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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ひとしこのみ

作者: 安井上雄
掲載日:2026/05/06

名作RPGの伝説的裏技を題材にした、長編になりきれなかった作品です。

数年前から書きかけてお蔵入りしていたものですが、よろしかったら気分転換にどうぞ。

 俺の名はグシャ・アップライト。

 転生者だ。


 俺には前世の記憶がある。

 といっても、思い出したのはついさっきだ。


 人生切羽詰まって、奇跡的に思い出せた。


 正直、前世の記憶を思い出す前の俺は、人生詰んでいた。

 といっても、つい一時間前の俺のことだ。


 一時間前の俺は、金目のものをすべて持ち出して逃げた親父に呪いの言葉を吐きながら、隣町へと続く街道をトボトボと歩き、自分の人生と世界に絶望していた。


 俺の母親は昨年、流行病でぽっくり逝った。

 元々、母親が手綱を絞めていたことでなんとかまともに仕事をしていた親父は、母親が死ぬと飲む打つ買うを即実践し、なけなしの金はすぐに底をつきた。


 そこからは家財道具を質に入れては酒と博打を繰り返す親父に、何度苦言を呈したか分からない。

 通っていた平民学校を中退し、16歳の俺はアルバイトでなんとかその日の食い扶持を稼いだ。

 しかし、食い物に変える前に親父に見つかれば、なけなしのバイト代をむしり取られて、それが親父の酒代に化けた。


 ある日、帰ると、家がなかった。

 いや、正確には家はあるのだが、もはや自分の家ではなかった。

 バカ親父が売り払っていたのだ。


「あんのクソやろー

 今日からどこに住めばいいんだー」と絶叫した。


 親父のバカは家を売った金で女を買っていた。性奴隷というやつだ。

 そのまま安宿で金がなくなるまで女と遊んだ親父は、金がなくなると女を売って、その金で酒の飲んで、その金もなくなると売ったはずの家に入ろうとしてたたき出され、家の前の道路で大いびきをかいて寝ていた。


 家を売ってからわずか7日後のことだ。


 あのバカ親父、7日で家を売った金を使い切りやがった。


 その間俺は、農作業小屋にしていたあばら屋で夜露をしのぎ、バイトでなんとか食いつないでいた。

 道でいびきをかいている親父を見たとき、馬車にひかれればいいのにと思った俺は悪くない。


 明日も朝から大地主の畑を手伝って、食い扶持を稼がなければならない俺は、ぼろきれのような毛布にくるまり、潰れかけのぼろ小屋で眠った。


 そして朝起きると、小屋の中の農作業道具が一切合切なくなっていた。

 いや、農作業具だけではない。

 俺が昨日稼いだバイト代の残りと今朝食べようと思っていたパン、まな板に包丁、俺が寝ているときに掛け布団代わりにしていたぼろ毛布までなくなっていた。俺は麦わらのベッドにぼろ布をシーツ代わりにし、その上に半裸で寝ていた。

「へっくしょぃ」

 俺は寒さで目が覚めたのだ。


 こんなことをするやつは決まっている。クソ親父だ。

 俺は伸びたゴム草履をつっかけると、親父を探して外へ飛び出した。

 行き先はきっと闇市だ。

 今日という今日は許さない。俺は作業小屋に転がっていたヒノキの棒をつかむと全力で走った。


 メイン通りから裏道に入り闇市を目指す。間に合ってくれと祈りながら闇市の中に飛び込む。すると違法醸造の闇酒を売る掘っ立て小屋の前で酒を物色している親父が居た。

 畜生!まな板や包丁は売り払われた後だ。しかしまだ酒は買っていない。

「この、クソ親父ーーー」俺は親父の頭にヒノキの棒の一撃を入れた。

「ぶべぇっ」妙な声を出して親父が気絶する。おれはすかさず親父が持っていた金を回収し、闇酒屋の男に向かって言い放つ。

「こいつは俺の家の家財道具を持ち出して売ったどろうぼう野郎だ。警邏の騎士にでも突き出してくれ」


 もはや血の繋がった親父といえど許せなかった。といっても、どうせ自分の家のものを売って何が悪いと言われてしまえば罪には問われない。悔しいが奴は肉親だ。農業小屋の中の品も所有権を主張されれば奴のものと言える。悔しい。もう限界だ。

 もうこの街では暮らせない。このままでは、最後に残った俺自身をあのクソ親父は売り飛ばして酒代に変えることだろう。

 俺は駆け出すと大地主の家に飛び込み、事情を話した。

「地主の旦那さん。そういうわけで俺はこの町を出て別の街で冒険者になります。今までお世話になりました」


 地主さんは結構いい人だった。退職金だと言ってそれなりの金をくれ、昔、とある冒険者を泊めたときに、その冒険者が礼だと言って置いていった苔むした腕輪を餞別にくれた。何でもよく分からないが不思議な加護がついているらしい。


 俺は一旦農作業小屋に帰ると、使えそうなものを回収し、ベッド代わりの麦わらにかけていたぼろシーツを風呂敷にして生まれ育った我が家を旅立った。さすがの親父も上にかけていた布団代わりのぼろ毛布は持って行けても、俺が上に寝ていたシーツは取れなかったようで助かった。

