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クレセント・ハート‐三日月のクレハ‐  作者: エメレンタールローヒ・スネオ
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6,箱庭

 とりあえず、色々と片付いたので牛歩のような早さですがこっそり再開しようかと思ってます。

 

 何かが抜けていく。

 心の中からゆっくりと確実に、大切なものが奪われ何かが壊れていく。


‐やめてくれ、お願いだから奪わないでくれ。


 心の中では悲鳴を上げていた。

 けれど、身体は動かなくて声もあげられなくて……大切なものが、暖かいものが消えていくのをただ感じることしか出来ない。

 抵抗したくても何も出来ずに、心を寒さで震わせながら堕ちていく。

 どこへ、だとかそういうことではなくて暖かいものを心から抜かれて自分という存在が堕ちていく。

 そんな感覚に犯されながらツバキはただ自分の中から抜けていく暖かいものを眺めていた。


『こらこら、つ~ちゃん?お母さん、じゃなくて叔母さんでしょ?』


 声、懐かしくて優しい声が聞こえてくる。

 それは昔の記憶‐自分が幼いころに経験した、ひたすらに優しい大好きな人との大切な思い出。

 その映像の中で柔和な笑みを浮かべた糸目の女性が『仕方ない子ね』と呟きながら頭を優しく撫でている。

 母親じゃない、と否定をしながらどこまでも母親のように温もりを与えてきてくれる。

 微笑んでいるその顔はどこか悲しげで、そしてその浮かべている悲しさ以上に幸せに見えるものだった。

 叔母さんは微笑う、悲しさを抱えながらも幸せそうに、心からの笑顔で笑って諭してくる。悲しいことなんてないって、大切なことを伝えるように。


『つ~ちゃん、あなたのお父さんとお母さんはあなたの名前の中に居るの。ツバキという名前の中に、ツバキというカタカナ3つの中に』


 その言葉は小さな頃に良く聴いた言葉だった。

 叔母さんと呼びなさい、と幾ら叔母さんが言っても自分の中ではお母さんで、だから間違いじゃなく『お母さん』と呼んでしまう度に聴かされた言葉。

 『お母さん』が『叔母さん』になってしまうほどに聴かされた言葉だった。

 もう言われるまでもなく分かっている言葉、寸分違わずに全てを思い出せる言葉。それを語るために叔母さんがギュッと優しく抱き締めてくる。


『つ~ちゃん、覚えておいてね?あなたの名前の意味を』


 そう言いながら、寂しくないように、傍に居るよ、と伝えるように優しく包みこんでくる。

 ツバキという名前の意味、それを教えるために。


『本当はね、あなたの名前は誰も知らないの。あなたのお父さんとお母さんはすごく名前に悩んでいてね、きっと誰もが想像できないような漢字で作られた名前のはずなんだよ?ハハ、叔母さんなんかそれを自慢されたくらいでね』


 おかしいでしょ?と、幸せそうな声音で問いかけてくる。

 顔を見せないようにギュッと身体を抱き寄せながら、楽しそうに笑う。


『だから、音だけは知ってたの。叔母さんだけじゃなくて、実は他にも色んな人に得意げに触れ回って、だけど文字だけは後で驚かすつもりだったのか誰にも教えずに』


 そして、『だから』ともう一度つづける。

 優しく慈しむような声で、悲しさを微塵も含ませない暖かな声で。

『だから、誰にも分からなかった。名前が書いてある紙も燃えちゃって、読めるのはフリガナの部分だけ。本当の名前を知っているのはお父さんとお母さんだけ、その事実を消さないために名前には漢字をあてることはしないでカタカナのまま表記したの』

 コクリ、と抱きしめながら叔母さんが頷く。

 一呼吸置くようにもう一度だけギュッと抱きしめたあと、叔母さんは身体を離してゆっくりと微笑んだ。


『そう、つ~ちゃん?あなたの名前はあなたを愛していた人が居た証、つ~ちゃんを……篠崎ツバキという産まれ出た命をお父さんとお母さんが心の底から『  』だと思っていた証なの』


 けれど、その言葉は聴こえなかった。

 その部分だけ空しく口が動くだけで、声が聞こえてこない。

 何度も聴いたはずなのに、覚えているはずなのに、何も分からなかった。

 抜き取られていた暖かいものは完全に心の中から抜けきっていて……ツバキは何を抜き取られたのかさえ分からなくなった。






‐お……起……

 ガクガクと身体を揺さぶられる。

 遠慮も何もあったものではなく、力いっぱい揺さぶられておりツバキはまず最初に痛いと思った。

 意識が否応なく覚醒させられていく。

 瞼の裏まで突き刺す眩しい光、頬を撫でる風、そこに混じるほのかに甘い匂いをツバキは嗅いでいた。

 今までのどこか現実感が無い感覚とは違い、希薄だった身体の感覚もしっかりしていて

(……夢、だったのか?)

