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第五話:戦いの夜に(二)

 冷たい夜風が頬を撫でる。

 鎧の上から纏う防寒、耐熱効果のあるマント、通称サーコートには夜露が纏わり付き、身を捩る度に珠となって滑り落ちて行く。昼間は汗ばむほどの陽気だったのだが、この季節の山間部、昼夜の気温差は思いの他激しいようだ。

 冷えた指先で小枝を掴むと、ヤマトは小さくなった焚き火を掻き混ぜて、暗い空を見上げた。夜明けまでは、まだ少し時間がありそうだ。

 彼の側では毛布に包まったノエルが小さな寝息を立てている。その近く、木にもたれて剣を胸に目を閉じるのはサークスだ。

 野営の際には交替で見張りを立てて睡眠を取るわけだが、今はヤマトが見張りの順番。深夜から夜明けにかけての、最も辛い時間帯の見張りである。

 虫の声さえ聞こえない静かな夜。薪の爆ぜる音がやけに大きく感じられる。


「虫やら何やら、スライムが片っ端から食っちまったからか?」


 誰に問うでもなく、静けさへの疑問を口にするヤマト。その声に応えるのはノエルの安らかな寝息だけ……そう思っていた。


「いや……警戒し、身を潜めているだけだ」


 背後から、押し殺した低い声が掛けられる。

 驚いて振り返ると、そこに居たのは漆黒の毛並みを持つ人狼の姿、太郎丸だ。さっきまでは索敵に出ていたのだが、いつの間にか戻っていたらしい。

 太郎丸は黙ってヤマトの隣に座ると、小さくなった焚き火へ乾いた枝を足した。索敵ついでに拾ってきたのだろう。


「お、サンキュ。これで朝まで大丈夫だな」


 ヤマトの声に頷く太郎丸。彼が見張りをする順番はヤマトの一つ前……つまり既に見張り番を終えている。だが何故か彼はその後も眠ろうとせず、ヤマトの見張りに付き合っていた。

 初対面の自分たちに、まだ警戒を解いていないのだろうか? 太郎丸の横顔を盗み見て、そんな事を考えるヤマト。

 まあ無理もない。清廉潔白でまかり通る天使のノエルはともかく、ヤマトはどこの馬の骨ともわからない人間だ。出会って半日で気を許すなど、まともな神経を持つ冒険者であるなら考えられない。

 だがヤマトはなんとなく、こうも考えていた。

 太郎丸は案外、付き合いの良い奴なのかもしれない、と。これといった理由は無い。ただ、なんとなく、だ。


「なあ、アンタ達ってパーティー組んで長いのか?」


 パチっと弾けた薪の音に後押しされ、ヤマトが沈黙を切り崩し声を掛ける。

 パーティーとは、一緒に冒険をする仲間の事だ。今の状況であればヤマトはノエルと。太郎丸はサークスとパーティーを組んでいるという事になる。


「いや……三ヶ月程前からだ」


 短く答える太郎丸。会話を嫌がっている風では無い。単に口下手なだけなのだろうか?


「そうなのか? 案外短い付き合いなんだな。こなれた連携してたから、てっきり長いのかと思ったぜ」

「サークス殿に誘われてな。それまでは独りだ」


 腰の曲刀を鞘から少しだけ抜き出し、刃の調子を確認しながら太郎丸は言葉を返す。

 ほぼ全身の毛が真っ黒の彼だが、手と足の先端だけは手袋でもしているかのように真っ白だ。それが月と炎の光を反射して、やけに目立つ。


「お主は?」

「俺? 俺はノエルと結構長いな……幼馴染だし、もう十年くらいかな? 腐れ縁ってヤツか」


 十年前……ノエルと二人で冒険者となった時は、共にド素人でありレベル1だった。近隣の野犬を追い払うのでさえ苦戦し、二人で逃げ帰る事さえあった程だ。

 しかし次第にノエルが天使の能力を自在に操れるようになると、状況が変わる。

 ほぼノーコストの治癒能力。無敵とも呼ばれる防御能力。汎用性の高い光を操る能力に加え、飛行能力、交渉に有利な美貌。更には神の道から外れた邪悪な存在に対する強力な攻撃能力。最後には世間一般の気高い天使というイメージが放つ、抜群のブランド力……それら全てが高く評価されたノエルがレベル20の認定を受けたのは、ヤマトがまだレベル2と3の間を行き来していた頃だった。


