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第六十ニ話:男の夢、男の意地(一)

 明々と燃え盛っていた松明の炎が、風も無く不意に消えた。その途端、ジメジメとした洞窟内が闇に閉ざされ、冷気が押し寄せてくる。

 燻る松脂のニオイと、天井から滴る水滴の音。立ち止まり、それらに注意を向けている内、ついさっきまで狭いと感じていた洞窟の通路がぐんと広がり、暗闇の中へ無限に続いているかのような錯覚に襲われる。


「ココには、炎の精霊ガ居なイのカ」


 炎の精霊が苦手とする、水の力が強いのだろうか?

 サークスは……いや、サークスに憑いた悪魔は独り呟き、松明を足下へ投げ落す。そして懐から海底洞窟で手に入れた蒼く輝く石を取り出すと、胸の前に掲げて周囲を見渡した。石の光は洞窟の壁を青く浮かび上がらせ、悪魔の視界を確保する。

 最初からこうしておけば良かった。サークスはランタンを取り出して、本来火を付ける部分である芯を抜き取り、代わりに蒼い石を嵌め込む。これで永久に輝き続けるランタンの完成だ。

 そのランタンで洞窟の奥を照らしてみると……。


「マダ、先は長イようだ」


 同じような岩壁が、どこまでも続いている。

 ふう、と息を吐き出し、青白い明りを頼りに歩き出すサークス。彼は今、伝説の武具を探す為、長く深い洞窟の最中に居た。

 凶悪な魔物の巣食う山々を越え、深い谷を渡り、切立った崖を上りきった所にある隠された洞窟。その奥に、彼の求める物はあるという。


「『魔神の利剣』。コイツの為ならば、このサークス。茨の道モ喜んデ進もウ」


 その剣はサークスの持つ伝説の武具の地図に、こう記されていた。『神を調伏する剣。その資格ある者にのみ、身を委ねる』と。また、その性質については『斬る対象の秘める魔力に感じ、鋭さを増す』とある。つまり持つ者では無く、斬る相手の魔力が強ければ強い程、切れ味が増すという意味だ。


「神は肉体ヲ持たヌ、魔力の塊。地図の記述ガ真実なラば……確かにこれは、神ヲも斬る刃」


 最初、地図に書かれた魔神の利剣についての記述を見た時、サークスは大して気にも留めなかった。神を斬るだなんて馬鹿げた話だと思ったし、何より隠し場所について書かれた部分が解読不能だった。

 しかし悪魔に憑かれ、改めて地図を見た時に驚愕する。件の剣について、これまで読めなかった箇所の多くが読めるようになっていたのだ。

 地図に書かれていた解読不能の文字。それは、悪魔が使う文字だった。悪魔憑きとなったからこそ読めたのだ。そして、この時に確信を得る。

 これこそが、剣を持つ『資格』だったのだ、と。


「神ヲ斬ろうなどと考えル者……即ち悪魔。だかラこそ、剣の隠シ場所は悪魔の文字デ書かれていタ……悪魔にシか読めヌように!」


 一歩一歩、洞窟の奥へと踏み込んで行くサークス。魔神の利剣を……神殺しの魔剣を手に入れる時が、確実に近付いている。その手応えに胸が高鳴る。

 思えばこの伝説に残る武具の数々。どれも悪魔を倒す為に創られたと噂されていたが、蓋を開けてみればそんな事はない。悪魔の為に創られたといっても過言ではない物ばかりだ。

 ガイランに持たせた『幻魔の爪』は天使の防御を貫くのに丁度良いし、バラに持たせた『消撃の盾』や、自分が着ている『賢者の鎧』は、天使の攻撃を無効化して見せた。その上……。

 ちらりと自分の着る鎧に目をやるサークス。黒と赤の装甲板で構成された賢者の鎧。その装甲が、まるで生きているかのように脈打ち、身体の動きに合わせて伸縮している。

 鎧は、サークスの身体と融合していた。完全に肌と一体化し、鎧に触れれば直接触れたのと同じ感触がある。これで賢者の鎧唯一の弱点であった、脱がされて無効化されるという心配も無くなった。

 これで神殺しの魔剣を手に入れれば、真に完全無欠となるのではないか?

