終話:英雄たちの冒険譚
五年後――。
涼しい風が吹きぬける小高い丘の上。柔らかな日差しの下にぽつんと建つ、一軒の小さな家がある。その庭先にしゃがみ込み、草をちまちまと引き抜いては投げ捨て、雑草の小山を作る男性の姿。
むせるような草いきれ。男性は腰を伸ばして立ち上がると、土に汚れた手で額の汗を拭い、空を仰ぎ見る。
雲ひとつ無く、抜けるような青空。見ているだけで、吸い込まれそうになる。
「ねえ、あなた」
不意に背後から声を掛けられた男性が振り返ると、家の窓を開けて身を乗り出す、女性の姿があった。
優しく微笑む金髪の女性。その細くしなやかな髪は肩口ほどで揃えられ、背中からは一対の翼が生えている。そして頭上にて柔らかな光を放ち浮かぶのは、天使の象徴たる光の輪。
「そろそろ時間だよ」
乾いたタオルを差し出して、空に浮かぶ太陽を指し示す女性。
お日様が空の頂点に掛かる頃、彼らはやってくるはずだ。
「そっか、じゃあ準備しないとな」
言って女性へと歩み寄り、タオルを受け取る男性。女性と並び立っても頭一つ分ほど大きな彼は、少し頭を下げて窓枠に寄りかかり、女性を……女性の、少しだけ膨らんだお腹に視線を送る。
「コレ見たら、あいつらビビるだろうな」
「ん……みんな、何て言うだろうね?」
微笑みあう二人。女性が愛しげに、自らの腹を撫でる。
「名前はどうすんだ、って絶対に聞かれるだろうな」
「だね。変な名前を提案されちゃう前に、もう決めてあるって言わないとね」
そうこうしている内、家の建つ丘の向こう。背の高い草が描き出す山道の端に、いくつかの人影が見え始める。
「あれ……もう、来てるんじゃない?」
「やべぇ。思ったより早かった!」
慌てて家の中へと駆け込む男性。女性も窓の中へと引っ込み、慌しく動き始める。
久しぶりに会う仲間たち。みんな、元気だっただろうか?
しばらく前に冒険者デビューを果たした妹。その親友である赤毛の娘もまた、冒険者となった。そんな娘二人の指導者を勤める黒毛の人狼と、エルフの娘。風の噂に色々な事があったと聞くが、どうしていただろう?
「よぅ、久しぶり!」
風吹く丘の、一軒家の前。互いに手を取り合い、再会を喜ぶ冒険者たち。
それぞれに聞きたい事、話したい事がたくさんあるようだ。
大丈夫、時間はたっぷりとある。思う存分に話し、笑い、驚き、喜び合うのには十分過ぎる時間だ。
だが、そんな時間を過す彼らの冒険は、一旦ここで幕を下ろす。ここから先には、それぞれにとっての、長い長い冒険の旅路が待っている。
今はただ、彼らの幸せを喜び、幸運を願う事にしよう。
英雄予備軍たちの冒険譚が再び紡がれる、その日まで――。