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大空に抱かれた少年の夢

         Ⅰ


「はあ……」

いつもの帰り道。歩きながら、優は大きなため息をついた。見兼ねた透が言葉をかけてくる。

「なんだか上級サーバー、あんまりよくないらしいね」

「ああ――」

苦労してやっとの思いで辿り着いた上級サーバー。だのに、ミッションはチュートリアル並の低難易度、対戦は人が少なくて部屋が立たない、そして、期待していた共同クエストも空振りに終わった。「あれじゃ、普通に中級で対戦でもやっていた方がマシだぜ」

先日の共同クエスト以来、優は口を開けば『∅』の愚痴ばかりだ。

「あれじゃないの?」

二人の後ろからタンクが口を挟んでくる。

「まだ上級までいけてる人少ないから、運営もまだ力入れてないんじゃないの?」

「にしてもさー」

間髪入れず切り返す。その程度のことは、優も考えなかったわけじゃないから。「あんな大変なクエこなして、ようやく辿り着いたと思ったらさー」

あの昇級クエストをクリアする為に、一体どれだけの苦労を重ねたことだろう。計り知れないほどの時間と、労力が費やされた。寝ても覚めても、授業中でも、ずっと優は昇級クエのことばかり考えていたのだから。それも全て未踏の地、上級サーバーへの憧れからだった。しかし今となっては、それも徒労に終わってしまったようである。だから優はこうやって、周囲にわめき散らすことでしか不満のやり様がなかった。

 「まあまあ」と透がなだめてくる。優の気持ちは分からないでもない。昇級クエストは『∅』ユーザー共通の課題。なのに上級がそんな体たらくっていうなら、未クリアの透にとっても完全に他人事、というわけではなかった。でも一方で、優に先行されて置いてきぼりを食らう、そんな羽目にならずに済んだという安堵の気持ちもある。

「しばらく上級ほっといて、対戦でもやってようぜ」

透は言った。「お前は対戦の方がトクイなんだから」「だなー」

 そこへタンクが、

「でも上級ライセンスって、持ってる人少ないから、対戦にいたら目立つかも」

「おっ! いいじゃん。なんかカッコいいじゃん」

透もノッてくる。

 一瞬優も、それもいいかなと思った。が、冷静になって考えてみると、

「……でもそれって、逆に目立つから狙われまくるんじゃね? で、『なんだ、上級っつってもこの程度かよ』とか言われて……」

「あー」

「……たしかに、ヘイト集めるかも」

オンラインゲームでは、敵からの狙われやすさを示す度合いに「ヘイト」という言葉がある。「ヘイトを集める」とか「ヘイトが高い」などといった使われ方をする。ヘイトが発生する条件は様々で、例えばNPC相手の場合、一定の距離に近づいたり、攻撃を加えるなどしてこちらの存在を認知されるとヘイトが発生し、攻撃対象として狙われたりする。NPCだとそういった単純条件で発生することが多いが、プレイヤー同士が戦う対人戦ではもっと多様になる。たとえば、戦略上、下手なプレイヤーは先に狙うというセオリーがある。それは相手側に退場者を出すことによって、自チームの数的優位を確保するためだ。それとは逆に、巧いプレイヤーを集中して攻略することもある。また相手もこちらの目論見を阻止するための動きを取ってくるので、本来狙うべき相手とは別の相手と戦わざるをえない状況に追いやられたり、戦況に応じてヘイトを集める理由は変化する。他にも「さっきあいつにやられたから」という、仕返し目的で攻撃対象を決めるプレイヤーがいたり、嫌がらせ目的で執拗に何度も同じ相手をつけ狙うマナーの悪いプレイヤーもいたりする。

 上級ライセンス所持者だと判れば、腕試し目的だったり、昇級クエをクリアできない憂さ晴らしだったり、優が他のプレイヤーからヘイトを集めるのは容易に想像できた。

「あはははっ。あるかもね」

お気楽な透。まるで他人事だ。

(やれやれ……)


 抜けるようなスカイブルーの空。そこに二つの機影。

 一つは急旋回を繰り返す戦闘機。右に左に、追撃を振り払おうと必死に足掻いている。

 もう一機の戦闘機がそれを追う。

 機体性能はともに互角。が――操縦者の技量が違う。

 後方の戦闘機――優のミサイル照準は、敵機を捉えて逃さない。

 逃げ惑う戦闘機。その懸命な回避機動も虚しく、レティクル表示は緑から赤に。

 ミサイル二射。

 そして――爆発。

 飛散する、数瞬前までは戦闘機だった金属片。 

 最後まで生き残った相手の戦闘機も、ついに優の追撃を逃れること叶わず、ミサイルの餌食となった。

〈MISSION OVER〉

文字がスカイブルーの空に浮かび上がる。やがて暗転し、リザルト画面が表示される……。〈your team won〉


「いい調子じゃんか」

透がボイスチャットで話しかけてくる。この回線は優、透、タンク。三人だけが会話できるグループ回線だ。

 三人が遊んでいるのは対戦モード「デスマッチ」の6対6。12人の参加者たちが二チームに分かれ、生き残りを賭けて戦う対戦方式。最後まで生き残っていた方が勝ち。制限時間内に決着がつかなかった場合は、生存機数が多いチームの勝ちとなる。

 三人以外のプレイヤーはみんな赤の他人。今日初めて会う人もいれば、対戦部屋でよく見かける顔もいたりする。

 チーム分けは「ランダム」。一戦ごとに自動でチーム分けが行われる設定で、三人一緒のチームになるとは限らない。チーム分けは他に「固定」という設定もあるが、こちらは毎回チームメンバーが変わらないことから、戦力差があり過ぎると退室してしまうプレイヤーがいたり、そのせいでより実力が重視され、ライトユーザーが気軽に遊びづらい風潮があったりする。「固定」の対戦部屋はユーザーに好まれず、部屋を立てても人が集まらなかったり、せっかく集まったのに維持できなくなることが多い。なので『∅』のフリー対戦は「ランダム」が一般的である。

