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マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド

ミニコミ『bnkr』に掲載したプロットを元に改変したもの。2010年ごろの作品。

よく若いヒョーロン家やシャカイ学者の偉い人って、サークルクラッシャーとかメンヘルをバカにするじゃないですか、私はアレが物凄く嫌いなんですよ。 なぜって、サークラにしてもメンヘルにしてもそりゃ、周りの人から見たら迷惑だし、「ウォッチ」してたら面白いでしょうよ。だけど、あんたらホントにサークラに迫られてヤラずにいられるの?って問いたい。どうせホイホイ、サークル崩壊させてんだよ、あんたらも。そういう人に限ってワナビー志望のメンヘル女とよろしくパコついてるもんだからそりゃあんた、我々も「2010年代のサブカルの最前線を疾駆」することを志望するわけですよ。

 

ブログ「Siamese Dream」2013年4月17日付エントリ『ポストゼロ年代をサヴァイブする想像力』から引用


■マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド-1


剣持テツローは気だるく起床する。7:45。いまだ夢心地である。傍らには、女Aが寝ている。この物語において彼女の事を女Aと呼ぶのは、テツローも彼女の名前すら知らないからで、そして、この物語において彼女の名前は記号的意味しかもたないからだ。テツローは女Aに一瞥もくれず、粛々と出勤準備をする。着替えもそこそこに自転車で職場へと向かう。そして、女Aはここでこの物語から退場いただく、彼女には彼女の人生がある。女Aとしてではなく、苗字と名前のある人生。だが、それはここで語られるべきではない。

自宅から職場までは直線距離にして30分弱だが、自転車ではもう少しかかる。自転車通勤が「チャリ通」ともてはやされたのはしばらく前からだが、テツローはそのずっと前から自転車通勤だった。だから、オシャレ自転車に乗って「Gainer」あたりから拝借した通勤スタイルで会社に向かう自称「ヤングエグゼクティブ」を見ると、はいはい、どうせどこ行くにもIBMのノートPC持ち歩いてるんでしょ。使いもしない議事録作りご苦労さん、と心の中で悪態をつく。途中、「藤そば」に立ち寄る。このうらびれたそば屋は味がそこそこだが何より、周りに「Gainer」や「AneCam」がいない。だから「藤そば」で食べる毎日の月見そばはテツローにとっての至福の時間だった。セルフサービスで天かすを少しとネギを若干大目に入れる。月見そばはしばらくおいておいてほんの少し固まったところを少しだけかき混ぜる。黄身をほんの少しだけ麺つゆに広がった状態でソバに絡ませ、一気に食べるのが一番美味い。これはテツローの長年の藤そば通いの成果の一つだ。朝食をすませ、店を出たところで自分のスマートフォンを起動する。


「ちょうしょくなう」


■バニシング・ポイント-1


青空。

教室では歴史の授業中だ。学校の教師がフランス革命において果たした民衆の役割について熱く語っている。「王家の圧政に対抗して崇高な理念の元、立ちあがる民衆たち!」自由と革命の意義を熱く語る教師。お前は何言ってるんだ。まったく理解できない。おれたちにそんなすごいことを成し遂げる力があるのなら今、ここで、なう、このクラスにいるヤンキーどもをどうにかしてくれよ担任先生、といつも思う。だが、ヤンキーたちが「ほんとうに」クラスから排除される事はない。それは、彼らのする「反抗」が周りの教師たちにとってはすでに織り込み済みだからだ。彼らが「反抗」して、後に「更生」して「善良な市民」として「社会を構成する一員」となる事、それはお約束であり、社会を構成する大切な「物語」なのだ。だから、ヤンキー達の「反抗」や「悪さ」はファッション的に消費され、「ほんとうに」社会から排除される事はない。それは、ブラウン管に映るあの「お笑い芸人」という偉大なる職業の人々が教えてくれている。