 悪魔に憑かれ、鎧とも一体化し、禍々しいシルエットとなったサークス。かつて『白銀』の二つ名で呼ばれた彼の面影は、既に無い。


「もう白銀は相応しくナイな……もし我ガ名ヲ呼ぶ者があるなら、差し当たっテは……ソうだな。黒のサークスとでも、呼んでもらうとスルか」


 我ながら少し調子に乗りすぎか? と苦笑して、その黒のサークスが洞窟を更に奥へと入り込む。

 道は細く、天井は高くなってきた。明りを上へと向ければ、驚いた無数のコウモリがキーキーと甲高い声を出し合って羽ばたく。そして――。


「ナンだ、コレは」


 道を遮る、一本の木。

 といっても下から上に向って地面に生えているわけではない。切断された太い丸太が、通路に対し横向きに、まるで道を塞ぐかのように壁と壁の間に嵌め込まれているのだ。


「……邪魔ダナ」


 丸太の高さは、丁度サークスの腰辺り。跨ぐには少々高く、下を潜ろうにも微妙に狭い。切断しようかとも思ったが、道幅の狭い洞窟。壁が邪魔で、剣が振り難い。

 軽く舌打ちをしたサークスはザックを背負いなおし、丸太に片手を付いた。大人しく上を乗り越える事にしたのだ。こういった場合、下手な小細工をするよりも効果的な方法がある。


「ヤハリ、な」


 丸太を乗り越えようとしたサークス目掛け、突然左右の岩壁から何本もの鋭い槍が突き出された。丸太を越えようとする不安定な姿勢の時を狙い、発動するように仕掛けられていた罠だ。

 もしも彼が普通の人間だったなら、今頃は串刺しとなっていた事だろう。しかしサークスは悪魔憑き。しかも賢者の鎧まで装備している。突き出された槍は命中こそしたものの、身体に突き刺さる事は無く鎧の表面でピタリと止まり、それっきり。賢者の鎧が淡い魔法の光を放った以外、何の変化もダメージも無い。

 罠は掛かって踏み潰す。一般的とはいえないが、耐久力に余裕のある者ならではの確実な方法だ。


「悪魔には、無駄ダな。一般の侵入者除けカ……」


 フンと鼻を鳴らし、邪魔な槍を押し退ける。無意味な罠を仕掛けたものだと、この洞窟をデザインした者を嘲笑した……その瞬間だった。

 どぶんっ! と突然の水音。同時に身体が重くなり、視界が歪む。何が起こったのかと見回す頭は何やら粘性の液体に包まれて、状況把握が難しく、その上……息が出来ない!

 一瞬の混乱。だがそれは、ほんの僅か……瞬きする程の時間でしか無かった。数多の修羅場を潜り抜けてきた冒険者としての勘が、サークスを落ち着かせ、彼に状況を正しく把握させる。


(コレは、スライムか。俺は今、スライムに飲み込まレていル)


 丸太の上でサークスが罠に掛かり、動きを止めた時。遥か頭上、天井に張り付いていたスライムが落下して彼を飲み込んだのだ。

 スライムといえば、かつてヤマトとノエルの二人に初めて出会った時、彼らが苦戦していた魔物だ。粘性の高い身体で獲物を包み込み、溶かして吸収してしまう。その溶解液は中々に強力で、時間さえあれば金属であっても溶かしきってしまう。

 洞窟に住まい着いていた野良スライムが通り掛かりのサークスを獲物と捉え、これ幸いとばかりに降り注いだか。はたまた罠の製作者が、こうなる事を計算して仕掛けていたか。真相は定かでないが、一ついえる事がある。それはサークスほどの高レベル冒険者であっても、スライムは厄介な相手であるという事。


(チッ! 荷物ガ……!)


