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第六十四話:男の夢、男の意地(三)

このお話には、残酷な表現と性的な表現が含まれています。苦手な方はご注意下さい。

 白によって構成された室内。

 伝説の剣が眠るこの場所に、ヤマトは多くの人々から力を借り、復讐を成す為に立っている。

 サークスを倒しに行きたいと仲間に告げた時、止められると思った。『無茶は止めろ』『憎しみは、憎しみを生むだけだ』と、月並みな台詞で止められるんじゃないかと思った。

 だが違った。『あいつムカつくから、ぶっ飛ばして来い。自分たちが手伝ってやる』そう仲間たちは言って、その言葉通り、それぞれが今も全力を尽くしてくれている。

 心から、ありがたい。仲間たちの協力に報いる為、そして個人的な復讐の為。ムカつく男をボッコボコにして、徹底的にブチのめす! その強い気持ちを胸に、ヤマトは心のまま、憎い敵へと磨き上げた牙を向ける。


「クソォ! 何故ダ!! 何故……何故ダ!? ドうして……!?」


 サークスの呻くような声が室内に響く。

 彼の振るう剣……刃に蓄えられる魔力の許容量を越え、大気中に迸って漆黒の軌跡を描く程となった銀の剣。サークスが『白銀の』と呼ばれる理由の一端となった、愛用の剣だ。そして、その切れ味を増す技、奥義・裂空。堅牢な魔物の皮膚を貫き通し鋼の鎧でさえも易々と切り裂く、必殺の技。それなのに……。


「ドウして斬れない!!」


 サークスの剣を、ヤマトが持つ何の変哲も無い鋼の短剣が力強く受け止め、弾く。魔力を伴った火花が飛び散り、擦れ合う金属音が反響して耳に残る。本来ならば受け止めた刃ごと切り落とせても不思議は無い筈なのに、ヤマトの持つ剣は元のまま、変化は見られない。


「しょっぺぇんだよ、テメェの奥義とかいうヤツは!」


 動揺によろめいたサークスの間合いに踏み込んだヤマトは、渾身の力で短剣を突き出し、憎い敵の喉元に一撃を加える。がつん、と硬い粘土を突いたような感触が手に返り、反動で互いの身体が離れた。

 手応え有り――! もしも生身同士の戦闘であったなら、今の一突きで決まっていただろう。


「大した事無ぇなぁオイ、白銀のサークスさんよぉ!」

「ぐ……コノっ!」


 挑発し、ヤマトはサークスの攻撃を誘う。

 いける……ほくそ笑むヤマト。サークスがまだ気付いていない、今がチャンスだ!

 袈裟懸けに振るわれた銀の剣を受け流し、返す刃で胴を凪ぐ。大木を斧で打ったかのような重たい感触があり、衝撃に手が痺れた。この調子だ!


「何故……何故ダ?」


 さっきから狂ったオウムの如く、同じ言葉を繰り返し続けるサークス。どうしてこんなにも、裂空の切れ味が鈍い? 普通の剣さえ切断できない? その理由はとても単純な事なのだが、今の彼は気付く事ができないでいる。

 思えば最初にこの事実――悪魔憑きとなったサークスの攻撃力が大きく減じている可能性――それに気付いたのは、悪魔憑きとなってからの彼と最も長く行動を共にしていた者、ノエルだった。


『サークスさんが変に……悪魔憑きになってからかな。あの人、武具の手入れをあまりしてないみたい』


 ヤマトの実家にて、昏睡から目を覚ましたノエルは過去を振り返り、そう言った。以前は頻繁に行っていた剣の手入れ……刃を研いで油を塗り、目地を絞める。それら日々のメンテナンスをサークスが行っていないようだったと、仲間たちに伝えた。

 それは悪魔憑きとなり、能力が飛躍的に上昇した事による驕りだったのだろう。少々剣の切れ味が悪くとも、上昇した筋力がそれを補って余りある。だから大丈夫だ、と。

 しかし、道具の反応はとても素直だ。

 サークス長年の愛剣である銀の剣。その主成分たる銀は魔力との相性は良いものの、鉄などと比べると非常に柔らかい。それ故、切れ味を保つ為の手入れは欠かせない。

 ずっと手入れをサボっていたのなら、見た目には変化が無くとも切れ味は格段に落ちている事だろう。なまくらとなり、棍棒同然となっている筈。そしてサークスが得意とする裂空は、魔力を集中させて切れ味を何倍にもする技。

 となれば、棍棒の切れ味が増した所で、何が恐ろしいというのだろう?


