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第五十六話:いい女!(四)

 時は遡り、数日前。琥珀色の村の、村長宅での事。

 集まる村人たちの注目を浴びながら、アデリーネは部屋の中央にて真っ直ぐに立ち、落ち着いた声色でもって、ゆっくりと話し出す。


「私は皆さんに、この村へ悪魔が向っている旨と、その退治に際するご協力をお願いしたいと考え、やってまいりました」


 ヤマトの仲間であると名乗ったエルフが口にした唐突な話。その突拍子も無い内容に、村人たちはざわめき立つ。悪魔だとか退治だとか、こんな田舎の村にまでやってきて、この娘は一体何を言っているのだ? といった調子だ。

 唯一、年老いた村長だけが微動だにせず、二の句を待っているようだ。


「まずは私の出自から……先程スミさんからもご紹介に与りましたが、改めてヤマト様との関係性についても説明しながら、今、彼の周りで起っている事と、この村がどう関わっているか……その全てお話したいと思います」


 誰かを説得する上で、あまり効果的とは言えない話の運び方だった。しかしアデリーネは、あえてそれを選んだ。

 事実を隠した話術や損得を考えた駆け引きで、この人たちを煙に巻きたくない。ヤマトはきっと、それを望まない。何もかも理解した上で、協力をお願いしたい……そう考えたのだ。


「私は、ヤマト様がこの村を訪れた際の依頼人である、富豪ノーウェイに側室として仕えていた者です。彼に捨てられた所をヤマト様に助けて頂き、そのままお側に仕えて……えと……冒険のパーティーに加えて頂き、現在に至ります」


 彼女自身とヤマトの話。そしてこれまでと、今起っている事。それらを包み隠さず、誤解を生まないよう気を配りながら正直に話して行く。

 ヤマトが悪魔から酷く恨まれている事。彼を苦しめる為に、彼にとって大切な物が次々と狙われている事。その中に、十中八九この村も含まれている事――。

 アデリーネの話を聞く内、村人たちのざわめきが大きくなって行く。当然だろう。悪魔に狙われる……それは一般人にとってみれば、自然災害のような抗えない大きな力に襲われる事と同じなのだ。


「もしも敵がこの村を狙っているとヤマト様が知れば、きっとあの人は何を置いても駆け付けようとするでしょう。この村を全力で守る、と」


 すらすらと喋っていたアデリーネ。だが、少しだけ声のトーンが落ちる。それに、僅かな反応を見せる村長。


「ですが今、ヤマト様は非常に希少な機会の中にあります。普段であれば手の届かない、憎い仇を叩けるかもしれない……そんな千載一遇の好機を得ているのです」


 ここから先を喋るかどうか? 刹那の時間の中で、何度も迷うアデリーネ。何故ならば自分の独断で、この村に対して不利益をもたらす選択をしたと告白する事になるからだ。

 もしこれで大きく信頼を損なえば、協力してはもらえないだろう。それどころか、ヤマトの名前にまで傷がついてしまう。だが……もしも彼ならば。嘘を付いて、村の皆を騙してでも協力を得ようとするだろうか? 答えは……否だ!


「ここへ救援に駆けつけた場合、そのチャンスは二度と失われてしまいます。私は、彼の……ヤマト様の邪魔をしたくありません。ですから彼には何も告げず、私の勝手な判断で……戦力の少ない状態で悪魔と戦おうと単独でここへ参り、皆さんに無理なお願いをしております」


 膝をつき、床へ手を添えるアデリーネ。


「ここへ来るまでの間に、スミさんと協力して鳴子を仕掛けております。事前に悪魔の来訪に気付く事が出来れば、最悪、逃げる事は可能だと思います。一旦は逃げて悪魔をやり過ごし、安全を確認してから村に戻るという手も……ですが……っ!」


 アデリーネが頭を下げ、床に擦り付ける。


「お願い致します!! ヤマト様の為に、どうかご協力をお願いしたいのです! 皆様のお力無くして悪魔の討伐は果たせません! あの悪魔を野放しにすれば、いつかまたあの人に危害が及んでしまいます。それだけは……!」