 そう思い、ツバキは薄く目を開けようとして


「おい!起きろっ!!!」


「うっ、っ~~~」


 真上から降り注ぐ大音響に呻きを洩らした。

 あまりの大音量に耳の中がキーンと鳴る。

 どんな喉をしているんだ、とツバキはそんなことを思いながら身体を起こした。

 すると、そこは夜と朝の違いこそあれど意識が途切れる前に居た公園で、目の前には『自分で投げたバナナの皮を踏んで滑る』という神懸かり的なことをやってしまった原因とも言える白いワンピースを着た女の人が居た。


「おお!よかった、おまえ生きてたんだな!」


「うっ、いや、あんまり耳元で大声だすのやめてくれない?頭がグラグラする」


「うぇっ?あっはは!悪い悪い!心配でつい、さ!あははは!」


「うっ」


 背中をバシバシと照れ隠しのように叩かれる。

 女の子らしい華奢な腕でそこまでの衝撃はない、が叩かれ続けると地味に痛いので止めて欲しいとも思うが

(まぁ、心配をかけたみたいだし仕方ないか)

 と、そう思ってツバキは甘んじて受け入れることにした。

 女の人はとても嬉しそうな顔をしている、それだけでもかなりの心配をかけてしまったことは簡単に想像が出来る。

 何せ目の前に居る白いワンピースの人が夜にぶつかってきて、もう朝になっているのである。その時は暗くて良く見えなかったが、明るいところでじっくりと見ると意外にも女の人というより少女というくらい背が小さなことにツバキは少し驚いた。

 快活そうに爛々と輝く瞳と肩口まで伸びている金髪も妙に子供っぽさを演出している。

(って、あれ?)

 見続けているとツバキは少しばかりの違和感を感じた。


「鞄は?」


「あはは!……って、えっ?何?おまえの鞄だったらそこに転がってるじゃん?」


 今まで楽しそうな表情で叩いてきていた少女は一転して怪訝な表情になり、ツバキのすぐ横に転がっている鞄を指差す。


「いや、そうじゃなくてさ。あ~……」


 名前が出てこない、そもそも昨日の夜が初対面なので当たり前だがツバキは呼び方に困った。


「?変な奴だな、おまえ。どうでもいいけど、早く行かないと遅刻するぞ?」


「いや、どうでもよく……って、へ?今、」


‐何時?


 そう聞こうとして、ちょうど公園の中央に位置する大きな柱時計が目に入った。

(7時59分?)

 少しばかり呆然とする。

 ちなみに始業の時間まで残り20分ほどだった。


「お?おおっ?これは……」


 少しまずいかなぁ?とか、今更ながらにそんなことを思いながら呆然と頭を掻く。

 学校から公園までは5分とかからない距離、だが公園から学校となると話は別だったりする。学校から公園へ行くのが楽なだけで、公園から学校へ行く場合はとんでもなく急勾配な上り坂になっていた。

 白いワンピースの女の子がどこか呆れ顔でこちらを見つめてくる。


「なっ?けっこう、やばいだろ?私も早く行かないと遅刻だぜ……」


「ああ……それは、え~と、ご愁傷様?」


「って、なに他人事みたいに言ってんだよ!おまえも早く行かないと遅刻だって!」


「ああ、それは大丈夫。今、現実逃避の真っ最中だから」


「アホか!大丈夫なとこ一つもないじゃないか!……くそっ、おまえはいいよな。私は寮に戻って制服に着替えて鞄を持ってこないといけないってのに」


 ブツブツと呟きながら、段々と焦燥感を露わにしていく。

 ツバキはその言葉を聞いて、むしろスッキリとした気分になった。

(成るほど、鞄を置いてから来たのか)

 昨夜、目の前に居る少女はひったくりに取られた鞄を追って打つかってきたというのに鞄を手に持っていなかったのが気になっていた。

 もしかしたらひったくりにそのまま持っていかれたのかもしれない、と思って心の中で合掌をしていたのだが取り戻すことには成功していたようであった。

(何というか、心の荷がおりた気分だな)

 ウンウン、とツバキは頷きながら満足げな笑顔を浮かべた。

(何か良く分からない夢を見たりもしたけど……)

 軽く苦笑をして後頭部を撫でる。

 頭はどこも腫れていたりコブになっていたりしている不自然な部分は無かった。

 あの時、確かに死の予感をして、それを覚悟した。けれども、ぶつけたはずの後頭部はコブの一つも出来ていない。

 それにツバキは

(生きてるって素晴らしいなぁ)

 と、思う。

 意識を失って家に帰ることが出来なかったのにはまずいなぁともツバキは思う。けれど、後頭部という当たり所によっては障害が残ってしまう可能性がある部位をぶつけて何も無い、そのことにツバキは本当にホッとした。

 しかし、そんな風に生の喜びを噛み締めているところに白いワンピースの少女が呆れ顔で見つめてきていることに気が付く。


「……あ~、と、どうかした?」


「どうかした?じゃないだろ!遅刻しそうだって、さっきから私が言ってんだろ!」


「え?ああ~」


 そういえばそうだった、とツバキは言葉を聞いて何の危機感もなしに手をポンと叩いた。

 生きてるって素晴らしい、という喜びを確認していたため細かいことなどは頭からスッポリと抜け落ちていた。

 正直なところ、ツバキとしてはもはや遅刻がどうとかなどということは割とどうでもよくなってきている。

何故なら遅刻をしそうだなどということよりも生きているということの方がはるかに……そこまで考えて、ツバキの思考は停止した。

(あれ?なん、だっけ?)