 この日の優は冴えていた。毎回メンツの変わる「ランダム」設定の中で、優のいるチームの勝率は顕らかに高かった。キルレシオ(撃墜対被撃墜比率)も常に上位の成績。さすが上級まで登り詰めただけのことはある。

 危惧された「上級者ゆえのヘイト」だったが、思ったほど集中攻撃を受けることはなかった。中には対抗意識を燃やして向かってくる者も少なからずいたが、タイマンで優に匹敵し得るプレイヤーはいなかった。

〈たんく:ユウ~~、ちょっとは手加減してよ~~~〉

待機部屋に戻るとタンクがルームチャットで絡んできた。待機部屋ではプレイヤー達はゲーム内アバターで表示される。三人はそれぞれ自分に似せたアバターに、オリーブグリーンのフライトジャケット(米軍仕様のつなぎタイプ)を着ている。揃いの衣装で、傍目にも三人が何らかの繋がりのある仲間であると知れる。

 さっきから優とは別チームばかり。もうすっかり動きのクセを優に掴まれてるタンクは、格好のカモだった。

〈たんく:ユウのせいでゼンゼンたのしくない〉

今さっきも、序盤で優に撃墜されていち早くゲームオーバーになってしまい、試合が終わるまでの残り時間、ずっと他のプレイヤーが戦ってるのを眺めてるしかなかった。それはさぞ退屈なことであったろうし、負担をかけたチームメンバーには申し訳無さでいっぱいだ。

 でも対戦はいつだって真剣勝負。たとえリア友だろうと、優は容赦なんかしない。

〈you:オメーが即オチするのが悪いんだろ〉

などと揶揄ってやると、返ってきたのは、

〈たんく:ユウはもうミサイル禁止ね〉

タンクの無茶ぶり。室内に笑いがこぼれた。戦闘機同士の戦いは殆どミサイルで決着がつく。武器は他に機関砲もあるが、よっぽどの差がない限り、これだけで戦うというのは無理な話だった。

 それまで無言で黙々と対戦をこなしていたプレイヤーたちが、タンクのチャットきっかけで、

〈やっぱ上級だけはありますねー〉

〈ゼンゼンかなわないっす〉

〈じゃあミサイル禁止で!〉

続々とチャットに参加し出して、待機部屋は一気に賑やいだ。

 FPSなどの対戦ゲームは、ともすれば殺伐とした雰囲気になり易いものである。しかし一方で、ちょっとした弾みで、こんな風に交流が深まったりすることもまた、よくあるのである。

 見ず知らずの人たちが集まって、こうやって会話に華が咲いたりする。こういうのもオンラインゲームの醍醐味の一つだ。

 こんな風に和やかな時間を過ごせたりすると、ふと思う。

(上級サーバーなんか、いらないんじゃないか……)

最近昇級クエばっかりだったから、落ち着いて対戦するのが随分久しぶりな気もする。そしてやってみて思った。やっぱり対戦って、面白い。

 ミッションや昇級クエは、クリアできた時の達成感はあったりするけど、初めから決められたプログラムをこなすだけで、詰まるところ同じことの繰り返しだ。やり続ければ作業感も出てくる。

 でも対戦は違う。対戦は一瞬先、何が起こるか、分からない。それはプレイヤー一人ひとりが意志を持って動いているから。敵も味方も、自らの勝利を掴み取ろうと智恵を絞り、必死にプレイしているから、そうなるのであって、初めから倒されるためにいるNPCとは違う。そこでは常に予想外のことが起こる。敵に出し抜かれたり、思わぬところで、味方に助けられたり。こちらのミスで戦局が不利になっても、それ以上のミスを相手に犯させれば、取り返せる。

 戦術、個人技量、チームワーク、駆け引きや読み合い、そして運……。戦場にたゆたう幾つもの不確定要素。それらが複雑に絡み合って、戦場はいつも違った顔を見せる。たとえ同じメンバー同じステージでも、同じ空は二度と現れない。上手くいかないこともたくさんあるけれど、だからこそ、上手くいった時はうれしい、楽しい。その一瞬の喜びを味わいたくて、何度も何度もプレイしてしまう。戦闘機を駆って一度空に飛び立てば、そこにはいつだって見知らぬ世界が待ち受けているのだ……。

 『∅』の一番の魅力は対戦だと改めて思う。そして、対戦を楽しむなら中級サーバーが一番いい。上級は人が集まらないし、初級だとさすがに素人に毛が生えたようなプレイヤーも多い。そこは中級と住み分けできるからいいとして、上級までは特になくても別に問題ないと思う。こうやって中級サーバーで色んな人たちと対戦ができれば、それで十分かな……。

〈すいません。友録お願いしてもいいですか?〉

唐突にフレンド申請を願い出てきた者がいる。聞けば、優に時間のある時にでも、昇級クエストのコツを教えてもらいたいのだと。

 優は、

〈you:いーですよー。俺なんかでよかったら〉

快く承諾した。すると、

〈トール:えーでもコイツ、教えるの超ヘタなんですよ〉

横から透が茶々を入れてきた。せっかくみんなが、上級者さま上級者さまって、もてはやしてくれてるのに、透のヤツ!

〈you:お前が何回言ってもわかんないんじゃん!〉

〈トール:わかんねーよ! お前の教え方、バーっととかビューっととか、オノマトペばっかで大事なところはさっぱりだよ!!〉

某プロ野球名誉監督かよ、とツッコミたくなる。

〈you:だーうるせっつーの! クリアしてから文句いえっつーの〉

〈トール:お前の教え方がヘタクソだからクリアできねーっつってんの!〉

ぎゃーぎゃーわーわー、二人のいつものケンカが始まった。ボイスチャットを使えばいいのにわざわざチャットで応戦だ。

〈たんく:もー二人ともはやく対戦しようよ〉

とタンクの仲裁が入る。室内のみんなからも笑われてるし、タンクはもうそろそろ対戦始めたかった、さっきの挽回をしたかった。でも、そもそもこの中断のきっかけとなったのが、タンクだった気がしないでもない。

 チャットも一頻り盛り上がって、室内の空気も「さあ次の試合を!」という雰囲気になった頃。優は画面にチカチカ光る反応があるのに気づいた。

(ん? メッセージか……)