「レベル32が聞いて呆れるぜ! 冒険者養成学校あたりから、若葉マーク付けて出直してきな!!」


 冒険の成否、その半分は下準備で決まる。

 サークスがレベル32という人間としては驚異的な数値を記録しているのは、こうした準備に長けていた為だ。入念な下調べと準備を行い、堅実に、確実に仕事をこなす。

 勿論、戦闘能力だって確かな物ではあるが、その能力にしたって武器の準備が万端でなければ十分には発揮出来ない。悪魔憑きとなり、力に溺れて準備を怠った時点で、サークスはその実力の半分以上を失ったに等しかった。


「今のテメェは、レベル5の……俺以下だッ!!」


 なまくらとなった銀の剣を掻い潜ってサークスの腕を取ったヤマトは、素早く身体を密着させて腰を跳ね上げ、流れるような動作で一本背負いを決める。

 純白の床にヒビが入る程の勢いでサークスを床に叩き付けると、更に追い討ちとばかりに鳩尾へと刃を突き立てた。


「加減しねぇぞサークス!!」


 続け様に攻撃! 喉や目、あるいは関節など、鎧に守られていない部分を重点的に狙う。だが的確に命中したところで賢者の鎧が衝撃を無効化してしまい、傷は与えられない。与えられはしないのだが……ヤマトには、ある目的があった。

 しかしサークスとて歴戦の兵。


「舐めルな!!」


 自らの攻撃が弱体化している理由は不明ながらも、一方的に攻め続けられる状況に、何時までも甘んじてはいない。

 真っ白な床に、赤い血飛沫が飛ぶ。


「ぐぁ……っ!?」


 転がるようにしてサークスから距離を取るヤマト。その左手が、革製の手甲ごと大きく引き裂かれていた。肘から手首まで、鋭利な刃物で切られたような深い傷が覗いている。


「フン……裂空ガ、剣ノミの技だとデも思ったか?」


 サークスがのそりと身を起こす。その右手に宿るのは漆黒の輝き……裂空。彼は手刀に魔力を集め、ヤマトに反撃したのだ。


「さぁドウするヤマト? 悪魔憑キから受けタ傷は、簡単に治ラないぞ? 今の一撃は、カなリ深く入っタ……随分と血が出たヨウだが大丈夫かナ?」


 形勢逆転。

 勝ち誇るサークスに対し、ヤマトは逃げ惑う小動物の如く素早く柱の影に隠れ、道具袋から何本ものポーションを取り出す。


「ソウソウ、早くポーションヲ使わナイと、タダでさえ少ないスタミナがもッと減るぞ? そシて最後には、出血多量デ死亡コースだ! そウで無くトも、左手はもう使エまい!」


 楽しげな声を上げ、サークスは魔力を集中させた右手で床を抉り取り、力任せにヤマトの隠れる柱へと連続して投げ付ける。

 次々に飛来する砕けた床は散弾の如く柱と壁を叩いて弾け、ヤマトを柱の影へと釘付けにした。そうしておいて……。


「くたバれ、ヤマト!!」


 固めた拳で彼の隠れる柱を殴り、砕いた破片を飛礫としてその命を狙う……が、ヤマトはサークスの動きを読んでいた。


「ガイランと似たような真似してんじゃねぇ!」


 軽いステップでくるりと柱を回りこみ、攻撃に集中していたサークスへと足払いを仕掛ける。背後へと振り返る形での下段後ろ回し蹴りは見事にサークスの脚を捉え、悪魔憑きの剣士は床に転がった。


「ワンパターンなんだよ、テメェらは!」

「ソれハ、コチラの台詞だ!!」


 倒れたままの姿勢で、サークスが手刀でもって空を凪ぐ。上体を反らして回避するヤマトの前髪が何本か、風圧で千切れて落ちた。


「あぶねっ!」

「次は外さナイ。顔面を真横に引き裂いテくレるぞ、ヤマト…………?」


 ハンドスプリングの要領で機敏に起き上がり、ヤマトへと向き直ったサークス。怒りと苛立ちが入り混じるその表情に、ふと疑問の色が浮かんだ。

 今し方、手酷いダメージを与えたヤマトの左手が……治っている?

