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謎のクエスト

         Ⅰ


 月曜の朝。

 いつも通り透が登校道を歩いていると、学校前の交差点に見慣れた二つの影が。信号待ちしている二人はこちらに気がついてない。

「おーーっす」

気兼ねなく声をかける透。……と、その声に反応して振り返った、優の目に大きなクマ!

「うわーーまたーーー!!」

透、驚きのリアクション。

「ホントに土日中ずっとやってたのかよっ!」

半分呆れながら、ツッコミを入れる。が、

「ふっふっふ……」

今日の優には余裕である。

「? ……なんだよ……変な顔して」

「だがその甲斐はあったぜ……」

バカ透め。マヌケな面しやがって。今日の俺は昨日までの俺とひとあじもふたあじもちがうんだぜ。

「男子三日合わざれば、……なんとかかんとかだぜ」

 ……ん? 今こいつ、人のこと「変な顔」とか抜かさなかったか?

(最後まで言えてねーし……)

透は内心、やれやれと呆れつつ思った。

 だいたい優がこうやってトクイになってる時は、どーせ大したことでない。若干ウザいことには目をつぶって、あとはスルーするのが得策だ。優の扱い方なんてそんなもの。そもそも「男子三日会わざれば刮目して見よ」って、三国志かなにかの慣用句だったと思うけど、どうせゲームから仕入れたネタなんだから、優の知識なんて底が知れてる。ってか、よく考えたらそのゲーム、俺が貸したのじゃなかったっけ?

 透、無視して太陽と話し始める。

「あー、また月曜が始まっちゃったなー」

「ボク学校キライじゃないけど……」

透と太陽は話しながら、信号が青に変わると、スタスタと行ってしまう。

「あれー?」

一人置いてけぼりになる優。普通「だかその甲斐はあったぜ!」って言ったら「えーなになにー?」みたいに、食いついてくるのが普通じゃない?

