5,微笑
再びの超展開です。
そういったものが苦手な方は見ない方が良いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
哄笑。
どこか靄がかかったような現実感の伴わない世界の中で、ツバキが最初に認識したものはそれだった。
視界の中央では綺麗な、異常と言えるほどに綺麗な容姿の女の子が笑っている。
それは少女というには身体が成熟しすぎている、けれど大人というには表情が幼すぎる矛盾した可憐さを持ち合わせた女の子だった。
「ふふ、あははははっ!本当に、あなたには驚かされてばっかりね?ツバキくん」
ニッコリと愛おしげに名前を呼びながら、甘くささやくように幸せな笑顔で言葉をかけてくる。
‐何で名前を知っているんだろう?
ツバキは言葉を聞いて当然の疑問を抱いたが、それを口にすることが出来なかった。
身体の感覚がどこか希薄で、口を動かそうとしても力が入らず、声を出そうとしても喉から音が出てこない。
そんな様子を見てこちらを愛おしげに見つめているその人は、名前も知らない瑠璃色の長い髪をした人が小さく笑った。
実際には身体の一部も動かせていないはずなのに、クスリと小さく笑った。
「ふふ、ツバキくんは私のことが気になる?……ううん、気にしてくれてると私は嬉しいな。だって、私はいつもあなたのことばかり考えていたもの」
そう言って、熱っぽい、髪の色と同じ瑠璃色の綺麗な瞳を向けてくる。
その言葉は1人で完結しているような物言いで、独白なのか、考えたことに対して反応したものなのか、ツバキには良く分からなかった。
けれど、分からないのは自分ばかりでその人は全てが分かってるかのような顔で幸せそうに言葉を続けてくる。
「ふふふ、それにしても本当に驚いちゃったな。私はどんなに長い時間になったとしても待とうって、そんなことを思っていたのに……ふふ、そのすぐ後にだなんて」
と口元に手を当てて上品に、傍から見ても明らかなほどに幸せそうに笑って、その人はこちらに向かって手を伸ばしてくる。
瞳はこちらを熱っぽく見つめたまま、喜色満面といった表情でゆっくりと近づいてきた。
幸せそうに頬を紅く染めて、愛おしそうに白くしなやかな指で頬へと触ってくる。
そして、
「……ふふふ、暖かい。声を届けることも、触ることも出来ず、見ることしか出来なかったのに、こうしてあなたに触れることが出来る」
そう、頬を撫でながら唇が触れ合ってしまいそうなほど近い距離で嬉しそうに甘く囁いた。
そのままゆっくりとしなだれかかってきて、もう一度『暖かい』とそう呟く。
本当に幸せそうな顔で、蕩け切った表情で身体を委ねてくる。
けれど、ツバキは何も感じなかった。
その白くしなやかで華奢な指で頬を撫でられても、その豊かな胸が柔らかく身体と身体の間で形を変えても、何の感触も伝わってこない。
どんなにその人が、その不自然なまでに美しい人が密着してきてもツバキには何も伝わってこなかった。
そして、その指が愛おしげに唇を撫でてくるが、やはり何も感じない。
「ふふ、このままずっと一緒に……というのも魅力的だけれど、そういうわけにもいかないわよね」
と、少し名残惜しそうに呟いてから身体がゆっくりと離れていった。
まるで余韻に少しでも長く浸るように、身体の密着面をゆっくりと減らしながら離れていく。
「今、私はあなたの温もりを感じることが出来るし、声も届けることが出来る。けれど、あなたはこちらが見えて聴くことが出来るだけで感覚がないものね」
ふふっ、と少し悲しげに笑って身体は完全に離れていった。
「でも、まぁ仕方がないことなのよね。そういう状態でなければ、引っ張ってこれないのだから」
そう言って、やはり少し悲しげに笑う。
一体どういうことだろう?とツバキは疑問を抱くが、やはり質問をすることが出来なかった。
