第三十一話:闇の胎動
光の無い状態を暗闇と呼ぶのなら、この場所は間違いなく暗闇といえる。
ただ一面の赤。赤が支配し、赤以外に何の要素も無く、光さえも無い空間。だから暗闇。真紅の暗闇だ。
その中で独り、彼は考えていた。赤の中に浮かび、休む事も、眠る事も無く、ひたすら考えていた。
人や動物など生き物の多くは、肉や野菜を食べ、それをエネルギーとして活動する。
肉体を持たぬ精霊たちは、風の動きや炎の揺らめき――それら大自然の営みそのものをエネルギーとして活動する。
そして悪魔は、生き物の欲望をエネルギーとして活動する。
では天使は?
天使の力は無限だという。湯水の如く何処からか湧き出し、人々を守り、人々を癒す。連続使用によって多少は疲れたり、精度が落ちたりする事はあるようだが、力そのものが枯れて無くなるような事は無いらしい。
おかしいではないか。
人や動物は餓えれば死ぬ。精霊たちに至っては、エネルギー源たる自然の営みが無い場所では存在する事すらできない。例えば炎の精霊が水の中に存在できず、逆もまた然りであるように。
悪魔だって同じだ。契約を交わした相手の欲望が弱ければ力は弱まり、欲望が消失した場合には完全に力を失い、場合によっては消滅してしまう。
なのに何故、天使だけが無限の力を得ているのだ。
生き物の欲望を糧とする悪魔。その実体は形を持たず、どちらかと言えば精霊たちに近い。
生き物たちに甘い声で囁きかけ、欲望を煽って契約を交わす。そして契約を交わした相手に取り付き、次第に欲望と力を増大させて、最後には肉体も記憶も精神も、魂さえも我が物とする。
非常に強力であると思われがちな悪魔――だが制約も多い。
まず取り付く相手と契約を交わさねばならず、それまでは心に囁きかける程度の力しか無い。首尾良く対象と契約を結べても、完全に相手を乗っ取るまでは本来の力を振るう事は出来ず、取り付いた相手の能力を増強する程度の事しか出来ない。
しかも悪魔は力を振るう度に魔力を消耗する。悪魔にとって魔力はスタミナのような物だ。休めば回復するし、仮に尽きたとしても死にはしないが、力は大きく減退する。
比べて、天使にそのような制限は無いという。
おかしいではないか。
彼は暗闇の中で考え続ける。
どうしてこうまで天使ばかりが優遇されているのか。
人形生物の中にあって飛べるというだけでも異質な存在だ。なのに、それに加えて強力かつ無制限に振るえる能力の数々……しかもそれらは、生まれた時から何の苦労も無く身に付いている天賦の才だというのだ。こんな物、ズルいの一言で済まされる問題では無い。神に愛されるにしても程があるだろう。
大体が、万物の長たる神でさえ……。
そこまで考えて……彼は、思考を止めた。
神でさえ……そう、神でさえ。ならば天使は? 神の使いたる天使はどうなのだ?
真紅の暗闇に包まれ、彼はほくそ笑む。
闇は、次第にその度合いを深く、濃くして行った。




