第二十四話:英雄の凱旋(二)
宿の部屋は多少広めの四人部屋であったが、それでも七人が詰め込まれるとなると、かなり狭い。加えて三人は身体の大きな獣人である。
「な……なんだか部屋の中がオトコ臭くなっちゃうから、窓開けるね」
ノエルの手によって窓が開かれカーテンが踊り、涼しい風が清涼な空気を運んで来た。それを合図に、サークスが口を開く。
「さて……まずは最初に謝らないといけない。もう気付いてるだろうけど、僕とノエルさんはキミたちが留守の間に、件の盾を探す冒険に出た。そこの二人とパーティーを組んで、ね」
そこの二人と言いながら示した先に、先程から黙って様子を見ていた獣人たちが居た。
片方は太い腕に鋭い爪を生やす、虎の獣人。もう一人は筋骨隆々逞しい、馬の獣人だ。
「俺はガイラン。格闘による近接戦闘がメインだ。レベルは16、よろしく頼む」
虎の獣人こと、ガイランが言った。それに馬の獣人が続く。
「俺様はバラ。レベル15の重戦士系ってヤツさ。前からサークスの大将にゃ、ちょくちょく世話になっててさ。お前らよりは付き合い長いと思うぜ?」
多少、不遜な態度でそう言ったバラに苦笑して、サークスが軽くフォローに入る。
「以前、しばらくパーティーを組んでいたんだ。こんな調子だが、腕は確かだよ」
初めてサークスと会った時、彼は無愛想な太郎丸に苦笑いしつつもフォローを入れていた。それを思い出し、苦労人気質なのだろうと微かに同情するヤマト。
そうして互いに初対面同士の者が軽く自己紹介を済ませて行くのだが……。
「どした、太郎丸? 腹でも痛いのかよ?」
ヤマトは、普段よりも更に無口になった太郎丸が、じっとガイランを見ていた事に気が付いた。
「知り合いか?」
「……いや」
二人の会話はそこで打ち切られ、話の続きが始められる。
「続けて良いかな? それで僕たちは盾を探して、西の火山に行ったんだ。知ってるよね、たまに噴火してる山だよ」
一応、といった感じで全員に確認を取る。その火山は割と有名ではあるが目ぼしい洞窟も魔物も居らず、冒険スポットとしてはマイナーな場所だ。
「そして色々と苦労はしたけど……結果は見ての通り、大成功さ! これで、伝説の武具の手掛かりとされるコレが、確かな物であると証明できた」
サークスが首に掛けていた革の小袋を引っ張り出し、中身を見せる。入っていたのは、蒼く輝く小石……ノエルが海底洞窟で見つけた物だ。
「この石の光が、武具を探すヒントになっている。不思議なのは、光を当てる物や距離によって、浮かび上がる情報が変わる点だろうか」
言いながら、試しに石から出る光を机に投射して、次に天井へ投射してみる。
「本当ですね。先程とは違う文字や図形が浮かび上がって見えます」
「面白いでしょ、アデリーネさん。でもヒントを頼りに探索するのに、毎回こんな事をするのは不便だからって事で……」
ずるり、と重そうなザックから引き摺り出される羊皮紙の束。果たして何百枚あるのだろう? 凄まじい量だ。
「可能な限り書き留めてみた。中には読めない文字や意味不明な図形も多かったから、書き留めたというよりは、模写に近いけれどね。明日からはこれを元にして、また別の場所へ探索に出かけようと思ってる」
そこまで喋り、サークスは一旦口を閉ざす。次はそちらの番だ、という事らしい。
「では僭越ながら私の方から、ヤマト様と太郎丸様にご同行して頂いた行程について……」
一歩前に進み出るアデリーネ。馬面のバラが器用に指笛を鳴らし「待ってました、アデリーネちゃん!」などと茶々を入れる。
そんな中、ヤマトは隣に腰掛けるノエルへ、耳打ちでもするように小声で囁いた。
「よう……久しぶりだな」
「そうだね。かれこれ二ヶ月……ううん。三ヶ月ぶりくらい? あんまり遅いから、心配したんだよ?」
少しだけ口を尖らせ、怒ったような口調で返すノエル。そんな仕草も久しぶりに見れば、以前より少しだけ大人びたような気がしなくも無い。
「危ない事とか、しなかった?」
ああ、全然。何の問題も無かった……と答えかけたヤマトだったが、アデリーネの説明が終われば全てバレてしまう。だから話を逸らす……いつもの手段だ。
「そういうお前はどうなんだよ? 誰も見つけられなかったお宝とか、危ない所にあったんじゃねぇのか?」
「ん……まあ、少しだけ。でも知ってるでしょ? 私、天使だもん。危ない事なんて、無いよ」
「そうかぁ? お前、そそっかしいからな。まぁとりあえず、無事で何より……安心したぜ」
そんな事を呟いていたヤマトは、ノエルがやけに嬉しそうな顔で自分の方を見ている事に気付いた。
間近で見る、幼馴染の顔。
風になびく髪。潤んだ瞳。白い頬に薄っすらと赤みが差し、濡れた唇は柔らかく、触れれば溶けてしまいそうな雰囲気だ。
「な……なんだよ?」
「ううん、別に」
何か、ノエルを喜ばせるような事でも口走っただろうか?
先程からの会話を思い出すヤマトだったが、特に思い当たるフシは無く、彼女の喜ぶ理由も思い当たらない。
だが一つ、アレの事を思い出した。ノエルにくれてやろうと、買った物の事を。
「そ、そう言やぁお前さぁ……」
「ん?」
唐突に手渡すのもなんだか気が引けて、適当な話題を振ってから……と思った矢先の事。ノエルの髪に、何かキラキラと光る物が付けられているのに気が付いた。
「あ……これ? なんかね、伝説の盾を見つけたお祝いだって言って、サークスさんが……」
それは、金の髪飾りだった。翼をイメージさせる細かな細工。深みを感じさせる光沢。所々で輝く石は宝石だろうか? ノエルの美しい金髪と光輪の輝きに紛れて気が付かなかったが、かなりの高級品だと一目でわかる、見事な飾りだった。
「に、似合うかな?」
「おう……良く似合うぜ」
本当に良く似合う。ノエルの為に作られたのでは無いかと感じさせる程に。
それに比べればどこかで見た小さな髪留めなど、子供の玩具程度の陳腐な品でしか無い。とてもでは無いが……渡せない。
「……というわけで帰還が少々遅れてしまったわけですが、これは安全を期す為に……あ、あのヤマト様、ノエル様? 聞いてます?」
「お!? お……おう、聞いてるぜ。なんかまぁ、色々大変だったよな!」
「そ、そうみたいだね! あははは……」
誤魔化し、曖昧な笑顔を見せる二人を前に、アデリーネは軽く溜息を吐いた。話を聞いてないのは、別にどうでも良い。だけど……特にヤマトへ問い正したい。
コソコソと仕舞いこんだ、その布張りの箱……本当に渡さなくて良いのですか? それで後悔したりしませんか? 今、この時に頑張るのでは無いのですか?
そして最後に、誰にも聞こえぬように呟くのだ。
「この、いくじなし」