「ふふ、これ以上ここに置いておいたら放り込む気が無くなっちゃいそうだから手短に済ませないといけないわね」
クスリと寂しげな笑顔で、良く分からないことを言って、いったん離れた身体を再び近づけて右手を胸の中央に置いてくる。
そして、もう一度だけニッコリと幸せそうな笑顔を浮かべて語りかけてきた。
「ツバキくん、あなたはこの場所でこの光景を眺める前に遭った出来事を覚えているかしら?」
と、笑顔でここに来る前のことを確認してくる。
ツバキはその言葉を聞いて、ここに来る前に遭った出来ごとについて思い出そうとしたが、その前に言葉を続けてきた。
「ふふ、と言ってもツバキくんは私に返事をすることなど出来ないけれどね……そう、あなたは死に瀕したの、自分が投げたバナナの皮で滑って後頭部を打つという私でもびっくりしちゃうような……驚きの結果で、ね」
そう言って、クスリと少し可笑しそうに笑う。
「そして私はその瞬間に、あなたが死に瀕した、そのときにこちら側に引っ張ってきた。あなたの死を否定した、と言ってもいいかもしれないわね……ふふ、何て言ってもツバキくんにはわからないよね?」
ニッコリと最後だけ甘くささやくように呟いて、微笑みかけてくる。
それはとても優しくて、花が咲くかのような笑顔だった。
そして、こちらの答えなど最初から求めていないかのように、何事も無かったかのように言葉を続けていく。
このとき、ツバキは違和感を感じた。
何も感じないはずの、少なくとも先ほどまでは何も伝わってこなかったはずの胸に乗っている右手の部分から熱を感じる。
「だから、結果と方法だけを告げるね?細かなことは自分の力で確かめて。ふふ、あなたは世界には戻れない。何故なら、死にかけのあなたを助けた私が箱庭へと放り込むから……そして、その為にはあなたから貰わないといけないものがあるの」
言葉がいったん途切れる、それと同時にグッと胸に乗っている右手に力がこもった。
その部分はとても熱い、身体の感覚が希薄で現実感が無くて何も感じないはずなのに、そこだけが妙な現実感をツバキに与えてきていた。
「ふふ、幸いあなたからは死の直前の想いを抜き取らなくても問題ないみたいだから、あなたから代価として貰うものは1つだけで済むみたいね」
ふふふ、と今までのものとは違う嗜虐的な笑みを浮かべて笑う。
今までの可憐と思える笑みとは真逆の冷たい笑みを浮かべて、右手に力を込めていく。
力を込められれば込められるだけ際限なく、その部分は熱さを増していき、やがてズブリと中へと入っていった。
「ふふふふふ、あなたの一番大切にしているもの……あなたが心の中で宝物としているものを代価として貰い受けるの。あなたの一番を私の為にあなたが捧げてね?」
冷たい笑みを浮かべたままズブズブと右手だけを押しこんでいく。
それは非常に不気味な状況だったが、痛みだとか、そういったものは無かった。
ただ熱い、そこが大事なものだと主張するようにただ熱を帯びているような感じがした。
ズブズブと手を押し込んで、やがてピタリと止まる。
そして、冷たいと感じる表情を緩めて、今まで見ていたのと同じ優しい微笑みを浮かべて
「ツバキくん、箱庭では心が力になるの。だから、これからも変わらずに私とあなたの為に頑張ってね?私の大好きな愛しいツバキくん」
と、蕩けるような甘い声でそう言って、手を最奥へと突き刺した。
いわゆる導入部の終了といったところでしょうか。
超展開過ぎて、魔女さんの出番はあまり増やさない方が良いのでは?
と、そんな危惧を抱きはじめていたり……そして詳しい説明もしてくれないという不親切設計!流石は魔女!そこに痺れる!あこがれ(ry
……はい、すみません。
説明はぽつぽつと話の中で入っていく予定です。