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第五十九話:守りたいもの、守る者(ニ)

このお話には残酷な表現が含まれております。苦手な方はご注意下さい。

 晴れ渡る空、眩いばかりの日差し。風が止むと少し暑く感じるものの、雨季の中頃にあって、これ以上の冒険日和は願うべくも無い。

 太陽へ眩しげに手をかざし、空を見上げていたノエルが地面へと視線を落す。そこには土へ垂直に刺さる細長い棒と、明るい日差しが生み出す棒の影。その影が、太陽が登るに従ってじわじわと短くなり、やがて棒そのものと完全に重なる時――。


「うおぉぉぉぉッ!! 突撃いぃぃぃぃッ!!」


 閧の声を上げ、太郎丸を先頭にして悪魔の村へと突入して行く冒険者たち。東西南北、全方角を包囲してからの一斉同時攻撃だ。悪魔たちの巣食う山間の小さな村は、瞬く間に剣戟と怒号で満たされた。

 その様子を、村から少し離れた丘の上で見守っているノエル。戦地からはそれなりの距離があるのだが、戦いの喧騒はその激しさを物語るようにここまで届いている。

 時を遡る事、十日程前――。

 スダチが依頼人として冒険者たちを集った『悪魔の村を討伐する』という依頼は、応募過多となる程の盛況ぶりを見せた。

 やはり報酬として提示された『伝説の武具の地図(完全翻訳済)』の影響が非常に大きいようで、参加を見送った冒険者たちの中には、多額の金銭と引き換えに地図を譲ってくれないかと持ちかけてくる者もいた程だ。


「アデリーネさんの読み通りね」


 呟くノエル。アデリーネは作戦前に言っていた。


「一度は手に入れたものの、解読出来なかった宝の地図。そうなると、まずます書かれている内容を読みたくなるというのが人の性というものです。故に最初よりも強く地図を欲するはず――」


 更に「なにも自分たちだけで戦う事はありません。下級の悪魔程度なら、頭数を揃えれば勝てるのですから」とも。

 そのように事も無く言ってのけたエルフの言葉には、その場に居る全員の目からウロコが零れた。雇われる側である事の多いヤマトら冒険者にとって、誰かを雇って使うという発想が無かった為だ。

 そして最後に彼女は、地図を報酬として冒険者を集う一連の策を説明してくれたのだった。


「デキる女っていうの、アデリーネさんみたいな人の事を言うんだろうね」


 この所、彼女が見せる働きには目を見張る物がある。つい最近まで冒険などとは縁の無い生活を送っていたとは思えない活躍ぶりだ。

 元々、冒険者が必要とする分野に対しての才能に恵まれていたのだろうが……それだけが理由でない事くらい、ノエルにだってわかる。


「ヤマトに良いトコ見せたくて、一生懸命頑張ってるんだろうなぁ……」


 意識しているのか、していないのか。そこまで推し量るには観察が足りないものの、ヤマトの為にと奮闘している。それだけは確かだと思えた。

 思えば伝説の武具の地図を解読したのだって、パーティー全体の為というよりも、ヤマトの為ではなかっただろうか?

 アデリーネは、ヤマトが居なくなる直前に訪れた故郷の隠里に、地図解読のヒントがあったと言っていた。つまりヤマトが居なくなる頃には、地図が解読できる状態にあったのだ。

 であるにも関わらず、太郎丸と二人で行動していた際にはそれを伏せ、ヤマトとの合流が果たせた途端に手の内を明かしてポイントを稼ぐ……流石としか言いようが無い。こういった強かさは今後、是非とも見習わなければならないだろう。

 なんて考えてしまう辺りが、自分でも嫌な女だなと思うノエルなわけだが。


「ま、考えても仕方ないか……私も頑張ろう」


 独り語りを切り上げて、本来の役目へと戻る。

 今回、彼女が与えられている役割は、後方からの見張りと後詰、遊撃部隊の指揮だ。高台に潜んで村の周囲を見渡し、不審者や落延びようとする悪魔を発見すれば冒険者を向わせる。ついでにスダチ自身と、彼女がまとめて持っている地図を、不届き者から守る役目も仰せつかった。

