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花嫁に逃げられた侯爵と花売り娘、辺境で無双する  作者: ユーコ
第一章 花嫁に逃げられた花婿と花売り娘

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05.続ベッド権勝負

 貴賓室にオズワルドとリリを置き去りにした後、副官のアンドリューは自分に割り当てた二人用の部屋に着替えを取りに戻り、その後宿の風呂に向かった。

 近くに大きな川があり、その水を引き込んでいるため、宿屋には泊まり客用の浴室があった。ちなみに貴賓室には専用の風呂がある。

 この先設備の整った宿が徐々に少なくなるのは分かっている。貴重な入浴機会だ。


 アンドリューがオズワルドとリリを部屋を同じにしたのは、わざとだ。

 リリに書いて貰いたい書類があり、オズワルドの官舎に来て欲しいと使いを出したが、

「引っ越し準備で忙しいから行けない。来るならサインする」

 と断られた。

 まあ納得出来る理由だ。

 同様にオズワルドも出発を間近に控え、それなりに多忙だったが、元から決まっていた旅程だ。

 花嫁の家に出向けない程忙しいわけはない。

 もちろん、アンドリューは大変親切にこの馬鹿上司に進言した。

「奥様のところに行かれたらどうです?」

 だが、帰ってきた返事は。

「なんで僕が行かないといけない!」


 アンドリューはオズワルドとの付き合いはかれこれ十五年になる。

 友人で、恩人でもあった。

 オズワルドがいなければ、生きてはいない。

 ついてきた三十人の部下達もオズワルドに助けられた。

 そして残る百人の部下もオズワルドに助けられ、そして、オズワルド同様、街で暮らせない事情がある者達だ。

 オズワルドがクリンプス領を欲しがったのは、それが理由だ。

 危険すぎる場所だから、アンドリューもリリがクリンプス領に来るのは望んでいない。

 だが、あの強引な結婚で、リリが出した唯一の条件だ。反故には出来ない。

 それに――。


 オズワルドはあれで案外と良いやつであることを知ってもらいたい。

 と友人として思う。

 一緒に寝泊まりして、少しは交友が温まると良いが……。

 そう思いながら、風呂から戻ったアンドリューは明日に備え、枕元のランプを消し、ベッドに潜り込んだ。


 有能なアンドリューもまさか、夫婦がベッドで眠る権利を賭けて戦っているとは知るよしもない。




 ***


「まず、そちらからどうぞ」

 リリが促し、先手はオズワルドから戦いは始まった。

「リリアーナ・エルダー。性別女性、年齢十八歳。ラカンタル教会の側で花屋を営む」


 リリは頭を掻いた。

「ありゃ、失敗。閣下は私に興味ないと踏んでたんですか」

 オズワルドはフフンと得意気に笑った。

「見くびられたものだな。この程度は調べておく。もちろん、君個人に興味はない」


「ではこちらも。オズワルド・リヴィングストン。性別男性。年齢二十七歳。中央軍中佐から辺境軍第三軍クリンプス地方領総帥、階級は大佐に昇進。侯爵。戦場では黒い閃光と……」

 オズワルドは手を振る。

「その恥ずかしい呼び名はやめろ」

「あ、そうですか? 格好いいと思いますよ」


「……情報源はウェルナー将軍か?」

「はい、あの人、娘には微妙なお父さんでしょうが、部下に対しては案外面倒見のいいタイプらしく、色々親切にして頂きました」

「そういえば、花屋は良いのか?」

「はい。父の代からの従業員に任せてきました」


「では、勝負は引き分けですねー」

 というリリに対し、オズワルドは勝ちを確信して唇の端を歪ませる。

「君は終わりかね。僕はまだあるぞ。カンリパト大学を十四歳で入学。学部は農学部薬草科。……随分優秀だな」

 カンリパト大学は元々は官吏を養成する教育機関だったが、今では文化芸術自然科学とありとあらゆる学問を教える国内最高峰の大学だ。

 大抵の学生は高等学校を卒業する十八歳で入学するが、リリが入学したのは、十四歳の時だ。

 試験に受かれば年齢や身分などに関係なく大学に入学出来るが、その試験が難しいのだ。

「お褒め頂き光栄ですが、優秀なのは私ではなく神父様方です」

「神父様? あのラカンタル教会のか?」

「はい、奉仕活動の一貫として教会は近所の子供達に勉強を教えているんですが、あそこの教会は位としては王都で五番目というビミョーな立場の教会でして」

 由緒もあれば、多くの信徒もいる。

 特に聖人ラカンタルは、かつては魔獣と戦い国を守ったという武闘派の聖人でその縁で信徒には軍関係者が多い。

 サンレイア王国では著名な教会の一つだが、国一番の格式があるという教会ではない。

 確かに、ビミョーな立場だ。


「ほう」

「代々、教会内の権力闘争に負けた神父様の左遷場なんです。優秀だが、人になじめない修道士様だとか、主流ではない研究をなさっていたり、一風変わった求道をなさったりとか色々な方がいらっしゃいましたが、どなたも第一級の知識をお持ちです」

「清廉なイメージがあるが、教会内部も大変なんだな」

 オズワルドは、軍内部ではびこった権力闘争を思い出し、ゲンナリする。

「そのようで。で、私は十二歳まで教会の初等教育を受けましたが、その先となると、歩いて通える範囲にあるのは貴族が通う王立学園だけで、庶民の通う学校がなかったんです。神父様方はそれを哀れんで下さいまして、二年勉強してカンリパト大学に入ることになりました」

「……良く分からんが、不正などせず試験を受けて入学したのだから、実力だろう。ところでこの勝負は僕の勝ちだな。悪いがベッドは貰ったぞ」

 とオズワルドはほくそ笑む。


「いいえ、勝ったと思うのはまだ早い! 閣下は第11士官学校を二十歳でご卒業」

 オズワルドは微妙な顔をした。

「それなぁ、戦時中に士官が足りなくって、少年兵だった僕らが付け焼き刃で授業を受けた。平時に受けるカリキュラムを三分の一に短縮したものだ。ところどころ戦争が激化して中断したし、あれを卒業といっていいのか……」

 最後は投げつけるように卒業証書を渡され、オズワルドは仕官になった。

 軍も別にオズワルドを出世させたいわけではなかったが、尉官でないと兵を指揮することが出来ない。苦渋の判断だった。

「まあ卒業証書を貰ったなら良いんじゃないですか? 私は卒業してませんし」


「ああ、そうだったな、卒業の前の年に君は事故で両親を亡くしたとか。災難だったな」

「いえ、仕方ないです。閣下は……」

 とリリは言葉を濁す。

 将軍から聞いてはいたが、本人に告げるのは気が引けた。

 だが、オズワルドは動じない。

「その様子では聞いているだろう。言わないと点数にはならないぞ」

「……戦災孤児だったとか」

「十二歳で母親を失った。父が死んだのは覚えていない程昔だ。食うために軍部に入ったのだ。君の好物は甘い物。中でも一番好きなのはシュークリーム」

「ぐぬぬ、閣下の好物は知りません」

「では僕の勝ちか?」

「いや、待って下さい。他に閣下のことで、知ってること、知っていること……男色家……は人として言っていいやつなのか……」

「何? 男色家?」


「はあ、将軍曰く、女嫌いで男色家だって」


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