表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

突然の出来事

父が居なくなった。


その連絡を受けたのは、ファミレスでのバイトを終えた21時過ぎだった。

制服から着替えを済ませ、事務所でシフトを作る店長の横で、同じように仕事から上がった後輩と喋っていると携帯が鳴った。


着信画面には母と表示されている。

一人暮らしをしている私は、家に帰ったときには母に連絡するよう言われていた。

しかし、いつもそれを煩わしく思っていた私は、たまに連絡をしない日が幾度かあった。そんな時には母が心配で電話をかけてくるのだが、それは大体日付が変わる前の時間帯であったりするため、いつもより早い時間帯の着信に違和感を感じつつも、4コール目程で電話に出ることにした。


「もしもし、なに?」


ぶっきらぼうな私の声とは裏腹に、母親の声は真剣だった。


「梨穂…お父さんから電話入ってなかった?」


母の普段より動揺している様子の声が耳に届く。

何があったのか気になったが、後輩の前ということもあり平静を装う。


「きてないけど。どうしたの?」

「今日の昼に帰ってくるはずだったんだけど、帰ってこないの。今お姉ちゃんと車で探してるんだけど…」


父は仕事にいく時、用事で出るとき、いつも何時には帰ると言うし、ほとんどその時間かそれより早く帰ってくる。

そもそも携帯には仕事中でも必ず出る人なので、連絡が取れていない様子であることに驚いた。


「お父さんはどこに行ってたの?」

「温泉だけど、さっきそこに行ってみたら、お父さんが乗って行った車が駐車場に無かったのよ。」

「へえ、温泉?誰と?」

「会社の人。昨日会社の集まりで行くって言って、その資料も見たから間違ってないと思う」


父は会社の人や友達と、プライベートで遊んだり泊まったりはしない。

つまり、会社全体の行事として、昨日から社員で温泉に一泊している。

チェックアウトは大体10時だし、きっと今日の昼には帰る予定だったのだろう。

しかし、もしかして一泊ではなく二泊の間違いだったのでは?

楽しくなってしまって社員の人たちと別に集まって楽しんでいるのでは?

個人的な買い物で寄り道をしているのでは?

私の頭の中では、だいたいこの辺だろうという見解に至った。

連絡が取れないことには違和感が残ったが。


「もう一回、温泉行って見てくる」

「待って待って。そんな深刻にならなくても、待ってれば帰ってくるんじゃないの。そもそも駐車場見るんじゃなくて、温泉の人にまだ泊まってるのか聞いてみたら?」

「あ、そうだね。聞いてみるよ」

「電話でもいいんだしさ。てか会社に聞いたら早いんじゃないの…」


母と姉の容量の悪い捜索になんとなく腹が立ってきていた。

最近の私は自分でもわかる程何故か短気で、特に家族に対しては冷たい態度を取ることが少なくなかった。

そもそも、そんなに大騒ぎする程のこと?

明日になればひょっこり帰ってくるに決まってるのに。

私だって連絡を忘れて楽しんじゃう時だってあるし、前例が無いとはいえ父も人なのだから、そんな時もあるでしょう。

そんな楽しい時に車で捜索されて、一日帰らなかっただけで大騒ぎされちゃ敵わないでしょう…。

そんな思いから、電話先に対しても苛立ちは伝わっていただろうし、隠すつもりもなかった。


「これから帰るから、会社に連絡取れたら教えて」

「…。わかったよ。」


母はきっと真剣に探しているんだろう。

それなのにぶっきらぼうな私の声に、母はきっと、どうしてこの子はこうも他人事のように感心が無いのだろう、と呆れたことだろう。

電話を切ると、多少の罪悪感はあったが、やはり母達は騒ぎすぎだと思った。


「何かあったんすか?」


目の前に座っている後輩が、興味があるのかないのかわからない、いつも通りの無表情な顔で聞いてきた。

この後輩は私の一つ下で大学3年生の男。失礼なことをズバズバ言ったり、子供っぽいところがモテないんじゃないかなって密かに思っているけれど、面白くて優しいところもあるし、後輩の中では特に良く話す相手。


