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ヴァニシング・ポイント

ミニコミ『bnkr』に掲載したプロットを元に改変したもの。2010年ごろの作品。

■マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド-4


剣持テツローの隣には「mofu-mofu」と名乗っていた女が寝息を立てている。パターン102、「知的かつ誠実そうな媒体関係者風」で攻めるというテツローの作戦は見事に成功した。この手の女はゆるふわな感じとは裏腹に普段遊んでいて「サブカルギョーカイ人」にヤラれている可能性が高い。だが自分は「遊び」であると自覚しているため、本当は結婚を意識できるような知的で誠実そうな人間と付き合いたい。だが、妥協してそこら辺の男と付き合うのは絶対ダメで、あくまで業界関係者と付き合いたい、という極めてめんどくさい考え方をしている。テツローはmofu-mofu(この物語において彼女の「名前」は全くもって必要でなく、またテツロー自身も全く興味がないため便宜上彼女を識別する記号としてこのハンドルネームを使用することとする)と一目見た時に、今日の「勝利」を確信した。現に彼女の会話の半分はテツローの想定通り(つまり、すでに知っていて、どうでもいい)内容であった。あとは、自分の設定された「キャラ」を演じ切る事に集中すればいい。今日は昨日の女より簡単だった。途中で少しキャラがブレるところは要注意だな、日本語ジャズの話ではakikoより大橋トリオだった、とテツローは考えながら眠りに落ちる。

剣持テツローがこの「スポーツ」を初めてどれぐらいの時間が経っただろうか。少なくとも剣持テツロー自身は自分の事をアスリートだと思っているし、「つぶやいた―」上で見つけた女とリアルで会い、彼女の思った通りの「キャラ」を演じ切り、その報酬として一夜を共にする、という彼の崇高な行為のために全ては犠牲にされている。その意味で彼もまた「スポーツ」に魅入られた男なのだ。だがテツローに言わせれば、人類の究極のスポーツとはセックスであり、そこに至る過程である。全てのスポーツとはその代償行為にすぎない。



■バニシング・ポイント-4


誰もいない屋上。俺は八巻カリナに告白している。

「テツロー君、私、そういうのイヤなんだ。」

「でも・・・。」

「ヤッたのは「なんとなく」なの。で、あなたとはそういう関係は嫌。」


■マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド-5


近代とは「自分」という確固たる存在が前提として成り立つ社会であった。国家なり、神なりという寄って立つ存在の助けを借りながら確固とした「自分」を主人公とした物語を生きる。それが近代的な生のあり方であった。だが、近代が終わり、「寄って立つもの」が実は欺瞞でしかなかった事を我々は唐突に暴露された。

終わる事のない「ほんとうの自分探し」の果てに我々が認めざるを得ないのは「ほんとうの自分なんてどこにもいない」という事だ。そして、「自分」などというものは場所や立場、「自分」を見る人間によって自在にその姿を変える。つまり、「自分」とは何千何万と無限に存在するのだ。そして、えてして人は他人を「自分がみたい」通りに解釈する。


「リアルをウェブにアップロードする」とは、つまり、そういう、こと、なのだ。


剣持テツローはある日、「つぶやいたー」上の「オススメユーザー」欄に何気なく視線を移した。「オススメユーザー」欄にいるkarina1208というアカウントをみつけた。「なんとなく」アカウントのつぶやきログを見る。

好きな本、好きなバンド。まるでテツローのためだけに作られたbotのようなそのつぶやき。テツローはこのアカウントを仕事そっちのけで四六時中観察するようになった。会社でも、自宅でも、ネットカフェで、スマートフォンで、PCで。もちろん、テツローは何度もkarina1208に「しかけ」ようとした。だが、手持ちのどの「キャラ」でも彼女に「勝てる」ようには思えなかった。そのうちに、彼はこの感覚に覚えがある事に気がつく。



■バニシング・ポイント-5



見事な玉砕。我ながら、ガラでもない。ヤッたのも初めてなら、告白したのも初めて、そしてふられるのも初めて。

俺はそれから数日間、全く何にも手につかなかった。あの時触れた八巻カリナの肌のぬくもりはまるで幻のように俺の中から消え去ろうとしていた。


数日経ったある日、俺は行くあてもなく校内をさまよっていた。文芸部の部室の前を通りかかる。扉は閉まっているが、カーテンの隙間から中身が見える。顧問の姿が見えた。そして傍らには顧問のいきり立ったモノをほうばるカリナがいた。俺の視界はぐにゃりとねじ曲がって、気分が悪くなる。どういう事だ。八巻カリナと顧問との関係について思いをめぐらせる暇もなく人の気配がして、俺はとっさに物陰に隠れた。よく見ると文芸部の部長、確か俺と同じクラスの江口だ。クラス内のオタクグループの長として、うっとおしいウンチクを俺にまで聞かせようとする迷惑極まりない人間である。江口は、文芸部の部室を開けた。

沈黙。少し間を置いて叫び声。そして怒声。しばらくして八巻カリナが飛び出してきた。ロングヘアを振り乱して駆けるカリナ。不覚にも、俺はそれをみてただただ美しいと思ってしまった。怒号が巻き起こる中、駆け去るカリナ。状況の悲惨さに比べてあまりにも美しい姿だった。後に知った情報を総合すると、結局カリナは部長と顧問の二股をかけていたらしい。もっとも両方ともお世辞にも美男子とは言えない人々だ。一体、なぜ?