点滅しているのはメッセージアイコン。クリックし開いてみると、そこには……。


         Ⅱ


「相澤!」

「桐島君……」

A組に乗り込んで声を張り上げる優。慣れてきたのか、A組の生徒たちも優の訪問に、以前ほど驚いた反応は見せない。

「メールきてた? 今度は日曜朝9時半だって」

相澤の方が先に尋ねてきた。

「ああ……」

「今度も参加するでしょ?」

「…………ああ」

「……?」

反応の鈍さを、相澤は汲み取った。

「なんか、乗り気じゃないみたいだね……」

「…………んー」

優自身にもわからない。なんで返事が躊躇われたのか。ただ今日は水曜日。週末の予定を週半ばに貰うってのはどうなんだろう? 少し遅くはないだろうか。

「つーか、イマイチなー、やる気になれねーんだよ……ここんとこの運営のずさんの対応見ると……」

 適当な言葉を並べて、自らのやる気のなさの意思表示とした。

 よく晴れた日だった。初夏の陽射しは強く、雲の群れに翳られてなお、白い校舎を暑く照らしている。その陰影が深く掘り出されて、外は眩しいくらいに明るかったが、教室の中は鬱蒼とした暗さが漂っていた。

「相澤はどーする?」

「僕は一応やってみるよ。上級のこと、何か分かるかもしれないし」

分からなくても別に損をするわけじゃないし、と相澤は言った。

「そっかー」

アルミ製のベランダの手摺が燦爛と照り返し、反射光を室内に届けていた。

「キャンセルするなら運営に連絡しといた方がいいよ。事前連絡なしの不参加は罰則つくらしいから……」

「罰則、罰則ってね……」

その言葉を聞くだけで、うんざりだ。本物の軍隊じゃあるまいし……。


 二つの機影。逃げる戦闘機をもう一機が追いかけている。

(甘いんだよなあ……)

逃げるっつったって、闇雲に旋回すればいいってもんじゃない。速度を稼がなければ振り切れないし、速度落としてりゃ世話がない。追撃側からすればいい的だ。

 あっという間に動きを捉える。緑枠のレティクルを目標に合わせる。

 これが最後の一機。これで今回も勝ち確定だ。

 そんなタイミングでふと、頭に過る。

(こんな格下相手にキル稼いで、なんになんだろう…………)

 完全に捉えた。

(………………)

 レティクルが赤に。

 ロックオン!

 そしてミサイル発――――射、するかに見えたが。そこで追撃をやめてしまう。

「えっ」

小さく驚きの声が上がった。

 命拾いした前方の戦闘機。急旋回して、今度は逆に相手の戦闘機を照準に捉え返す。

 ロックオン――そしてミサイル二射。

 追撃をやめた戦闘機は爆発、飛散した。

 勝敗は決した。

〈MISSION OVER〉

そして表示される、リザルト画面……。〈your team lost〉


「おい、優! どーしたんだよ?!」

終わるや否や、ボイスチャットから透の詰問が飛んできた。明らかに撃墜のチャンスがあったのに、なんで見逃したのか。

「……あー」

返事からしてやる気のない優の態度。透は文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、こうまであからさまだと、逆に言う気も削がれる。

 さっきからなんとなく感じていたが、今日の優はいつもと違う。どことなくふわふわしていて、動きにいつものキレがない。『∅』では、対戦で相手を撃墜するとキルコール(撃墜報告)が画面に表示されるのだが、調子のいい時はバンバン表示される優のキルコールがこの日はすっかり鳴りを潜めていた。

 そもそも優はなにかにつけて騒がしい奴だ。いつも勝っても負けても一人で騒いでいるのに、今日は不思議と大人しめだった。様子がヘンだった。

 そんな風に思っていた矢先、こんな失態を晒したわけだ。

 いまさっきの相手は最近中級に上がってきたばかりの新米ユーザーで、まだ中級者と互角に渡り合えるほどの腕前ではなかった。にも関わらず、上級ライセンス所持者相手に最後まで生き残り、あまつさえその上級者との一騎討ちを制した(とおそらく本人は思っている)ものだから、画面向こうで色めき立っている新米ユーザーの姿が目に浮かぶようだった。

 そんなマネ、慎んでほしい。みすみす相手に名を成さしめることは、しないでほしい。

 優はもう上級者なんだから、そこらへん自覚して対戦に望んでもらいたい。でないと三人が所属しているクランの沽券に関わる……。

「なんか今日は、気がのらねーわ」

「おい優!」

待機部屋から優のアバターが消える。

〈youは退室しました〉

「……ったく、なんなんだよアイツ……」

こないだまでノリノリで対戦やってたってのに。気分屋だから、日によって態度が変わってしまう。全くしょうがないヤツだ。


 小鳥の鳴き声がする。

(朝だ……)

 おもむろに机に座り、気がつけばPCを立ち上げている。

 ショートカットアイコンをクリックすると、クライアントソフトが読み込みを始める……。

〈ログインパスワードを認証しました〉

 サーバー選択画面。縦に4つのサーバーが並んでいる。

〈初心者/初級/中級/上級〉

 優は〈上級〉を選択。

 モード選択画面。左右に2つのモードが並んでいる。

〈ミッション/対戦〉

 優は〈ミッション〉を選択。

 ロビー画面。画面左にプレイヤー搭乗機、右半分以上を占めるはミッション部屋一覧。中級ならばいつでも無数のミッション部屋が立ち並ぶこの一覧表も、ここでは数えるほどしかない。その表の下に、色とりどりのバナー。内容は、アイテム販売キャンペーンや期間限定イベント……、一番右に〈共同クエスト開催中!〉とある。

 カーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋。モニターのLEDライトだけが煌々としている。優はPC画面を吸い込まれるように見つめている。

