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第六十三話:男の夢、男の意地(ニ)

 床と天井とを繋ぐ生白い柱の内、適当な高さで折れている物を選んでランタンを置き、シャッターを全開にして明りを確保する。ただそれだけで真っ白な室内は青い光によって明るく照らし出され、動き回るのに十分な光量となった。


「サテ……」


 呟いてサークスは、台座に刺さる神殺しの刃『魔神の利剣』へと歩み寄る。


「それにシテも、美シイ……」


 ウットリとした声を漏らすサークス。見れば見るほど、美しい剣だ。随所に渡る繊細な模様細工。純白の刀身には複雑な魔法文字が刻まれているのだが、その文字さえもデザインの一部として組み込まれている。機能性と芸術性の融合――道具として究極とも呼べる美しさが、そこにはある。

 見る度、新たな魅力に気付かされる比類無き剣。そんな素晴らしい武器が、我が物となる時が来た。まるで絶世の美女を前にした若者のように、サークスの胸は激しく高鳴る。


「いよいよダ」


 柄に手を伸ばすサークス。

 滑り止めを兼ねた文様の刻まれた柄部分は、ランタンの青白い光に、まるで濡れているかのような輝きを反射している。

 魔神の利剣は資格ある者に身を委ねるという。悪魔の文字を解読し、ここまで辿り着いた事こそが資格であるのなら、自分以外にこの剣を扱える者など居ない!


「今こそ、我ガ手ニ!」


 サークスは力強く柄を握り、大地から剣を引き抜く――。


「…………!?」


 引き抜いた……つもりだった。

 だが剣はビクともせず、変わらず乳白色の台座に突き刺さったまま。悪魔憑きとしての、太い鋼さえ折り曲げる剛力を持ってしても剣は抜けず、微動だにしない。


「馬鹿ナ!? どうしテ……!」


 資格ある者に身を委ねるのでは無いのか? では自分に資格など無いという事か? ならば資格とは!?

 驚愕と絶望が入り混じり、ぐちゃぐちゃになるサークスの心。そこへ、新たな違和感が飛び込んで来る。


「……? 手ガ……手ガ、柄かラ離レない!?」


 剣を握った右手。その手がまるで柄にくっついてしまったかのように、離れなくなってしまった。柄に沿って滑らせる事はおろか、指を開く事さえ出来ない。まるで接着剤の塗られた棒を力一杯握ってしまったかのようだ……いや、違う。


「まるで? 違ウ! コレは……接着剤だ!」


 微かに漂う独特な薬品の匂い。これは間違いなく接着剤だ。魔物の体液から抽出され、鎧などの補修に使われるこれは、塗った直後に強い力で押し付ける事で、しっかりと互いを接着させる作用がある。

 それが剣の柄に塗られていた……という事は、つい最近に誰かがコレを?

 サークスの考えが纏まりかけた時。彼の背後で、何かが動いた。


「おぉぉぉぉッ!!」

「……ッ!?」


 雄叫びを上げて突進して来る人影。咄嗟に反応したサークスだったが、剣にくっついたままの右手が邪魔をする。

 その小柄な影は手にした重いツルハシを振り被ると、走った勢いそのままに、ガラ空きとなっていたサークスの背中へ鋭く尖った鋼の先端を叩き込む!


「グっ……!」


 金属同士を打ち合わせる硬く甲高い音が響き、同時に魔力を帯びた青白い火花が飛び散る。

 よろめき、たたらを踏むサークス。ツルハシの頭は折れて部屋の端まで飛び、壁へと突き刺さった。


「ちっ! やっぱダメか。これ一発で倒せりゃ、苦労無ぇと思ってたんだ」

「……!? キ、貴様ッ!? ど、ド、ど……」


 どうしてここに!?

 眼前に立つ人影の正体に、驚きを隠せないサークス。夢か幻でも見ているのかと何度も我が目を疑ったが、間違い無い。どうやら目の前にいるその男は、夢でも幻でもない。確かな現実だ。


「ヤマト……!」

「よう、サークス。久しぶりだな」


 そこに立っていたのは、ヤマトだった。ほろ酔い亭で別れて以来、野垂れ死んだとばかり思っていた男が、不敵な笑みを浮かべて五体満足で目の前に立っている。


「どうしたんだよ、幽霊でも見たような顔しやがって。つか、顔色悪いなサークス。真っ赤だぞ」


 からかうような口調で笑うヤマト。だが、彼の登場をサークスが信じられないのも無理は無い。わからない事だらけ、ありえない事だらけであるからだ。


「ど……ドウやって、ココに来た? 先回りヲして、待ち伏セていたのカ? ガイランから受けた傷はドウした?」

「質問攻めかよ。人気者は困っちまうなぁ」


 壊れたツルハシを捨て、短剣を抜くヤマト。その短剣を、ガイランによって滅茶苦茶にされた筈の右手で構える。


「ま、何を聞かれようが……テメェにゃ教えてやらねぇけど!」


 そして魔人の利剣に手がくっついて身動きの取れないサークスへ、容赦なく斬り掛かった。


「コノ……ッ! 問答無用と言うワケか!!」


 咄嗟に左の篭手で短剣を防ぐサークス。賢者の鎧の効果や悪魔憑きとしての耐久力を考えれば防ぐ必要など無いのだが、この男の攻撃は防いでおかなければ痛い目に合う……そんな気にさせる怖さがある。