 続きの言葉が浮かんでこない。

 まるで自分の中からその部分だけがごっそりと抜け落ちたみたいに、適切な言葉が頭の中に浮かんでこなかった。

 とてもモヤモヤとする。

 心の一部分、それもど真ん中の辺りに穴が空いているような空虚さが何処かもどかしかった。


「……?なんだろう」


 ポツリと呟いて、思わず首を傾げてしまう。

 何かが分からない、そう『何か』が。

 『何か』を思っているというのは分かる、けれどその『何か』‐分からない『何か』が何なのかすら分からなかった。


「ん~?……」


 思わず呻き声を洩らしながら、自分の中にある分からな過ぎることにやっぱり首を傾げてしまう。

 考えれば考えるほどに、『何も分からない』そのことだけが分かってくる。まるでその部分だけが最初から無かったかのように、何も、手掛かりの一つすらも浮かんでこない。

(おかしいな、これって凄く、すごく……?)

 しかし、そこまで考えて再び何も続きが出てこなくなった。

 いつものように、反射的に頭の中で言葉を紡ごうとして、何も頭に浮かんでこない。

 本当に何も出てこない、何か言葉を続けようとしていたのにそれが分からない。

 それにツバキは焦燥感を募らせる、そしてもっと深く思考の渦に身を委ねようとして


「って、何のんびりしてんだよ!本当に遅刻するぞ?早く動けって~~~」


 必死そうな大声に思考を遮られた。


「うおっ、って、な、何だ?いきなり」


「いきなりじゃなぁ~~いっ!さっきからずっと、遅刻しそうだって言ってるじゃないか~!おまえ、私をいじめて楽しいか~!?」


「いや、別に楽しくとも何とも……って、ちょ、何だ?危なっ」


「うるさいうるさい、早く来い!」


 グイッと手を掴まれ強引に引っ張られる。

 が、今にも走りだしそうなほど力を込めているけれど、引っ張られている方が動かないので前に進まない。

 少女はとてもじれったそうな顔をしていた。


「あぁ~、もう、とにかく動けっ!急げっ!えっと……はり~あっぷ!私は親切心でやってるんだぞ~、とにかく、お願いだから動いてぇ~!」


 グイグイとしきりに引っ張りながら、段々と涙目になっていく。

 それを見てツバキは何だか申し訳ない気分になりながら、ズリズリと2,3歩引きずられた。


「いやぁ、えっと、その……ごめんなさい?」


「何で疑問形!?誠心誠意、私に謝って早く走り出せぇ~~!」


「ん?ああ、わかった。それじゃ」


‐本当に申し訳ありませんでした。

 と、『誠心誠意』という言葉を自分なりに解釈して土下座をしようとしたところ、グイッと一際強く引っ張られた。


「分かったなら走れっ!さっさと行くぞ!」


「うぉっと、危なっ」


 勢いで2,3歩転びそうになりながら、半ば引きずられていくような形で足を踏み出していく。

 そのまま公園の出口へと向けて引っ張られていく。けれど、ツバキはどうにも心の中にあるモヤモヤとした空虚さが気になって走ることに集中できなかった。

(う~ん、やっぱり、分からないな)

 と、そう思い頭を悩ませる。

 心の中にある『何か』、その『何か』がなんなのか、それが分からなかった。その部分だけ、そこだけが抜き取られたかのように空虚な寂しさを感じるような気がする。


「……はぁ」


 ツバキは軽く息を吐いて、頭をバリバリと掻いた。

(……まぁ、いいか)

 ぼんやりと、そんなことを考えて思考を中断する。

 走ったままでは上手く考え事に集中することが出来なかった。

 チラリと、ツバキは自分の手を引っ張りながら走る白いワンピースの少女を一瞥する。

 曰く、遅刻しそうだからと親切心でやってくれているらしいが

(多分、違う学校だよなぁ)

 ツバキは目の前で走っている少女に見覚えは無かった。

 同じ学校に通っている人間なら詳しくは知らなくても何となくは分かってくるものなのに、目の前で走っている少女には全く心当たりが無い。

 髪の毛も綺麗な金色で、あまり見かけない目立ちそうな容姿をしているというのに心当たりの1つも無い。

 だから、おそらく公園を出たら別れることになるんだろうなぁ、とツバキは思った。

(確か、坂の下にも1つ学校があったよな?どんな名前だったっけ?)