隣にはオタクの皆々様。クラス内の序列カーストにおいて最下層に位置する人種である。といっても彼らの生活はそれほど悲惨ではない。クラス内のカーストに上手く適応した彼らはけして上位グループを脅かさない。だから、たまにからう事はあっても、上位グループが本格的にオタク軍団をいじめることはない。上位グループだってクラス内での合意形成が必要な時もある。修学旅行で「合法的に」オタクの皆様と天上界の皆様を別々のグループにする必要だってある。学級委員やクラスの役職決めの際に彼らの票が必要な時だってある。だからこそ10人弱のオタク軍団を敵にはまわしたくない。見事な弱者の戦術だ。客観的にはオタクの皆々様の方が世渡りが上手いのでございますよ、お嬢様、おぼっちゃま。

だけど、俺は無色透明な存在だ。ヤンキーでも、オタクでもない、どこにも属せず、誰からも認識されず、何も生み出さない存在。昔、「透明な存在」と言って人を殺した人間がいたが、その気持ちが少しだけわかる気がする。俺は誰からも認識されることなく、何の「イベント」も起こらず、ただひたすら黙って、静かにこの高校時代が過ぎていってほしいと思っているだけだ。だけど、そんな俺もたまにどうしようもなく虚しくなる時がある。



■マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド-2


2014年。インターネット網が日本中隅々まで張り巡らされつつも、SF的世界が現実に到来するには程遠い時代。膨らみ続ける赤字国債に混乱する政治、少子高齢化と既得権を手放さない老人たち。難問山積みの「日本」は外国から緩やかに死を迎えつつある大国と認識されていた。だが、ここで「日本」はこの国のお家芸とも呼べる逆境での恐るべき底力を発揮する。その変化はある特定の「時点」ではなく、特定の「時期」における変化であった。あとから振り返ればそれは「あり得ないほどの大変化」だが、そこに住んでいる人間にとってはそれが認識できないほどの変化。2014年はそんな「時期」の1「時点」。

「つぶやいたー」は140字程度の「つぶやき」をネット上にアップロードするだけのサービスである。

だが、「つぶやいたー」は日本を、日本人の生活を変えた。最初、我々は自分が何を食べ、どんな映画を見ているのか、何を考えているのか、こぞってアップロードしたのだ。もちろん、それは些細な自己顕示欲だった。だがそのうち、このサービスは同じ映画、同じバンドが好きな、同時に同じことをやっている人同士が「つながる」に非常に都合のよいサービスだという事がわかってきた。同じイベント会場、例えば、フェスで、ライブ会場で、エロ同人誌を求める行列で。そして同じテレビ番組を見ながらつぶやく事で場所や時間を超えて「つながる」事ができたのだ。そのうち、サイト側も「つぶやき」のログを収集・分析。同じような「つぶやき」をする人を「オススメユーザー」として紹介するようになった。今や、「つぶやいたー」のサービスは電子マネーのサービスや位置情報サービス、SNSとも連動し、我々がコンビニで何を買って、どの駅で電車を降りたのか、誰と友達になって誰とケンカ別れしたのかは自動的に「つぶや」かれ、即座に全世界に公開されるようになった。

つまり、「つぶやいたー」というインフラによって、我々の「リアル」は本格的に「ネット」にアップロードされるようになったのだ。リアルとネットの融合。そのきざはしに我々はいた。

これをプライバシーの侵害などどいう人間はアホだ。周りは誰も知らないようなマイナーなバンドの話がしたい、会社で気になる彼女と食事に誘うきっかけを作りたい、息子がちゃんと塾に行っているか、あの映画は面白いのか、隣はなんであんなにうるさいのか、年金をもらい続ける100歳の老人が実在か非実在か、そういった情報を即座に手に入れられ、しかも人間関係の誤配が「あらかじめ設計されている」。プライバシーを侵害されたほうが我々にとっては遥かにメリットが大きい社会の到来。かくして、プライバシー権などという言葉は学校と一部のアホの口からのみ聞かれる言葉となった。