 そんな探り探りの防御が動きを鈍らせたか、それとも封じられた片手が足を引っ張ったか。ヤマトの短剣が鎧の隙間へと滑り込み、サークスの左腕の付け根に深く命中する。


「ぐァ……っ!?」


 思わず、サークスの口から声が漏れた。腋の下に存在する鎧の隙間に突き刺さった刃。その刃先と肌との間に、輝く魔法の力場が形成されてダメージは相殺された。しかし、もしも鎧が無かったら、サークスが悪魔憑きでなかったら。彼の左腕は深く傷付けられ、二度と上がる事は無かっただろう。


「へっ! どうだ、見たかおいコラ! ハンディがありゃ、俺でも結構イケるもんだな!」

「コノ雑魚ガ! 頭に乗ルなよ、ヤマトぉッ!!」


 サークスの真紅に輝く目が、その深みを増す。肌の色も鮮やかな赤から、どす黒い濁った血のような色へと変色し、全身から黒い霧のような物が立ち上り始める。

 迸る、目に見える程の魔力。それは悪魔の力が全開となった証。


「こんナ物ッ!」


 魔人の利剣の柄に接着されたサークスの右手に、力が込められる。

 ベキベキと何かが割れるような音と、メリメリと何かが剥れるような音が室内に響き始めた。サークスが賢者の鎧ごと……すなわち自分の皮膚ごと、柄と右手を引き剥がしているのだ。


「ヌオォォォッ!!」


 柄に残る右手の皮。それと手の平の隙間から滴る漆黒の血液によって、純白の刀身が黒く染め上げられる。

 悪魔憑きといえど痛みはあるはずだ。皮を剥ぐなど、爪を剥がすにも匹敵する相当な痛みを伴うはず……しかしサークスは躊躇する事無く右手を引き剥がして行き、とうとう剣から右手を離す事に成功した。


「……ハァ、ハァ。コレで良い。コノ傷くラい、スグに再生すルんだ」


 言葉通り、サークスの右手から滴っていた血はすぐに止まり、傷その物も急速に塞がって行く。そして右手が自由になると同時に、いつもの冷静さが彼の元へと戻って来た。

 まずはどうやってヤマトがこの場所を嗅ぎ付けたか。


「判っタぞ。ソウか、アデリーネか。アノ女が、地図ヲ……」


 件のエルフは地図の写しを持っている。ノエル救出にも一役買っていたようだし、アデリーネはヤマトに組していると考えるのが自然だ。きっと彼女が何かをして、この剣が隠されている場所を突き止めたのだろう。


「ソして、貴様だヤマト。オ前ガ、ココに来る事の出来た理由」


 この場所に至るまでの道には、無数の罠が仕掛けられていた。中には回避不可能な物だってあった。それを普通の人間であるヤマトが潜り抜けてきたとは到底思えない。そして入り口の扉には、開かれた形跡は無かった……と、なれば答えは簡単。

 ヤマトは別の道からやってきたのだ。


「コノ洞窟を作っタ者専用の、安全な秘密の通路。ソコを通っタな? どウやっテ見つけタカは知らナイが、全く相変わらズ目端の利く男ダ」

「そりゃどうも。罠の中を突っ切って進むほど、馬鹿じゃないつもりなんでね」


 ご名答、といわんがばかりのヤマトだが、そういった言葉にさえ皮肉を挟む事を忘れない。

 ヤマトが通ったのはサークスが指摘した通り、かつてこの洞窟を設計した者によって作られた安全な道。魔法の言葉によって長く封印されていた、秘密の通路だ。


「減らず口ヲ……だが、ソノ軽口も、ココまデだ」


 腰の剣を抜くサークス。白銀の刀身が、青白いランタンの光を反射して剣呑な輝きを見せる。そこへ悪魔の身体から立ち上る黒い霧が絡み付くと、白銀の輝きは闇色の光へと変わって行った。

 魔力を刃に集中させて切れ味を何十倍にも上昇させるサークスの奥義・裂空。悪魔の村においてノエルの羽を一枚残らず削ぎ落とした技だ。


「仲間のヨシミだ。せめテ楽に死ナせてやル」

「はッ! ちゃんちゃら可笑しいぜ。何が仲間だ、この野郎!」


 サークスの動きに応え、ヤマトもまた短剣を構える。


「ノエルに酷ぇ事しやがって……テメェは敵だ! 俺の敵だ! 俺は……サークス、テメェをぶっ飛ばしに来た!」


 そして剣を突きつけ、ハッキリと宣言した。


「泣こうが喚こうが、お前だけは絶対に許さねぇからな!!」

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