもない。

 魔法が使えなくなる部屋とかはあったし、そういう場所ではたいていモンスターが襲ってきて、ボクは完全に役立たずになった。


 だけど、今回のこれは、もっとタチが悪かった。

 魔法が使えないばかりじゃなく、帰還のための転送石も作動しないという転送石無効化フィールドまで張られていて。

 おまけにその状況下において、パーティ分割転移装置ディバイド・テレポーターの罠が仕掛けられていたのだ。


 こういう魔法的な罠(マジックトラップ)は、リタやニノの探索者の“罠探知ファインドトラップ”スキルでは、発見できない。

 こっちは魔法を使えない、でも魔法の罠はあるだなんて、そんなのアリ? と思ったけど、実際あってしまったものは仕方がない。


 でも、四人全員を範囲内に取り込み、その罠が起動したとき。

 リタやツバキと並んで前衛を歩いていたニノが反応し、ボクを押し倒すように、抱きついて来た。

 その一瞬後、ボクの視界は光に包まれる。




 そうしてボクは、ダンジョン内のまったく別の、見知らぬ場所に飛ばされた。

 魔力が起動しない空気はそのままだったから、第十五層のどこかなのは、間違いないと思うんだけど……。


「……ごめん、ニノ。重いから、どいてもらってもいいかな」


 仰向けの姿勢で地面に横たわったボクの上には、金髪碧眼のあどけない顔の少年が、のしかかっていた。

 そのニノは、「あ、はい、すみません」と言って素直にどいた。


 ボクは内心ドキドキしながら立ち上がって、ローブに付いた汚れを手で払いながら、ニノとは顔を合わせずに言う。


「二人っきりになっちゃったね」


「はい」


「リタとツバキ、大丈夫かなぁ?」


「魔法が使えないと、シンディさんの方が心配です」


「あはは、そうだね。人の心配してる場合じゃないか。でも、ニノが一緒にいてくれると心強いね」


「はい。間に合ってよかったです」


 そのニノの言葉を聞いて、ボクは、やっぱりそうだったんだなと得心とくしんする。

 パーティ分割転移装置ディバイド・テレポーターが発動したときのあのニノの動きは、ボクを一人にしないための、ニノの咄嗟とっさの動きだったわけだ。

 つくづく、規格外な少年だなぁと思う。




 そうしてボクとニノは、第十五階層のどことも知れない場所を、のこのこと探索し始めた。

 時折モンスターに出会うけど、ニノが片っ端から、ちぎっては投げてくれるので、全然安心。

 それに遭遇するモンスターもそう強くはなく、これならリタやツバキでも問題なく凌げるだろうと思って、そういう意味でも一安心。


 だからそう、安心は、安心なんだけど……




(うううっ……ニノと二人って、すごく気まずい……)


 ボクは前を歩く少年をチラチラ見ながら、ドキドキする胸に手を当てる。


 実のところ、ニノと一対一で一緒にいるのって、あの闇ギルドで助けてもらったときぐらいしかない。

 あのときはボクもそれどころじゃなかったけど……。


 いざこういう日常で、リタもツバキもいない二人っきりの場面となると、どうにも緊張する。

 何を話したらいいのかとか、全然分からない。


 それに──男と女、少年と少女、二人きりなのだ。

 加えて、何しろあの女好きのニノである。

 もしも、こんなほかに誰もいないところで力ずくで迫られれば、力の弱いボクなんてひとたまりもないわけで……。


 もちろん、ニノはそんなことをする少年ではないとは思っているけど。

 かと言って本当のところ、このニノという少年のことを、ボクはそれほどよく分かっているわけでもない。

 突然、無邪気な仮面を脱ぎ捨てて、狼さんの牙をき出しにしてきても、何ら不思議はないと思うぐらいには、ボクはニノのことを信用していない。


(しかも、ちょっと期待しちゃってるボクがいるし……)


 目の前を歩く少年が突然振り向いて、壁にドンって押し付けられて口説かれでもすれば、今の自分は多分、コロッと落ちてしまうんじゃないかと思う。


 でも多分、これは恋心っていうのとは、違うんだと思う。

 浅ましいメスの本能とでも言えばいいのか……自分でも制御できない欲求のようなものが、体の内側からボクの全部を溶かしてしまおうとしている──そんな風に感じる。


(うう……エッチなことにちょっと興味あるとか言ったけど、ちょっとどころじゃないじゃない、ボク……)


 キュンキュンした胸のうずきが、抑えられない。

 それでも少しでも鎮めようと、ローブの胸元を片手できゅっと握る。

 でもそんなことが何の意味があるのだろう。

 ドキドキを抑えるのに、何の役にも立っていない。


(うわああん、ボクこそ恋する乙女じゃないかぁっ)


