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第三十八話:悪魔の村(四)

 顔や身体に包帯を巻き、痛々しげに足を引き摺る悪魔たちが村野集会所に集まる。魂を売って強靭な肉体を得た彼らの、そんな姿を見る機会など滅多にありはしない。


「逃げらレた、だと?」


 情けない顔で頭を下げる悪魔たちへ、サークスは多分に怒りの色を含んだ声を浴びせ掛けた。


「その……天使を連れて逃げた狼の獣人が滅法強くて……あとエルフの女も……」

「結構追い込んだんスよ? でも逃げた先に罠がいっぱいあって……」

「くっ……! 太郎丸とアデリーネか。油断モ隙もあったモノでは無イな」


 悔しげに呻き、かつての仲間を思い返すサークス。

 自分たちが伝説の手甲を探す為に村を離れた、ほんの一週間程の期間。その間に乗っ取っていた村が襲撃を受け、戦力は半壊。その上ノエルまで奪われた。無残な天使の姿をなるべく多くの人々へ見せつけ、その信頼を削ごうと生かしておいた事が裏目に出た形だ。

 僅かな隙を突いて、見事に目的を達した彼ら二人。何十体もの悪魔がうろつく村へ、たった二人での天使奪還作戦はあまりに無謀と感じられる。

 しかし太郎丸はベテランの冒険者、アデリーネは高い知力を誇るエルフ。覚醒したばかりで能力が低く、しかも冒険経験の無い悪魔たちでは一度でも見失ってしまえば追跡は困難だ。それを見越しての大胆不敵な行動……敵ながら天晴れという以外に無い。

 しかし、天晴れなどという言葉では収まりがつかないのが、以前よりアデリーネに目を付けていたバラだ。鼻息荒く脚を踏み鳴らし、手近な者に食って掛かる。


「ばるるっ! で? お前らはイイ思いしたのか? アデちゃんに、イイ事してもらったのかっ!?」

「え、ええ。まぁ一応……あんだけの別嬪さんだモンで、ヤっとかないと損かと思っ…………」


 その悪魔は最後まで言葉を続ける事ができなかった。激昂したバラに、頭部を丸ごと食い千切られたのだ。

 ボリボリと頭部は噛み砕かれ、残った胴体からは真っ黒な血が勢い良く笛のような音を立てて噴出し、ゆっくりと崩れ落ちる。


「ぶおぉぉぉッ!! お前らッ! よくも俺より先にッ! ア、ア、アデリーネに手ェ付けやがったなあアァァァッァッ!!」


 茶褐色だったバラの肌がサッと赤銅色へと変色し、深い赤色だった目から真紅の輝きが漏れ始める。


「ゆッ! るッ! さッ! んッ! ぞおぉぉぉぉッ!!」


 地団太を踏んで地を揺らし、一言発する度に腕を振うバラ。運悪く丸太のような彼の腕に巻き込まれた悪魔たちはまとめて薙ぎ倒され、踏み鳴らす蹄によって体の各所を踏み砕かれる。

 苦しげな悲鳴を上げる悪魔たちだが、肉体の強化された彼らがそう簡単に死ぬ事は無い。だがそれ故に、とことん運の悪い者は何度も何度もバラに踏まれ、死ぬ事も出来ずに地獄の苦しみを味わう事となった。


「バラ、その辺にシておけ。辺りがクサくなる」

「ぶふっ、ぶふっ、ぶはーーーっ! くっそ、くっそぉ……!」


 サークスに言われて仕方なく動きを止めるバラ。まだ腹の虫は収まらない様子だったが、これ以上にダダを捏ねても仕方がない。


「ソレにしても……」


 サークスは思う。生物の大半を遥かに凌駕する能力を持ちながら、悪魔は何故これほどまでに脆く、この世界に進出する事が出来ないのか。理由は幾つかあるが、その内の一つが、この理性と協調性の無さだろう。

 欲望を糧とする悪魔。それ故どうしても己の欲望に忠実となってしまう。私利私欲を捨てて目標の為に協力するという事を知らず、物欲や性欲に溺れて目の前にある餌に食いつき、隙を突かれてしまう。

