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第六十七話:男の夢、男の意地(六)

このお話には残酷な表現が含まれます。苦手な方はご注意下さい。

 室内に反響した爆発音と黒煙が、ようやく収まってきた。

 我ながら、この方法はスマートでない。そんな事を思いながら、サークスは……いや、サークスに取り憑いた悪魔は、肩口の埃を払って爆発の中心へと視線を移す。


「う……」

「ホウ? 生キテイタカ」


 自分自身の千切れた腕のあった場所。そこに、冒険者が一人倒れていた。

 彼の名はヤマト。身体は小さく力も弱い、レベル4程度の……いや、レベル5の底辺冒険者だ。

 しかしながら、陳腐な言葉ではあるが、知恵と勇気、度胸と機転でもって自分を苦しめ、ここまで追い詰めた手強い相手。最終的には自分に腕の一本を諦めさせた、強敵だった。


「苦シイカ、ヤマト?」


 だがその強敵も、いまや虫の息。我が腕の爆発に巻き込まれた彼の左半身は黒く焼け焦げ、哀れな事になっている。左足は膝から下が。左腕は肘から下が炭化し、指先、つま先は消し飛んで形になっていない。無論、右半身とて無傷では無いだろう。外からは分からないが、果たして何箇所の骨が折れているのか、鼓膜や目といった各種器官は動いているのか……全く持って、人間とは脆い生き物だと痛感させられる。


「ドレ、モウ少シ遊ンデヤルカ」


 聞こえているのかどうかもわからないが、一応そう告げて、倒れるヤマトの隣に立つ。

 爆発させた我が左腕……というよりも、切り落とされた左腕を魔力に変換して使用した『奥義・裂空震』。

 肉体を糧とするこの方法は諸刃の剣であり、自分の切り札である。使用した部位は二度と元には戻らず、故に今回の使用で片腕になってしまったわけだが……失った腕を惜しいとは思わない。腹立たしい小僧ではあったが、左腕一本分。いや、それ以上の強敵であった事に間違いは無いのだから。


「て、めぇ……くそ……ぉ!」

「マダ起キ上ガルツモリナノカ……」


 見上げた根性、敵ながら天晴れ。しかし、どれほど必死に立ち上がろうとしても、無駄な足掻きだ。

 先程までであればヤマトはポーションをガブ飲みして傷を癒し、再度立ち上がった事だろう。だが今は違う。

 彼の腰に付けたポーチを見ろ。そこから流れ出す、魔法の液体を。爆発の衝撃でポーションの瓶が割れ、中身が漏れ出している。

 ポーションが瓶から出された後、効果を発揮する時間は極めて短い。こうして見るに、流れ出たポーションは既に有効効果時間を過ぎている。即ち、もうアレは魔法の薬品ではない、ただの水……ヤマトは、回復の方法を失ったという事だ。


「大人シク、シテイロ」

「げふっ!?」


 拳を固め、ヤマトの顔面へ無造作に突きを入れる。


「あがっ!? がはっ!! がふっ……!」


 絶え間なく、顔の中心へ、何発もだ。

 鼻が拉げ、頬骨が折れて陥没する。鼻から、咥内から流れ出す血。突きの衝撃で後頭部が床に打ち付けられ、そこからも出血。白い床に赤いシミが広がって行く。


「オット、手元ガ狂ッタ」

「ぎぁ……!!」


 首の根元、鎖骨にも拳を打ち込む……と、パキンと軽い音がして鎖骨はいとも容易く折れた。たったこれだけで、ヤマトはもう腕が上がらないはずだ。しかし念の為、二、三回は追加で打撃を加えておく。

 鎖骨周辺の胸元が紫色になって腫れ上がり、皮膚がデコボコに波打つ。これで完璧だ。


「痛イカ? ヤマト、ドウダ? ホラッ!!」

「ギャアァッ!?」


 問いかけたついでに、足裏で右膝を踏み抜いてやった。くの字を描き、妙な方向へと曲がる脚。実に滑稽だ。


「次ハ……イヤ、モウソロソロ……」


 回復手段は尽き、両腕は自由にならず、逃げ足も封じた。最早ヤマトに打つ手はあるまい。

 このまま放っておいても死に至るレベルの負傷だ。自分が手を下す前にショック死でもされては、つまらない。


「殺ス、カ」


 右手の指を真っ直ぐに伸ばして揃え、即席の槍とした。それを奴の左胸へ宛がい、力を込めてゆっくりと差し込んでやる。


「う……ぐ、ぐあぁ……あぁッ!!」


 じわり、じわり。服を貫き皮膚を破り、指先で肉と肉の隙間を掻き分け、グリグリと抉りながら進む。

 楽には殺さない。これまでに味わった屈辱。そして今後、片腕で過さねばならない不便。それらを今、この場で全てヤマトに償わせなくてはならない。


「コレハ何ダ? 肋骨カ?」

「がはっ!? ぎ、ぎゃ……! ギャアァァァっ!?」


 若い枝を折り取るような小気味良い感触。邪魔な肋骨をニ、三本ほど圧し折って、なにやらよくわからない膜のような物と一緒に傷口から引きずり出す。溢れ出す血潮と、苦しげな悲鳴――。

 快感だ。

 この瞬間だけを夢見て、無理をして現世への早期復活を為した甲斐があったというもの。上位の悪魔に媚び諂い、様々なモノを失ったが、そんなものはどうだって良い。今こうして腹立たしい男の温かなハラワタを自らの手で抉る。この感触に勝るモノなど、この世には無いのだから。