 走りながらボンヤリとどうでもいいことに思考を巡らす。

 近くの学校など欠片も興味が無かったため、名前はいつまで経っても頭の中には出てこなかった。

(まぁ、いいか。とりあえず、そこまで、だな。そこからはもう会うこともないかな)

 ウンウンと頷く。

(さようなら永遠に、フォーエバー。君のことは忘……れるだろうなぁ、人のこととかはあまり覚えないし)

 そんな風に若干アホなことを考えながら走っているうちに公園を出て坂へと差しかかった。

 上る前に上る気が無くなるほどの急勾配で、坂の終わりが非常に小さく見えるほどの距離。

(下へ降りてくんだったら、すごい楽なんだけどなぁ……)

 そう思い、少し呆然とする。

 やる気を最低限まで低下させながら、ツバキは少女と別れて坂の上へと上るため握られた手を離そうとして……少女は当然のように手を引っ張りながら坂道を上った。


「あれ?」


 思わず、そんな声が口から出てしまう。

 自分の想像とは明らかに違う展開だった。


「っ、はぁ……どうか、したのか?」


 呟きを耳にした少女が苦しげに息を吐きながら言葉を掛けてくる。

 体力があまり無いのか、それほどの距離を走っているわけではないのにもう息が上がっていた。

 こいつ大丈夫なのか?と、そんなことを思いながらもあまり気にしないで素直に疑問を口にする。


「あ~、あんた、同じ学校だったのか?」


 すると、少女はキョトンとした表情になって


「はぁ?っ、何を、当たり前のこと言ってんだよ?変な奴だな、おまえ」


 そう言って、不思議なものを見るかのような視線を向けてくる。

 何でそんなことを言うのか意味が分からないというような表情で。

 ツバキはそれに微妙な気分になった。

(いや、当たり前って、そんなことを言われても)

 ボンヤリとした気分のまま、チラリと自分の姿を見る。

 昨日、意識を失う前と変わらない詰襟の学生服。

 いくら白いワンピースの少女にとって当たり前のことであってもツバキには当たり前のことではなかった。

 恐らくこっちが制服を着ているから向こうには同じ学校だと考えるまでもなく分かったのだろうが、こっちとしては自己紹介をされたわけでもないので分かるわけがない、とツバキはそう思って更に微妙な気分になる。

 少女の方は変わらず呆れ顔でこちらを見ていた。


「はぁ、っ、ふぅ、本当に何を言ってるんだか、だいたい学校なんて……ん?ああ、そういうことか」


「?」


 つまり?とツバキはそんなことを言いたくなった。

 得心がいったという表情を浮かべて、少女が言葉を途中で止めて自己完結する。

 自己完結されて向こうは分かっていても、言ってくれなければこちらには分からなかった。

 少女はそのままハハッと苦笑を浮かべながら無表情な顔で言葉を続ける。


「実は私、さ……1週間前にここへ来たばっかりなんだ。だから、ちょっと騒がれたりもしたけど、知らないのも無理はないな」


「……ああ、成るほど」


‐なら、知らないな。


 と、言葉を聞いてツバキは心の中で納得をした。

 目立つ容姿で同じ学校に通っているというのに全く知らない理由。

 1週間前にここへ来たばっかり‐つまり転校生、少し騒がれたとも言っているが恐らく転校生特有の話題性からくる類の物だろうとあたりを付ける。

 ツバキとしては元々そういった一時の流行みたいな話題には興味がなく、それどころか学校でやっていることなど最低限のノートを取り、寝て、幼馴染に振り回されるとそれだけの記憶しかない。

 1週間前なんて少し前に来たばかりの人間なんて知ってるはずが無かった。

(ふむ、それで昨日の夜は1週間前に転校してきたばかりなのにひったくりに遭った、と)

 不憫だな、と他人事のように心の中で呟いてツバキは軽く苦笑した。


「まぁ、なんというか、頑張れ」


 息を切らしながら走る少女に色々な意味を込めてそう言う。

 前を走る少女はもう息絶え絶えといった様子で、もはや手を引っ張って走っているというよりただ単に手を繋いでいるような状態だった。

 苦しげに息を吐きながら、少女はやっぱり呆れ顔でこちらを見て言う。


「はぁっ、もぅ、その頑張れって、ものすごく薄っぺらく感じるぞ?」


 そう言って、ハハハッと力なく苦笑をする。


「ふぅん、まぁ、気持ちがこもってないからなぁ、そりゃ薄っぺらくも感じるんじゃない?」


「あははっ、はぁ、そういうことは隠しとけって、身も蓋もない……あははっ、ったく、本当に変な奴だな、おまえ」


「そうかな?いたって普通の人間だと思うけど?」


「ははっ、それは、気のせいだ。それに普通の奴は、自分から普通だなんて、言わないって」


 少女はハハッと今度は楽しげに苦笑を洩らして、苦しげに息を吐いた。

 その言葉は一片の迷いもない即答で、ツバキはパリパリと頬を掻く。

(普通だと、思うんだけどなぁ)

 そう思って少しばかり憮然とする。

 幼馴染からも毎回『馬鹿』だと言われるし、今は『変な奴』だと言われるし何でなんだろう?

