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第六十六話:男の夢、男の意地(五)

このお話には残酷な表現が含まれます。苦手な方はご注意下さい。

 手にしたポーションの瓶が、ビリビリと震えている。左腕を失ったサークスの凄まじいまでの絶叫。それが室内で木霊して、ガラス製の瓶を振動させているのだ。

 揺れる度に魔法の輝きを見せる液体は、スミがコツコツと集めた内の一本。無駄になっても良い、使わずに済めばその方が良いと、ヤマトの無事を願う気持ちの詰まった魔法の治療薬だ。


「あんがとな」


 柱の影に身を隠したヤマトは、そのポーションを一気に呷り、口に含む。そうしておいて父の形見である短剣を使い、内出血によってドス黒く変色している左肩の肉を切り落とした。

 鋭い痛みが痺れとなって肩全体に広がる。だがそれも一瞬の事。咥内のポーションを傷口へと噴き掛けると、魔法の治療薬はすぐさま効果を発揮して少年の肩を元通りに癒し、次いで手足に纏わり付いていた疲れという重石をも外してくれる。


「よし……」


 呟き、短剣を鞘へと戻すヤマト。この短剣は、もう使えない。さっきサークスの左腕を切り落とした一撃で刃は欠けて柄の留め釘が折れ、武器としてまともに使える状態ではなくなってしまった。治療の際に自分を切るのが関の山といった所だろう。

 これでもう、ヤマトに武器は無い。勿論、予備の武器も無い。用意はしていたのだが、この洞窟までの道程で使い切ってしまった。

 サークスに対しては「隠し通路を使ったから楽勝でここまで来たぜ!」と余裕ぶっていたヤマトだが、所詮はレベル5の冒険者。この洞窟へ踏み込むまでの険しい道程そのものが大冒険だったのだ。

 襲い来る強力な魔物たちと、大自然の脅威。結局、残っているのはスミのくれたポーション類と、自らの身体のみ。


「そんだけありゃ、十分だ」


 隠れていた柱の陰から出ると、ヤマトは両の拳を打ち鳴らして胸の前に構え、拳闘の姿勢を取る。

 相対するサークスは、肩の傷を押さえて棒立ち状態。先程からの絶叫は止めたものの、今度は「何故? 何故?」と繰り返し呟き続けている。

 失った左腕は先程から再生しておらず、太い尻尾も力無くダラリと垂れ下がっている。心なしか鎧の破損箇所から青い火花が散る度に、真紅であった肌の色艶が悪く、くすんで行くようにも見える。


「何故、治ラナイ? 何故、チカラガ出ナイ? 何故……」


 サークスの呟く疑問。それら全てに対する答えを、ヤマトは持っていた。

 それはサークスの魔力。悪魔にとってスタミナと同じ働きをする魔力が、底を突いている為だ。


「オラァ! いつまでもボーっとしてんじゃねぇぞ!!」


 ヤマトが、固めた拳をサークスの顔面へと叩き込む。先程までであれば賢者の鎧が衝撃を無効化し、打撃が届く事は無かっただろう。しかし、今は違う。


「グハッ!?」


 サークスが、頬を殴られた衝撃に仰け反り、大きくよろめく。装着者の魔力が尽きた事により、賢者の鎧は完全にその機能を失っていた。

 ここへ赴く前、ヤマトはアデリーネから聞かされた。「どうして打撃を無効化する鎧の名が『賢者の鎧』であるか、わかりますか?」と。首を横に振るヤマトに対し彼女は、優しい声でこう教えてくれる。


『賢い者が身に付けるから、賢者の鎧なのです。愚者が身に付けた時、彼の鎧は着用者に災いをもたらす事になるでしょう――』


「ナ、何故……?」

「知るかボケ! テメェが馬鹿って事だ!」


 ヤマトの拳によって連続で打ちのめされ、サークスは二歩、三歩と後退して行く。尻尾を使おうともしているようだが、ピクピクと先端が震えるのみ。魔力が尽きた影響で、動かす事すら出来ないようだ。

 賢者の鎧は無制限に打撃を無効化するわけでは無い。着用者の魔力を消費して初めて、その効果を発揮する。

 この場所に至るまでにサークスが受けた罠によるダメージ。度重なるヤマトの攻撃。そして扉に挟まれた際の衝撃……それら全てを無効化する為に賢者の鎧は稼動し、サークスと悪魔の魔力を消耗させた。そして切断され破損した左腕部分からは、微かに残る魔力の残滓さえも搾り取るようにして消費され続けている。


「まだまだぁ!!」


 足払いでサークスを転倒させ、顔面へと肘打ちを見舞う。そして髪を掴んで立ち上がらせ、鳩尾への膝蹴り。更には腕を取って一本背負いで投げ飛ばし、頭から床へ叩きつける。

 もしサークスが己が魔力の消耗と賢者の鎧の関係に気付いたとしても、今更遅い。身体と一体化した鎧は脱げる事が無く、魔法効果は自動的に発動され続け、絶え間なく魔力を消耗させる。