「あ、がはっ! ぐあぁ…………!!」

「動イテイルナ……コレガ、オ前ノ心臓カ?」


 手首までが埋め込まれた胸の中、どくん、どくんと脈打つ、手の平に収まる程の小さな臓器があった。この熱い塊を潰した瞬間、この生意気な男の、ヤマトの一生が終わる。


「ユックリト、握リ潰ス事ニシヨウカ……」

「ぐ……ギャアァアァァァッ!!」


 握り締める圧迫に抗い、必死に鼓動を刻もうとする心臓。それを押し込めるように、少しずつ力を加えて行く。その時、指の端に何か硬い感触があったが……折れた鎖骨か肋骨か? まぁ、どこかの骨だろう。心臓と一緒に、纏めて握り込む。

 天使と違い、脆弱なる人間。嬲って楽しむのも、そろそろ限界のようだ。身体から血の気が失せ、鼓動が弱くなってきた。苦しそうな声もいつの間にか止まり、聞こえてくるのは蚊の鳴くような細い吐息のみ。

 囁くなら、今だ。


「ドウダ、ヤマト……チカラガ、欲シクハ無イカ?」


 甘く、蕩けるような言葉。悪魔からの誘い。


「命ガ惜シクハ無イカ? 生キ延ビタク無イカ? 俺ニ魂ヲ渡セ。助ケテヤル……モウ、楽ニナレ」


 怖がる事は無い。まだ、やりたい事は多いだろう? せっかく大怪我から立ち直ったのに、こんな所で死ぬつもりか? レベルも上がって。まだまだ冒険者として、明るい未来がありそうじゃないか。せっかく助けたノエルに未練は無いのか? お前が死ねば、残された者は……。

 常套句を並べ立てて、魂の取引を誘う。


「ホラ、ドウスル? 死ンデシマウゾ?」

「ぐ……ぎ、ギャアァァァ…………!」


 あと一息だ。

 軽く心臓を掴む力を強めると、途絶えていた叫びが上がる。このまま死を選ぶか、生を選び魂を明け渡すか。心の臓を握り潰した瞬間、それが決まる。


「サア、選ベ!」


 強く、心臓を掴み破る。その瞬間、破裂する心臓と共に手の中で砕ける硬い『何か』。さっき心臓と一緒に握り込んだ骨か何かだ。

 砕けた物の中から、トロリとした液体が流れ出す。これは……血か? 人間の体の中に、こんな物があっただろうか……?


「ギャアァァ……ぎいぃひひひ、うひひひひ……」

「……!?」


 突然、ヤマトの叫び声が変わった。呻き声から、奇妙な震える声へ。


「うひひひ……ぎゃははははっ!」


 それは笑い声だ。ヤマトが楽しげに笑っている。

 痛みと恐怖に気でも狂ったかと訝しむサークス。そんな彼の右手を、別の手が掴んだ。


「ナ……!?」


 ヤマトの胸に突き刺さったままになっているサークスの右手。それを掴んだのは、狂ったように笑うヤマトの左手だった。

 確かにさっき、黒焦げになっていたはずの左手……それが傷一つ無く、指先まで完全に修復されている。それどころか両腕は、鎖骨が折れた影響で動かす事もままならない筈。なのに何故そんな事が可能なのか?


「へ、へへへ……てめぇがラスト、心臓狙いで来る事なんざぁお見通しよ。首ちょんぱで楽にゃ死なせちゃくれねぇだろうと思ってたぜ!」


 胸に刺さる右手を掴んだまま、膝を立てて起き上がるヤマト。気が付けば滅茶苦茶になっていた顔も胸元も、踏み折った筈の右足も、血の跡だけを残して傷口が塞がっている。完全に治っている。


「ポーションハ残ッテイナカッタ筈……!?」


 サークスは得体の知れない恐怖に駆られ、ヤマトの胸から右腕を引き抜く……と、手の中に輝く物が残っていた。

 それは割れたガラスの瓶と、キラキラと輝く液体。その光からは、強い治癒魔法の波動が感じられる。


「マサカ、ポーションヲ、心臓ニ……!?」

「テメェにゃ教えてやるもんか! うおぉぉぉッ!!」


 後ずさるサークスへ、身を低くして頭からぶつかるヤマト。室内にガツン、と鈍い音が響く。


「うおぉぉらあぁぁぁぁッ!」


 雄叫びを上げて、捨て身のタックル。ヤマトは渾身の力でもってサークスの胴を捕え鳩尾へ額を押し当てて、部屋の中央目掛け、勢い良く押し込んで行く。

 サークスもそれに抵抗し、踏ん張ろうとしたのだが……。


「クッ! 血ガ……!」


 ヤマトを嬲った際に飛び散った大量の血液。鎧に付着し、足下にまで流れたその血が潤滑油となって足を滑らせ、悪魔の抵抗を阻害する。

 このままでは壁に激突する。そう思い、背後へと視線を移したサークスの目に映った物。それは地面に突き刺さって輝く、純白の刃。


「魔神ノ利剣!!」


 伝説の剣、そのむき出しの刃がこちらを向き光り輝いている。このまま進めば、二人とも輪切りだ!


「止マレ、ヤマト! 二人トモ死ヌゾ!?」

「知るか、ボケぇ!!」


 ああ、そうだった。

 人の言う事を聞かず、賢いのかなんなのか良くわからず、ただ前へと進み続ける……そういう男なのだった。今になって、やっと理解できた。この馬鹿な男に……ヤマトに、止まれなどと言っても聞くはずが無いのだ。

 サークスが、悪魔が、ヤマトの本質を身をもって知った時。

 純白の光が彼の身体を貫いた。

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