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エピソード4:ダンジョンと、温泉と、ちょっとエッチなガールズトーク

 “無限迷宮”の第十四層。

 リタ、ツバキ、シンディの三人に、ニノを交えた計四人のパーティは、いつも通り注意深く周囲を警戒しながら、ダンジョンを進軍していた。


「さすがに三日目ともなると、疲れがたまってくるな」


 リタが歩きながら腕をぶんぶんと振り、体をほぐす。


「そうだね。なかなかマーキングできるような場所が見当たらないと、困っちゃうね」


 シンディがリタのぼやきに同意する。

 彼女も杖を背に回して横に通し、それを使ってぐっ、ぐっと背中を伸ばしていた。


 “無限迷宮”に潜る冒険者は、場合によっては二、三日、あるいは最長で一週間ほど、ダンジョンに潜りっぱなしになることもある。

 これは、次のダンジョン探索時に、そこからスタートできるよう“マーキング”できる場所が、なかなか見つからない場合に起こる。


 冒険者は一旦街に戻っても、ダンジョンに“マーキング”さえしてあれば、『転移方陣てんいほうじん』というアイテムを使うことによって、その場所へと瞬間移動をすることができる。

 ただ、この“マーキング”は、魔力の流れやその場所の広さなど、一定の条件を満たした地点でなければ、行なうことができない。


 したがって、その条件を満たす場所がなかなか見つからない場合には、長丁場のダンジョン探索になるケースが、起こりうるのである。


 このような数日に渡る長丁場の探索の場合、食事はあらかじめ街で買ってきた干し肉やドライフルーツ、乾パンなどの保存食に頼ることになるし、寝るときは交代で見張りを立てながら、毛布や寝袋に包まって寝ることになる。


 熟練の冒険者ともなれば、そのような環境下でも体調管理ができるようになっているものだが、だとしても、それによる疲労の蓄積がないわけではない。

 また日を追うにつれて、街の酒場での温かい食事や、宿の柔らかいベッドが恋しくなってくるのは、誰しも同じことだ。


 それに、ダンジョン探索というのは、相当に汗をかく行動である。

 二日、三日と水浴びも湯浴みもできないとなれば、体のべたつきやにおいだって気になってくる。

 水袋の水を含ませた濡れタオルで、体を拭くぐらいのことはできるが、それとて体の隅々まで綺麗にできるわけではない。


 しかも、さらに悪いことに──


「げっ、またポイズンリザードかよ……」


 リタが、正面から向かってくるモンスターの群れを見て、げんなりしながら言う。

 体長一メートル半ほどの、紫色の表皮を持ったトカゲのモンスターが五匹、一行に襲い掛かろうと向かって来ていた。


 別に、一行にとってものすごく強いモンスターというわけでもない。

 ただまったくの被害なしで倒せるほどの雑魚でもなく、接近戦を生業なりわいとするツバキやリタなどは、手足を舌に絡め取られ、毒液を吐きつけられで、どうしても戦闘中に汚液を浴びることになる。


 毒だけならニノの“解毒アンチドーテ”の魔法で消せばいいのだが、それで汚液そのものが消滅するわけでもない。

 唾液のようなべとべとが体に染みついてしまうことになって、濡れタオルで拭いても、なかなか拭き取りきれない。


 戦闘終了後、リタは手足や服の中をタオルで拭きながら、同じく前衛を担当していながら、ポイズンリザードの攻撃をすべてひらひらと躱し、まったく汚液を被弾していないニノをジト目で見る。


