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第十五話:変わらぬ日々、変わる明日

 良く晴れた昼下がり。

 冒険者たちが集う食堂兼宿屋『ほろ酔い亭』には、妙に食欲をそそる安っぽい油とビールの匂いが漂っていた。

 昼食を済ませ、腹を満たし終えた冒険者たちはそれぞれのパーティごとにテーブルを貸し切り、様々な話に花を咲かせている。

 色々な人種、色々な職業が集まるこの場所。かなり特異な外見であっても、数分もすれば溶け込み、馴染んでしまう。そんな懐の深さがある。

 だがそれでもなお、目立ってしまう人たちというのは、どこにでも居るものだ。


「申し訳ございません……なんだか、私が目立ってしまっているようで……」

「気にすんなよ。別に悪い事してるワケじゃねぇし」


 丸テーブルを囲む五人の男女。ヤマトとノエル、サークスと太郎丸。そして長身の美女がその「目立つ人たち」だ。

 有名人のサークスと太郎丸。そして存在そのものが珍しい天使のノエルに加え、どこか浮世離れした雰囲気の美女が注目度に拍車を掛ける。更にその美女は、美しいという事以外にも注目を集める理由があった。


「んだけど、その尖った耳は隠しといた方が良いかもな」

「は、はいっ!」


 ヤマトに言われた美女が、青みがかった長い髪で、鋭く尖った耳をそそくさと隠した。


「しかし、まさかアデリーネさんがエルフだったとはね。本当に驚いたよ」


 サークスが集まる視線に苦笑しながら言った。

 エルフ。

 深く古い森に住み、森の民とも呼ばれる少数種族。妖精の一種とも言われている。

 魔力の扱いに長け高い知能を誇り、非常に寿命が長く、人間の十倍以上の時を生きる者も珍しく無い。外見的な特徴としては、鋭く尖った耳。そして人間の美的感覚から見た場合、種族全体が美男美女揃いである、という事に尽きるだろう。

 ただし非常に排他的であり、他種族との積極的な係わり合いを避ける傾向にある。


「申し訳ございませんサークス様。私、お屋敷以前の記憶が曖昧で、世間の事を殆ど知りませんので、自分がそんなに珍しい種族だなんて思っても無くて……」

「いやいや、責めたんじゃないんだ。むしろ嬉しかったくらいさ。エルフと天使が同席するシーンなんて、そう簡単に見れる物じゃないからね」


 優しく微笑んだサークスに、エルフの美女ことアデリーネが少し緊張を解いた。

 彼女は先日までノーウェイの妾であり、ヤマトが報酬代わりに身請けを申し出ていた女性だ。元主人たるノーウェイが悪魔憑きとして討たれた今、彼女は事前の約束に従ってヤマトたちのパーティーに身を寄せていた。

 高い水準で整った顔。優しげであり、憂いを帯びた瞳。細身でありながら女性的な起伏に富んだ身体つきと、長い手足。そしてさらさらの長い髪は腰の辺りまで伸びて、涼しい青色に輝いて見える。

 一般的なエルフの水準からしても、アデリーネはかなりの美女である。その出自やエルフという種族自体の物珍しさもあってか、人目を引く事この上無い。


「まあ子供の時からずっとノーウェイさんの家に居たのなら、無理も無いですよね」


 冷たいオレンジジュースをストローですすり、ノエルが言った。

 アデリーネの話では、ごく小さい頃に屋敷に来てからというもの外に出た事は一度も無く、今では子供の頃の記憶も殆ど残っていないと言う。屋敷の中での出来事が彼女にとって世界の全てであり、ノーウェイに仕える事を疑いもしなかったのだ。


「はい……ですので私、少し常識に欠けている部分があると思います。ご迷惑をお掛けするかとは存じますが……」

「いいよ、気にするなって。ほら、良かったら食いなよ。腹減って無い?」


 ヤマトの気遣いに、嬉しげな微笑みを返すアデリーネ。大人っぽい容姿とは裏腹に、その表情はまるで初恋を覚えたばかりの少女だ。

 その時、ノエルの表情がほんの一瞬だけ強張った事に気付いた者は居ただろうか?


「ところで、次の依頼についてなんだけど」


 あまり空気が読めない性分なのか、それともあえてそうしたのかは判らないが、唐突にサークスが口を開いた。

 彼はテーブルの上を軽く片付け、前回したのと同じように丸まった羊皮紙を広げて、カラのジョッキを重石にする。


「一応、僕の方に『伝説の武具を探す』って依頼が舞い込んでる……ま、依頼というか宝探しの類だけどね」


 冒険者は何も、他者からの依頼のみで成り立つ商売では無い。時には自ら進んで迷宮に赴き、魔物を倒して腕を磨き、隠された財宝を探したりする事もある。


「あ~……悪いけど、俺と太郎丸はパスだな。傷がまだ癒え無いんだ」


 ヤマトが言って、袖を上げて見せた。ノーウェイの拳を受けた彼の腕は内出血が続いている為に赤紫色で、腫れも引いていない。脇腹も同じ状態で、動くと痛むのだ。

 太郎丸の症状は更に酷く、腹には血の滲む包帯が何重にも巻かれ、首は石膏と包帯で固定されている。普通に歩き回る事くらいは出来そうだが、戦闘を含めた激しい運動は難しそうだ。


「悪魔の攻撃には呪詛が乗ってるから、治りが悪いの」


 傷を見たノエルが、申し訳無さそうに言う。

 ノーウェイとの戦いから一週間。二人に対しては毎日のようにノエルが治療を行っていたが、全回復には程遠い。悪魔の呪いに最も効果的なのは、本人の自然回復力。時間が薬、というわけだ。


「ごめんね。私の能力が、もう少し強ければ……」


 パーティーの治癒は天使の役目。悪魔の呪いに阻まれて、自らの役目を果たせていない事に負い目があるのだろう。ノエルの声が沈む。


「バカ。太郎丸なんか、ポーションだけじゃ危なかった。下手すりゃ死んでたんだぞ? 俺らは、お前のお陰でここまで良くなってんだよ」

「……うん」


 ヤマトの声に、ノエルが頷いて少しだけ身を寄せる。他人からはわからないくらいの、ほんの少しだけの接近だ。


「そうか……全員で行きたかったが、無理は出来ないものな。いや実はこの宝探し、期間限定でね……この機会を逃すと、次は五年後なんだ」


 心底残念そうにサークスは言った。

 宝探しの舞台は海底洞窟。五年に一度だけ口を開く洞窟に、伝説の武具は眠るという。

 潮の香り漂う、深く暗い洞窟。湿った岩壁を伝い歩き、海水が穿つ岩の隙間を潜れば、見た事も無い海洋生物が魔物として襲い掛かってくる。そうして数多の困難を退け辿り着いた先には、フジツボがびっしり付いた宝箱に詰まった光り輝く金銀財宝――。

 事の真偽はともかくとして、冒険者と名乗る者であれば一度くらいは体験してみたいシチュエーションではある。


「というわけなんだ。だから……これはもう、完全に僕のワガママなんだけど……もし皆が許してくれるのなら……」


 依頼内容をざっくりと説明したサークスは、多少躊躇いがちに言葉を続ける。

 その後ヤマトたちは最後までサークスの話を聞き、どうして彼がそんなにも言い難そうにしていたのか、その意味を知るのだった。

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