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第十六話:記憶の中の故郷(一)

 蔦が幾重にも重なり絡まりあって、天然のトンネルを作り出す。ざわめく葉の隙間から僅かに差し込む日光が、落ち葉の道に斑模様を描き出し、大自然と言う名の芸術家の偉大さを歩く者たちに思い知らせている。

 時折り、優しい風だけが通り抜けるその道。だが今日は、珍しい客人の姿があった。こんな事は何年ぶりだろうかと森の精霊たちは囁き合い、虫たちは蔦の葉に身を隠す。


「お二人とも、本当によろしかったのですか? こんな事にお付き合いして頂いて……」


 蔦のトンネルを行く三つの人影。その内の一つ、アデリーネが遠慮がちに聞いた。

 ノーウェイの屋敷で着ていたセクシーな服装から一転。彼女はシックな装いの動きやすそうなパンツルックに身を固め、背中には小さなザックを背負っている。長い髪はアップにしてまとめ、エルフの特徴である尖った耳も隠す事無く露わにしていた。どこか清楚で、知的な装いだ。


「良いんだよ。俺も、太郎丸も、リハビリみてぇなモンだ」


 小柄な身体に少し大きめの荷物を背負ったヤマトが、そう言って顔を上げた。後に続く太郎丸も、無表情ながら頷いて肯定の意思を表す。

 彼ら三人は前回の依頼に引き続き、森へやってきていた。誰も踏み入る事の無い森林の奥深く。秘密の通路を通らなければ行き着けないと噂されるエルフの隠里を目指して。


「それに例の宝探しに行けなくて退屈だったしな」


 汗を拭いながら、ヤマトは数日前、ほろ酔い亭でサークスが言った言葉を思い出していた。


「この宝探し、俺と……ノエルさんの二人で行かせてもらえないか?」

「え……えぇっ!?」


 この提案に最も驚いたのは、他ならぬノエルだった。まさか自分の名前が出るとは思っていなかったのだ。


「本当なら全員でと思った。けれど太郎丸とヤマト君は本調子で無く、荒事に向かない。かといって信用の置けない他の冒険者とは組みたくない。しかし僕はどうしても、この案件に挑戦したいんだ。たとえ一人でも」


 サークスは、なるべく要点だけを冷静に淡々と語っているつもりだったのだろう。だが言葉の端々から、この『伝説の武具を探す』という話にかける想いの強さが滲み出している。


「だが、挑むからには当然成功を収めたい。そこで考えた。付き合いは短いがノエルさんなら信用できるし、能力は言うまでも無い。だから、こんなチャンスは滅多に無いから……僕の我侭である事は重々承知しているんだが……」


 思いついた単語をそのまま口に出すかのような、あまり上手とは言えない語り口。だが、だからこそ彼の真剣さが窺えた。


「ヤマト君とノエルさんがコンビを組んでいるのに、それに割り込むような形で……しかも怪我を負った太郎丸を置いて行くなど、相当な恥知らずだとは思う。だけど、僕は……」


 サークスの冷静さは、既に氷解していた。机の上で握り締める拳には力が入って血の気が失せ、爪の先まで白く変色している。


「僕は……伝説の武具を探したい! 五年は……長すぎる」


 語り終え、俯くサークス。

 誰も、言葉を発しない。食堂という喧騒の中にあって、静かな時間が流れる。

 そんな中で、ノエルは悩んでいた。

 サークスはきっと、伝説の武具に強い思い入れがあるのだろう。何度も世話になった彼に恩返しの意味も込めて、協力してあげたいとは思う。

 だが同時に、強い抵抗も感じていた。

 ノエルは、ヤマト以外の誰かと二人で冒険へ出た経験が無い。というよりも、もともと冒険という行為そのものに大した興味は無いのだ。そんな彼女が危険と苦労を伴う冒険へと赴く理由。それは……。


「…………」


 ちらりとヤマトの様子を窺うノエル。彼は口をへの字に曲げて腕を組み、何事か考えているようだった。

 私、どうしたら良いと思う?

 そう問えたら、どれほど楽だったろう。

 行っちゃ駄目だ。

 そう言ってくれるなら、どれほど嬉しかったろう。


「……わかりました、サークスさん。今回の宝探し……私で良ければ、同行させて頂きます」


 自分から、そう言うしか無かった。

 ヤマトに聞いたとしても「行ってこい」と言っただろう。十年以上も同じ時を過したノエルにはわかる。あれだけ真剣な様子を見せたサークスさんの気持ちを無視できるヤマトでは無いと。


「あ……ありがとう、ノエルさん!」


 嬉しそうな表情を見せるサークス。ノエルとしては心中複雑であったが、幾分か救われた気がした。


「いいえ、こちらこそ。よろしくお願いします」


 言って、ぺこりと頭を下げる。

 一度決めたからには、もう気持ちを切り替えなくてはダメだ。サークスの期待に応えられるよう頑張らなくては。

 話を聞く限りでは、この町の近くでは無さそうだ。移動を含めて一ヶ月か二ヶ月か……かなり長期間の冒険となるだろう。

 そうなってくるとノエルの脳裏には冒険とは別の、新たな悩みが浮上してくる。


「あ、あの……ノエル様? 私の顔に、何か?」


 アデリーネの怪訝そうな声にハッと我に帰ったノエルは、慌てて視線の意図を誤魔化した。無意識のうちに凝視してしまったようだ。

 自分が留守の間、彼女は……アデリーネはどうするのだろう?