 リタやツバキと温泉で話していたときは、自分がこれほど重症だとは思っていなかった。

 リタやツバキが弄られて可愛くなっちゃってるのを、傍で眺めて楽しもうと思っていたのに。


(ううう……何でボクがこんなに可愛くなっちゃってるんだよぅ……)


 ニノの後ろを赤くなって俯いて歩きながら、ちらと上目遣いでニノの後ろ姿を見る。

 頼れる男性を象徴するような、大きな背中というわけではない。

 それでも、ボクよりは背が高く、たくましい肩がそこにある。


 そして何より、綺麗だ。

 見惚みとれるような綺麗な金髪がかかった首筋とか、男のくせにずるいと思うぐらいだ。


(あの肩ごしに、後ろから抱き付いたら、どんな反応するんだろうな……)


 そんな妄想をしてみれば、その後にはもう、目くるめく大人の世界しか広がらなさそうに思えて、ぶんぶんと頭を振る。

 ダメだ、ダメすぎる。

 今のボクはダメすぎる。


「シンディさん」


「はっ、はひっ!?」


 突然ニノに振り向かれて、ボクは素っ頓狂な声をあげてしまう。


 やばい、やばい……この心のドキドキは見抜かれちゃダメだ。

 見抜かれて、攻められたら、今の自分は確実に堕ちる。


「な、何かな。罠でもあった? あはは、なんかごめんね、ぼけーっとしちゃって。ダンジョン探索中だっていうのにね、ニノがいるとなんか安心しちゃって」


 内心の動揺を隠そうとして、ぺらぺらと無駄に回るボクの舌。

 するとニノは唐突に、何やら脈絡のないことを言ってきた。


「シンディさん、手、つないでもいいですか?」


 その言葉に、どきんと胸が鳴る。

 驚いてニノの顔を見るが、表情を見ても、何を考えているのか、さっぱり読めない。


(まずい……見抜かれてる……?)


 胸のドキドキが加速する。

 ボクがもう陥落寸前なのがバレている?

 もうボクは、この魔王のような少年の掌の上で、弄ばれる運命なの?


「な、何で突然、手を繋ぐのかな?」


「俺、シンディさんともっと、仲良くなりたいです」


 ニノは例の、何を考えているのか読めない笑顔で言う。


 いやいやいやいや、おかしいでしょ。

 仲良くなりたいから手を繋ぐって、それ完全に恋人か何かの方向性だから。

 パーティメンバーとして、という域を確実に逸脱している。


 いや、でも。

 このニノっていう少年は、最初からこんな感じだった気も……。


 ……リタとかも、こうやって落とされたのかなぁ。

 あのリタの態度とか、どう見ても、好きな人に弄られて内心悦んでるようにしか思えないし。


「仲良くなりたいから、手を繋ぎたいの?」


「はい!」


「そっか……わかった。ボクもニノと、仲良くなりたいから……その、いいよ」


 言ってしまった……。

 終わった……ボク、陥落。


 そうして、ダンジョンを二人きりで、手をつないで歩くボクとニノの姿が出来上がった。

 なんだこれ……なんだこれ?


 ボクは終始、赤くなって俯いているばかり。

 隣のニノはとちらと見ると、何だかとても幸せそうなホクホク顔をしていた。


 ……はあ。


 これは、アレかな?

 ボクの考えすぎ?

 ボクが一人で脳内ダンス踊っちゃった?


 このままグッと引き寄せられて、抱き締められでもしちゃったら、ボク完全に堕ちるんだけどなー。

 いいの?

 ここまででいいの?


 そこまで思って、どっと嫌悪感。


「はあ……今、思い知った。パーティで一番エロ魔神なのって、ボクなんだね……」


「……?」


 ニノは首を傾げる。

 ちょっとイラッとしたから、ボクは言ってやる。


「この甲斐性かいしょうなし。据え膳ぐらい、ちゃんと食べられるようになりなさい」


「えっ、えええっ!? な、何のことか、俺全然分からないんですけど」


「べー。教えてあげない」


 ボクはニノに向けて舌を出して、意地悪をする。

 まったくもう……ボクのこのドキドキ、どこにやったらいいんだよ。


 そんなことを思って二人でダンジョンを歩いていたら、行く先の横手の道から、二人の少女が姿を現した。


 リタとツバキだ。

 二人はこっちを見て、ぽかーんとしている。


 ……ああ、そうだよね。

 恋人よろしく手を繋いで歩いてたら、そりゃあ驚くよね。


 ──さてと、どうやって言い訳しようかな。


 ボクはクスッと笑って、この場をどうやって切り抜けようかと、小狡こずるい思案をするのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