 天使としての能力が低下してロクに戦闘は出来ず、空も飛べなくなったノエル。部隊指揮や要人警護と言えば聞こえは良いが、実の所は味方の応援と子守を宛がわれているに過ぎない。

 冒険者たちは指揮官など居なくても自分で判断して行動出来るし、スダチも子供とはいえ、しっかりとしている。それに最悪、この期に及んで地図が狙われたとしても、スダチは地図を捨てて逃げれば良いだけの話なのだ。地図は写しだし、悪魔の村襲撃という当初の目的は既に達している。

 つまりノエルは、何かを期待されてこの場に配置されているわけではない。


「力があれば……」


 呟き、戦火に包まれる村へ視線を落すノエル。

 力があれば。そうすれば悪魔の村へ飛び込み、片っ端から悪魔どもを焼き尽くして見せるのに。自分へ酷い事をした連中へ、目に物見せてくれるのだけれど――。


「……むんっ!」


 すっかり傷の癒えた左手を前に突き出し、意識を集中させる。

 以前であれば人々の信仰が光となってノエルの身体を駆け抜け、聖なる力の象徴たる純白の輝きが、眩いばかりの光球となって手の平に現れていた。

 だが今は違う。

 ジリジリと全身を焼かれるような痛み。その痛みに呼応するかのように身体からフワリと浮かび出た、微かな光の粒。それらが、ゆっくりゆっくりと手に集まり、ほのかな橙色をした明りとなる。生み出された明りはホタル数匹程度の物でしかなく、陽光の下では霞んで見えない程の、弱く儚い光だ。しかし、それが今の彼女が出来る精一杯。人々からの信仰から外れた天使が血肉を削って搾り出す、なんとも情けない、なけなしの光だ。


「くっ……! もう少し……」


 痛みに顔をしかめて、更に光を集めるノエル。ガイランを貫いた時のように、力の凝縮された鋭い槍を生み出す事ができれば……。


「あ、あとちょっ……と?」


 ふと、集める淡い光の向こう側。村から少し離れた森の影に、一瞬、何か動く物が見えた。

 気のせいかとも思ったが、どうやら違う。今度は目を凝らして良く見てみれば、木々の隙間からちらりと見える赤い肌――。


「悪魔憑き!」


 森の中を、何体かの悪魔憑きが移動している。すぐさま後詰の冒険者たちへとその旨を告げるノエル。ピリピリとした時間を過していた彼らはノエルがもたらした報に色めき立ち、後方へ下がる彼女と入れ替わるようにして迅速に森へと展開して行く。


「こっから先は俺たちに任せておきな!」

「天使さん、後はお願いします」

「はい、皆さんもお気をつけて!」


 短く言葉を交わして冒険者たちを見送った後、ノエルは岩陰に隠した幌付き馬車へと走る。そして少々乱暴に幌を捲ると、そこには見慣れた少女の姿あった。


「スダチちゃん、最初の打ち合わせ通り。今から移動するね」

「う、うんっ!」


 馬車の中、木箱に腰掛けるスダチへ早口でそう伝えるノエル。一瞬驚いた様子のスダチだったが、彼女も心得たものだ。流れ弾が飛んできた時の為に、足下に置いてあったリュックを背負うと、すぐ床に伏せる。

 作戦では村の外で悪魔が見かけられた場合、非戦闘員は戦闘区域から離脱する手筈となっている。それに該当するのはノエルやスダチ、そして負傷者なのだが、現在の所、後方へと下がる必要がある負傷者がいない為、実質二人だけとなる。

 御者台に腰掛け、手綱を握るノエル。一応、馬を操る訓練は受けているが、馬車を手繰るのは初めてだ。しかも二頭立て……自在に操るには熟練が必要なのだろう。しかし自由自在とは行かなくとも、馬なりの早足で進ませる事くらいなら出来る。


「よしっ……出発します!」


 ノエルの声に促されたのか、鞭を入れずとも歩き出す二頭の馬。ごとり、と馬車が揺れ、八つの蹄が小気味良いリズムを刻み始める。

 馬が無事に進み始めた事にほっと胸を撫で下ろしたノエルは、改めて先程見た悪魔たちへと考えを巡らせる。

 森の中にちらりと見えた悪魔の数は決して多くなかった。精々三、四人といった所だ。冒険者たちの目を盗んで運良く村から抜け出したか、あるいは最初から包囲網の外に居たのだろう。もし自分しか居なければ、対応出来なかった所だ。後詰部隊に遊撃の任も与えた、太郎丸の部隊運用に感謝しなくてはならない。