 成り行きとはいえ、一応彼女はヤマトに買われた身。主人と召使いの関係だ。そしてヤマトは怪我人。となれば、いくら無茶が服を着て歩いているような彼であっても、依頼を受けて冒険に出るような事はしないだろうし、そもそも怪我人に仕事を頼む依頼人もいないだろう。となるとヤマトとアデリーネは宿に留まり、いつも一緒という事になる。朝も昼も、そして夜も。

 偏見を持つのは良くないとは思うし、それ自体について善悪を語るつもりも無い。だがアデリーネは屋敷にいる間、あんな事やこんな事をして主人であるノーウェイの歓心を得ていたという事実がある。

 女性に免疫の無いヤマト…………誘われるまま、あっさりコロっと骨抜きにされてしまうのではないか? そんな不安な感情を頭の中から消し去る事が出来ない。


「すいません、ちょっと宜しいですか?」


 暗澹たる思いにノエルが囚われている中、不意にアデリーネが何かを思いついたように口を開き尋ねた。


「もしヤマト様のお許しを頂けるのでしたら、実は……私も少しお暇を頂きたいのです」


 突然何を言い出すのかとキョトンとするノエル。

 そんな彼女に、アデリーネは意味有り気な微笑を返して言ったのだ。


「私の、生まれ故郷を見てみたいのです」


 そして今。

 アデリーネの故郷を目指し森を行く三人の最後尾で、ひたすら押し黙り一連の成り行きを見守っていた太郎丸は、こう考えていた。

 天使とエルフ。知力が高い事で知られる両種族であるが、こと男女の機微に関しては、エルフが一枚上手である、と。

 太郎丸の想像ではあるが、唐突にアデリーネが故郷を見たいと言い出したのは、ノエルを慮っての事だったろう。ヤマトから遠ざかろうとしたのだ。もしかすると、ずっと以前から里帰りを望んでいたのかもしれないが……あのタイミングでは多少、不自然に思えた。


「へぇ、凄ぇなココ。通路も何もかも全部、生きてる植物やらで作ってあるんだな! 初めて見るモンばっかりだ」

「私もです。外の世界は久しぶりですし、故郷の記憶も曖昧ですので、見るもの全て珍しく映ります」


 太郎丸の前を、他愛の無い雑談に興じながら進む二人。その様子に、人狼は人知れず溜息を漏らす。

 前述したアデリーネの気遣い。それを台無しにしたのがヤマトだった。一人で故郷へ向うと言うアデリーネに、ヤマトは同行を申し出たのだ。自他共に認める世間知らずの女一人での旅路は、あまりにも危険だからというのが理由だ。それに、怪我をしていて暇だからとも付け加えた。

 確かにその通りであると思うし、この申し出は純粋な、ヤマトの善意であり優しさだったのだろう。

 だが、太郎丸は思った。

 お前から二人きりになってどうする! 空気を読め馬鹿者!! と。

 案の定、アデリーネは困惑の表情。大人しく休養してて欲しいとヤマトに説くものの、効果は薄そうに思える。そしてアデリーネの逆サイドでは、ノエルがあからさまに不満げな表情で手元のパンを千切り、粉々にして皿の上に並べていた。……ちょっと怖い。サークスは能天気に洞窟のマップなど眺め、この微妙な空気に気付いてさえいないようだ。

 これはもう、仕方が無い。


「某も行こう」


 こう言う以外に無かった。自分も同行するとなれば、ノエルも多少は安心するだろう。正直、傷の痛みは酷いが、見て見ぬ振りは出来ない性分だ。


「お、トンネル抜けるぞ。そろそろ居住区か?」

「いいえ、確かもう少し距離があったような……」


 静かな森に響く声を聞きながら、またも太郎丸は思う。

 ヤマトよ、もう少し女心というものを考えろ、と。

 先程から会話を続ける二人ではあるが、注意して聞いていれば積極的に話題を作り、話しかけているのはヤマトの方だ。多分、彼には下心など無く、急激な環境の変化に心細いであろうアデリーネを気遣っての事だろうと思える。

 だが、それを端から見た場合どうだ? ノエルが心配するのも良くわかる。

 ヤマトはまだ若い。そんな彼に、男と女の心理まで考えた上での気遣いを行動を要求するのは、あまりにも酷であり難しいだろう。これから多くの経験を積んで、徐々に慣れてゆく物ではあるが……今、正にその技術が必要だという時だというのに……。


「……?」


 不意にアデリーネが立ち止まった。そして振り返り、太郎丸と目が合う。

 こちらの視線が気になったか? そう太郎丸が考えた時だ。アデリーネが、苦笑して見せた。


『ヤマト様からこんなにも優しく、色々と気を使って頂けるのは凄く嬉しいのですが……少し、ノエル様に申し訳無いです』


 そんな声が聞こえた……気がした。

 なるほど、ヤマトの無邪気な優しさも、太郎丸が同行した意味も、全て察しているという事か。エルフの高い知力と、長い寿命に基づく人間観察力、人生経験は伊達では無いらしい。

 それならば……。

 ゴツン、と鈍い音が森に響く。


「ぐはっ!? 何すんだよ太郎丸! 痛ぇじゃねぇか!」

「おぉっと、失礼した」


 太郎丸は剣の鞘で、軽くヤマトの頭を叩いた。軽くとはいっても女たちの鬱憤により多少の威力上乗せがあったかもしれないが、概ね『軽く』の範囲内であったろう。


「カンベンしてくれよ~。今回はノエル居ねぇから回復出来ないんだからさぁ」


 痛む頭を擦りながら、さらりと女の名を出すヤマト。

 そして再度、ゴツリと鈍い音。


「痛ぇ!!」

「む、すまぬ」


 そんなにヒョイヒョイ脳裏に浮かぶ名であるなら、もうちょっと気を使ってやるがいい。

 この女泣かせが!!

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