「あーあ、授業めんどくせーなあ」

「ちょっ! あのー、透さん?(聞いてくれないのかしら??)」


  B組教室。

「えーーー! クエストクリアできたのーー?」

ようやっとこのリアクションである。期待通りの反応がいい気味だ。

「へっへーん」

と優は鼻をこするマネをして得意げになる。でも寝不足で頭はくらっくらっしてたし、透の甲高い声も若干、脳に突き刺さって痛かった。

「なんだよー。人がメッセージ送っても返事ないなーっとか思ってたら」

「ずっと集中してたからなー。クリアしたのも今さっきなんだぜ」

おかげで全然寝れてない。こんな寝不足でどうしようか、仮病を使ってズルけてやろうかなどと画策してみたが、なにせ現場を親に見られていたのがウマくなかった。

 週の頭からゲームのやり過ぎで寝不足、なんとも情けない話であったが、透は、

「すげーじゃん……」

羨望の眼差しを向けている。

 あの難関クエスト、殆ど誰もクリアできてない「昇級クエスト」をクリアしたのだから無理もない。

「で、どうなんだよ上級サー……ん?」

と透が問いかけたところ、サーッと優を取り囲むあやしい影が。

 あやしい影、というか、B組男子一同だった。

 男子たちは椅子に座っていた優を担ぎ上げると、

「英雄の誕生じゃーーー! ソレ!」

空に放り上げた。

「わーっしょい、わーっしょい」

胴上げされる優。それが寝不足の頭には相当堪える。

「うわっ、ちょ……やめ、やめてくれ~~~、そっとしといてくれ~~~~」

朝っぱらから騒々しいB組男子と、やっぱりそれを冷ややかな態度で眺めるB組女子たち。


         Ⅱ


 某所。オフィスビルの一室。

「ライセンス獲得者が現れました」

報告しているのは白髪の男。それを受けるは黒髪の壮年の男。

「神奈川県中学生男子――先日の獲得者と、同じ学校の生徒です」

白髪の男が書類を差し出す。そこには「you」の個人情報。

 壮年の男は椅子に座ったまま、威風に満ちた態度で応えた。

「――別に珍しいことではない」

 だが書類に目を通すと、

「今度のは随分数値が低いようだが――?」

怪訝そうに僅かに眉を顰めた。「――はい」

「この値で試験を通った者は、これまでにない――」

「はい――念のため、不正行為がなかったか確認させます」

「そうしてくれ――」

そう言って、椅子の背に凭れた。


         Ⅲ


 B組教室。まだざわつきはあるもののお祭り騒ぎは収まっている。

「で、どうなんだよ。上級サーバー」

透が聞いてくる。

「いやそれがさー。まだなんもやってないのよ」

「なんでさ?」

「なんかやたら長い説明文? みたいなのでてきて、それ読まなきゃ先に進めねーのよ」

いつもならなんでもかんでも「承認・了承」で約款などロクに読んだことのない優だったが、この日は、なぜか躊躇われた。あるいは、眠気と興奮の極限状態にあって、少し横になるつもりがそのまま爆睡してしまったというのもある。

「読むのめんどくさかったし、クリアしたのも朝だったしなあ」

「ふーーん」

透は少し不満気な様子。

「おっ」

そこで優は、たまたま廊下を通りかかった相澤を見つけた。

「相澤ー」

窓ガラス越しに振り返る相澤。優はすかさず駆け寄っていって、

「俺も上級行ったぜー。お前のおかげだよ」

相澤の手を取って礼を言った。相澤は、

「ホント? おめでとう」

ぱっと目を輝かせて喜んだ。仲間が増えたのが嬉しいのか、我が事のような喜び方だ。

「めちゃくちゃタイヘンだったぜー。時間もギリギリでさー」

「そうそう。時間、全然足りないんだよね」

楽しそうに談笑する二人。透とタンクも廊下に出てきて、少し離れたところから二人の様子を眺めてる。

 あの時――。

「峡谷のところは狭く見えるけど機体2機分の広さがあるから、意外とまっすぐ飛べるんだ」

もし相澤の声がなかったら。きっと、同じ結果になってはいなかった。

 A組の生徒は言った。相澤は頭が良いが、人に教えるのもまた上手い、と。コツとか要領を巧く押さえているから教わる方も理解し易いし、テストの予想もズバズバ当たる。相澤の言いつけ通りにするだけで高確率で結果が伴うのだという。今回、優の昇級クエストが当にそれだった。

 勉強とゲームではまた話が違うかもしれないが、『∅』に全てを懸けている優にとって、相澤はいわば恩人のようなものだった。いくら感謝しても感謝し切れない、これからはもう、相澤に足を向けて寝られようはずがない…………などという、殊勝な心がけが優にあるはずもなく、

「でもすごいね。色んな人に教えたけど、まだ誰もクリアできてないのに」

と褒められれば、

「いやいやいや」

すっかり調子に乗りまくり。言葉とは裏腹、全く謙遜してるそぶりもない。馴れ馴れしく相澤の肩に手を回して、

「でもこれで俺も上級の仲間入りっと。相澤君、これからもよろしくね」

それから取ってつけたように透、タンクに向かって「あっ君たちも早く上級にきた方がいいよ」二人を小馬鹿にする。

「やな奴めー」

にらむ透、あきれる太陽。相澤は苦笑い。

「ところで桐島君、もう上級クエストはやった?」

「ううん、まだ」

いつの間にか肩に回した手はほどかれている。

「なんかくっそ長い説明文でてきたとこで止まってる」

「ああ、“アレ”ね」

(”アレ”?)

言い方が妙に引っかかった。

「ちゃんと読んどいた方がいいよ。結構いろいろ書かれてるから……罰則とか……」

「罰則?」


 その日の夜、優はくだんの長文に目を通した。それは上級サーバー利用者に向けられた“注意事項プレイマナー”だった。

〈上級サーバーは他サーバーと異なり、プレイヤーがより実践的な戦闘を体験できる仕様となっております〉

(ふーん)

めんどくさそうだからナナメ読みする。

〈……司令部から指示を出される場合があります。出された指示には必ず従ってください。違反した場合は罰則を科せられることがあります……〉

(はあ?)