 俺の装備は、武器としてヒノキの棒。言うまでもなく最弱だ。

 防具として、戸板の切れ端。盾代わりだ。

 しわだらけの帽子。わらの中にあったので親父に気がつかれなかったものだ。

 苔むした腕輪。さっき餞別にもらった謎装備だ。何かの役に立ってくれると信じている。

 延びたゴム草履。もうすぐ寿命かも知れないが、こいつがなくなれば裸足で歩くしかない。

 みすぼらしい服。もはやボロボロで穴も空いているが、俺の一張羅でもある。旅立ちの装いとしては悲しいかぎりだが、猶予はない。


 親父が戻ってくる前に出ていくしかない。俺は涙をのんで生まれ故郷を後にした。


 隣町までは歩いて1週間ほどの距離だ。

 街道は比較的安全だが、たまに盗賊や魔物が出る。本来なら護衛付きの乗合馬車での移動が進められているが、今の俺の見た目なら盗賊に襲われる心配は無いだろう。何せ浮浪者と区別できない出で立ちだ。魔物は巡回の騎士団に討伐されているのでめったに出ない。


 俺は体力がある内にできるだけ距離を稼ごうと歩みを早めた。


 一つ目の宿場町を通り過ぎて3時間ほど歩くと日が落ちてしまった。次の街にはたどり着けなかったので今日はこの辺りで野宿だ。

 といっても、宿場町までたどり着けたとして、宿に泊まるほどの余裕はなかっただろう。大地主の旦那からもらった退職金は次の生活が安定するまでの命綱だ。無駄遣いはできない。

 魔物に襲われにくいところを探して、大きな岩の上に登り、風呂敷代わりのぼろシーツを纏い、眠りにつく。


 何とか無事に朝を迎え、街を出るときに買った硬いパンをかじりながら再び隣町を目指して歩き始めたときだった。俺の目の前に最弱の魔物、スライムが現れた。


 そのままかわして逃げることもできるだろうが、これから俺は隣町で冒険者になって生活するつもりだ。ここでスライムから逃げるようではやっていけないだろう。

 俺は人生初の戦闘を決意した。


 俺の装備は……


 ヒノキの棒

 戸板の切れ端

 しわだらけの帽子

 苔むした腕輪

 延びたゴム草履

 みすぼらしい服


 攻撃手段はヒノキの棒での一撃だけだ。

 必死にスライムの体当たりをかわしながら、ヒノキの棒でスライムを叩く。

 しかし、ヒノキの棒では大きなダメージを与えられない。

 かわして、かわして、叩く。

 たった一匹のスライムに数分の時間をかけて、十発目の一撃がスライムに入ったとき、やっとスライムは動かなくなった。

 勝った、と安心し、少し気を抜いた。


 すると、餞別にもらった苔むした腕輪が淡く光り、不思議な声が聞こえてきた。

「グシャはスライムを倒した。

 初めての魔物討伐を確認。

 ステータスが解放されます。

 ステータス画面は任意で確認出来ます。

 装備、『ひとしこのみ』を確認。

 『ひとしこのみ』の特殊効果が発動されます。

 スライムが起き上がりました。

 スライムは仲間にして欲しそうにこちらを見ている。

 スライムを仲間にしますか?

 Yes・No」


「はっ!?

 何これ???

 RPGゲームみたいじゃないか!」

 俺は思わず叫んでいた。そしてふと疑問に思う。


「RPGゲームって何だ」

 その瞬間、まるで封印が解かれたように、この世界にない数々の記憶が俺の頭に流れ込んできた。

 21世紀の日本という国の記憶だ。そこにはスマートホンがあり、機械文明、情報化された社会があり、人々は豊かな生活を送っていた。その中にあったRPGゲームの古典的名作にその裏技があった。

『ひとしこのみ』

 たしか、テイム確率を100%に変えるチートだ。


 そういえば俺の装備は……


 ヒノキの棒

 戸板の切れ端

 しわだらけの帽子

 苔むした腕輪

 延びたゴム草履

 みすぼらしい服


 何という偶然だ。


 苔むした腕輪から再び声が聞こえた。

「スライムは仲間にして欲しそうにこちらを見ている。

 スライムを仲間にしますか?

 Yes・No」


「Yesだ」

 俺が叫ぶと、さっき倒したスライムが起き上がり、嬉しそうに俺の周りをぴょんぴょん跳ね出した。


 そういえば俺の名前はグシャ・アップライトだ。

 思い出した知識にタロットカードというものがある。

 確かグシャはザ・フールの日本語訳だったはず。

 アップライトは正位置を意味する。


 ザ・フールの正位置は確か……

自由、冒険、可能性、始まりを意味する。


 制約に縛られない。

 楽観的でいいのだ。可能性を信じて自由な冒険をはじめよう。

 まずはテイマーとして頑張る。

 俺は昨日までの暗い気分が嘘のように、前句きな自分がいることに嬉しくなった。





楽しんで頂けましたら幸いです。

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