 目を凝らすサークス。手首から肘にかけて革の手甲は裂けて袖も破れ、血に濡れている。だが、そこから見える地肌に傷は無く、実際ヤマトも痛がっている様子が無い。

 これは一体……?


「貴様……ドうやっタ? ソの手の傷だ……何故、治せル」

「最初に言ったろ? お前にゃ教えてやらねぇって」


 言って、フフンと得意げに笑うヤマト。その表情にサークスは苛立ちを募らせる。

 どうして不治の呪いが効かない? ポーション程度で回復される? わからない事だらけの現状が、彼から冷静な判断力を奪って行く。


「……天使か。ノエルの力か!? アノ女がナニか……」

「当てずっぽうは見苦しいぜ。ちゃんと考えてから物言えよ」


 間合いを計り、互いに隙を窺う二人。混乱の渦中にあるサークスを、小バカにしたような態度でヤマトが嘲笑う。


「クソ! そウだ、きっトそうに違いナイ。天使が、ノエルが何かヲしたノだな!? アノ天使め……散々我ラの前で尻ヲ振ってオきながラ、昔の男ガ戻った途端にコロッと鞍替えとハな! トンだ尻軽だよ!!」


 苦し紛れにサークスが吐いた、ノエルへの悪口。その時に見せたヤマトの微かな反応を、悪魔は見逃しはしなかった。


「ん? ナンだ、そノ顔は? ヤマト……もシかシて、ノエルから聞いていナイのか?」


 剣を捨て、両手に魔力を集めながら、芝居がかった口調で語りかけるサークス。口元に勝ち誇ったような薄笑いを浮かべ、寝取った女の痴態を自慢げに語り出す。


「あの淫乱女は自ら望んデ服ヲ脱ぎ、ソノ身体で我らに奉仕シタのだヨ? 俺の上に跨リ、腰を使っテ慈悲を乞うテいたトも! 是非、お前にモ見せてヤリたかっタ」


 どうだ、悔しいだろう? お前の苦しむ姿が、俺の喜びだ! サークスの言葉からは、そんな邪な想いが滲み出している。だが……。


「あぁ、その事か。それならノエルから聞いてるぜ」

「何?」


 サークスにとって、ヤマトの切り替えしは意外な物だった。怒りに猛るで無く、飄々とした態度で構えを崩し、小指の先で耳をほじるヤマト。そしてその小指をサークスの方へと突き出し、ニヤリと笑って言った。


「テメェのナニが小さすぎて、入ってんだかどうだか、わかんなかったとよ」


 ピンッ、と小指を弾く。


「小指並み、か?」

「き……貴様アッ!!」


 受けた屈辱の大きさに、サークスの身体から吹き上がる魔力の量が更に増大する。

 空気を振動させ、肌に感じられる波として部屋全体へ広がる闇色の魔力。砕け落ちていた柱の欠片たちが、更に細かく砕け吹き飛ばされて行く。


「度重ナル侮辱……既ニ限界! 貴様ダケハ、生カシテ置カン! 細切レニシ、心ノ臓ヲ引キズリ出シ、目ノ前デ喰ラッテクレル!!」


 サークスの声が、完全に彼の物では無くなった。賢者の鎧は身体との融合が進み、どこからどこまでが鎧であったか、もう判然としない。そして、腰から伸び出す、太くしなやかな尻尾。

 サークスという依り代に成り代わるようにして、ついに悪魔が本性を現した。


「へっ、やっとかよ。こっからが本番だぜ」


 手の平に滲む汗を拭って短剣を握り直し、震える足に拳をくれて、無理矢理持ち直させるヤマト。

 恐怖? いいや、これは武者震いだ。

 くそったれの悪魔に、地獄を見せてやる時が来た。

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