 床に突っ伏した姿勢のまま、アデリーネが声を上げ続ける。当初の落ち着いた声はどこへやら、切羽詰った、必死さの滲む甲高い声だ。


「それだけは、私の何に代えても……嫌なのです! どうか、お願いします……ご協力を……!」


 必死に頭を下げるアデリーネを前に、困惑気味の村人たち。

 ヤマトは村を豊かにした恩人である。このエルフの娘にも協力してやりたいとは思う。だが、悪魔と戦う……それは戦いの心得が無い一般人にとって、死を意味する。

 流石に、それは怖い。それに個々の生活や、守るべき物だってある。だから無理だ……村人の一人が、そう告げようと口を開いた時だ。それまで身動ぎ一つせずに話を聞いていた村長が、一歩前に進み出て他の者を制し、アデリーネに問い掛けた。


「お嬢さん。策は、あるのですか?」

「あ……は、はい!」


 村長の声に跳ね起きるようにして頭を上げ、傍らに置いてあった背負子の包みを解くアデリーネ。中から現れた油紙を剥がして行くと、そこに見えたのは何十、何百という数の鋭い矢だった。

 これが一体、何だというのだろう? そう首を捻る村人たち。そんな中、村長の隣で矢の束をじっと見ていたスミが身を乗り出して言った。


「アデリ姉ちゃん。これ……なんか、光ってねぇか?」

「え……スミさん、この光が見えるのですか!?」


 戸惑いながらも頷くスミ。どうやら彼女には、この矢が放つ淡い魔法の輝きが見えているようだ。それはすなわち、スミに魔法を扱う素養がある事を表している。

 まさか希少な魔法使いとしての才能が、こんな所で眠っているなんて。まだ幼く聡明な彼女が十分な修練を積めば、きっと優れた魔法使いになれるだろう。アデリーネは驚きと喜びを同時に噛み締める。

 だが今は、それについて語っている時間は無い。


「スミさん、貴女が見ている光は……この伝説の武器が一つ『朽木の矢』が放つ、魔法の光です」


 伝説の武器という言葉に、村人たちから「ほぅ」と溜息が漏れた。

 この矢を使い、悪魔を倒す。それが策だと語るアデリーネ。


「直接戦闘を避ける為、まずは悪魔の動きを止めます……それには罠を使います。落とし穴の類であれば動きを止める事が可能でしょう。そこへ、皆さんでこの矢を打ち込んで欲しいのです」

「でも、こんな細い矢が悪魔に通用すんのかい? いくら魔法の矢と言ったって、俺たちが持ってる弓は、狩りに使う程度の安物だよ?」


 そう言って首を傾げる村の若者。彼は胡乱げな態度で朽木の矢へと手を伸ばす……。


「ダメです! 触ってはいけません!!」


 と、大声でそれを制止するアデリーネ。ビクリと身体を固め、若者の指先は矢の一寸手前で止まった。


「な、なんだい……急にそんな大声で」

「申し訳ございません。この矢は、素手で触れては危険なのです……見ていて下さい」


 そっと矢を手に取るアデリーネ。

 すると彼女の全身が淡い緑色の光に包まれ、スルスルと髪が伸びて行くではないか。同じく爪も、時間を早送りしているかのように伸びて行く。


「なぁ……っ!?」

「お分かりになられましたか? この矢は、触れた者の時間……すなわち寿命を吸い取ります。そして吸い取った分だけ鋭さを増し、傷付けた相手からは、吸い取った分と同じだけの時間を奪い去るのです」

「なんと……矢を使う者と使われる者、互いの寿命が縮むという事か!?」


 震える村長の声へ、一年分ほど歳を増したアデリーネは静かに頷いて返し肯定の意を示す。


「悪魔憑きとなり強靭な肉体を得たとて、時間は有限、寿命はあります。朽木の矢は、エルフ族の長い寿命……それを悪魔を倒す力へと転化させた武器です」


 かつて、故郷であるエルフの隠里を襲った悪魔の群れ。その災厄をアデリーネの両親たちは退けたようだった。

 だが、どうやって? アデリーネは、ずっと不思議に思っていた。自分の同族たちは如何にして悪魔を退けたのか? しかし隠里に朽木の矢が隠されていると気付いて、その効果を知った時、全てがわかった。

 勇敢なエルフたちは自らの寿命を削って悪魔を滅ぼし、自らも倒れて行ったのだ。


「この矢に私の寿命を込めます。ですから先程言ったように皆さんで悪魔へと、朽木の矢を射掛けて欲しいのです。威力は関係ありません。刺さらずとも当てるだけで効果が出て……充填された寿命の分だけ、悪魔の寿命が減ります」