 優はそのバナー〈共同クエスト開催中!〉をクリックした…………。


         Ⅲ


 待機部屋は普通のミッションと同じ、中央奥にホワイトボード、その前に机や椅子が並んだ造り――ブリーフィングルームを模した部屋の構造。中には先客が4名ほどいた。

〈t.aizawa:you君、来たんだね〉

チャットで話しかけてきたのは、相澤だ。

〈you:ああ、一応〉

他の参加者が挨拶してくる。

〈Birdman:よろろ〉

〈銀三:466〉

〈ゆっきー:よろしくー〉

初めて見かけるメンツばかりだ。それとも対戦などで会ったことがあるだろうか? 参加者たちそれぞれのアバターは「太った猛禽」「角刈りの棟梁」「雪だるま」。ちなみに相澤は逆三角錐の上に球体を乗せて人型とした、色も無機質なグレーの「デフォルトアバター」のままだ。

〈you:よろですー〉

〈t.aizawa:僕ら共同クエスト初めてなんですけど、気をつけることとかありますか?〉

相澤はいつも礼儀正しい。それがチャットにもよく表れている。

〈ゆっきー:う~~ん〉

〈銀三:俺らもそんなにやってるわけじゃないしなあ〉

〈Birdman:とりあえず、司令部の命令に従っとけば大丈夫!〉

印象からして、みんな男性だろうか。もっとも『∅』ユーザーは圧倒的に男性が多いが。

〈Birdman:命令違反は罰則だからな〉

また「罰則」か。

〈ゆっきー:あと自機の損失もね!〉

〈銀三:ヘタすりゃ垢BANよ〉

「垢」というのはネット用語で「アカウント」のこと。

〈Birdman:基本的に司令部に許可されてない行動は全部ダメっぽい。勝手に攻撃したり、攻撃許可されてない目標を攻撃したり……。隊列乱すだけでも警告出たりするから〉

〈t.aizawa:本物の軍隊みたいですね〉

本格的……なのかもしれないが、ここまでやって面白いんだろうか? 面倒そうだし、窮屈さしか感じられないんだが。

 優も適当に会話に参加してみたりする。

〈you:難しそーだなー〉

〈Birdman:とりあえず余計なことはせず、司令部の指示通り動いていれば、問題ないはずだから〉

 その時、突然画面が切り替わり〈Loading中……〉となった。

〈銀三:きた!〉

〈ゆっきー:まってましたー〉

〈Birdman:ひよっこ共、おくれをとるなよ(笑)〉


 ローディングが終わると、画面一面に広がる大空。雲が緩やかに流れていく。中央にメッセージウインドウがポップする。……共同クエストの概要だ。

〈頃来、この空域において友軍無人偵察機が多数、消息を絶っている。君達の任務はこの一帯を索敵し、危険な敵戦闘力を排除することにある。…………諸君等の健闘を祈る〉

とりあえず、最初の漢字からして読み方がわからない。しかも、読み終わらんとするうちにカウントダウンが始まるという不親切仕様。さすが糞運営だな。……いや、俺が読むの遅いんか?

〈5〉

〈4〉

マウスを握る手が震えている……。

〈3〉

背すじがゾクゾクする――――興奮、いよいよだ。

〈2〉

未知の扉がいま――――、

〈1〉

――――開かれる。

〈MISSION START!〉


 大空を飛翔する戦闘機。WASDキーをいじってみた……もう操作できるみたいだ。

「うおおおお、はじまったー」

優はプレイ中、インカム型の音声入力式チャットを使っている。しゃべったことがそのまま文字入力される。

「you君、やっぱり誘ってよかったよ」

相澤が話しかけてきた。戦闘機を操作しながらキーボードを打ってる暇はないから、『∅』ユーザーの交流は音声入力式チャットが主流になっている。たぶん相澤も使っているのだろう。

「おう、相澤サンキューな」

どうやら相澤は心配してくれていたっぽい。こないだの様子から、ホントにキャンセルしたとでも思ったのだろう。昇級クエでも世話になったけど、こうやって色々まわりに気配りできるんだから、やっぱり相澤ってたいしたヤツだ。

(あれ?)

ふと疑問に思った。

「相澤、俺のこと名前で呼んでる?」

たしかいつもは名字で呼ばれてたような気が。

「だって、ここで本名呼ぶわけにはいかないでしょ」

「あ、そっかー」

そこで、

「なんだ、あんたらリア友かい?」

銀三が話しかけた。

 相澤「同じ学校なんです」と応える。

「いいねえ若くて。ちゃんと宿題やってんのか」

「俺はやらないけど相澤に見せてもらうから大丈夫です」

「ちょっ……き、桐島君!」

「あ、本名……」

「あ……ごめん……」

「いいって別に、バレても。呼びやすい方で」

「……うん」

「個人情報ダダ漏れじゃねーか」とBirdman、他の参加者たち、笑う。


 ちなみにボイスチャットや音声入力式チャットというのは……。

(……お兄ちゃん、一人でしゃべってる……)

こっそり兄の部屋を覗き込んで、要は兄の奇行を盗み見した。

 使ってる本人は相手がいるからいいと思っているが、傍から見ればパソコンに向かって独り言呟く危ない人にしか見えないのである。


         Ⅳ


 雲の少ない空を五機の戦闘機編隊が飛んで行く。眼下には荒野――草木もまばらな砂漠地帯が広がっている。

「索敵といっても、ただ飛んでるだけでいいんですかね?」

相澤が誰にともなく尋ねる。

「基本はそうだな」

答えたのはBirdman。

「ただ敵がステルス機の場合もあるから、レーダーだけじゃダメだぜ。ちゃんと目視で確認しなきゃ」

目視での確認は「視点変更」で行う。やり方は「右クリック長押し+マウス移動」。右クリック長押しでカメラモードに切り替わり、この状態でマウスを動かすと視点が移動する。元に戻す時は再び右クリック。それでカメラモードを解除できる。

(索敵ニガテなんだよな……)

普通のモニターじゃ画面が小さくて見える範囲が狭すぎる。もっと大きなモニターがあれば……。

 360°ぐるりと回頭、見えるは味方の機体だけ。敵はいない。

 遥か遠くの地平線に赤い太陽が燃えている。空は一面うす明るかったが、太陽と同じ高さ、地平線近くの低い空だけは、仄かなオレンジの光の層が沈殿していた。

「キレーな夕陽だぜ」

優は思わず呟いた。すると、

「いや、あれは朝日だな」

Birdmanが言葉を覆した。

 一瞬「は?」ってなった。真っ赤だし、どう見ても夕陽だ。なんで朝日なんだ?

