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第二十三話:英雄の凱旋(一)

 大小、様々な建物が入り乱れた町並み。大勢の人々が行き交い、色々な店が軒を連ねる雑多な大通り。

 雑踏と喧騒に塗れながら、ヤマトは久々に訪れた街の雰囲気を楽しんでいた。

 結局、実家に逗留し続けて数週間。傷を癒しながら太郎丸に剣を学び、アデリーネから知識を得た。

 冒険者組合を尋ねてエルフの隠里に関する報告をしたり、狂ったシルフについての情報提供も行った。その際、ヤマトにとって嬉しい事があったのだが……それはまた、後程。

 ともあれ、淡々と続く晴耕雨読の日々。危険や死が隣り合わせの冒険と違い、退屈ではあるが穏やかな日常に生きる悦びのような物を感じるヤマトではあったが、ただ一つの焦燥感が彼を冒険者としての日常へと引き戻した。


「流石にノエルの奴も戻ってるとは思うけど……」


 そう呟きながらヤマトが訪れたのは、冒険者の雑貨を扱う道具屋だ。松明やランタン、毛布や食器といった日用品に近い物から、ポーションやマッピング用方眼紙といった冒険者御用達の品まで、雑多な物を扱っている。


「ポーションを1ダース。あとランタン用オイルも」


 カウンターの中年男性にテキパキと注文を伝え、使い果たしていた道具類を補充する。ノエルと一緒に行動していると忘れがちだが、回復薬や明りに纏わる物など、旅の中での消耗品は意外に多い。今回などは特にそれが顕著で、普段の冒険で自分がどれほどノエルに頼っていたのかを、何度も痛感させられていた。


「……ちょっと、礼でもしとくかな」


 そう思って見渡した道具屋の片隅に、目を引く物があった。

 布張りのケースに収まった、小さな髪留め。淡い色合いの花びらがさり気無く散りばめられた、シンプルではあるが趣味の良い代物だ。


「なあ、オッサン。これ……いくらだ?」


 何気なく出た自分の言葉に、ヤマトは多少の驚きを感じていた。それと同時に、しばらく前に聞いた妹の言葉が脳裏を過ぎる。


『ノエルさんはきっと寂しがってると思うよ? 帰ってきたら、優しくしてあげてね』


 柄でもないとは思うが、無視できない程度には胸に残っていたようだ。まさか自分よりも遥かに小さな小娘の台詞に影響されてしまうとは。


「……こんなモンで、アイツは喜ぶかねぇ?」


 道具屋を去り際、ポーションとは別の、軽く包装された小さな包みを懐に仕舞い込み、ヤマトは独り呟いたのだった。

 そして――。


「な、なんだこりゃ? 何の騒ぎだ!?」


 普段から冒険の拠点として定宿にしている「ほろ酔い亭」に足を運んだヤマトは、目を丸くして叫ぶ。

 一階の食堂に押し寄せる大勢の人、人、人……それらが生み出す熱気と喧騒。食堂の許容量はとっくに超えており、外にまで溢れ出して混乱を増大させている。


「あ、ヤマト様。こちらです!」


 人込みの中に見知った顔があった。アデリーネと太郎丸だ。実家から街までは一緒に行動していたが道具屋で別れ、二人は一足先にノエルやサークスの所へ向っていたのだ。


「どうなってんだコレ? 凄い人だな……お食事無料キャンペーンでもやってんのか?」

「いいえ。付近の方に話を聞いた所、どうやらサークス様とノエル様が凄い発見をなさったとか……」


 凄い発見? 確か二人は、伝説の武具とかいう胡散臭い代物を探しに出ていた筈だ。それが見つかったという事だろうか?