 天使の始末よりも、己が欲望である武具探索を優先させた自分に言えた義理では無いが、本当にどうしようもない馬鹿さ加減だ。特に悪魔憑きとなったばかりの悪魔は飢えており、そういった傾向が強い。


「クソ……仕方ない。武具捜索を一旦打ち切っテ、太郎丸たちヲ……」

「まあ、そう焦らなくても良いではありませんか、ボス」


 サークスの声をやんわりと遮る者があった。一連の騒ぎには関与せず、少し離れた場所で寛いでいたガイランだ。腕を組む彼の両腕には、黄金色に輝く見事な手甲が装着されている。伝説の武具に名を連ねる『幻魔の爪』だ。


「伝説の装備でも探しながら、ゆっくりと向えば良いのです。賢者の鎧が天使の力にも有効だと判った今、我らに敵はおりません」


 組んでいた腕を解き、ゆるりと立ち上がるガイラン。虎の獣人は音も無くサークスへ近寄り、小さく耳打つ。


「我らが嬲り、ポンコツとなったあの天使がいくらか回復した所で、たかが知れております。それならば今の我らに必要なのは、攻撃力。信仰を失っていない天使にでも通用する、巨大な破壊力です」


 鋭い目を赤く爛々と輝かせ、ガイランが手甲から伸びた爪を擦り合せる。この獣人が欲するのは、強さ。敵を蹂躙し、嬲り者に出来る圧倒的なチカラだ。


「狩りを、楽しみましょう」

「ソウだな……」


 彼の言葉に頷くサークス。伝説の鎧と盾を得て天使の光が脅威では無くなった今、仮にノエルが復活したとしても焦る必要は無い。むしろ……。


「ボスが気に掛けていたチビも、俺の手にかかれば簡単に虫の息。自分の女が滅茶苦茶にされた事を知れば、ベッドの上でさぞ悔しがる事でしょう」

「アア、ソウだ……その通りだ。奴だけは生かさず殺さず、苦しみを与え続ける必要がアル」


 ヤマト。奴を嬲る事こそが先決だ。

 サークスは……いや、サークスを乗っ取った悪魔は思い出す。光の奔流に飲まれ、聖なる力に身体を焼かれながら吐き出した言葉を。


『ヤマト! お前ダケは何千、何億回生マレ変ワロウとも見ツケ出シ、最高の屈辱と絶望を与エテ、必ズ殺ス!! 覚えてイロ、必ズだ!!』


 長い時間を掛けて欲に肥え太った人間に囁き続け、やっと魂が手に入った……と思った途端に滅ぼされる口惜しさ。しかも、最も大きな障害となったのがレベル4程度の小童なのだから、余計に許し難い。


「ぶひ? 確か大将が前にゲットした身体って……ノーウェイとか言いましたっけ?」


 サークスの中に住まう悪魔が頷いて返す。


「アレは中々だった。身体の性能は低かったガ、家柄と資金力だけは比類無く……邪魔さえ入らなけれバ、酒でも女でも、金で手に入るモノなら全て得られていただろう。ソレだけに、奴らの妨害は腹立たしイ」


 サークスの口を借りて、軽く舌打つ悪魔。

 だがかつてノーウェイに憑いた自分を滅ぼしたパーティーも、サークスは自らの手の中へ堕ち、ノエルは再起不能。ヤマトもガイランの手によって蹂躙されて半死人となっている筈だ。残るは太郎丸のみだが、その太郎丸とて悪魔の軍勢を前にノエルを連れて逃げるのが精一杯だった様子。アデリーネの協力を得てもその程度なのだから、恐れるに足りない。


「よし……全員、身支度ヲ整えテおけ! 明日カラ動くぞ!」


 サークスの声に、おう! と声を上げる一同。


「覚悟しろヤマト。お前の大切な物は全て、この僕が破壊してヤル……お前の目の前で! そして最高の屈辱と絶望の中、優しく縊り殺シてあげるよ……」


 革グローブを軋ませて拳を握り込み、にやりと笑った金髪の青年。

 真面目で責任感が強く、ドライだけれど仲間思い――そんなかつての面影は、今のサークスには微塵も残されていなかった。

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