 それと動きを止める為の落とし穴。その製作も協力して欲しいと皆に伝える。


「矢を放った後、皆さんには安全な場所へ退避して頂き、後は私が。悪魔の寿命を削り殺してご覧に入れます」


 如何でしょう? そんな視線を、周囲へと向けるアデリーネ。

 村人たちの危険は極力減らしたつもりだが、危ない橋である事に変わりはない。断られても仕方が無い話だ。せっかくスミに案内してもらい琥珀色の村までやってきたが、もし断られてしまった場合は……。

 村人たちの様子を窺いながら、そんな事を考えていたアデリーネ。その視界を何かが横切った。その小さな人影は一直線に朽木の矢へと向うと、躊躇無く素手で拾い上げる。


「な……っ!」


 慌てて小さな人影へと駆け寄るアデリーネ。だがその小さな影は……スミは、矢を離そうとしない。


「何をして……っ! 今すぐそれを捨てて! 捨てなさい!!」

「ヤダぁっ!!」


 何がそんなに嫌だというのか。ダダを捏ねるスミに組み付き、無理矢理手を開かせて矢を奪い取るアデリーネ。投げ捨てた矢が乾いた音を立てて床に転がり、淡い魔法の輝きを放つ。


「あぁ……なんてことを! スミさん……!!」


 組み付いていたスミから身体を離し、アデリーネは絶望の呻きを上げた。

 先程まではショートボブ程度だったスミの赤毛が、腰の近くまで伸びている。爪も伸び、同じく身長も……軽く頭一つ分は伸びているのではないか? 子供っぽく、寸胴だった体型も腰がくびれて胸が膨らみ、女性としての一歩を踏み出している。そして顔も、ふっくらとしていた頬が引き締まり、どこか大人びた顔付きに。更には……。


「ぺっ!」


 スミが吐き出した、幾つかの白い物。この十秒足らずで乳歯が抜け、永久歯へと生え変わったのだ。


「スミさん! ご自分が何をなさったかわかっているのですか!? 貴女は寿命を……命を削られたのですよ!?」


 一年、二年……いや、もっとだろうか? この将来有望な少女の貴重な時間が、こんな矢一本によって大きく削り取られてしまった。

 人の一生は短く、エルフの十分の一にも満たない希少な物。特に子供の頃に過す時間は、大人になってからの何十倍にも匹敵する価値のある時間だ。それが……それなのに!


「本当にっ! 本当に、なんて馬鹿な事を! いま失った時間でスミさん、貴女は! 様々な事を学び、家族と憩い、大好きなヤマト様と楽しい時間を過す事ができたのです! 私のように有り余る無駄な時間とは違う、スミさんの貴重な時間……! なのに、それを……っ!!」


 少し大きくなったスミの肩に手を掛けて、アデリーネは考え無しの馬鹿な少女と自分自身を激しく責める。

 こんな事になるのなら、先に全ての矢へ自分の時間を込めておけば良かった。寿命が尽きてしまう事を恐れ、必要な分にだけ……などとケチな事を考えたばっかりに、スミに大変な事をしてしまった。

 どう詫びて良いか……本人に、そしてご両親や彼女を大事に思う全ての人に、自分如きがどう償えば良いのかわからない。


「アデリ姉ちゃん」


 自らの肩に置かれた手を握り返すスミ。その声も少しだけ、大人びた物となっている。


「姉ちゃんさ、もしもあたし達に協力断られたら、村のずっと手前で悪魔と戦うつもりだっただろ?」

「何を……! 今は、そんな話をしているのではありません!!」


 手を振り払い、アデリーネは後悔や懺悔を怒りとしてスミへぶつける。

 だが図星だ。もし協力を拒否されたなら、少しでも時間を稼いで逃げ遅れる者を減らす為に、村から離れた位置に罠を張って一人で戦うつもりだった。


「そうなったら、あたしも一緒に戦う……戦わせて?」

「ですから、今は……!」

「なぁ……あたし達、狙われてるんだよな? それじゃあ、ココでやんなきゃ結局はすぐ死ぬか、ずっと先に死ぬかの違いだろ? だったら、少しくらい協力させてよ……寿命なんか惜しくない。あたし糞チビにしてやれる事、他に無いんだから」