「方角だよ」

よく見れば、太陽の見える方角には「E」のマーク。「EAST=東」だ。東の空にある太陽だから、夕陽のわけはなかった。「朝日と夕陽は見た目じゃ意外と、区別がつかん」

「へー」

てっきり、朝日ってのはもっと眩しいものかと思ってた。

「それはテレビの演出の影響だな」

Birdmanが続ける。

「よくアニメとかで、真っ暗な夜空に、朝日が昇り出して急に明るくなる、みたいなシーンあるだろ? あれって、ウソなんだぜ」

実際は日が昇る前から空はもう明るい、のだとか。

「ふーーん」

「鳥さんは物知りだからねぇ」

冷やかしを入れる銀三。「Birdman」だから「鳥さん」って呼ばれてるっぽい。

「物知りってわけじゃないけど。実はさ、俺も初日の出見に行ったことあって。そんな朝日が昇る瞬間見れると思ってたのよ。そしたらイメージと違くて全然ショボかったんだよー」

「なんだー」と銀三。さっきまで緊張してたのがバカみたいに、なんだかほのぼのした雰囲気になってきた。上級者っつったって別に『∅』だけやってるわけじゃない。学生だったり社会人だったり、中にはニートもいるかもしれないけど、普段は普通に生活してる人たちなんだよなあ……。

「レーダーに反応!」

それまで会話に参加してなかったゆっきーさんのチャットが長閑さを切り裂いた!

 一同に緊張が走る。

「敵機確認」

ゆっきー、続ける。

 見るとレーダーに反応! 10時の方向に光が二つ、点滅している。

「いるな……二機か」

Birdmanが音頭を取る。「みんな確認できたか」

「OK」

「二機確認」

その時、画面上部にメッセージ。――――司令部からだ。

〈司令部より通達〉

〈司令部より通達〉

〈敵航空機を確認〉

〈目標二機〉

〈攻撃を許可する〉

〈速やかに目標を排除せよ〉

司令部の許可が下りた。いよいよ戦闘が始まる……。

「よっしゃーーードッグファイトだーーー!」

ドッグファイト――戦闘機同士が近接レンジで行う戦闘。血沸き肉踊る、空中戦の華。

「ばかダメだ」

すかさずBirdmanに止められた。「えーー」

「ここからなら中距離ミサイルでカタつけるのがいい」

幸い、向こうはこちらに気づいてない、とBirdmanは言う。

「無駄な危険を冒して、味方にペナルティくらわすわけにはいかん」

「あ……」

そうだ。ここは普段のサーバーじゃない。機体の損失ロストはアカウント停止の罰則があるんだった。

(……そうか、リアルな戦闘ってこうゆうことかあ……)

たしか、上級はより実戦的な仕様になっているとか、どっかに書いてあった。

(ゲームならやり直しもきくし、いくらでも好き勝手な戦い方できるけど……ここじゃだめなんだ……)

ホントの実戦なら、機体落とされたらパイロットは死ぬわけだし。

「これより目標に対してアウトレンジ攻撃を仕掛ける」

号令を発するBirdman。「俺と銀さん、youは左。ゆっきー、aizawaは右を狙え」

「全機、照準合わせ!」

優は計器の中の、左の光に照準を合わせる。

(……なんか本物の軍隊みたいだぜ……)

「いくぞ」

空気がひりひりと張り詰める。準備は、いつでも出来ている。

「ファイア!」

号令と同時、一斉にクリック。戦闘機群から発射されるミサイル。

 五発のミサイルが飛んで、忽ち視界外に消えていく。

 レーダーに点滅している二つの光。

 ――ややあって、ほとんど誤差なく、二つの光が同時に消える。

(反応が消えた……)

「レーダー反応消失、ターゲット撃墜」

ゆっきーが事務的に告げる。優は固唾を呑んで見守っている。

 やがてBirdmanが口を開いた。

「みんな、おつかれー」

その言葉を端に、参加者たちの緊張も一気に解ける。

「おっつー」

「02」

「お疲れ様です」

優も急に気が抜けて、

「ふえ~~~~」

思わず嘆息を漏らした。

 なんだか大したことしてないのに、すごく疲れる。共同クエ初めてだからか、緊張しまくり。

 そんな中、

「今のは偵察機ですかね?」

急に相澤が突っ込んだ質問をした。

「なんでそんなことわかんだ相澤」

ターゲットはレーダー上で確認しただけ。視認できたわけではない。それだけでなぜ偵察機とわかるのか。

「え? だってさっきの二機、ミサイルが迫ってるのに回避機動とらなかったから」

それが一体、なんの関係あるんだ?

「今時の偵察機は無人が主流なんだ、本物の軍隊でもな」

解説してくれたのは、やっぱりBirdman。

「無人機ってのは有人機ほど機敏な反応はしない。だから『∅』でもそうゆう設定になっているんだ」

つまり反応がニブかったから無人機で、無人機ってことは偵察機の可能性が高い、ってことか。

「へえーーー」

「なんだお前、そんなことも知らなかったのか」

銀三にツッコまれる。ゆっきーも、

「常識」

ぼそりと呟いた。

「そんなんでよく上級にこれたもんだ」

呆れ気味の銀三、ツッコミが手厳しい。みんなの冷たい反応に、

「う、うっ……」

何も言えなくなってしまう優であった。


         Ⅴ


 飛び続けると、砂漠の終端に辿り着いた。その先には一面緑が広がり、方形に整えられた区画と小さな集落が見える。

「ふあ~~~~」

優は大きなあくびをした。インカムマイクがそれを拾う。

「桐島君、眠いの?」

「あー朝早かったからさー」

正確には、昨夜遅くまで起きていたから、である。休みの前の夜はついつい夜更かしをしてしまう。「ってかさ」

「もうかれこれ10分くらい、ただ飛んでるだけだぜ?」

敵も出ず、何も起こらない。時々、カメラモードで目視索敵するも、ただ景色を眺めるだけだった。

「いい加減そろそろなんか起こってくれねーと、退屈でしょーがねーよーー」

優の不満にBirdmanが応える。

「普通のミッションならともかく――、共同クエストはいつもこんなもんだ」

銀三が、

「前のクエストじゃあ、1時間くらいずっと索敵してたのあったな」

「1時間も……」

相澤が呟いた。普通、対戦やミッションは大抵3分程度で終わる、長いものでも10分を超えるものはない。1時間というのはケタ外れの長さだったし、それも戦闘ならともかく、索敵だけとなるとやっててとても楽しいと思える作業ではなかった。