「うん、なんか、お父さんが帰ってこないんだってー」

「えっ?なら早く帰った方がいいんじゃないのか。」


私の右隣でパソコンで仕事をしていた店長が、心配そうに聞いてきた。


「はい、でもたぶん対したことないです。どうせ明日帰ってきますよ」


何か言いたげな店長よりも先に、後輩が口を開いた。


「どういう状況なんすか?」


後輩と店長に、今母から聞いたことを話した。家の問題を話しすぎるのは少し恥ずかしいけれど、特別隠す必要ないと思ったし、もし何かあってもこの二人なら他言することはないだろう。

話し終えると、店長は腕を組んで唸った。


「そうかあ、でも、心配だなあ」


60を過ぎたおじいちゃんみたいな店長は、本当に心配そうに私を見ていた。

今の店長は従業員を大切にしてくれるし、困った時は相談に乗ってくれる。私はこの人が心底大好きだったし信頼していた。


「何事もないといいっすね」


後輩も真剣な顔になっていて、すぐ帰ってくるんじゃないっすか、なんて軽い返事をされると思っていたから、正直驚いた。


「あ、でも、もし明日の昼までに帰ってこなかったら、一旦実家に帰ろうかなって思います。母親がちょっと心配になったんで」


姉が付いてるとはいえ、電話の向こうの母親の不安そうな声が気になった。

家族を何より大切にしている母親だし、きっと父のことが心配で心配で堪らないだろう、ということは分かっていた。


「でも私明日、夕方シフト入ってるんですよね…」

「何で、チラっと俺の方見るんすか!」

「あはは、ごめん、その時はお願いします」

「…まあ、いいっすよ」


この子ならそう言ってくれると思っていた。


「ありがとう。今度なんか奢るよ」

「それ何回目っすか。奢ってもらった記憶ないんすけど」


私が思っていたよりも、後輩も店長も気にかけてくれたことが嬉しかった。だがそれ以上に、もしかしてこの件は、私が呑気に構えているだけで、実は深刻な事態なのかもしれない、という考えが頭をかすめた。


帰り際に、母と年代の近いパートのおばさんに相談してみると、不倫かもしれないねー、なんて笑って話していた。あり得ないと思うけど、もしかしてそうかもしれない、と、私の中にもう一つの候補が浮上した。


バイト先を出て家までの道を歩いていると、母からの着信があった。


「何か分かった?」

「会社の人に電話したらね」

「うん」

「そもそも、温泉に行ってないんだって」

「…。」

「でも、家に、行事で温泉に行くっていう会社の資料はあったし、お父さんは温泉に行くって言ってたのは、間違いないよ」

「…。そうなんだ…」


言葉が出なかった。

あんなに気楽に考えていたことが嘘のよう。頭の中が、一気にぐしゃぐしゃになった。

つまり、どういうこと?

家族には嘘をついて会社の人たちと温泉に行くって言ったけど、本当は違うところに行っていたってこと?

わけがわからない。

だって、父はそんな事をするような人じゃないから。

だけど一般的に考えたら、不倫しに行く時ってこんな工作しそう、なんて思った。

それか、会社の温泉に行ったんじゃなくて、友達と温泉に行った?

でもそんな友達が居るなんて聞いたことない。

そもそも家族に嘘をつく必要があったの?なんのために?

目的が全くわからない。

父が何をしたかったのか、何をしようとしているのか、何も見えてこない。

今までの父の行動を思い出して見たけれど、家族を心配させるようなことはしない人だった。

嘘をついたことも、私の記憶の中では一度として無かった。


母は捜索願いを出しにいくそうで、是非早くそうした方がいいと肯定して、私も父に連絡が取れないか試してみると伝えた。

今日はもう実家に帰る電車が無いので、明日朝一番の電車で帰ると言って電話を切った。


父の携帯にかけてみると、コールは鳴るものの、やはり父は出なかった。

頻繁に電話をしているわけではないけど、父に電話かけて出なかったことは今回が初めてだった。

10回程掛け直したところで止めた。

電話に出れない用事なら、父なら電源を切るなりしていそうなのだけれど。


後輩にシフトを代わって欲しいとラインを送って、もやもやした気持ちのまま、その日はシャワーを済ませて直ぐに布団に入った。

勿論すぐに眠れるはずもなくて、その後も父の携帯に何度も着信を残し、明け方5時を過ぎてやっと眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