 そんな事を考える内にも、止まる事無くゴトゴトと、固く踏み固められた道を行く馬車。村からは随分と離れた。道程は今の所、順調だ。

 そういえば、あの村で人質となっていた村の人たちは全員、無事に逃げられたのだろうか? サークスは約束を守ると言っていたが、悪魔の言う事だ。どのような裏があるかわからない。何人かは無事に、最寄の村まで逃げ果せたようだが……。

 思考の海に浸り、少しボンヤリとしていたノエル。まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、トラブルは訪れた。

 突然、二頭の馬が暴れ始めたのだ。


「ど、どうどうっ! 急に何で……!?」


 少しでも馬たちを宥めようと手綱を引くノエル。だが二頭の馬は首を振るって後ろ足で立ち上がり、しきりに後退しようとしている。何かに怯えているのだ。


「ちょ、ちょっと落ち着いて……落ち着いてっ!」


 宥めようと頑張ってはみたものの、そもそもどうすれば馬が大人しくなってくれるのかがわからない。

 これ以上放置したら馬が怪我をするし、馬車が引っ繰り返ってしまう。そう判断したノエルは馬の止め具を外し、馬車を切り離した。拘束を解かれた馬たちは先を競うようにして、この場から遠ざかって行く。

 呆然とそれを見送るノエル……と、走る二頭の内、森に近かった栗毛の馬が、突然何かに躓くようにして倒れた! 良く見ればその脚に、何者かが組みついている。


「あれは……っ!」


 尋常でない怪力で馬を組み伏せる、ほっそりとした人影。爛々と光る真紅の瞳に赤黒い肌。間違い無い、悪魔憑きだ。事前の調査では見落としていたのか、村から離れたこんな場所に人間型の悪魔憑きが出没している!


「……スダチちゃん、そこで待ってて」


 幌の中へそう声を掛けるノエル。想定外の事態だ。

 村から離れた付近の山々には何度か山狩りを行い、悪魔憑きを含む危険な魔物を排除していた。それ故に非戦闘員後退の際、大した護衛も無く撤退する作戦となっていたのだ。しかし目の前には紛う事無き悪魔憑きの姿。人間の女性に取り憑いているようで、乱れた長い髪が悪魔の狂気を感じさせる。

 だが件の悪魔はこちらには全く興味が無いようで、組み伏せた馬の首を易々と圧し折って絶命させると、おもむろに腹部へ食らい付いた。そして皮膚を食い千切って頭だけを突っ込み、内腑を貪り食い始める。腹でも減っているのだろうか?

 鮮血迸る凄惨な光景ではあったが、ノエルにとってはまたと無いチャンスだ。馬が居なくなって機動力が失われた今、スダチを逃す機会は今を除いて他に無い。


「こっちへ……」


 人差指を唇に当てて沈黙を促し、スダチを馬車から連れ出すノエル。

 抜き足、差し足、忍び足。音を立てぬよう呼吸にも気を使って、こそこそと馬車から離れ、悪魔の様子を窺いながら森の方へ。悪魔が肉を食む音だけが響く。

 その時、ノエルはある事に気がついた。背後から見た悪魔憑き……彼女が背中に何かを背負っているのだ。あれは毛布だろうか? 一抱え程の何かが、布状の物で大事そうに包まれている。丁度スダチを一回りか二回り小さくしたくらいの、少し細長い何かだ。

 と、その時……。


 ぱきん!


 静寂の中に響く乾いた音。スダチが、枯れ枝を踏み折ってしまった。

 音に鋭く反応し、血塗れの顔を上げてこちらを向く悪魔憑き。

 来る! そう予感したノエルは咄嗟にスダチを突き飛ばし、構えを取った……その瞬間!