「で、目標の施設見つけて、破壊するまで2分もかからないで終わり――とかな」

「ひどすぎる……」

優は呆れ、を通り越して、怒りすら込み上げてきた。

「1時間かけて全く敵と遭遇しないこともあれば、2分後には大激戦になることもある」

全く先は読めない、とBirdman。

「まあリアルっちゃ、リアルだわな」

と銀三。

「いっくらリアルっつったって!」

優の発言。やや怒気が混じってる。

「限度あるっしょー。こんな退屈なクエばかりじゃ……」

優の愚痴を聞きながら、相澤はその時、計器にノイズが走ってチラつくのを見た。

「運営もちっとはユーザーのこと考えてくれないと、他のオンラインゲームみたいにユーザー離れで過疎っちまうよ」

「桐島君……」

リアルさって、そこまで追求する必要あるのか? ゲーム性とか、楽しさの方が遥かに重要じゃないか?

「まあ運営批判はその辺にしとけよ」

場の空気をBirdmanが取り成す。「会話のログは全部、運営にチェックされてるんだから」

「それに退屈、退屈言ってないでしっかり索敵しないと。万が一ステルス機が潜んでたりするとエラい目に遭うからな。電波障害も濃くなってきたみたいだし、ちゃんと目視で確認――――ん?」

前方、遠くの空に黒い影が見える。

「なんだあれ?!」

レーダーにはなんの反応もない。しかし、影は複数あり、それが次第に――――大きくなり、やがて――――それと知れる、……航空機だ。

「まずい……アレは……」

誰かが言った。

「”禿鷹”だ――――雲の上に隠れてやがった!」

最新鋭ステルス戦闘機ヴァルチャー、通称”禿鷹”。

「めっちゃ数多いんですけどーー!」

ゆっきーが取り乱している。「……十機くらいいるのかっ!!」

 Birdmanが重い口を開いた。

「……敵機確認、ヴァルチャータイプ八機……」

冷たい空気が一同を包み込む。戦闘機の質も数も、太刀打ちできる相手でない。

「さすが最新ステルス機」

突然、銀三が自嘲気味に呟いた。

「見えてんのに映らねえや」

目視で確認できる距離まで近づいてなお、その戦闘機はレーダーには映らなかった。

「どうしますか?」

相澤が冷静に尋ねた。

「……どうしようもねえ……。倍近い禿鷹相手なんて…………どうしろってんだ…………」

「おまけにここまで近づかれちゃ……」

「全員生還は無理……だな」

絶望が全員を支配した。

「逃げますか?」

相澤が尋ねた…………が、応える者はなかった。

「逃げられるのか」

Birdmanは発言は殆ど自問だった。

「ムリですよ! 禿鷹なら追いつかれますよ!!」

ゆっきーが声を荒らげた。いま引き返せば、敵に後ろを見せるだけ。只の的だ。

 今更ながらに思い起こされる「機体の損失ロストはアカウント停止」のルール……。

 ぼそりと、銀三が呟いた。

「まあリアルっちゃ、リアルだわな」

〈司令部より通達〉

突然のメッセージ、体がビクッとなった。

〈司令部より通達〉

〈作戦は中止〉

「――は?」

〈くり返す、作戦は中止〉

〈全機、この空域を離脱し安全空域に撤退せよ〉

〈くり返す、全機、この空域を離脱し安全空域に撤退せよ…………幸運を祈る〉

 ……なんだ、これ…………。

「さすが『∅』だぜ……リアルすぎる……」

一体どこに間違いがあった? 司令部の指示通り索敵してただけなのに……。おかしな行動は誰も取ってないはず……。それとも、これが今回のクエストのクリア条件なのか…………。

 訳のわからぬまま、とりとめのない考えのまとまらぬまま、それを整理する猶予は与えられなかった。

 コックピットに警報音が鳴り響く!

「ミサイル警告アラート!」

「撃ってきた!」

「みんな、加速しろ! ミサイルに当たるなよ!」

必死で回避機動とる五人の上級者。

 相澤の戦闘機がフレアを焚いた。

「フレアーが? 勝手に――」

相澤を狙うミサイルはフレアに当たって、爆発した。

「共同クエじゃチャフ・フレアは自動発射設定になってんだ。手動にもできるみたいだけど、慣れないうちは自動の方がいい」

「敵機急降下! 向かってきますよ!」

襲い掛かる八機の禿鷹!

 どうしたらいい?

「高度を下げましょう!」

と相澤。Birdmanが、

「だな――加速してタゲ取ったら、旋回――――あとは各自の判断で逃げろ!」

全員、スペースキーを押して、加速する。戦闘機の戦いはスピードが命。戦うにも逃げるにも、速度が速いに越したことはない。

「どのくらい逃げられますか? ヴァルチャー相手に……」

相澤の問いに応える者はなかった。運良く狙われずに済んだ者は生き残れるかもしれないが……。

「わからん――――運がよけりゃあ一人くらいは逃げ延びるだろ」

運がよけりゃあな、とBirdmanは言葉を重ねた。

(運が悪ければ……全員撃墜……)

相澤は考える……。5対8だから、一人あたり1.6機のヴァルチャーを引き連れて逃げなければならない。三人が二機、二人が一機の計算になる。ひょっとしたら三機受け持つかもしれないし、一機も追ってこないかもしれない。でも誰かがすぐに墜されるようなことがあれば、浮いた敵はすぐに別の標的を狙いにくるだろう……。果たして逃げ延びれるのか……。

 そんな計算を頭の中でしながら、ふと、異変に気がついた。見ると、全員が高度を下げて加速する中、一機だけ高度を下げない機体がある。

(――誰だ?)