「ヤマトよ、某が肩を貸そう」


 太郎丸に言われ、ヤマトは彼の肩に飛び乗った。そうする事で長身の太郎丸よりも更に一段高くから辺りを見渡せるようになり、大きく視界が開ける。

 幾つもの人垣の先……食堂の、いつも自分たちが集まっていたテーブルに、彼らは居た。

 ノエルと、サークス。それと見覚えの無い獣人が二人、同じテーブルに付いている。

 彼らは周りの者からしきりに声を掛けられ、その度に誇らしげな笑顔で何事かを返す。そしてサークスの前には見覚えの無い中型盾が、恭しく真っ赤な布の上に置かれて人々の注目を集めていた。


「どうやら、あの盾が噂の中心であるようですね」


 太郎丸にしがみ付き、同じように高い位置からの視線を手に入れたアデリーネが囁く。


「私たちがここを出る際、サークス様は『伝説の武具の手掛かりを探す』と仰ってましたよね?」

「ぬ、むぅっ。あ、アデリーネ殿……その、もう少し……」


 柔らかな胸を側頭部に押し付けられて困った様子の太郎丸だったが、そんな事はお構い無しでアデリーネは続ける。


「きっと首尾良く手掛かりを手に入れる事が出来たのでしょう。そして……」

「俺たちが休んでる間に、手掛かりを頼りに探索へ出かけて、あの盾を手に入れた?」

「はい。一緒にいらっしゃる獣人のお二方は、その道程における同行者ではないかと」


 太郎丸の頭上で交わされる二人の会話は、大した根拠も無い想像の産物ではあったが、見事に真実を言い当てていた。そして、その裏付けはすぐに成される事となる。


「あ……あっ! ヤマト! 帰って来てたの!?」


 人込みから上に飛び出していたヤマトに気付いたのだろう。ノエルが大きく手を振って声を上げた。その視線を追って、人々の注目がサークスたちからヤマトたちへと移る。

 有形無形のプレッシャーを感じつつ人込みを掻き分けていつものテーブルまで移動すると、待ちきれなかったかのように、ノエルが口を開いた。


「みんなお帰り、遅かったね。大丈夫だった?」

「まぁな。それより……」


 テーブルの上に置かれた盾だ。

 その盾は五角形の中型盾で、腕に固定して使うタイプの物だ。それ以外の基本的な構造自体は、ごく一般的な物と同じであるように見えた。

 特徴的なのは盾の表面に刻まれた魔法文字。まるでデザインであるかのように偽装されているが、これが伝説に残る程の逸品であるのなら、何らかの意味をもってそこに刻まれているのであろう事は疑いようも無い。


「これ、何か特殊な魔法とか掛かってんのか?」

「興味津々、という感じだねヤマト君」


 サークスだ。椅子に座って腕を組み、穏やかな笑みを湛えた彼が落ち着いた声で話しかけて来る。


「冒険の結果とか、色々と話したい事はあるんだけど……それよりも、その盾の能力を見てもらう方が理解が早いかな?」


 そう言って彼は、手近なテーブルからエールが注がれたジョッキを手に取ると、一気に中身を飲み干してヤマトに渡す。


「騙されたと思って、このジョッキで盾を思い切り叩いてみなよ」

「……? 思い切り、か?」


 ちらりとノエルの方を窺うヤマト。するとノエルも笑顔で「やってみて」と促している。

 いくらヤマトが非力とはいえ、金属製の盾に打ち付ければジョッキは容易く砕けるだろう。だが、あえてそれをやってみろと言うからには……。


「じゃあ、本気でやるぜっ!」


 大きく振りかぶり、勢い良くジョッキを振り下ろすヤマト。ジョッキの砕ける乾いた音が食堂に響く……と思いきや、耳に聞こえたのは『ごつり』という、粘土でも叩いたかのような鈍く小さな音だけだった。


「……!? 全然手応えが無いぞ! なんか、凄く柔らかい毛布を殴ったみてぇな……」


 渾身の力であったにも関わらず、ジョッキは割れるどころかヒビさえ入っていない。更に何度か叩きつけてみたが、結果は同じだった。

 ヤマトの素直な反応に頬を歪め、サークスが傍らのザックから羊皮紙を取り出してテーブルに広げる。


「それは『消撃の盾』と呼ばれる魔法の盾。受けた衝撃を完全に打ち消してしまう、絶対に貫けない無敵の盾さ」


 サークスの言葉通り、テーブル上の真新しい羊皮紙にはその旨が書かれていた。


「へぇ……凄ぇな! んでも、この羊皮紙は? やけに新しいみてぇだけど……」


 首を捻るヤマトに、横合いからノエルが言った。


「話せば長くなると思うから、部屋に移動しよ。そっちも何があったのか、ゆっくり聞きたいし」


 その提案に全員が頷いてその場はお開きとなり、久々の会談は部屋へと場所を移したのだった。

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