たかがゲームに「罰則」という言葉は、なんだかトゲのある表現に思われた。まあ規約や約款の文章なんて、こんなものかもしれないが。しかし……。

〈……司令部の許可のない戦闘行為は一切これを禁止します。違反した場合は罰則を科せられることがあります……〉

〈……未許可の目標物への攻撃は一切これを禁止します。違反した場合は罰則を……〉

〈……自機を損失したプレイヤーは不定期間のアカウント停止処分が科せられます……〉

「なんだこれ……!」


         Ⅳ


 翌日。

「おい相澤! なんだよあれ」

勢いよくA組に乗り込んで、優は声を張り上げた。突然の来訪者に、A組生徒たちの衆目が集まる。

「桐島君……」

相澤が応える。相澤は隣の男子生徒に勉強を教えているところだった。

「読んだんだね、注意事項……」

「ああ」

優は問い詰めるような勢いで、相澤の席ににじり寄った。

「ルールはやたら細かいわ、破ったら罰則だわ……ありゃねえだろ」

「うん……、やっぱり変だよねえ……」

二人の間に不穏な空気が立ち込める。隣の男子はそっとノートを閉じて、席を外した。

 相澤と桐島――二人のいる空間は特殊なフィールドが張り巡らされているようだった。女子たちはなんとも思わなかったかもしれない。が、男子はそうではなかった。少なくとも”『∅』ユーザー”たちはそう思った。――上級サーバー到達者――。他に誰も、そこまで辿り着けた者はいないのだ。二人のやり取りは今や、雲上の会話だった。

 男子たちは素知らぬふりで、それぞれやっていたことを続けながら、二人の会話に耳をそばだてた。

「対戦部屋は誰もいねえし……」

『∅』には大きく分けて「ミッションモード」と「対戦モード」、二つのモードがある。

 「ミッションモード」は主に「対NPC戦」を行うモード。個人用の「シングルミッション」と他プレイヤーと協力する「チームミッション」がある。

 「対戦モード」は「対プレイヤー戦」を行うモードで、こちらも一対一の個人戦とチーム戦があり、さらに「デスマッチ」「サバイバル」「撃墜王」「隊長戦」「クラン戦」など各種の方式に分かれる。

 上級サーバーに入った優はまず「対戦モード」をやろうとしたが、対戦部屋には誰もいなかった。上級サーバーで対戦部屋が立てられることはなく、上級者たちは対戦モードで遊ぶ場合、中級サーバーを利用するのが常だった。まだライセンス所持者が少なく、人が集まらないため、仕方なく暫定的な処置としてそうなっているのだが、この時点で優が知らないのも無理もなかった。

「それにミッションもおかしい。難易度低すぎるし、敵も出てこねえ……」

ミッションモードには対空戦、対地戦、対艦戦……様々なステージがある。その中には「敵エースパイロットチームの撃破」「対空砲火の雨の中、基地司令部を破壊する」「空中要塞の異名を取る、超大型戦略爆撃機を撃墜する」といった、それなりに難しいミッションも中級サーバーにはあるのだが、上級はそうではなかった。

 「編隊を崩さずに飛行する」「リーダー機の指示に従って飛行する」「索敵飛行し、エリア内の全てのドローン(無人標的機)を発見する」……。内容は単調、難易度も低く、別段難しい操作や、厳しい時間制限が課せられることもない、上級者でなくとも誰にでもクリアできるようなミッションばかりだった。そして――、敵は一切出てこない。そのためか攻撃ボタンは封印されているらしく、機関砲もミサイルも、ボタンを押してもなんの反応もなかった。なんというか、ミッションをやっているというより、あれはまるで……。

「……チュートリアル」

 あれだけ難しい昇級クエを突破してやっと辿り着けた上級サーバーなのに、待っているのがこんなんなんて……あんまりにも酷すぎやしないだろうか?

 なんで上級まできてまた、チュートリアルなぞせにゃならんのだ? あのクエこなして上級まできた者ならクリアできないわけなかろうに。

 それともまだ、上級サーバーの開発が進んでなくて、間に合わせに初心者用のミッションか何かの焼き増しを実装したのだろうか? 上級のユーザー数が少ないことをいいことに?