 と、ツバキは心の底から疑問に思った。


「ふぅん、こんなに平々凡々な奴は居ないと思うんだけどなぁ」


 思わず本音が洩れ出てしまう。

 心からの一言だった。


「ぷっ、くっくく、あははははははっ、っ、はっはは」


 瞬間、隣から笑いが巻き起こる。

 同時に、繋がれた手にかかる負荷が急に増した。

 ただでさえ息を切らして速度が遅かったというのに、笑っているからよろめいている。

(……何故?)

 理不尽だ、とそんな感想をまるでいつもの時みたいに思ってツバキは少し微妙な気分になった。

 グイと少女が少しだけ顔を近づけてきて笑う。


「っはは、その顔、本当にそんな風に思っているんだな」


 ハハハと、ヨロヨロよろめきながら顔を見て可笑しそうに笑う。

 ツバキはそれをチラリと見て、パリパリと頬を掻いた。

 何で笑われているんだろう?

 と、心の底から疑問に思い微妙な気分になる。


「あ~、本当にそんな風に思っているというか、厳然たる事実を言ってるだけだと思うけど?」


「ぷっ、くくく、はぁっ、っ、苦しい……たく、疲れてるのに、笑わせるなって、遅刻、するだろ、ふぅ」


「……」


 とりあえず頭に浮かんだことをツバキは口にしてみたが即座に一蹴されてしまった。

(……何でだ?)

 ボンヤリとそんなことを思ってから、ツバキはとりあえず繋がれた手を引っ張り足を動かした。

 理不尽だと、もう走るのやめてやろうかと、そうは思う部分が頭の片隅にあるが、チラリと見ればすぐ横に居る少女が『どうしても遅刻するわけにはいかない』と今まで頑張っていたのだから遅刻をするわけにはいかない。

 そんなことは、そう

(何か負けたような気分になるよな)

 だから、遅刻をするわけにはいかない。

 成り行きとはいえ遅刻をしないために走っていたというのに結局は何の意味もなく遅刻をしてしまう、そんなことになってしまうのは負けなような気がする。今までやってきたことを結果で否定されるのは完全な敗北であるような気がして絶対に嫌だった。


 本当に何で笑われているのだろう?


 と、心の中では少し疑問に思い微妙な気分にはなるが別にそれは割とどうでもいいことだった。

 こんなにも普通の人間は居ないというのに、とかそんなことも言いたくなるが別に嫌な感じでは無いから無視をして足を進める。

 それは幼馴染と過ごす時間‐珍妙でどこまでも自分が振り回される『理不尽だなぁ』と思う暖かい時間に空気が似ていたから。

(転校したばかり、だったか。あいつと会ったら案外仲良くなるかもなぁ)

 ハハッと苦笑をして、ツバキは真っ赤な顔で怒鳴ってくる幼馴染の顔を思い浮かべた。

 グイグイと手を引きながら坂を登っていく。

 手を引っ張って走っているおかげか、幾分か息を整えることが出来たらしく後ろからは段々と少女の苦しげな吐息が聴こえなくなった。


「……ぇへへっ、何というか、本当に変わったやつだな」


 後ろで手を引っ張られながら少女が笑う。

 本当に心の底から楽しそうな声音で明るく笑う。

 まだ言うか、とツバキはそう思って苦笑をしながらもとりあえず黙って足を動かした。

(本当にあいつと過ごす時間にそっくりだな)

 と、少し暖かい気分になりながら。

 正直なところ別にココナッツを素手で割ることに情熱を燃やしているわけでも、ブリッジをしながら『逆立ちしてま~すっ』と叫んだりしているわけでもないので非常に普通の人間だと思うのだが、言ったとしても無意味な気がしたので何も言わなかった。

 少しばかりの苦笑だけをして、無言のまま少女の手を引っ張っていく。

 急勾配の上り坂で景色だけがグングンと入れ替わっていき、段々と目標地点である学校の姿が大きく見えてくる。

 学校のシンボルとも言われている時計塔‐無駄に高い10階立ての頂点にある割には時計が微妙に小さいため針がよく見えないという存在意義を疑う建造物、それがよく見える。

 相変わらず時間は分からないが、とりあえずあと少しで学校に着く、というところで不意に何故か少しだけ手が強く握られる感触がした。


「……?」


「ぁっ、っ、あはは……」


「?」


 気まずそうな笑い声、それだけが聴こえてくる。

 それは不意に出てしまった自らの行動を隠すかのような笑いだった。

(何だ?)

 疑問に思い、チラリと目だけで後ろを確認する。

 少女はそれに気付いた様子もなく、少しだけ頬を紅くして再びギュッと手を強く握った。

(……?)