「前々から思ってたけど、お前、パーティ組む必要ないよな。一人でダンジョン探索できんだろ」


 リタからそう言われると、ニノは不思議そうな顔をして答える。


「……? そんなの、何が楽しいんです?」


「あー……はいはい分かった、幸せな奴だよ、お前は」


 そこに、リタと同様にタオルで体を拭いていたツバキが、口を挟む。


「ニノを見ていると、時折馬鹿馬鹿しくなることは、私もあるが……己の未熟さゆえと思って、より一層の精進を心掛けることにしている」


 その言葉に、シンディも頷く。


「うん。それに取り分も平等でいいって言うんだから、ボクたちが損をするわけじゃないしね。Win-Win(ウィン・ウィン)ってことでいいんじゃない?」


「……うぃんうぃん?」


「お互いに得をするってこと」


「まあ……そりゃあそうか」


 リタはそれを聞いて、不承不承ながらも納得する。


「にしてもいい加減、体がべたべたすぎて気持ち悪いんだけど。くさいし。もう、早く帰って水浴びしてぇよ……」


「……お互い様だ。ぼやくな」


 そんな様子でダンジョンを探索していた一行だったが、しばらくすると、前方に何やら白い湯気のようなものが出ている部屋を発見した。

 一行が顔を見合わせ、部屋の前まで行ってみると、その部屋の中には、ちょうどいい具合に風呂状になった、お湯らしき液体が湛えられた泉があった。


「お、温泉か……?」


「……みたいだね。ダンジョン内に湧いてるの、初めて見たよ」


 一行は全員で注意深く部屋の中に入ると、リタがおそるおそる、温泉に触れてみる。

 ──ちゃぷん。


「……ヤバイ」


「何が?」


「湯加減がちょうどいい」


 リタの言葉に、シンディがずっこけそうになる。


 その後一行は、手にすくって湯のにおいを嗅いでみたり、めてみたり、お湯の中に何かいないかなどを確かめたりして安全を確認する。

 出た結論は、まず間違いなく、この温泉は安全だろうというもの。


「どうする? 入っちゃおうか?」


「賛成!」


「……少々、緊張感に欠けている気もするが、私もこの汚れを落としたくはあるな」


 女子たちが三者三様にそう言って、温泉に入る意向を決める。

 そこにニノが混ざって、


「俺もみんなと一緒に温泉入りたいです!」


 と主張したが、


「却下だ。お前と一緒に入るのは、絶対に絶対に嫌だ」


 というリタの断固とした反対により、男女に別れて交代で温泉に入ることになった。

 まずは女子たちが入り、この世の終わりというようにしょげたニノは、部屋の外でモンスターが来ないかどうか見張りをすることとなったのである。




「はぁ……いいお湯だね」


 頭にタオルを乗せたシンディが、極楽というように目を細める。


「ああ、たまんねぇな……」


「だが、少しニノに悪い気もするな」


 リタとツバキも同様に、温泉に浸かっていた。

 乳白色の湯が、彼女たちの胸より下を隠している。


「いいんだよ、あいつは色欲魔なんだから。一緒に温泉入るなんて認めたら、タオル巻いてたって絶対調子に乗ってべたべたしてくるに決まってる」


「あはは、ありうる。──でもリタって、結局ニノと一番仲良くなっちゃったよね」


 そのシンディの言葉に、リタはざばっと湯から立ち上がって抗議する。


「はあああっ!? あたしとあいつのどこが仲良いってんだよ!?」


「そうやってムキになっちゃうところ?」


「ちっげえええよ! シンディお前、絶対勘違いしてるぞ! 一番あいつの被害に遭ってんの、あたしなんだからな!?」


「それはご愁傷様」


 そう笑って言うシンディ。


「うわっ、むかつく! 他人事だと思ってー! お前も被害遭ってみろよシンディ!」


「嫌だよ、そういうのはリタに任せる。……あ、でも、ちょっとだけボク、エッチなことに興味はあるんだよね」


「……シンディお前、それは絶対にニノの前で言わない方がいいぞ」


 隣から、ツバキが横槍を入れる。

 するとシンディは、興味津々というようにツバキの方を向く。


「そういうツバキは? そういうの興味ない?」


「……私は……いや、まあ、正直に言うと、まったくないではないが……」


「でしょー?」


「だが、その、なあ……私の場合は、溺れてしまいそうな予感がしてな……一度、身も心も男にささげてしまったら、もう武芸には打ち込めなくなりそうで」


「あはは、ツバキらしいね」


「うっ……それって、私らしいのか……? 他人からそういう評価をされるのは、それはそれで、不服なのだが……」


「ツバキは何をするにも一途いちずってこと。一つのことに夢中になっちゃうと、ほかのことに身が入らなくなっちゃうんでしょ?」


「あ、ああ……まあ、それは、そうだな」


「だから、男の人に身も心も捧げちゃったら、ツバキはもう乙女街道一直線。目くるめく快楽と女の幸福の世界へ~」


「うう……当たっていそうで、何も言えん……」


「……ったく、なんつー話してるんだ、お前ら」


 横で再び湯に浸かったリタが、顔を赤くしていた。


「リタは一番、照れ屋さんだもんね。こういう話、聞いてるだけでドキドキしてきちゃうんでしょ?」


 そう言ってシンディは、リタの方に近付いてゆく。


「う、う、うるせーな! 誰だってそうだろ、こんな話してたら!?」


「それはそうだね。ボクもちょっとドキドキしてる」


「自爆かよ……」


「自爆だよ。でも、楽しいでしょ、こういう話でドキドキするの」


余人よじんには聞かせられんがな……」


 そのツバキの言葉に、リタが同意する。


「だな。……そういやニノのやつ、随分大人しいな。あいつのことだから、こういうチャンスは逃さないかと思ってたんだが」


「あ……」


 シンディが何かに気付いたのか、湯に浸かったまま、呪文を唱え始める。

 そして、


「やっぱり……リタ、さっき立ち上がってたよね。ご愁傷様」


「んあ? 何がだよ」


「ニノ、魔法で見てるよ。裸、見られちゃったね」


「えっ」


 その後、のぞき見小僧をしたニノが、小剣を振り回すリタに追い回されることになったことは、言うまでもない。


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