「オラッ! このっ!! はぁっ、はぁっ……!」


 殴って殴って殴り続け、いい加減息も切れてきたヤマト。岩のように硬い悪魔憑きの皮膚を何度も殴った為、拳には血が滲み、骨が軋む。

 そろそろケリを付けなければ、こっちが先に限界を迎えてしまいそうだ。


「はぁ、はぁ……これでっ! トドメ……!」


 心を決め、大きく振り被った渾身の一撃を放つヤマト。スタミナ切れで動くこともままならないサークスに、避けられるはずも無い……そう思っての攻撃だった。

 しかしサークスは流れるような動きで半身を引いてパンチをかわし、よろめいたヤマトの上半身を右手で捉える。そうしておいて腹へと膝蹴りを叩き込み、お返しとばかりに鼻先へアッパーを打ち込んで、彼を硬い床に這い蹲らせる。


「げほっ……! ま、まだ動けんのかよ……!」


 呻き、鼻血を拭いて立ち上がるヤマト。

 悪魔のスタミナたる魔力は既に尽きた。だがサークスの肉体そのものは魔力など無くとも戦える。左腕こそ失っているものの、レベル32の肉体が秘めた戦闘能力は、徒手空拳であってもヤマトを遥かに凌駕しているのだ。


「何故チカラガ出ナイノカ、理由ハ分カラナイ。ダガ、ヤマト……オ前ヲ殺ス程度、今ノ能力デモ容易イ」

「チッ! ほざいてんじゃねぇ!!」


 ポーションを飲んで傷とスタミナを回復させ、ヤマトはサークスへと殴りかかる。かつてほろ酔い亭に置いて、激昂し殴り掛かった時のように。


「……雑魚ガ」

「がふっ!?」


 そしてあの時と同じく易々と殴り返され、再度地に這い蹲った。

 悪魔の能力を封じる手は、色々と考えて来た。だが宿主たるサークスの地力……それだけは封じようが無い。これまでの経験を活かし、ヤマトが自分の力で打ち勝つ以外、手立てが無いのだ。


「ま、まだまだ! ンなモンだと思ってんじゃねぇぞ!!」


 強がり、ヤマトはポーションを飲んで立ち上がる。だが鼻血は止まらず、あまり痛みが引く事も無い。悪魔の呪いが効いているのではない。サークスの攻撃によって受けたダメージが、それだけ深刻な物だったという事だ。

 マズい、か?

 若干の焦りを覚えるヤマト。このままサークスの攻撃を食らい続ければ、あっという間に手持ちのポーションを使い切ってしまうだろう。なんとか巧く立ち回り、ダメージを受けないように戦いたい所だが……。


「うおおぉぉぉっ!!」

「小細工ハ、ネタ切レカ? 馬鹿ガ! 嬲リ殺シテクレル!!」


 真正面からぶつかり合う二人。

 最早、ヤマトに搦め手で攻める余裕は無い。サークスにも、派手な攻撃を繰り出す魔力は残されていない。

 お互い、実直に繰り出す攻撃で着実に命を削り、確実な防御で命を守る。それを繰り返してジリジリと決着へ歩を進める。それ以外に無い。


「食ラエ!!」

「がはっ……!」


 命懸けの、酷く地味な攻防戦。その中で致命傷に至る一撃こそ放てぬものの、地力で勝るサークスが確実にヤマトを痛めつけて行く。だがヤマトも、タダでやられ続けはしない。


「舐めんなぁ!!」

「イギッ!?」


 殴りかかるサークスの拳に合わせ額をぶつける事で、諸共にダメージを与えた。自分から攻撃しても避けられてしまう為、サークスの攻撃を出来るだけ体の硬い部分で受けて、少しでもダメージを与えようという作戦だ。そうしておいて、すぐさまポーションを飲んで回復するヤマト。額から流れていた血が止まり、荒い呼吸が静かな物へと変化する。

 そんな彼とは対照的に、全く回復する事の出来ないサークス。悪魔憑きとなった事で体力は無尽蔵とも呼べるまでになり、左腕以外でヤマトから受けるダメージは微々たる物ではあるが……。


「チッ! 親指ガ……」


 ヤマトの頭突きによって右手の親指が折れ、あらぬ方向を向いていた。積み重なった小さなダメージが、徐々に表面へと現れつつある。


「……ココ、マデカ」


 不意にそう言って、サークスが戦闘姿勢を解いた。

 ふう、と息を吐いて手を腰に当て、天井を仰ぐ……まるで何かを諦めたかのような、そんな風情だ。


「おい、こら。なに考えてやがる?」


 突然の変化に警戒するヤマト。ジリ貧の戦いに嫌気が差したかとも思ったが、互いに逃げ出せるような状況で無い以上、諦めは死を意味する。では一体、サークスは何を諦めたというのか?


「ヤマト、君ハ本当ニ良クヤッタ。コノ俺ヲ、ココマデ追イ詰メルトハ……オ前ヲ手強イ相手ダッタト、認メザルヲ得ナイ」

「急になに言い出してんだ? 気味が悪ぃんだよ!」


 ヤマトの嫌な予感が、急激に高まって行く。

 何かある、絶対に! ノエルと共に悪魔と戦ってきた経験が、冒険者としての勘が、激しく警鐘を鳴らす。


「モウ、諦メル事ニスルヨ……」


 何気ない仕草で、ヤマトの足下を指差すサークス。


「左腕ヲ、ネ!」


 そこにあったのは、サークスの切断された左腕。

 その腕が内側から風船のように膨らんで行き、表面が沸騰するかの如く泡立って、真っ黒な煙が噴出し――。


「な…………っ!!」


 爆風、そして衝撃。

 鼓膜を叩くような轟音を伴って、腕が破裂。そこから発生した闇が急激に広がり、ヤマトを飲み込んだ。

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