優だった。

「桐島君! どうしたの? 高度を下げて!」

すかさず呼びかける相澤。……が、返事がない。

「桐島君?」

「相澤、悪いがここでお別れだ」

そこで優は機首を起こし、上昇し出した!

「――何やってやがる?!」

Birdmanの怒声。

「全員で逃げるなんて、効率悪いぜ!」

「なに!」

優はしれっと受け流す。そして。

「俺が敵を引きつけるから、みんなはその間に距離を稼いでくれ」

一瞬、相澤は、全員の生存率を高めるためには、それは確かにいい戦法かもしれないと思った。しかし、それではヘイトを集めた者は…………。

「桐島君!」

「いくぜ!」

相澤の呼びかけも、優の耳には届いてなかった。

「うおおおおおおーーーー!」

機関砲を撃ちっぱなして、優は敵陣へと突っ込んでいった!

(バカな――倍の禿鷹相手に、対進戦だと――?!)

突撃――――というより特攻。ヘタすりゃ自滅。Birdman――その中の人は、冷たい汗が頬を伝うのを感じた。

「うおおおおーーーー」

吶喊する優。敵編隊が隊列を乱し始める。

 銀三は見た。禿鷹の編隊が一機の旧型戦闘機にきりきり舞いさせられている様を。

 ゆっきーは思った。こんな無謀なマネ……普通のミッションならば、返り討ちに遭うのが関の山だ。しかし、思いの外そうならなかったのは、NPCのAI設定が普通と違う――回避重視に設定されてるのだろうか。共同クエは設定が色々がいじられてるみたいだから、その可能性もなくはない。……まさか、youというプレイヤーはそこまで考えて、特攻を試みたのか。

「うおおおおーーー」

そんな深い考え、優にあるわけなかった。

 ただ、運営や共同クエストに対して、溜まったフラストレーション、鬱憤、憂さ晴らしをして、すっきりしたかっただけだ。

 だってゲームだろ?

 ゲームなら、楽しくなきゃ意味ないじゃん。

 ゲームでストレス溜めて、どーすんだ?

 司令部とか指示とかリアルとか……、どうでもいい。

 罰則とかまじうぜー。

 我慢なんかしてられるか。

 楽しいことは、やらなきゃ損だね。

 やりたいようにやらせろっつーの。

 思う存分暴れて、好き勝手できたら……。

 それで後はもう、どうなろうが……、知ったこっちゃねえ!!

「おらおらおらおらーーー!」

機銃は全然あたらねー。が禿鷹どもが逃げ惑ってやがる、いい気味だ。

「――敵機――怯んだか?」

「ええ――桐島君の突撃のおかげです。今のうちに!」

Birdmanが再び指揮を執る。

「全機旋回! 旋回後は全力で離脱する」

「了解!」

優がヘイトを集めたのを確認し、4人は旋回を始める。

「おらああああ~~~」

優の突撃で、完全に編隊は散り散りになった、が。

「!!」

そのうちの二機。後方の二機が優を無視して、相澤たちの方へ向かっていった。

 まずい!

 禿鷹は足の速さ――――このままじゃすぐに追いつかれてしまう。

「させるかよーー!」

優は力いっぱい機首を上げ、宙返りする。

「インメルマンターン!!(※1)」

ゆっきーは叫んだ。

 しかし優の機体は半宙返り後、逆さになったままだった。

「いや! あれじゃただのハーフループだ」

戦闘機が飛ぶのは、機体の形状が空気力学やベルヌーイの定理……、様々な計算の上に成り立っているためだ。背面飛行は可能ではあるが、それに適していない。

「おい! 機軸を戻せ! 失速するぞ」

「桐島君! 180度ロールして! そのままじゃ追いつかれる!」

さっき隊列を乱された禿鷹たちが、態勢を立て直し次々と優に向かい始めている。だが優は追撃に夢中で、機体の水平軸を直そうとしない。

 背面飛行のまま、目標に照準を合わせる。

(逆さだから合わせづれえ……)

撃墜確定のロックオンでなくていい。ちょっと注意惹ければ、それでいい……。

 レティクルが瞬間、ステルス機に重なる。枠色が赤になる。

(よし……!)