 疑問に思いながらもとりあえず視線を前に戻してから考える。

 どういうことなのか、ツバキには意味が分からなかった。

 何やら恥ずかしそうに顔を赤らめて手を強く握ってきたわけだが、まるきり意味が分からない。

 疑問に思いながらツバキは少し考える、が判断材料もないし本人でもない。分かるわけが無かった。

(ふむ……まぁ、いっか)

 別にどうでもいいし、と少し考えて投げやりに自己完結をする。

 坂の終わりは近い、もう学校はすぐ傍まで来ていた。

 きっとそこまでの関係。

 学校に着いたらハイサヨウナラで会う機会も皆無であることは想像に難くない、だから気にしても仕方がない。

 と無関心を決め込んでツバキはひたすらに足を動かした。

 驚くほどに何も感じない。

 身体は確かに疲労しているし汗もダラダラと流れてくる。きっと校門まで着いたら今感じている重みも温もりも二度と感じることは無いんだろう、とそんな感傷的なことを頭の片隅で考えてはいるが、それでも何も感じない。むしろ何故か爽快な気分があった。

 運動したあと特有の爽やかな気分、正確にはまだ終わってはいないが終わりは近い。

 もう正門に書かれている学校名が視認できるほどの距離だった。

 もうすぐゴール、手が離れて、お別れ‐二度と会うこともないだろう。仮に会ったとしても会釈などをする程度で、『そんな人も居たなぁ』という記憶の片隅に残るくらいの関係性になる。


『きっと』


 と、確信に満ちた推測を頭の中で考えてツバキは内心で首を傾げた。

(……何か変だな?)

 何も感じない、そのことに疑問を持つ。

 今、自分でも自覚をしてしまうほどに自虐的で寂しい‐哀しげなことを考えているというのに何も感じていない。寂しい、とそう感じる思考なのに。

 何とも思っていない。

(いや……)

 何か感じているような部分はある、そんな気がする。けれど、それが何か?どういうものなのか?ツバキには全く分からなかった。

 まるで『そこだけがゴッソリと抜け落ちているように』


「……っ」


 瞬間、少し前に見た光景が頭をかすめた。

 恋する少女のように甘く紅潮させた頬で、それとは反対の嗜虐的な冷たい笑みを浮かべた有り得ない美貌を湛えた女の子がズブズブと胸に手を押し込んでくる現実感の削がれている夢みたいな光景。


『あなたの一番を私の為にあなたが捧げてね?』


 と、綺麗な目でそんなことを言っていた光景。


「……は、ははは」


 走りながら思わずポリポリと頬を掻く。

(何を夢のことなんか真剣に考えてるんだろうな)

 何だか可笑しくなって、ツバキは少しばかり馬鹿らしくなってきた。

 夢は所詮『夢』、脳が見せる幻のようなものであって『現実』じゃない。無意識の内に望んでいることの表れだという話もあるが、所詮は夢で現実に起きたことではない。

(まったく、だから馬鹿だって言われちまうのかもしれないな)

 ハハハッ、ともう一度だけ思考を締め出すように笑いツバキは真っ赤な顔でけなしてくる幼馴染の顔を想像した。

そして昨日の帰り道からずっと気を失っていたせいで一緒に登校することが出来なかったことをどんな風に言い訳しようか頭を悩ませる。

(何故かは知らないけど朝一緒にいけないと、あいつ機嫌が悪くなるんだよなぁ)

 どうしたもんかなぁ、とそんなことを考えて結局は言い訳も思い付かないまま門の前へと到着してしまった。

 繋がれた手がほどけていき、少しばっかりグッタリしている金髪の少女は息を荒げて呼吸を整えていた。顎先から滴り落ちる滴が道路を濡らしていく。


「ふぅ、っ、はぁっ」


「……あ~、意外と早く到着しちゃったなぁ」


 おそらく始業のチャイムはまだ鳴っていない、遅刻は免れた。

(どうしようかなぁ……)

 ボンヤリと呆けた頭でそんなことを考える。

 言い訳が未だに思い浮かんでいない、ツバキとしてはそこだけが問題だった。

 ありのまま語ってもいいような気がしないでもないが、過度な心配をさせてしまうような気がするため何だかこそばゆい。

(ふぅむ、まぁいっか)

 ウンと一度だけ頷く。

世の中には『臨機応変』という先達の残した偉大な言葉があるのである、本人に会うまでの間に何か考えておこう。と、ツバキは行き当たりばったりなことを考えて自己完結をした。


「っ、はぁ、はふぅ……はぁ、お前、さっきから何1人でブツブツ言ってるんだ?」


「へ?あっはは、いや何でも無い。ちょっと言い訳はどうしようかなぁってさ」


「いいわ、け?」


 ポツリと呟いて、少女が首を傾げる。

 そして、チラリと時計が小さすぎて見えない時計塔の方を見て安堵の息を吐いた。


「ははっ、大丈夫だよ。まだチャイムは鳴ってない、というか……うん、けっこう余裕があるぞ?ははっ、お前が頑張ったおかげだな」


 ニッコリと眩しいくらいの笑顔をこちらに向けてくる。

 それにツバキは曖昧な表情で苦笑を洩らした。


「あ~、はは……」


 ポリポリと自然に頬を手で掻いてしまう。

 説明をしていないので当たり前のことなのだが、認識に決定的なズレがあった。

(そういうんじゃないんだけどなぁ……まぁ、いっか)

 別に説明をしても仕方がないし、と心の中で自己完結をする。

(……というか今、あの時計で時間を確認したのか?)