考えても仕方がない事を考えてもしょうがない。俺はその話を自分の管理するテキストサイトにアップした。「実録サークラ」として名付けられたその記事は目ざといウォッチャー陣に見つかり、瞬く間に数万ものアクセスを稼いだ。それが、俺が、剣持テツローが生まれて初めてうみだした「コンテンツ」であった。

ほどなくして、江口は文芸部を辞めた。「江口派」とされた文芸部員が何人かそれに続いて辞めたらしい。



■マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド-6



八巻カリナ。1982年、銀行員の父・洋平と専業主婦の母・祥子との間に二女として生まれる。エリートとして育てられた姉たちと違い、両親は末っ子の彼女を放任した。それが理由なのか、なんなのか、とにかく彼女は所属したあらゆるコミュニティでトラブル(つまりは、あの文芸部と同じ事だ)を起こし、彼女が所属したサークルはことごとく崩壊していた。いや、サークルだけではない。彼女が大学卒業後入った京都のゲーム制作会社はほどなくして2つに分裂、片方は分裂後3年で倒産の憂き目にあっている。その後、岐阜、名古屋で1年ほどすごしたのち再上京。そして、彼女が崩壊させた初めてのサークルがあの文芸部だったのだ。

テツローは何年かぶりに藍本にあった。

「深くは聞かなかったけれど、彼女、どこにも居場所がなさそうだった。クラスにも、部活にも、そして家庭でも。最初に彼女が保健室に来た時、死んだような眼をしていたの。そんな彼女だけど、あなたと一緒にいるときだけは笑っていた。」

煙草の煙を吐きながら藍本は言う。

「君が来なくなってからもしばらく、来てたのよ、八巻さん。」



■バニシング・ポイント‐6



印刷された俺のサイト。

持ってきたのは北元理恵という学校一の優等生である。黒髪三つ編みで黒ぶちメガネに学級委員と清楚の博覧会みたいな女。清楚だからいい、という人間もいたが、俺にはどこがいいのかさっぱりわからなかった。そんな北元と俺が二人きりで放課後の教室にいる。

「テツロー君、ネットの事詳しいんだよね。一度、八巻さんとネットの話をしてるの聞いたことあるの」

盗聴とは高尚な趣味ですね、委員長。

「ずばりいうけど、これに出てくる女の子って八巻さんの事じゃない?そして、これを書いたのはあなた」

北元は何を言いたいんだろうか。俺の頭はフルに回転し始めた。

「北元さんは何がしたいの?」北元は黙っている。俺には一つの推論が導き出されている。この学校に清楚の博覧会におあつらえ向きの部活が一つあるのだ。もしこの騒動で自分が属する部活が破壊されたら彼女はどう思うのだろう?しかもそれが自分の嫌う男子と顧問、いけすかない女子部員による痴話喧嘩によっておこされたとしたら?

「アレは嘘だよ。本当は、江口がしつこく言い寄っていただけなんだ。そして八巻カリナはそれを相談していただけ。」「あのキモオタ!」「北元さんさえ望むのなら「本当の事」を書こうか?」俺は思わず口にだしていた。多分、北元は真実がどうだって構わないのだ。ただ、自分の部活をむちゃくちゃにした江口や八巻カリナが「いなかったこと」になればいい。それも自分の手を一切汚さず。北元が文芸部の顧問・山田哲也の事が好きなのかはよくわからない。だけど俺には北元が何を望んでいるのか手に取るようにわかる。ならば、その欲望に寄り添い、彼女が必要とする「キャラ」を演じるまでだ。

後日、「訂正」されたサイトによって江口は江口派の信望を失い、学校に居づらくなり家に引きこもる事になる。

八巻カリナはなんとか学校にはやってきていた。だが、彼女が文芸部に戻ることは二度となく、教室と家を往復する生活を過ごすことになる。もちろん、俺も彼女と話すことはなかった。

そして、北元理恵は俺の「スポーツ」の初めての対戦相手となった。以後、俺は学校内のありとあらゆる女性と「スポーツ」を競う事になる。北元理恵との一夜は今でもたまに思い出す事がある。達成感と自分の望みがかなったという高揚感と、抗いがたい空虚感。同じ行為も八巻カリナとのそれとは全く違う意味をもっている事を俺は直感的に悟っていた。



■ワンルーム・ディスコ



karina1208との「スポーツ」は長期戦の様相を呈していた。何度誘っても誘いに応じないどころか、他に男の影さえある彼女。そして俺自身も「どんな自分」でいくか測りかねていた。

俺は半年の間、それだけを考え続けた。そして彼女の過去ログを熟読し、彼女が望むものを懸命になって探した。karina1208を初めて知ってからちょうど半年と1週間後、俺は「つぶやいたー」から彼女にメールを送った。

指定された彼女の家の前にいく。

扉をたたく。たたく。2度目。3度目。

ドアは開いていた。ドアを開けたところにいる女は華奢な体つきに少しだけ茶色がかったロングヘア。髪の毛にはほんの少しウェーブが当てられている。

「八巻さん、今日はどうしたの?」

「なんとなく。テツロー君こそ、今日はどうしたの?」

「なんとなく。」

2か月後、俺は結婚式の会場にいた。傍らには花嫁衣装を着る彼女がいた。抜けるような青空だった。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。この作品がいくらかでも読者のかたの記憶に残れば幸いです。また何か感想とうあれば是非書き込んでいいただけるととてもうれしいです。

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