第六十八話:男の夢、男の意地(七)
このお話には残酷な表現が含まれます。苦手な方はご注意下さい。
もつれ合ったまま、台座の上に刺さる魔神の利剣へと激しく激突する二人。
「くたばれ! サーーークスッ!!」
瞬間、眩い魔法の輝きが閃光となって室内を走った。残像となって残る、細く真っ直ぐな光。
輝く直線が消えた後、ほんの僅かな間を置いて床の上に、重たい物のぶつかる重低音が響く。床に落ちたソレは、不規則な回転を伴ってゴロゴロと転がり、乳白色の柱にぶつかって止まる。
床へと落ちた重い物。それは、サークスの頭部だった。
「…………!」
冷たい床に投げ出され、目を見開いたままのサークス。彼の目には、剣の台座を挟んで反対側に倒れ伏す、頭部を失った自らの身体が映る。そして剣にしがみ付くようにして佇む、小柄な少年の姿もまた同様に映っていた。
「あ、あれ? 俺……生きてるな。斬れて……ねぇ」
自分の身体を擦り、不思議そうに呟くヤマト。彼もサークス同様、魔神の利剣に頭から激しくぶつかっていた。だがサークスは両断され、ヤマトは刃に打ち付けた額の打ち身程度。この差はなんなのか?
その理由に、サークスはすぐ思い当たる。
魔神の利剣は、潜在的な魔力の高い物に対して切れ味を増す。つまり、高い魔力を持つサークスと悪魔に対しては鋭い刃と化し、何の魔力も持たないヤマトに対しては、単なる棒同然のナマクラとして作用したのだ。
「ま、何でも良いか。結果オーライって事で」
ヤマトが剣に手を掛け、杖代わりとして立ち上がる。
その際、激突の衝撃でひび割れていた剣の根元付近の台座が大きく崩れたが、魔神の利剣は大地に固定されているかの如く微塵も動かず、抜け落ちる様子も無い。
「よぉ、サークス。久しぶりだな」
「……やぁ」
言って、サークスの隣にしゃがみ込むヤマト。首だけとなったサークスも、それに応える。
サークスに憑いていた悪魔は既に、その命を失い消え去っていた。今のサークスを生かしている物、それはヤマトが自らの心臓に仕込んでいた、エリクサの残滓。サークスが心臓を握り潰した際、手に付着した微量のエリクサ……究極の回復薬であるそれが彼の命を永らえ、今、最後の邂逅を実現していた。
「ヤマト……」
口を開くサークス。言いたい事はたくさんある。自分は随分と酷い事をしてしまった。ヤマトに、ノエルに、そして数多くの人たちに。やっと悪魔から解放されて正気に戻れた今、それを伝えなくては……詫びなくてはならない。
だが、残された時間はあまりに少なく、言葉を選ぶ暇も無い。
「すまない、僕は……」
「なあ、サークス」
消え入るようなサークスの言葉を遮り、ヤマトが口を開く。
目線でヤマトの表情を追えば、彼はムスッとした仏頂面で、地面に転がるサークスを見下ろしている。
罵られるか、殴られるか……だが、当たり前だ。自分はそんな事で償いきれない程に、酷い事をしたのだ。
覚悟を決めるサークス。だが彼の予想とは裏腹に、ヤマトは淡々とした調子で言葉を続けた。
「ちょっと頼まれてくれねぇか? あの世でさっきの悪魔に会ったら、伝えといて欲しいんだ」
何を伝えろと?