「きゃうっ!?」


 唸りを上げて飛来する馬の死骸。完調からは程遠いノエルにそれを避ける事は出来ず、巨大な質量の直撃を受けて、あえなく弾き飛ばされる。

 また温もりを残す馬の死骸と共に土煙を上げて地面を滑り、ようやく停止。手足に痛みを感じて目をやれば、地面と擦れあった部分が、大きく擦り剥けていた。天使の絶対的な防御能力は、飛行能力や頭上の光輪と同じく失われたままなのだ。

 痛みを堪えて身を起こすノエル。そこへ追撃を加えようと悪魔憑きが飛び掛る。


「そう簡単にっ!」


 やられるもんか!

 ノエルはその場に落ちていた手頃な棒状の物を引っ掴み、悪魔憑きの横っ面を力任せにぶん殴った! ぐえっ、と息を漏らしてバランスを崩し、数歩下がる悪魔憑き。効果的とは言えないまでも、多少は効いているようだ。

 それにしても良くこんな道の真ん中に、手頃な棒があったものだ。神に感謝しつつ自らの握るモノを見たノエルは「うっ」と息を飲み、その感謝内容を改めた。


「お、お馬さん、ありがとうね……あと、ごめん」


 ノエルが武器代わりに握っていたのは、千切れた馬の前足。悪魔に投げられた際に千切れていた物だった。


「ぎ、ぎうぅぅ……」


 殴られた頭を抱え、苦しむ悪魔憑き。単純な打撃ではあったが、意外にも効いているのだろうか?

 身を守る為とはいえ、天使としてはあまりに粗野で野蛮な行為。清楚なイメージ付きまとう一般的な天使からは大きく逸脱した攻撃方法ではあったが、形振り構わず頑張った甲斐があるというものだ。

 なにはともあれ、動きの止まった今がチャンス!


「はあぁぁぁっ!」


 息を吐き、意識を集中するノエル。髪や羽、そして擦り剥いた傷口から、鈍い痛みと共に薄い橙色をした光がふわふわと浮かび上がり、広げた手の平の上へ集まって行く。

 ガイランを倒した時の威力は出せなくとも、一般人に憑いた悪魔を倒す程度の光なら今のノエルにでも生み出せる。

 集中力が足りていないのか、それとも他の要素が絡むのか。収束させて槍の形にする事までは出来なかったが、手の上でフワリと浮かぶ光の玉。それを直接ぶつけるだけでも、かなりの威力が期待できるだろう。

 見れば、悪魔はまだ頭を……いや、背中を気にしている? とにかく、隙だらけだ!


「やあぁぁぁっ!!」


 掛け声と共に、腕を振り被るノエル。まるで投石でもするかの如く、光の玉を悪魔の頭部目掛け、勢い良く振り下ろ――さない。

 ノエルは、腕を振り上げたままの姿勢で止まっていた。


「……どう、して?」


 彼女が動きを止めた理由。それは、悪魔が取った咄嗟の行動にあった。

 攻撃される! そう判断した悪魔は、背中に背負う何かを腹に抱え込んで身を屈め、ノエルの攻撃から身を呈して庇ったのだ。その際、僅かに解けた毛布の隙間から見えた物。それは――。


「人間の……子供?」


 毛布の隙間から、子供の顔が覗いていた。

 小さな女の子だ。年の頃は三つか四つ、物心付くかどうかという所だろう。少し痩せて顔色も良くない様子だったが……まだ生きている! そして幼子の顔を見たノエルの記憶に、閃く物があった。

 この子、どこかで……?

 記憶の糸を辿るノエル。その間、一秒にも満たない刹那であったろう。そして思い出される、あの日の夜。


『……はい、お大事に。気をつけて帰って下さいね』


 微笑むノエルに、丁寧に頭を下げてから席を立つ母親。その胸には、安らかに目を閉じる幼子の姿――。

 思い出した!

 いま目の前で毛布に包まれているのは、悪魔に囚われの身となった日の夜、村で最後に診療した女の子だ! という事は?

 攻撃に怯え、身を固くして蹲る悪魔の顔を凝視するノエル。そして確信する……間違いない、あの時に子供を連れていた母親だ。

 どういった経緯があって、このような事になっているのか? 母は悪魔に取り憑かれたまま、幼子を背負って何をしていたというのか? ノエルの中で渦巻く疑問。

 その時、悪魔に憑かれた母親の瞳に、理性の色が戻った。

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