すかさずクリック。優機から放たれるミサイル二つ。

 と、その直後。後方から降り注ぐ機関砲とミサイルの雨。

「うわわわわー」

禿鷹が戻ってきやがった。

 回避の間なく、優機撃墜。

「桐島君!」

「ああーーー」

やっぱりやられてしまった。優のPC画面は暗転し、何も見えなくなった。〈MISSION FAILED〉

 禿鷹二機が追撃に向かう。しかし、ミサイルにつけられて回避機動を取らざるを得ない。

「いける! 奴の犠牲を無駄にするな」

Birdmanの掛け声、みんな速度を滑らせていく。

 二機の禿鷹、回避機動からフレア照射。それで優のミサイルは躱されてしまう。

 しかし――その間に相澤らは十分な距離を稼ぎ、禿鷹二機をかなり引き離している。

 諦めて旋回する敵戦闘機。

「引き返してく」

と相澤。銀三は、

「なんとかなったな……」

Birdmanも、

「ああ――」

とほっと胸を撫で下ろした。

 四機の戦闘機が暁の空を飛び去っていく。地平線付近にあったさっきより高く昇った太陽が、眩しい光を湛えていた。


         Ⅵ


「作戦の結果です」

白髪の男は書類をデスクの上に置いた。壮年の男は一面ガラス張りの外壁に向かって立ち、ビルの外を眺めている。

「参加者全五名。内、帰還4、未帰還1。撃墜は無人偵察機2。――機体損失者には規定のペナルティが課せられます」

壮年の男は身動ぎ一つせず、背中で報告を聞く。

「今回の作戦で敵方主力戦闘機の投入を確認できました」

外は無数の高層ビルが立ち並ぶオフィス街。片側三車線の道路を引っ切り無しに燃料電池車が行き交っている。

「このタイミングで、これだけの規模の動員は近来ありません。今後、本格的に対応していく、という敵方の意志表示とも見て取れます」

道路脇の歩道は幅広で、白タイルの上に定間隔で街路樹が植えられている。歩行者はビジネスマン風の出立ちがまばらだった。

「もし、敵が本腰を入れてきたとすると、今後の作戦活動は全て見直さなければなりません」

その言葉を受けて、壮年の男が呟いた。

「――――全ての戦闘に”禿鷹”を想定しなければならんか――」

壮年の男はやおら振り向き、尋ねた。

「シミュレーターは?」

「1対12です」

壮年の男は黙って席に着くと、デスクの上の書類を見遣った。その心持ちを察したかのように、白髪の男は言葉を継いだ。

「同格のステルス機ならばともかく。難しい話ではありますな…………我々に与えられた機体では……」

外はよく晴れて明るかったが、雲が多かった。初夏の陽射しは厚い雲に遮られていた。

「――――逆に、禿鷹さえ攻略できれば新たな展望が開けるのだな――――戦局も、我々にとっても」

外は穏やかな風が吹き、木々を優しく撫でていた。

「しかし、手立てがありません。今作戦でも、作戦始まって以来、初の機体損失を出してしまいました。それも一機で済んだのが奇跡、としか言いようがありません」

「禿鷹では仕方あるまい。()()()はなんとかなるだろう」

壮年の男は流し見していた報告書を置いた。書類はぱらりと音を立てた。

「彼の処分は?」

「機体損失による一定期間のアカウント停止処分です。――――彼の取った行動ですが、独断専行ではありますが命令違反には当たりません」

地上に比べ、上空は風が強いのか、雲が凄い勢いで流れていた。

 壮年の男はふと思い立って、尋ねた。

「――――もしあの時、あのまま――全機、同様の回避行動を取っていた場合――――結果はどうなっていた?」

「シミュレーターは4.6機が撃墜された可能性を指摘しています」

「――――つまり、一機の損失で残り四機の帰還を確保したことになるな――」

そして。

「パイロットの裁量次第でシミュレーターの計算を覆すことは可能――――というわけか」

思案げな表情を浮かべる壮年の男、そこに白髪の男が言葉を持ち掛けた。

「――――例の搭乗者ですが――――、身辺調査の結果、面白いことがわかりました」

壮年の男は眉一つ動かさず、白髪の男の言葉に耳を傾ける。

「搭乗者№A00-152、桐島優は――――」

この時、それまで雲の中に隠れていた太陽が姿を現し、室内は大量の光に包まれた。

「大東亜戦争(※2)時の海軍中尉、桐島一八の玄孫に当たります」

「――桐島一八!」

壮年の男は思わず身を乗り出して、反復した。

「百五十機撃墜王、あの、桐島一八の子孫が――?」

自らの上着の下の背に汗が滲むのを感じた。

「――――偶然だと思うか?」

「わかりません」

そう言って白髪の男は静かに微笑んだ。


〈ログインパスワードの認証に失敗しました〉

何かの間違いに違いない。そう思って、打ち直したパスワードが弾かれること5回目くらい。頭の悪い優もいよいよ事態が呑み込め始めてきた。

〈ログインパスワードの認証に失敗しました〉

IDもパスワードもこれでいいはずなのに……。ってかPC上に登録してるんだから、打ち直さなくても、毎回IDとパスワードは同じはずなのに。

〈ログインパスワードの認証に失敗しました〉

 ウソだろ?! 入れねえぞ? なんで??

 機体損失者は垢停とか言ってたけど…………まじなのか?

〈ログインパスワードの認証に失敗しました〉

 ホントにホントに、ホントに垢停なのか?

〈ログインパスワードの認証に失敗しました〉

 ウソだあ…………どうしよ…………。

 さっきまで、

「司令部とかどうでもいい。罰則なんて関係ねえ(ドヤッ)」

とか、

「今さえ良ければいい、後はどうなろうが知ったこっちゃねえ!(ドヤッ)」

とか言ってたのに。

 だめだったみたい。ちゃんと後のことは考えて行動しないといけないらしい。

 そして遂に、

「ああああああーーー!!」

発狂した。

「せっかくの日曜なのにもう『∅』できねええええええ」

 やっべ。バカじゃね? オレ。

「明日からどーすりゃいーんだああああああ」

 むしろ、今からどうすんだ???

〈ログインパスワードの認証に失敗しました〉

 えっ。

 オレ、結構課金してるし。

 ガチャだって毎月回してるし。

 チョー優良顧客だよね? 運営からしてみれば。

 太客ですよ!

 そんなんをこんな扱いしていいと思ってるわけ?

 こんなんするなら、もうぜってー課金しねえぞクソ運営!

 いやむしろ課金するから入れてください。

「あああああああああーーー」

 死にたい死にたい死にたい死にたい。

「うおおおおおーーー」


 階下には、リビングで寛ぐ母と妹の要。

「またお兄ちゃん、一人で騒いでる」

兄ごとながらちょっともう、手遅れ感が否めない。おやつを呼びに行っていいのかもわからない。

「要、ほっときなさい」

言いながら母、美代は音を立てて茶を啜った。

 いっつもゲームばかり。休みになると一日中ゲームゲームゲームゲーム……。今朝なんかは起きてもこず、やっている。取っといてやった朝ご飯も食べずにやってるんだから、もう知ったこっちゃあない。おやつだっていらないでしょ。

 戴き物の最中が思いの外おいしかったから、要と半分こして食べてしまおう、と美代は思った。

※1……半宙返り中(または後)に、機体を半回転させて、元の進行方向と逆に進む航空機動。真横から見るとU字にターンする。


※2……支那事変に始まりポツダム宣言受諾まで、旧軍によって行われた一連の戦闘。戦後、この呼称はGHQによって廃止され、一般的には「太平洋戦争」の名で知られる。

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