 賢者の鎧に護られたサークスに、スライムの溶解液は通用しない。だが彼の荷物は別だ。スライムに飲み込まれた革製のザックは一瞬にして溶け、内容物を曝け出す。

 ロープや楔といった冒険者必携の品を初め、念の為にと持っていたポーションの類。それらが溶けて使い物にならなくなる。更には伝説の武具について書かれた地図もまた、白煙を上げて溶け始める。

 これはマズイ。剣を抜くサークス。

 本来であれば、放射状に衝撃波を放つ技である『滅空』でもって蒸発させてやる所だ。しかしここは狭い洞窟内。剣を満足に振る事は出来ず、また指向性の強い滅空は、内部からスライムを倒すのに適していない。


(少々コストパフォーマンスは悪イが、仕方なイ!)


 サークスが剣を頭上に掲げ、意識を集中する。その刃へと集まる黒い靄のようなモノ……魔力だ。欲望が悪魔の糧ならば、悪魔のスタミナと呼べる物、魔力。それが剣に集まり、周囲の光を押し退けるようにして次第に膨らみ――。


「奥義! 滅空震ッ!!」


 掛け声を合図に、四方へと一気に広がる。

 ランタンの青白い光が、サークスを中心とする闇に飲まれて行く。そしてスライムもまた暗がりへと吸い込まれるようにしてサークスから剥れ、端から順に蒸発して行く。更に闇は止まる事無く膨張を続けて通路一杯に広がり、洞窟の岩壁さえも侵蝕し始める。


(スライムは倒した。これ以上やっては洞窟が崩落し兼ねない)

(イヤ、マダダ! チカラヲ! 破壊ヲ! 何モカモ全テ、闇ニ巻キ込ンデ消し去ッテクレル!)


 サークスの胸に、二つの思考が同時に芽生えた。冷静な冒険者としての彼と、悪魔憑きとして欲望のままに振舞う彼の思考だ。相反する思考ではあるが、そのどちらもがサークスという一人の人物の思考である事に間違いは無い。


(だが今はマダ早い。全テ消し去るのハ、剣ヲ手に入れてからデ良い)


 ブレる思考を統一し、魔力を制御するサークス。膨張していた闇が、急速に小さく萎んで行く。


「フゥ……」


 音も無く消え去った闇。彼の周囲数メートルにあった物は尽く砕かれ、闇へ飲まれた。スライムも、槍の罠も、丸太も、何もかも全てだ。洞窟の壁や床もサークスを中心とした球形に削れ、ヤスリで仕上げたかのようなツルツルの断面を晒している。


「チ……勢い余っテ地図モ消しテしまっタか」


 舞い落ちてきた羊皮紙の切れ端を目の端に見やり、舌打つ。

 まぁ良いだろう。剣の地図に関しては諳んじる事が出来るほど、完璧に頭へ入っている。他の地図に関しても、確かあのエルフ……そう、アデリーネが何時だったか写しを作っていたはずだ。確か、ヤマトを追い出した頃だったか――。


「ソレにしてモ……」


 幸いにも難を逃れていたランタンを拾い上げ、再度歩き始めたサークス。それにしても、おかしい。


「っ!? マタか」


 数歩進んだ所で薄暗い足下に紛れ、黒く塗られた細いワイヤーが飛んできた。

 風切り音と共に足首へと絡み付くワイヤー。賢者の鎧によってその威力は打ち消されたが、常人であれば足首を切り飛ばされていた所だ。こんな辺鄙な洞窟の奥深く、足を怪我した上に道具をスライムによって溶かされ失ったとなれば、待っているのは死の一文字。


「ヤハリ、おかシイ」


 首を捻るサークス。罠が多すぎる。しかも、致死性の高い物ばかりだ。

 ここへ来るまでにも、罠はいくつかあった。落とし穴の類もあれば、矢が飛び出す物もあった。坂の上から大岩が転がって来たし、崖の登攀中に下へと突き落とすという凶悪な物まで、それこそ罠の見本市かという程バリエーション豊富に。