■バニシング・ポイント-2


「よっ、不真面目高校生、今日も来たか」

そう言うのは保健教諭の藍本涼子。俺を深く詮索する事もなく保健室に受け入れてくれる彼女は俺にとっては本当にありがたい存在だ。

「姫様もお越しですよ、王子様。」

こうやって、どうでもいい茶化しを入れてくる以外は。

視線の先には八巻カリナがいた。

華奢な体つきに少しだけ茶色がかったロングヘア。髪の毛にはほんの少しウェーブが当てられている。高校生ができる精いっぱいのオシャレである。だが、そんなものよりもなによりも。彼女の真っ黒な瞳に見つめられると吸い込まれそうになる。

「八巻さん、今日はどうしたの?」

「なんとなく。テツロー君こそ、今日はどうしたの?」

「なんとなく。」

この答えのわかりきったやりとりを二人で繰り返す事は暗黙の了解だ。これは二人だけの符牒。

「こないだ借りたCD。」

「どうだった?」

「『Adore』はやっぱり少し物足りないかしら。ちょっと陰鬱すぎる気がする。『Ava Adore』とか、良い曲ももちろんあるんだけど。ねぇ、テツロー君、また面白いサイト教えてよ?」


笑いたければ笑えばいい。だけどこのド田舎で洋楽の話ができる友人(しかも女友達だ!)がどれだけ貴重か。俺のこれまでの唯一の友達はインターネットだった。ハマッたのは2ちゃんねるやテキストサイトと呼ばれるサイト群だった。マンチェも、USオルタナも、ミッシェルもブランキーもナンバガも全て俺はこの電脳空間にいる偉大なる先人達に教わった。世の中の「良識派」の人たちは匿名空間であるネットは実名で発言できないひきょう者の集まりだとされていたが、そういう事をさも自分が考えついた意見であるかのようにベラベラしゃべるクラスの奴らや教師ども。俺は心の中で彼らに何度中指を立てたかわからない。ファック。侍魂の過去ログ全部読んで出直してこい。俺はいつか、ネットの世界の片隅に居場所を手に入れたい。そして偉大なる先人達に伝えたい、自分がどれだけ救われたのかを。それが俺のささやかな望みだ。

だけど彼女は、八巻カリナだけは保健室で俺のこのくだらない話に付き合ってくれる。願わくば、この時間がずっと続きますように。


■マシーナ/ザ・マシーンズ・オブ・ゴッド-3


当時の剣持テツローはまさに翌年The Smashing Pumpkinsが解散する事も、2002年、後に伝説となるFuji Rock Festivalにビリー・コーガンがNew Orderのサポートギタリストとしてやってくることも、そして、その夢の共演のステージを見逃す事(『Crystal』のイントロギターが苗場に鳴り響いたその瞬間、彼は当時付き合っていた彼女とベッドの上にいた!)も彼は知らない。だが、彼のこの酷く子供じみた願望は今に至るまでずっと残り続けることになる。

『日刊ニュースショー』の編集、それがテツローの今の仕事である。この「時点」での出版業界において、「月刊誌」「週刊誌」はほとんど全てが「日刊誌」に統合された。日刊誌というかリアルタイム誌。事件が起こったその瞬間に記事を作り、配信する。新聞も月刊誌、週刊紙も全てはこうしたリアルタイム誌に統合された。理由は色々ある。世界的な資源高、雑誌不況、だが最も大きな理由はリアルタイム・ウェブのインパクトだった。あらゆるニュースはマイクロコンテンツ化し、RSSリーダーによって日々刻々と配信される。そしてそれが「つぶやいたー」によってつぶやかれ続ける。


昼食のカップめんをすすりながらPCの「つぶやいたー」にログインする。


「miyoko1980さんがamaneさんと友達になりました!」

「nobiさんのつぶやき:ちゅうしょくなう」

「ネタリカ@西b1さんのつぶやき:売国・菅政権にNO!」

「tetsu68さんの現在地:日暮里第二駅」


トップページには人々の様々なつぶやきが流れる。一瞬でその「つぶやき」は別の「つぶやき」によって流される。他人の「つぶやき」は一瞬。だがその一瞬によって人々は全く未知の人間との「つながり」ができる。