 スミの言葉に、かつての自分を思い出すアデリーネ。

 悪魔の村からノエルを助ける際、良く似た事を太郎丸へ言った記憶がある。自分がヤマトの為に出来る事は、他に無いと。

 スミもきっと同じなのだ。あの時、自分は身体を差し出し時間を稼いだが、スミは命を差し出した……それだけの違いであり、思いは同じ。

 惜しむ物など何も無い。ただ愛する人の、力になりたい――。


「……矢を用いても、勝てるという保障はありません。そもそも矢が掠りもしなければ、効果もなにも……」

「その為の罠なんだろ? それに矢が当たりゃ、その分だけ悪魔の寿命が減るってんなら、矢に込める寿命も無駄じゃねぇ」

「三十路を超えたあたりで、必ず後悔しますよ」

「いま後悔するより、良いんじゃないの?」


 項垂れるアデリーネへ、スミは以前と変わらない、青く晴れ上がった夏の大空の如き爽快な笑顔を見せて言った。


「それにさ、今のあたしくらいだったら糞チビと並んでても変じゃなくね? むしろお似合いだろ!」

「……ばかじゃないんですか、あなたは……もう」


 瞳の奥が熱くなる。

 今わかった。傷ついたヤマトの身体を癒したのが琥珀色の村であるならば、傷だらけの心を癒したのは、間違いなくこの少女だ。スミがこの眩いばかりの笑顔でもって、彼の進むべき道を明るく照らし、優しく導いたのだ。


「ふふ……全く、うちの孫は誰に似たのですかな」


 二人のやり取りを見ていた村長が、一歩前へと踏み出す。その表情は、孫の時間が失われた事に対する陰りと、心身ともに立派な成長を遂げつつある幼子への喜びが見て取れた。そして彼は、スミと同じく何の躊躇も無く、朽木の矢へと手を伸ばす。


「い、いけません!」


 今度こそはと、村長の手が矢に触れるより前に身体を割り込ませ、制止する事に成功するアデリーネ。ところが、彼女が村長の制止で手一杯になっている隙に……。


「そうそう、村長は止めときな。死んじまうぜ」

「これを握れば良いの? 三つ数える間くらいで良いのかしら?」

「俺の人生、濃いからな! かなり凄ぇ威力になるんと思うぜ!」


 村の面々が、次々に朽木の矢を手に取り出したでは無いか。


「皆さん何を……! お止め下さい!! 貴重な皆さんの時間が……!」


 アデリーネが悲鳴にも似た声を上げる。だが、そんな彼女へ村人たちは笑顔を向ける。


「いつまでも冒険者にだけ頼ってられねぇ。ここは、俺達の村なんだからよ」

「私たちの時間が貴重だって言うけれど、エルフさん、貴女の時間だってとても大切な物なのよ。大好きな人と過せる今という時間を、大事になさって」

「ま、みんなでちょっとずつ出し合えば良いだろ。これで悪魔倒せるんなら、安いモンだ」

「おぉぉすげぇ、髪の毛伸びたぜ!」

「……俺は……抜けた」


 代わる代わる、矢を握る人々。アデリーネが止める間も無く、全ての矢に村人たちの時間が蓄えられる。


「どうやら、考える事は皆同じであるようですな」


 村長は自分を押し止めるアデリーネの身体をそっと遠ざけ、深みのある優しい声で、村人たちの総意を伝える。


「アデリーネさん。我々琥珀色の村一同、貴女に協力致しましょう」

「……!」


 潤んだ目を見開き、村長を見返すアデリーネ。老齢の男性は、皺枯れた細い目を更に細め、静かに頷いて返す。


「ええ、貴女と共に悪魔と戦う事をお約束致します。ですが、勘違いなさらないで下さい……これは貴女が、ヤマトさんのお連れの方だからではありません」

「……?」


 聡明なエルフが、村長の言葉に首を傾げる。


「貴女になら、我々の命を預けられる。そう思ったからです。皆で一緒に頑張りましょう」

「は、はい……!」


 アデリーネの双眸から、堪えていた涙が零れ落ちる。

 どうして人間はこんなにも馬鹿なのだ。ただ単に少しだけ手を貸して放っておけば、馬鹿なエルフが勝手に悪魔と戦っていたものを。頼んでもいないのに大切な自分の命を削って、初対面の女にそれを託して一緒に戦おうなどと……どれだけ、馬鹿なのだ。


「おやおや、泣かないで下さいアデリーネさん。こんな綺麗な女性を泣かせてしまっては、亡くなった妻に怒鳴られてしまいます」

「わはは、流石だな村長。今も昔も女泣かせってか?」


 集会所が、笑顔に包まれる。

 涙を流すアデリーネもまた笑顔だ。

 みんな馬鹿だ。馬鹿ばかりだ。それなのに何故だろう。こんなにも心強い。

 彼らと一緒になら、悪魔にだってきっと勝てる。いや……必ず!

 この時、アデリーネは思ったのだ。ヤマトの為にだけでなく……彼らの為に命を賭けようと。

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