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第二十九話:暗雲

 日も高い時間帯。いつものほろ酔い亭一階の、いつもの場所。いつものように軽食が並ぶテーブルを囲み、いつも居る六人の姿がある。


「そろそろ次の武具を探しに出ようと思うんだ」


 塩気の効いた生ハムを噛み千切り、サークスが口を開いた。彼の眼前には、いつものように羊皮紙が、これまたいつものようにジョッキを重石として広げられている。


「これは多分、手甲の類だと思うんだ。名前は『幻魔のなんとか』……資料に不明な点が多くてね、全部は読み取れなかった。でも場所の特定は出来てる」


 新たに広げられた別の羊皮紙には、詳細な地図と様々な但し書きが交易用の標準語で書かれていた。どうやら現在地から馬車で十日程の距離にある洞窟内部が目的地であるようだ。


「最新の地図で確認すると、近くに小さな村がある。そこで準備を整えて……洞窟は狭い場所みたいだから、前のような人海戦術は使えない。だから少数精鋭、このメンバーで……」

「すまぬサークス殿、暫し宜しいか」


 太郎丸の低い声が言葉を遮り、強引に話を中断させた。普段から無口な彼が、こういった形で口を挟む事は珍しい。


「どうしたんだい太郎丸。珍しい事もあるじゃないか」

「うむ……いやなに、少々気になっている事があってな。実は某、ここ数日ヤマト殿を見かけておらぬのだが……誰か知らぬか」


 その言葉で、テーブルの空気が変わる。

 サークスとバラ、ガイランの三人は「ああ、その事ね」といった雰囲気。

 ノエルは目を逸らし、俯いてしまった。その話題には触れないで欲しい、聞いて欲しくないと、あからさまな態度だ。

 アデリーネは、質問を投げ掛けた太郎丸と同じ。貴方が聞かなければ私が聞いていた……そう目で訴えている。


「何か心当たりがるようだな、サークス殿」

「ああ、すまない。別に隠すつもりは無かった……というか、ちょっと言い出し辛くてね。先に結論だけを言うと……彼は、パーティーを抜けたよ」


 サークスの台詞に、少なからず動揺を見せる太郎丸、そしてアデリーネ。


「恥かしい話だけど、数日前に僕がちょっと揉めてしまってね。ヤマト君は、出て行った。どこに居るのかは、僕も知らない」


 サークスの言葉を確かめるように、太郎丸の視線は俯くノエルの方へ。

 見られている事を敏感に感じ取ったのだろう。少しだけ顔を上げて太郎丸を見つめ返したノエルだったが、すぐに辛そうに目を伏せてしまう。


「ノエル殿、一体……」


 何があった?

 ノエルに問いかけようとした太郎丸を、静かに首を振ってアデリーネが制した。その代わり、発言を引き継いでサークスへと質問を向ける。


「それではサークス様。この手甲の探索はヤマト様抜きで?」


 そのつもりだよ、と頷くサークス。彼の左右に控えるバラとガイランも頷き、口々に言い放つ。


「大丈夫だよアデちゃん。あんな弱っちい奴一人くらい居なくても、俺様がキッチリ守って見せるからさぁ」


 ブヒヒと唇を震わせて笑い、自信満々の様子を伺わせる馬の獣人バラ。


「レベル32の剣士とレベル20の天使が居る。戦力に不足は無い」


 太い腕を組み、淡々と告げる虎の獣人ガイラン。直後、レベルの低い小物など邪魔なだけだと、独り言のように呟いたのが耳に残る。


「左様……か」


 全員の様子を伺い、息を吐いた太郎丸。自分が少し場を離れていた間に、一体どれほどの事が起こったというのか。故郷からこの街へと戻る際もしきりにノエルの事を気に掛け、事あるごと口にしていたヤマト。そんな男が、華奢な身体を悲しみに沈ませるノエルを捨て置いて、独りどこかへ行くなど俄かには信じられない。

 ちらりと、傍らのアデリーネに視線をやる。すると彼女も太郎丸と同じく、固い意志を湛えた瞳でもって頷いた。


「すまぬサークス殿。今回の案件、某は一緒に行けぬ」


 ガタリと椅子を蹴るようにして立ち上がり、そう宣言する太郎丸。テーブル上の食事もそのままに、憮然とした表情で立ち去ろうとする。


「どうしたワンちゃん? 臆病風にでも吹かれちったか?」

「……用事が出来た」


 からかうようなバラの台詞に意を解さず「御免」と言い残しテーブルを去る太郎丸。それに続き、アデリーネも席を立つ。


「申し訳ございません。せっかく誘って頂いたのに恐縮なのですが、私も暫しお暇を頂きたいと思います」

「おいおい、マジかよアデちゃん! 一緒に行こうぜぇ! 俺が守ってやるってば!!」

「いいえ、バラ様。お気持ちは嬉しいのですが、そもそも私はヤマト様に身請けして頂いた身。主人の下を離れる事自体が、有り得ないのです」


 盛大に唾と不満をぶちまけるバラをやんわりと嗜め、丁寧に頭を下げるアデリーネ。


「それでは、これにて失礼致します」


 そう彼女が言って頭を上げた時――ノエルと目が合った。

 とても哀しげでとても心配そうな、今にも泣き出してしまいそうな、脆く弱い印象の天使。ノーウェイの屋敷で最初に見かけた時の、優しく穏やかな、暖かい太陽の光を思わせる女性の姿など、今の彼女からは想像も付かない。


「あ、あのっ……」


 何かを言おうと、口を開きかけるノエル。だがしかし、何が邪魔をするのか声になる前に掻き消え、意味を成す言葉とならない。周囲に伝わるのはもどかしさだけ。

 だがアデリーネには伝わっていた。


「大丈夫です、ノエル様。あの方を信じて、いまはお待ち下さい。彼は、必ず戻ります。貴女の元へ……」


 気休めにもならない、無責任な言葉だったかもしれない。しかしアデリーネの言葉は、心細さに震え、凍えかけていたノエルの心を包み、暖める。


「では」


 もう一度頭を下げて、太郎丸の後を追うアデリーネ。遠ざかり、雑踏へと消える二人の背中を、ただ見送る以外に無いノエル。

 そうしてしょんぼりと項垂れる天使を前に、黙ってテーブルに残る干し肉を口に運んでいたサークスが呟く。


「……気に入らないな」


 彼の一言を、耳に留めた者は誰一人として居なかった。

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