「つぶやいたー」は仕事をする上でも必須のサービスである。原稿依頼も打ち合わせも、すべてつぶやいたー上で済ませる。一度も会わず、ネット上のやりとりだけでリアルタイムにすすむ仕事。今では、基本的に編集者とライターが対面で打ち合わせをする必要性はない。例えばテツローが洋楽レビューを依頼している「Siamese Dream」というブログの管理人。テツローが長年愛読していた洋楽ブログの管理人だった彼(便宜上、テツローはSiamese Dream」の管理人を「彼」と呼んでいる)とテツローはネットでは日に何度もやりとりする相手だが、一度も会ったことはない。それどころか、男か女か、年齢はどれぐらいかすら本当のところは知らない。だがそれで仕事は回っているし、対面よりもより濃厚なコミュニケーションを可能にしている。


同時並行での打ち合わせ兼雑談のチャットがあらかた終わったあと、テツローにとっての真の仕事である、「スポーツ」が始まる。「つぶやいたー」上で可視化されたテツローの人脈リストからめぼしい女性アカウントを探す。非公開のカギ付きチャット。今日の相手は「mofu-mofu」と名乗る20代とおぼしきアカウント。押しては引く。彼女は三鷹在住で出版社のアルバイト。趣味はサブカルカフェめぐりと野外フェス。このタイプにはパターン102でいこう、テツローは伊達メガネと一番上等なスーツに着替え、待ち合わせ場所の代官山のイタリアンへ向かった。ここまでくれば、今日の「スポーツ」は半分成功だ。


■バニシング・ポイント-3


 サークルクラッシュとは

 男性の割合が極めて高い文化系サークルや職場において少数の異性が参加する事で、異性をめぐる恋愛問題によって急にサークル内の人間関係が悪化。結果的にサークルが崩壊する現象。サークルクラッシャーとは結果としてサークルを崩壊させる女性につく名称。ただし、この言葉はサークル女子を揶揄した言葉ではなく、サークルが崩壊したという事実やその主因となった男性たちへの揶揄を念頭に置いた言葉として用いられる。


12月8日、強い雨。昼休み、俺は一人でパンをかじりながら文庫本を読んでいる。学校の同級生達が話し声が聞こえてくる。

「隣のクラスに八巻カリナっているじゃん。あいつ、ヤリマンらしいよ。」

「うっそ!まじで!?八巻カリナってあのロングヘア美人でしょ?文芸部の。」

「そう、その文芸部の部長と顧問、二股らしいよ。しかも頼めばヤらせてくれるらしい」

「まじで!?俺もお願いしようかな?」


俺は自らの動揺を抑えるのに必死だった。保健室にいた彼女と、噂に登場する「八巻カリナ」がどうしても一致しない。彼女は本当にそんな人間なのだろうか。信じられない。いや、信じたくない。


5時限目。保健室に行くとそこには八巻カリナがいた。藍本先生はいない。

「八巻さん、今日はどうしたの?」

「なんとなく。テツロー君こそ、今日はどうしたの?」

「なんとなく。」

いつもの符牒をつぶやく。

「今日は藍本先生いないの?」

「勉強会だかでお昼からいないんだって。好きに使っていいって。カギ。」

カギを放り投げる八巻カリナ。動悸がおさまらない。

「今日は曲、もってきたの。一緒に聞かない?」

The Smashing Pumpkinsの『メロンコリーそして終わりなき悲しみ』何十回と聞いたアルバムだ。一つのイヤホンを二人で使う。聞いているようで俺は全く別の事を考えていた。

「ねぇ?今日、おかしいよ?」

真っ黒な瞳で見つめてくる。2曲目の『Tonight Tonight』が流れる。

「ねぇ、したいの?」

沈黙。でも、彼女は俺を受け入れてくれた。




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