4,旗折師‐内情‐
もう出番は殆どないつもりでしたが、もう少し出張ってもらうことになりました。
行き当たりばったり……否、臨機応変と言いた(ry
夜空に三日月が輝き、世界が完全に瑠璃色へと染まった頃合い。
少女は自分の部屋を照らす無機質な電灯の光を真っ赤な顔で眺めていた。
「……うぅ~」
意味もなくベッドの上で足をバタつかせながら、呻き声を洩らす。
その動きに合わせて腰のあたりまである漆黒の長いサイドポニーが揺れていた。
(けっきょく、いえなかった)
放課後というには遅すぎる時間帯、その時のことを思い出し瞳の端に涙が溜まる。
彼女はあまりの情けなさに自らの顔を両腕で覆い隠した。
(……言おうって、頑張ろうって……そう、決めてたのに)
結局、伝えることが出来なかった。
その事実だけが頭の中を駆け巡り、自分自身を打ちのめしてゆく。
両の腕で塞がれた暗い視界の中で伝えることの出来なかった想いが心の奥底から滲み出てきて、彼女は無性につらくなった。
『ツバキのことが好き、これからもずっと……離れることなくずっと傍に居て欲しい』
本当はそんな想いを伝えたかった。
大好きだと、恋人になって欲しいと、そう言いたかった。けれど、結局何も、抱いている想いの一欠片すらも言葉にすることが出来なかった。
「くぅ……ばかぁ、よわむし、いくじなしぃ」
ポツポツと力の入らない声で責め立てる言葉を口にする。
頑張るって決めても、伝えるって息巻いても、想いの一欠片も告げることが出来ない臆病な自分を責めたくて次々と思いつく限りの罵声を口にする。けれど、そのどれもが真に自分を打ちのめすことはなく一つ口にするたび心が空しくなっていった。
どんなに自分を責めても『何も伝えることが出来なかった』という事実は変わらないから。
(……ツバキは、どんな言葉でも受け止めるって、そう言ってくれたのに)
弱くて怖がりな自分は逃げてしまった。
最後の最後、『好き』とそこまで言ったのに……もし断られたら、他に好きな女の子が居たとしたら、そんな想像が次々と頭をかすめていき本当に最後の一歩というところで言葉を違う方向へと翻してしまった。
それはもう反射的に考える間もなく、馬鹿みたいに馬鹿なことを大声で叫んで、意味不明なことを口走って逃げてきた。
そんな弱くて卑怯な自分自身に情けない気持ちでいっぱいになる。
加えて屋上から去るとき捨て台詞みたいに口走ってしまった言葉が心の中に深く突き刺さっていた。
『あんたのことなんか、本当に何とも思ってないんだからね!』
と、その場の勢いだけで口にしてしまった言葉が頭の中で反響する。
(嘘、嘘だよ……本当は、ほん、とうは)
そんなことなど欠片も思っていないのに、それどころか1日中ツバキのことばかりを考えているというのに……その気持ちにすら嘘をついてしまった。
本当は2時間以上は確実に待たせているはずなのに『1時間以上』と曖昧で適当な優しい嘘で迎えてくれたツバキに、自分が逃げる為だけの卑怯な嘘を。
それは弱さ、そんな弱すぎる自分自身に嫌な感情ばかりが湧いてくる。
何て最低なんだろう、と伝えることが出来なかった想いに思いを馳せて彼女は苦しくなった。
「……ツバキ、好き、だよ……あたしは、あんたに、ツバキにずっとずっと傍に居て欲しいの」
ポツリと言いたかったこと、伝えたかったことを口にしてみる。
簡単だった、思った以上に簡単なことだった。
けれど、それを、そんな簡単なことすら出来なかった。その事実が突き刺さる。
本番で出来なければ意味が無い、面と向かって伝えられなければ意味が無いのである。
「こんな、こんな弱くて小さいあたしが好きだって言っても、ツバキは応えてくれるのかな?」
呆然と、不意に頭をよぎった疑問を口にする。その答えがどちらなのか、分かる気はするけれど分かりたくなかった。
自分ですらこんな自分自身が嫌だと、そう思うのにツバキは好きだと応えてくれるだろうか?と。
答えはおそらく、少なくとも自分だったらと考えると簡単に答えが出てくる。
(あたしは、あたしだったら答えはやっぱり……)
そこまで考えて彼女は頭をブルブルと横に振った。
「大丈夫、きっと、大丈夫」
心を落ち着けるように、呪文を紡ぐかのように一つの言葉を繰り返す。
自分で考えたら答えはもう決まっているけれど、その答えはツバキに委ねられている。だから、これ以上は考えても仕方がない。
そう心に言い聞かせて彼女は無理やり決着を着けた。
スッと顔を覆っていた両腕を外す。
その瞬間に無機質な電灯の光が瞳を照らし、視界が一気に明るくなっていく。それだけで下降ぎみだった気分も少し明るくなった。
心の中では『大丈夫』と繰り返す。
分からないこと、起きてもいないことで気分を暗くするのは止めようと。
(そう、そうだよ。大丈夫、きっと大丈夫)
ツバキは今までずっと傍に居てくれた、例え何時かは離れるのだとしてもそれはまだ先のことで、これからもきっとツバキは傍に居てくれる。
根拠など欠片も無いけれど、そんな確信が心にあった。
だから、きっといつの日か想いを伝えることが出来るはずだと、そう考えて今までの気分を払拭していく。
「うん、それに今日は言えなかったけど、もうツバキにはほとんど伝わっちゃってるよね」
ポツリと呟いて、区切りをつけるようにウンウンと頷きを繰り返す。
言葉を誤魔化して伝えることは出来なかったけれど、それはとても粗末な誤魔化しだった。
言った直後から自分でも意味がわからないと思ったが、よくよく考えてみるとやはり意味が分からなくて笑いたくなってくる。
きっと反射的に行ってしまった誤魔化しは誤魔化しにすらなっていなくて、大部分は言葉にしなくても伝わってしまっただろう。と、彼女はそんなことを思って笑った。
(いつか、言葉でもしっかり伝えないといけないよね)
それでもし結ばれたとしたら、と幸せな未来に思いを馳せて頬を緩ませる。
(恋人、デート、そして結婚……あたしも『篠崎』に)
そうしたら名前もツバキと同じようにカタカナ表記でお揃いに……その前に呼び方とか恋人っぽく『コウちゃん』とか愛称で優しく呼んでもらったり……
少女はそんな妄想に思いを馳せながら時間を過ごした。
南無三、と個人的にはそんな言葉しか出てこないですね。
色々な意味で。
『彼女』の名前に関してはほぼ最後まで出てこない予定です。