 そんなことよりもツバキとしては『時計塔の時計で時間を確認した』という事実の方が驚きであった。

 『説明をするか否か』ということよりも『視力は一体いくつあるのか?』ということの方が気になって仕方がない。

 チラリと同じように時計塔へと目を向けてみるが、ツバキには全くと言っていいほど時間の把握が出来なかった。

 せいぜいが時計の形が分かる程度、針は遠すぎるのと時計が妙に小さいのとで上手く見えない。

『存在意義を疑わざるを得ない』

いつ見てもそんな感想を抱く代物であった。

思わず目を細めてしまう。


「う~ん……何分なんだ?」


「ん?見えないのか?今、8時14分くらいだぞ?」


 チラリと当たり前のように少女が時計の方を見て時間を口にする。目を細めたりする様子もなく、普通に見えているようであった。

 口調自体もどこか当然のことを答えるような感覚。

(……って、ん?14分?)

 ボンヤリと頭の中で時間を確認して、少女が余裕そうに立っている姿に違和感を覚える。

 覚えている限り、始業のチャイムが鳴る時間は8時20分。

HRが始まるまで残り6分の時間だった。

のんびりしてる暇はほぼ無い。


「っ、まずい、かなぁ……」


「?どうかしたのか?」


 思わず呟いてしまった言葉に、キョトンと首を傾げる少女。

 何でそんなに余裕そうにしているんだ、とツバキはそんなことを言いたくなった。

 少女は汗だくで未だに制服ですらない白のワンピースを着たまま。汗のせいか身体のラインがくっきりと浮き出ている。

 どちらにせよ着替える必要があるということは明白。

 これから何処にあるか知らない寮へと戻って着替えてから教室へと向かうのであろうが、どんなに考えを巡らしても明らかに間に合わない気がした。

 

「そっちは急がなくていいのか?」


「ん?そっちは急ぐのか?」


 質問に対してまるでオウム返しのような質問が返ってくる。

 その顔はとても穏やかで、急いでいるような様子はどこにもなかった。

 授業開始までは残り6分。

 この場所―校門から教室まで行くのにはどんなに急いでも4、5分はかかる。

(……間に合うあてがあるのか?)

 教室が近くにあるとか?

 しかし、仮にそうだったとしても少女が今から間に合う気はしなかった。

 どこにあるのかは知らないが少女は寮に寄って制服へと着替えてから向かわないといけない。

(間に合わないと思うんだけどなぁ……)

 ボンヤリとそう思う。

 というか、既に自分自身が間に合う気がしなかった。


「……まぁいいや、こっちは急がないと間に合いそうにないから先に行くよ」


 シュタッと手を軽くかざしてから、校舎へ向って走り出す。

 少女が何故こんなにのんびりしているのか気にはなるが、そんなことに構ってる暇は無かった。

 急がないと間に合いそうにない。


「へ?って、あっ、おい!ちょ、ちょっと待てよ!」


「悪い、無理だ」


 後ろから呼び止められる、が即答して構わず足を動かし続ける。

 ツバキが在籍するクラスの教室は3階。

 HR開始まであと6分……否、もう6分も無いのかもしれない。

 構っている暇は無かった。

 しかし、


「無理じゃない!ちょっと待てって」


「っ」


 グラリと体勢がよろめく。

 少女に後ろから腕を掴まれてたたらを踏んだ。

(何で呼び止めるんだ?)

 急がないと遅刻しそうだというのに、少しばかりもどかしい。

 このままで遅刻は必至。

(……困ったなぁ)

 ボンヤリとそんなことを思いながら、ポリポリと頭を掻く。

 まぁこんなこともあるだろうなぁ、とかそんなことを考えながら別に何とも思わずにツバキは少女の方を振り向いて……少しばかり固まった。


「……ん?」


「あっ、その……ごめん。急いでるんだってことは分かってるんだけど、どうしても聞いておきたいことがあって」


 若干顔を紅くしながら申し訳なさそうに少女がそう言う。

 さっきまでとは違って急に元気をなくした少女、伏し目がちにこちらを伺う瞳は何か縋るように濡れていた。

 突き放したら壊れてしまいそうな、そんな瞳。

 声も、それまでのどこか勝気な自信たっぷりのものではなく、どこか頼りなさげな弱々しいものだった。


「あぁ~、と、何?」


 混乱して、思わずそんな意味の分からない漠然としたことを言ってしまう。

 ツバキにはよく分からなかった。

『一期一会』

 別れたらそれで終わり、たった十数分ほどの付き合いしかない人間に何故そんな顔を向けてくるのか?

(まぁ、一期一会って、あなたとの出会いの一時は二度と巡ってこない一度きりのものです。だから、この一瞬を……一瞬、を……あれ?)

 そこで違和感。

 言葉が出てこない、思考が中断してしまう。

 意味をしっかりと知っている、そのはずなのに続きが出てこない。

 奇妙な感覚‐知っている、知っていたはずなのにゴッソリと抜け落ちたように何も出てこない。

 それに『変だなぁ』とか、内心で首を傾げながらツバキは少女をボンヤリと見つめた。

 少女は少し気まずそうな顔をしながら、拙い、傍目からして無理をしていると一目で分かる苦笑いを浮かべて掴んでいた手を離す。

 

「あ、はは、えと、悪いな。大したことじゃないんだけど、その、名前を聞いておこうと思って、さ」


「あぁ、そうなのか?」


「ぅん、そう、なんだ」


 あはは、と今度は少し気恥ずかしそうに少女が笑う。

(ふむ、成る程)

 何というか……律義っていうのかな?