「俺もアンタくらい強けりゃな。一人旅でもして一気にレベル上げすんだけど……」

「無理、なのか?」

「ああ。実力不足ってのもあるけど……俺が一人で依頼受けようとすると、コイツがいつも勝手に付いて来るんだよ」


 言いながら、ヤマトは隣で寝息を立てる天使の鼻を摘む。やがてノエルが顔をしかめ、うんうんと寝苦しそうに身悶えし始めると、彼はイタズラっぽく笑って手を放すのだ。

 そして自嘲気味に笑って続ける。


「とか言っても、ノエルからしたら俺はスゲぇ頼りなく見えるんだろうな。だから援護してやらなきゃ、って感じで付いて来るんだろ……まあ十年冒険しててレベル4じゃ、そう思うのも無理無いよ」


 普通の人間が冒険者として名乗りを挙げ、十年間ひたすら頑張った場合の平均レベルは10前後。一年に一つレベルが上がるという計算だ。そう考えればヤマトのレベルは平均の半分にも満たないという事になる。


「実際ノエルには、いっつも助けられてばっかりで……あ~あ、強くて頼れる男になりたいぜ」


 自らの言葉を誤魔化すように、大きく伸びをしたヤマト。

 すると、堪えきれなかったのだろう。太郎丸が小さく吹き出した……笑っているのだ。


「な、なんだよ? 笑う事無いだろ?」

「ふふ……いやなに、すまぬ。ヤマトといったか……お主、ノエル殿から『そんなに卑屈になるな』と言われたりせぬか?」

「え!? なんで……?」


 驚きの声を上げるヤマト。初対面の相手に普段の言動を見抜かれた動揺が、大っぴらに表へ出てしまう。

 そんな素直な反応を返すヤマトへ優しげに目を細め、太郎丸はゆっくりと立ち上がって言った。


「ヤマトよ、自信を持て」


 大きな声では無い。間近の者にしか聞こえないような、小さな声だ。だが太郎丸の言葉はやけに鮮明な音となりヤマトの耳へ届いていた。


「為したい事に実力が追い付かぬ、もどかしさはわかる。それ故に落ち込む気持ちもな……だが考えてみるが良い。本気で頼りないと思う男の側に十年近くも身を寄せる、そんな馬鹿者は居るまい」


 座ったまま、漆黒の人影を見上げるヤマト。無口だと評された人狼の言葉は、聞き流す事の出来ない重みでもって心を満たす。


「ノエル殿は、お主と一緒に居る事を望んでいるのだ。他の誰でも無い、お主だからこそ共に歩もうとしている」


 太郎丸の言葉に、ヤマトは驚きが隠せない。

 冗談であれ社交辞令であれ、そんな事を言われたのは、これが初めてだった。

 幼馴染という立場を利用して、希少な天使を占有する雑魚冒険者。お人好しのノエルが断れないのを良い事に、つまらない冒険へと連れ出しては天使の恩恵を受ける恥知らず。それが一般的なヤマトの評価だ。

 ノエルの実力であれば、もっと大きな依頼……例えば国家の存亡に関わるような冒険へと旅立ち、仲間と共に喝采を浴びるような活躍する事もできるだろう。それが世の為であり、ひいては彼女の為だ。だがヤマトが無理矢理連れて行くものだから、それが出来ない……二人を知る者の大半は、このように考えている。

 しかし太郎丸の意見は違っていた。ノエルは自ら望み、ヤマトの側に居ると彼は言う。


「お主は自分で思うよりも遥かにノエル殿から頼られ、信頼されているのだ。それを自覚し、胸を張るがいい」

「ははっ、何を言い出すかと思ったら……気休めのつもりか? タチの悪い冗談にしか聞こえないぜ」


 苦笑するヤマト。そして思う。

 初対面のお前に、俺たちの何がわかるんだよ。証拠も何も無く、知った風なクチ聞いてんじゃねぇよ! と。

 だが……。


「けど……あんがと。ちょっとだけ、報われたかも……しれねぇ」


 ヤマトは俯き、呟く。


「俺、もっと……」


 語尾が掠れていたのは、朝靄が喉に入り込んだ為だろう。落ちた雫も朝靄が生んだ物に違いない。

 太郎丸は少年に目を向ける事無く、東の空をただ真っ直ぐに見やる。

 気が付けば空は白み、朝日が四人の冒険者を照らし始めていた。

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