 小さな会社が運営しているならまだわかる。不具合を長い間放置したり、運営が稚拙だったり、オンラインゲーム業界ではよくあることだ。

 しかし『∅』の運営会社は「円社」なのだ。大手ゲーム会社、円社ともあろうものが、こんな杜撰な管理運営……許されるのだろうか?

 しかし、上級のユーザーはあまりに少ない……少なすぎる。許すも許さないも、殆どのユーザーには関係ない話だ。

 不満があっても、少数派の意見として黙殺されてしまうのだろうか。

 しかし…………。

 押し掛けて相澤のところまで来たものの、優ははっきりと自分の考えがまとまっていなかった。ただ漠然と、やり場のない怒りと憤りだけが、胸にわだかまっていた。

 そこで相澤が重い口を開いた。

「ねえ桐島君。『共同クエスト』って知ってる?」

「共同クエスト?」

聞いたことのない単語だった。

「うん。なんでも、上級サーバーで開催されるイベントみたいなものらしいんだ」

「へー」

『∅』でいうクエストというのは、たとえば「ミッションモードの○○ステージをクリアせよ」「対戦モードで3機撃墜せよ」という類のもので、課題を達成すればそれに見合った報酬が貰えたりする。同じクエストを請け負ったプレイヤー同士で協力することはあるが、基本的には個人で請け負うものだ。「共同」というからには、複数プレイヤーで請け負うクエストで、誰か一人がクリアすれば全員報酬が貰えたりする……といったものだろうか。

「これに参加すれば、もうちょっと上級サーバーのことがわかるかと思って」

「だな」

そういえば、相澤もまだ上級に来て日が浅いだろうに、どこからこの情報を仕入れたのだろう? もう上級に知り合いでもできたのかな?

「日時が決まっていて、今度のは土曜の朝9時15分からだって」

ずいぶん中途半端な時間だな、と優は思った。

「定員があるみたいだから、もしできるなら早めに登録しといた方がいいよ」

「まじかーー、すぐやっとく」

正直、上級に対する様々な不満や疑念は拭い切れていない。が、一つでも寄る辺があることを知れたのは収穫だった。(共同クエストか……)

「相澤、サンキュな」

軽く礼を言って、優はA組を後にした。

 優が出て行って一人になった後も、相澤はなお考え込んでいた。

(たしかに、色々おかしい……、昇級クエストはあんなに難しかったのに……)

運営の不手際、と言ってしまえばそれでおしまいなのだが。どこか違和感がある……。

 『∅』はサービス開始当初こそ円社のネームバリューで注目を集めたゲームだったが、人気を定着させたのはゲーム性やゲームバランス、サービス内容が優れていたからだ。「さすが円社産」と言われるほど、サービス提供力に定評のある会社だったのだ。ゲームの難易度やクエストの報酬など、全てが緻密な計算の上に成り立っていて、爽快感や達成感、遊び心、ユーザーが飽きないような工夫が随所に凝らされていた。それまでマイナージャンルでしかなかった戦闘機ゲームを、「国民的人気」と言われるほどまで高めただけのことはある。初めて戦闘機を操作する人でも、ガイドどおりクエストや対戦をこなしていけば、自然と操縦技術が上達するようになっていた。まるでカリキュラムのように。

(……カリキュラム?)

『∅』のゲームバランスをカリキュラムと呼ぶなら、それは非常に優れた制度だった……中級までは。あの昇級クエストは正にその集大成とも言えるもので、あれを突破して辿り着いた上級サーバー、そこで、その絶妙なバランスは崩壊……してしまった……?

 そう考えるのが、普通だろうか。中級までは完璧なカリキュラムを用意し、上級のサービスはこれから実装していく…………。

 どうにもそこらへんが、相澤は不自然に思えてならないのである。

(――あるいは逆に、これが「崩壊していなかった」としたら……?)

逆説的に考えて「この上級サーバーこそが、カリキュラムの辿り着く先」だとしたら?