 ツバキはボンヤリとそんなことを思う。

 たった十数分の出会い、普通なら『それじゃ』って言ってそのまま名前なんて気にもしないで去っていくだろう。というか、実際にそうしようとしていた。

 むしろ、現在進行形でそのまま校舎へと駆け出したい気分だが。

 いい加減、急がないと遅刻は免れなくなってしまう。

 少女は気恥ずかしそうな赤い顔のまま、一度コホンと咳払いをした。


「……私、樹乃宮きのみや 唯莉守いりすっていうんだ!名前を教えて貰ってもいいかな?」


 二コリと少女‐樹乃宮 唯莉守は笑顔を向けてくる。


「ん、ふむ、え~と、篠崎ツバキ」


「そっか、これからよろしくな!ツバキ!私のことは唯莉守でいいからな!」


 そう言って、眩い本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた唯莉守は一度引っ込めた手をもう一度差し出した。

(イリス……あまり聞かない名前だなぁ)

 ボンヤリとそんな割かしどうでもいいことを考えながら、とりあえず握手に応じる。

 すると、もっと嬉しそうな笑顔を咲かせて満足そうに頷いた。


「……ぇへへっ、ぅん」


 一度だけキュッと強く手を握って、唯莉守の手が離れていく。

 洩れ聞こえてきた幸せそうな声はか細くて繊細な、これまでに見たどこか勝気な感じのする唯莉守とは正反対に思えるようなものだった。

 少し離れて唯莉守が一息つく。


「……うしっ、それじゃ私は寮に行って準備をしてくるから!また会おうな!ツバキ!」


「ん、ああ、そうだな」


‐会うことがあるのかな?

 内心でそんなことを思いながら、とりあえず返事をする。

 唯莉守はその言葉に一度だけヒラヒラと手を振って、校舎のある方向とは別の方向‐おそらく寮のある場所へと向かって走り去っていった。


「……ふむ」


 よく分からないな。

 と、ボンヤリしながら思わず頬を掻いてしまう。

 同じ学校とはいえクラスは違うクラス、少なくとも自分のクラスに転校生が入ってきた記憶などはない。そのうえ学年が同じかすら分からない。

 また会うとは到底思えなかった。

 学校というのは狭い枠組みのように思えるが、意外と広い。

 同じ学校なんて広いコミュニティなどは共通点にすらならない。少なくともツバキはそう思う。

 それなのに十数分の付き合い程度しかない人間に、あんな縋るような瞳で名前を聞いてくる意味が分からなかった。

(……ふむ、一期一会)

 この言葉、思い出せない……というか欠片も出てこない意味の部分が何か関係しているような、そんな気がする。

 けれど、『そんな気がする』というただそれだけで、やっぱりゴッソリとその部分が抜け落ちているようにそこだけ何も出てこなかった。

 意味なんてとっくに知っているはずなのに。

(……痴呆症かな?)

 そんな馬鹿な、と心の中で突っ込みを入れながら校舎に向かって走り出す。

 色々と分からないことが多くてどうもスッキリしないが、

(まぁ、後で考えるか)

 と問題を後回しにしてツバキは足に力を込めた。

 とにかく今は一刻を争うのだ。

 急がなければ遅刻は免れない。

 考えるのは一息ついてからでも遅くはないだろう。

 ツバキは楽観的にそんなことを考えて、ひたすらに走り続けた。

(あとは、まぁ、言い訳を考えないといけないなぁ)

 ボンヤリと真っ赤な顔で詰め寄ってくる幼馴染の姿を想像して苦笑する。

 一緒に登校することが出来なかった言い訳、何故だか知らないが一緒に登校できないと不機嫌になる彼女への言い訳を考えなければいけなかった。

 ありのまま言うのが一番楽なんだろうが、わざわざ余計な心配をかけることになるのも心苦しい。

(どうしたもんかなぁ)

‐何か、自分自身には非がないようで不可抗力な仕方のないことだと思わせるような上手い言い訳は無いかなぁ……

 と、少しばかり虫が良すぎると自分自身ですら思ってしまうようなことを考えながらツバキは全力疾走のまま校舎内に駆け込んだ。


 唯莉守……自分で言うのも何ですが、アレな名前ですねwいや、個人的には気にいってますけどね。

 ちなみに妹は卯璃栖と書いてウリスちゃんです。……みたいな、当て字も甚だしいネーミングですね。つい最近までエリスまでは何とか聞けるけど、オリスは……とかそんなことを考えていました。

 これからは色々なものを含めて細々と更新をしていこうと思っています。

 もし読んでくれてた方がいらっしゃったのであれば、遅くなって本当に申し訳ないと思っております。

 それでは。

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