目で問いかけるサークスへ、ヤマトは大きく息を吸い込んで声を溜め……。
「ざまぁみろ!! ってな!」
一気に吐き捨て、ニヤリと笑った。
その言葉に全てを理解し、サークスも薄く笑みを浮かべて返す。
僕の負けだ。
目を閉じるサークス。その表情は、今際の際とは思えぬ程に穏やかで、安らぎに満ちている。
「……必ず、伝えるよ」
仲間に見守られ、サークスはあの世へと旅立つ。直後、悪魔に支配されていた身体は塵となり、賢者の鎧もろとも虚空へと消える。邪悪に染まった自らの痕跡を恥じるかの如く。
「終わった、な」
白く広い部屋に独り残されたヤマトが、ぽつりと呟いた。あとは隠し通路を使い、この場を去るだけだ。
この洞窟を作った者だけが知る、秘密の出入り口。それはサークスを挟んだ重い扉のついた、この部屋の出入り口にある。
「――。――――、――!」
アデリーネに教えてもらった言葉、古代エルフ語。ヤマトが『別世界の門よ、開け』を意味する言葉を正確に発音すると、巨大な扉の一部が熱い飴のようにドロリと溶け、その向こう側にのっぺりとした灰色の壁で覆われた、細い通路が姿を現した。
「さて、と……」
通路が開いた事を確認し、ヤマトは部屋の中を照らしていた青い光の光源へと向う。そして折れた柱の上に置かれていたランタンを手に取ると、シャッターを閉めて光量を減らした。途端に薄暗くなる室内。
「あんま明るいと、ゆっくり眠れねぇだろ」
誰に言うでも無く、呟く。その際、勝敗を別った伝説の剣『魔神の利剣』の横を通り掛かった。
台座が崩れてもなお変わらず地面に突き刺さり続ける剣。サークスにも抜けなかったこの剣だが……もしかして、今の自分になら抜けるかも?
そんな事を思い立ち、軽い気持ちで剣へと歩み寄るヤマト。だが……。
「これは……ちょっとズルいだろ。ペテンも良い所だぜ」
ヤマトが割れた台座の隙間から見た物。それは地面と溶け合うようにして繋がった刀身の姿だった。真っ白な刃に先端など無く、床の岩と完全に一体化し、まるで剣が床から生えているかのようだ。
「これじゃ、抜けるワケ無ぇわ……。昔の天使と、古代エルフの罠、か? 良い性格してやがるぜ、ノエルの先輩も、アデリーネのご先祖様も……」
ヤマトがこの場所へ辿り着けた理由。それはアデリーネが伝説の武具の地図を、完全に読み解いたからだ。では何故、彼女にそんな事が可能だったか?
伝説の武具の多くはアデリーネの祖先が天使と協力し、遥か昔に製作した物だったからだ。
遥かな昔――。
強力で、非常に厄介な相手である悪魔。その邪悪な敵を倒す為、天使とエルフは手を取り合った。
エルフの知識を活かし、天使が無尽蔵の魔力を注ぎ込む。そうして創り出された強力な魔法の武具によって悪魔は打ち倒され、この世から駆逐された。
その後、悪魔の再来襲に備え、天使とエルフの両者は魔法の武具をあらゆる場所へ隠し、それらの記録を蒼の石へと封じ込める。後の世で、天使とエルフの両者だけが武具を探し出し使いこなせるようにと、エルフの古い言葉で説明書きを記して。
だが、もしも……この武具が悪魔に奪われ、悪用されてしまったら? その不安を払拭する為、一計が講じられる。
「ま……神様を斬れるような剣が作れるんなら、とっくに量産して斬りまくってるか」
悪魔は最後に必ず、神を倒そうと目論むはず。ならば神をも斬れる剣で悪魔を誘き出し、罠に掛けてしまおう。魔法の武具に、使い続けると身体と一体化する呪いを施し、常に魔力が消耗される状態を作り出せば強力な悪魔にも勝てるはずだ。
こうして大地と繋がった『魔神の利剣』が誕生する。誰にも抜けない伝説の魔剣。全ては、力を欲した悪魔を罠に掛ける為に。
「まぁ……知らないままで逝けたんだ。悪かねぇよな」
秘密の通路に片足を踏み出して、ヤマトが室内を振り返る。
「じゃあな」
最後にそれだけを言い残し、ヤマトは真っ白な部屋を去った。
そしてもう二度と、彼が振り返る事は無かった。