(どうなるんだ……?)

それまで戦闘機のことなんて何も知らなかったプレイヤーに、戦闘機の知識を与え、操縦スキルを磨かせ、優秀なパイロットに成長した者を………………運営が思い通りコントロールする……?

 それにどんな意味があるというのか……。

(上級サーバー……一体なにが……)

「チュートリアル」「昇級クエスト」「緻密な計算」「カリキュラム」「罰則」……。いくつもの単語が脳裏に去来し、まるでバラバラに散らばったパズルのピースのよう。一瞬、そのピースのいくつかが組み合わさり、何か閃きそうな気がした。――が、

「おい相澤。今日の英語の課題みせてくれよ」

急に、斜め後ろの男子が声をかけてきた。そこで思考は中断されてしまう。

「あ、うん」

もう少しで考えがまとまりそうな気がしたが、そこまでだった。やがて始業のベルが鳴り、担任の先生がやってきてHRが始まると、もう『∅』について考える時間的余裕はなかった。


         Ⅴ


 B組授業中。ICT(Information and Communication Technology)活用の普及した2027年の教室では、生徒たちは一人一台のタブレットPCを扱い、先生も電子黒板コピーボードで授業を行う。

 優はPCで勉強しているフリして、ネットに接続、『∅』のクライアントソフトを起ち上げる。ここで共同クエストの登録手続きを行おうとしているのだ。画面は教壇から見えないし、バレる要素はない……はず。音量をオフり忘れる、なんてヘマもない。授業中にゲームをやっているという背徳感が甘美で、なんとも言えない気持ちになる。

「桐島ー」

ふいに先生に指名されて、

「は、はい」

びっくりして声が上擦る優。

「お前いま、授業と全然関係ないことでPC使ってたろ」

ギクッ。

「ぇえー? 使ってませんよ先生。ちゃんと授業、受けてますよ」

間髪入れず、すっとぼける。(なんでわかったんだろう……?)と若干うろたえつつ。だが動揺でバレるといけない、こういう時は強気で虚勢を張る。「やだなー先生、何言っちゃってんの」とバリに。相手に非があるといわんばかりの態度で。

 そんな精一杯のハッタリをかます優であるが、モニターに映っているのは『∅』の画面。それが見える周りの生徒はくすくす笑っている。

 先生が語り始める。

「おれも教壇に立って大分経つからな。生徒がちゃんと勉強でPC使ってるのか、それ以外のことで使っているのか……大体、わかるようになってきた」

「まじっすか?! 先生、ニュータイプなんじゃ……」

その言葉尻を逃さない。

「やっぱりか」

「げっ!」

やばい、カマかけだったのか? こっちを睨む先生の目つきがキツい。

 こうなったら。――この手しかない!

「も、もうちょいで終わるからカンベンしてよ~」

優、両手を合わせてお願いのポーズ。言い逃れはたぶん出来そうにない。だったら諦めて申し開きするしかない。「回避」に失敗して大打撃を食らうより「防御」して被害を最小限に食い止めるのだ。ゲームでもよくある判断だ。

 そこで折よく、仲間の助け舟も入る。

「センセー、こいつ『∅』で上級までいったんだけど、早く手続きしないとクエストの定員埋まっちゃうんだってー」

…………こ、これは助け舟になっているのだろうか??

「なに~~~? 先生の授業中に、ゲームなんかやってたのか~~~」

なってねえええし! そもそも先生が『∅』とか「上級」とか言ってわかるんか?!

「ち、ちがうよ先生! ただの登録だけ、登録手続きだけなんですよ~~~」

手をばたばたさせて、あたふた言い訳をする。たしかに授業に関係ないことでPC使ってたのは悪いことだけど、でも、堂々とゲームで遊んでいるのと、ただちょこっと、登録手続きだけさせてもらうのでは、罪の重さは違うはずだ! ……違うよね?