 そのどれもが一回でも引っかかれば命が危険に晒されるレベルの物であり、サークスが悪魔憑きかつ賢者の鎧の装着者で無ければ、とっくに死んでいたと思われる。そんな物が数多く仕掛けられていたのだ。

 普通では考えられない。何故ならば、罠を仕掛けた本人が誤って罠に掛かり、命を落してしまう危険がある為だ。普通は、大事な場所に一箇所かニ箇所。十箇所もあれば、もう多すぎるだろう。だがこの洞窟に関しては、覚えているだけでニ十数か所。まだ発動していない、潜在的な罠に至ってはどれほどあるのか、想像する事さえ難しい。

 神さえ切り倒す伝説の剣ともなれば、確かに幾つ罠を仕掛けても足りないという気持ちは理解できなくもない。しかしここまでするなら、通路を埋め立てた方が早いのではないか? どうせ罠が多すぎて、通路としては機能しないのだし……。


「マァ、良い。どうせ、モう終点ダ」


 洞窟の最深部。

 目の前には両開きで、サビの浮いた巨大な金属製扉。これを開けた先に、剣はあるはずだ。

 扉の番人である岩の人形二体が、侵入者に反応して立ち上がる。何の警告も発さずに襲い掛かるそれを剣の一振りで一蹴し、サークスは扉の前に立った。

 本当に大きな、そして重そうな扉だ。両手を広げても片側の扉一枚分の幅にも及ばず、高さは自分の身長の倍ほどもある。厚みに至っては、果たしてどれほどあるのか……少なくとも、ほろ酔い亭の薄切りハムよりは分厚いのだろう。


「罠ハ無シ、か」


 軽く確かめた後、扉の中央へ手を添えるサークス。スマートに扉を開く方法など知らない。それならば、抉じ開けるのみ!

 地面を踏みしめて両脚を岩盤に固定し、渾身の力でもって扉を開けるべく押し始める。


「フッ……ウオォォォッ!!」


 扉に付着していたサビが舞い落ち、ギシギシと軋む扉。少しだけ開いた隙間から、砂埃が室内へと吸い込まれて行く。

 あと少し。自分もあの砂埃のように、室内へ……!

 力任せに抉じ開けた扉の間に片腕を差込み、続けて身体を挟み込む。自らを扉のストッパーとしつつ、更に扉を押し開き、部屋の中へと一歩を踏み出すサークス。そして、更に一歩、二歩……あと一押しだ!


「オアァァァァッ!!」


 扉に挟まれながら片側の扉を両腕で押し、逆の扉には両脚を当てて、全身のバネを使って突っ張り、硬く重い扉を開く。そうして転がり込んだ先に広がっていた光景――。


「こ、ここ……ガ?」


 広い室内。真っ白な壁と床が目の前に広がっている。広さは宿の十人部屋と同じくらい……いや、もっと広いのだろう。白い壁面によって距離感が狂い正確な把握が困難ではあるが、相当な広さがあるようだ。

 そして至る所に立つ、天井と床とを繋ぐ何本もの乳白色の柱。鍾乳石のようにも見える大小様々な柱が、なんとも奇妙な光景を描き出している。床や壁を覆う白い鉱石についても同様で、微妙に波打った表面に青いランタンの光を反射し、部屋全体を明るく照らしている。

 そして、部屋の中央部。

 腰ほどの高さに盛り上がった地面に、ソレはあった。


「アレが……」


 透き通るように真っ白い刀身。金と銀によって細かな装飾が施された鍔。分類するならば長剣に当てはまるであろう剥き身の剣が、盛り上がった岩盤を台座として、刃を半分ほど晒す形で真っ直ぐに突き刺さっている。

 サークスには見える。剣の放つ、魔法の輝きが。この上なく純粋で濃度の高い光……ともすれば飲まれてしまいそうな程の魔力が、その剣からは感じられる。


「アレが、魔神の利剣……!」


 とうとう辿り着いた、この場所に! 父と語った、夢の終着点へ!

 その時サークスの心に満ちていたのは、純粋なる感動と喜び。

 そこに悪魔の介入する余地など、ありはしなかった。

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