 そこで先生は「ふーっ」と一呼吸、息を吐いて、間を置いて話し始めた。

「実は、先生もこないだ『∅』始めてみたんだけどな……」

ふと話題が授業から脱線したのを察して、にわかに教室はガヤガヤし始めた。男子が「えーっ! センセー『∅』やってんのー?」と質問を浴びせかけてきたり、女子は「先生もゲームやったりするんだ!」近くの友達と話し出したりしている。

 先生はゆっくり言葉を継いだ。

「先生ああゆうのニガテで……まだ初級サーバーなんだ」

教室にどっと笑いが起こる。男子たちは「だっせー」「先生、今度対戦しようよ!」「勝ったら成績5ね」「初級じゃ相手になんねーし」好き勝手、言いたい放題。

 先生はやれやれと言った様子で、

「まあ、すぐ終わるってならさっさと済ませて授業に戻りなさい」

「おー」

生徒たちから歓声が上がる。

 優も調子に乗って、

「さっすが先生! 話わかるーーー」

便乗しようとする、が「ただし!」

「バツとしてB組には課題を出します」

クラス全員「ええええええー!」阿鼻叫喚。

「だってしょーがないだろ。みんな、授業中にゲームやってる奴をかばったりしたんだから」

「きーりーしーまーー」

非難轟々、みんなからニラまれる。

「うっ……ご、ごめん、みんな……」


         Ⅵ


 朝。ベッドから手を伸ばし、目覚まし時計を止める。

 顔を洗って、かるく寝グセを整えて、特に出かける用があるわけでもないので寝間着のまま。

 家族より少し遅めの朝食を摂る。

 おかずはシャケ、玉子焼き、ゆうべの残り物のマカロニサラダが少し。大根と豆腐のみそ汁をひとくち口に含むと、空きっ腹にみそ汁の温かみが沁み渡る。

 そうこうしている内に壁掛け時計から定時を告げる音楽が流れ出す。ベートーヴェン交響曲第6番『田園』第1楽章の一節。――時間も、ちょうどいい頃合いだ。

 自室に戻って『∅』を起動。

 ボイスチャット用のインカムを装着し、愛飲しているペットボトルのお茶をコースターの上に置く……準備万端。

(よし!)

いよいよ待ちに待った共同クエスト決行の時。

〈ログインパスワードを認証しました〉

ログインするとまずサーバー選択のインターフェース。「初心者」「初級」「中級」そして一番下に、今までずっと暗色表記されていた「上級」の文字。慣れ親しんできた中級サーバーと違って、上級は入るだけで身の引き締まる思いがする。上級に入ると、マイルームやクエストなどの通常のインターフェースとは別に、共同クエストのバナーがある。そこに大きく「共同クエスト開催中!」とある。

(上級にくる奴ってのは、どんな奴がいるんだろう……?)

まだ見ぬ、上級サーバーの世界に思いを馳せてみた。

(今まで対戦部屋で、腕の立つ連中には会ったことがあるが、それよりもずっと凄い奴等なんだろうか……)

(そいつら、普段はどこにいるんだろう……? 強豪クランとかで身内だけで対戦部屋立てたりしてるのかな)

(上級クエの報酬は? やっぱ、中級とは比べもんにならないくらいのモノ、貰えたりするんだよな……)

あれこれ考える。

 『∅』はこうやって、いつだって「ワクワク感」をくれる。新イベント。新仕様。新機体。新しい扉を開くたびに、面白いこと、夢のつまった世界がそこに待っているから。今までも、そしてきっと、これからもずっと。

 日々、最高の瞬間がそこに在り続け、眠るのが惜しいくらい。そして次の瞬間、それを超える最高の瞬間が、また訪れる。

 まだごく僅かなプレイヤーしか訪れることを許さない上級サーバー。そしてそこだけで行われるという「共同クエスト」。この特別なプログラムはどんなトキメキをもたらしてくれるだろう。

 期待を胸に踊らせながらバナーをクリック。すると画面中央にウィンドウがポップし、そこにメッセージが表示される。

〈本日予定していた共同クエストは、不具合発覚のため中止させていただきます〉

「はあ?」

思わず声が出る。

 なんだこれ?

 ……。

 …………。

 ………………。

 くそ運営めーーーー!!

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